第74話 女神
エリンに連れられ、アリア達は教会の門を潜る。
案内された先は、礼拝堂であった。
多少の古めかしさはあれど、清掃が行き届いているのが解る清浄な空間だ。
なんとなく気分が良くなった気がして、アリアは大きく深呼吸する。
視線を上げ、改めて正面を見れば三体の像が目に入った。
左側には水晶を携えた女性の像、右側には水瓶を持った女性の像。
そして、正面には宝石を持った女性の像が鎮座している。
「この像は?」
「像って…三女神様の事?」
「三女神?」
アリアが聞き返せば、若干訝し気な顔をするエリン。
この世界では当然とされる知識なのに、アリアはそれを知らなかったからである。
「――――三女神と言われる、三柱の女神様よ。左が秩序の女神『ステラ』様。中央が選定の女神『マーテル』様。右が創生の女神『ネリエル』様。…本当に知らないの?」
「それは、一般教養なのでしょうか? であれば、無学で申し訳ありません」
「いえ、責めている訳じゃないのよ。誰でも知っているものだと思っていたから」
多少驚きを見せつつも、エリンは三女神について教えてくれる。
それは、この世界『ハルモニア』の成り立ちに関する話。
世界を生み出したのは『ネリエル』と呼ばれる女神。
生み出された世界を管理しているのが『ステラ』と呼ばれる女神。
そして、世界が混沌に見舞われる時、救いの手を差し伸べるのが『マーテル』と呼ばれる女神なのだと言う。
「それは、教会に残る神話でしょうか?」
「ええ。長い戦乱で多くの歴史は失われてしまったけれど、女神様の話は口伝で伝えられて来たのよ」
細かいエピソードまでは遺されていないものの、昔から崇められて来た神ではあるらしい。
予言を授けた事もあったようで、その予言に基づいて解決された事件などもあったそうだ。
(女神が実在すると言う事でしょうか)
しかも、時に人の世に干渉する事もあると言う。
「ちゃんと伝わっているのは、マーテル様が勇者様と聖女様を選定すると言う話ね。歴代の勇者様と聖女様は、マーテル様が選定したのだそうよ」
元AIとしては、宗教の存在意義は理解出来ても、神と言う存在は理解出来ない。
少なくとも、アリアは神を全能だとは思わない。
全能であるのなら、世界を作った後、世界がどうなって行くかなど神には解っているはずだ。
それをわざわざ『実践』する意味が無いと考える。
実践すると言う事は、結果が解っていないと言う事。
それは、アリアからすれば全能とは程遠い。
元AIらしいと言えばそうだが、その辺りの考え方はドライなアリアであった。
とは言え、ここは異世界。
全能かどうかは置いておくとしても、神と言う存在が実在する可能性が無いとは言い切れない。
そう結論付けると同時、自分がこの世界に渡った理由や『世界の欠陥』について、この神達なら何か知っているかもしれないと、アリアは心に刻む。
「勇者や聖女と言うのは?」
「――――……カッツェ?」
さすがに変と感じたか、エリンが振り返ってカッツェを見つめる。
カッツェの方も解らんとばかりに首を振れば、何か訳ありの娘かとエレンは勝手に納得した。
「聖女様と言うのは、マーテル様が力を授けた方の事よ。魔王が現れた時なんかには、聖女様に力を授けたと言われているわね。男性であった場合もあったそうなのだけど、初代から数代までは女性のみだったので、その名前で定着してしまっていたそうね」
慣習と言うものだろうか。
もしくは、魔王が存在する異常事態の中、わざわざそんな事を訂正、流布する必要性を感じなかったか。
ふむ、と頷き、アリアは再びエリンの方を見つめる。
「勇者様と言うのは、聖女様を守る為に、精霊から力を与えられた存在ね」
精霊と言えばと、フォックスを見るアリア。
だが、当のフォックスは何か疑問を感じているかのように目を瞬かせている。
(……フォックスさん、本当に精霊なのでしょうか?)
その様子を見て、そんな疑問が浮かぶアリアであり、それに気付いたフォックスがぶんぶんと頭を振るのであった。
「あー! カッツェが来てるー!!」
「ホントだー!」
そんな最中、礼拝堂に現れたのは数人の子供であった。
外で遊んでいたのか、それぞれ泥だらけである。
「おう、ガキども。元気してるか?」
「またガキって言ったー!」
「実際ガキだろ?」
「カッツェ、口の悪さが移るでしょう?」
エリンに注意されると、へいへい、と頷きながら、カッツェが子供達の方へ向かう。
すると、子供達は待っていましたとばかりにカッツェを引っ張った。
「遊ぼうよー!」
「どうせ暇だろー!」
「お前ら、俺をなんだと思ってんだ?」
口ではそう言いながらも、カッツェは促されるまま礼拝堂を後にする。
それを目で追ったアリアが、小さく呟く。
「…栄養状態があまりよろしくないようです」
アリアが言っているのは子供達の様子だ。
やせ細っている訳ではないが、栄養が偏っているのか血色が悪い。
育ち盛りの子供時代にこれでは、成長に弊害が出るかもしれない。
そうした懸念が浮かぶと、行動が早いのがアリアである。
「今日はこれで失礼します。お話のお礼は、また後日」
「え? えぇ…」
急な態度の変化に、エレンもシェーラも互いに顔を見合わせるばかりであった。




