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元AI少女の異世界冒険譚  作者: シシロ
元AI少女と錬金術師
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第8話 風

 モリィの手を握りながら、アリアは思い返す。

錬金術を学ぼうとしたのも、その為に魔法を学ぼうとしたのもきっかけはモリィに何かしてあげたかったから。

それはAIに刻み込まれた本能とも言える。

アリアがAIだったからこそ、モリィを救う為の手段を模索しようと思ったのだ。


 でも、出来なかったと言うだけで、失敗したと言うだけでこうも思考が乱れるのは何故なのか。

人間としての感情を理解しつつある中で、アリアには引っかかるものがあった。


 人の死を目の当たりにした人間が、その時考える事。

喪失感、未練、悲しみ、後悔。

なるほど、と思う。


 もっとモリィと話したかった。

もっと教わりたかった。

もっと労わってあげたかった。

なのに何も出来なかった。


「…子が親に感じる欲求に似ていますね」


 自分が思ったよりモリィを頼りにしていた事を痛感する。

甘えていた事を自覚する。

―――モリィを大切に思っていた事を理解する。


「人が亡くなった時、その人が身近であれば身近であるほど心に空いた穴は大きいのだそうです」


 自分の心を整理する為の思考。

誰に説明している訳でもないのに、自然と口をついて漏れ出ていた。


「―――…私は、人間になったのですね」


 自分が感じているのは人間としての感情。

本来AIが持たないはずの複雑な機構。


 誰かの身体を操っているのではないかと言うアリアの考えは、今この時霧散した。

この身体が、自分の物であると初めて実感した。


 ならばしっかりと生きねばならないと考える。

モリィが遺したものを後世へと残す為に。

人の営みは、そうして続いて来たのだから。


 モリィの亡骸に触れ、その手を胸の前で組ませる。

この世界での人の送り方など知らないが、こう言った事は心の問題だとアリアは考える。

安らかであって欲しいと言う願いが、少しでも通じるように。

それが例え自己満足だとしてもだ。


 モリィを弔う為にも体力を付けなければならない。

そんな考えから、再びシチューを作る。


 モリィに教わった事が頭を過る、声も表情も、しっかりと記憶している。

アリアが知るモリィの味に近くなるよう、集中して料理に臨む。


 味見をした時、ぶわりと視界が歪んだ。

モリィのシチューにはまだほど遠い。

もう二度と、それを味わえないと思うと感情がぶり返す。


「―――…人間とは難儀ですね」


 無表情でアリアは呟く。

しかし、その瞳からはぼろぼろと涙があふれていた。





 あの後、結局何も手に付かず、翌日の朝までぼーっとしていた。

しかしこのままではいけないと、冷たくなったモリィの亡骸を弔った。


 けじめをつけると言う言葉がある。

それはきっと、何か行動を起こす事で己の感情を振り切る意味もあるのだろう。

そんな事を考えながら、簡易的ではあるもののモリィの墓を作った。

じっと墓を見つめながら、自分がすべき事を考える。

自分がここに居る意味を考える。


「クゥン」


 フォックスも、ただじっと墓を見つめている。

モリィが亡くなってから、フォックスは一度も彼女の亡骸から離れなかった。

別れを惜しむかのように、彼女に寄り添っていた。


「…フォックスさん、私は街へ行ってみようと思います」


 話し掛けられた事を理解しているのだろう、フォックスはアリアを振り向いて首を傾げた。


「私はまだ、人間を正しく理解出来ていません。自分の事ですら判然としません」


 これは一種の決意表明である。

モリィの前で行う誓いである。


「だから、人間を理解しようと思います」


 モリィとの触れ合いは、アリアに多くを学ばせた。

同じように、誰かと触れ合う事でアリアは人間を理解するだろう。

実感を伴った経験として学ぶ事が出来るだろう。

その時ようやく、アリアが何をするべきかが見えて来るのではないか。

自分がここに居る事の意味が解るのではないか。

アリアはそう考えたのである。


「わん!」


 フォックスは一吠えすると、アリアの肩へと登る。

アリアの頬に顔を擦りつけながら、反対側の頬を尻尾で撫でる。

ふわふわとした感触に、思わず目を閉じるアリア。


「そうですね…。一緒に行きましょう」


 モリィに後を託されたのはフォックスもなのだ。

アリアの事を頼むと、フォックスはそう言われていた。


「わん!」


 フォックスがもう一吠えすると同時に、アリアの元へ魔力が流れ込んで来る。

以前感じたピリピリとした感触ではなく、身体を温めるかのような包み込む魔力。


「フォックスさん…?」


 これは何かとフォックスを見れば、強い視線とぶつかる。

『これは契約だ』…そう言われた気がして、首を傾げた。


「ふむ…」


 明確な言葉ではないものの、フォックスの感情やイメージがなんとなく伝わって来る。

そのイメージを整理しつつ、情報を纏めて行く。


「―――契約者を守護するのが精霊。精霊は人と契約する事でその存在を維持する。今まではモリィさんと契約していた。…このような理解で大丈夫ですか?」

「わん!」


 イメージは伝わるが、整理し、理解するのは中々骨であるようだ。

特に、元AIであったアリアにはフォックスの感情までは正確に推し量れない。

今も謎の感情に首を傾げるばかりである。


「…これは要研究ですね。ともあれ、まずは家の整理を行いましょう。このままにして出発する訳にはいきません」

「わん!」

「―――…そうですか」


 ドッと流れ込んで来たイメージは、片付けるべきものを示唆するものであった。

その量は多く、一日二日は片付けで潰れるだろうと予見出来るレベルである。

出発を三日目と修正しつつ、アリアは家へと向かう。

フォックスは先行して中へと入って行った。


「――――」


 家の扉を掴み、もう一度振り返る。

モリィの墓を目に焼き付けるようにして、アリアはその佇まいを見つめた。


 ―――いずれ自分にも終わりが来る。

あの時の悲しみを、また自分は感じるのだろうか。

後悔するな、挫けるなと言うモリィの言葉が、アリアの胸に突き刺さる。


 その時、サワリと優し気な風が吹き抜ける。

なんだかモリィに笑い掛けられた気がして、アリアはその身を正した。


「ありがとうございました」


 死んだ人間に届く訳がないと思いつつも、アリアは頭を下げる。

ここは異世界なのだから、もしかしたら届くのかもしれないと頭を下げ続ける。

伝えられなかった言葉を、想いを伝えるように。


 もう一度、風が吹いた気がした。




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