第6話 筋肉は正義
「つまり、筋肉を鍛えればなんでも出来るわけですね」
「おうよ! 筋肉があれば王宮の兵士にだってなれる! 金だって稼げるのさ!」
ポージングを決めながらガリオンはそう叫んだ。
一理あるが、当然それだけでなんでも出来るわけではない。
モリィは教師役を間違えた上に、アリアの素直さを見くびっていた。
せめてこの場に居たのなら、こんな悲しい結末を迎える事は無かったであろう。
「兵士や将軍を見てみろ! みんないい筋肉してるぜ!」
「法や平和は筋肉に守られていると言う事でしょうか?」
「そうさ! 何時だって正義は筋肉と共にある! 鍛えられた肉体は健全な精神を育み、あらゆる悩みを打開する力となる! この俺の筋肉のように!」
メキメキと筋肉のしなる音を立てながら、ガリオンは熱弁を振るう。
ガリオンがこんな持論を語る時、周りは皆呆れた表情をするものだが、アリアは違った。
表情こそ変わらないが、真面目に話を聞いているのは一目瞭然なのだ。
それが故に、ガリオンは気持ちよくこの持論を語ってしまった。
(筋肉は正義、あらゆる悩みを打開する力……なるほど、覚えました)
アリアは覚えてしまった。
ガリオンの持論を、いかにも正しい物理法則かのように学んでしまったのである。
「早急にトレーニング計画を立てなければ…」
「だが、先に身体強化魔法だろ? まずはやってみろ、筋肉と対話すれば出来ない事なんてない!」
ふむ、とアリアは真顔で筋肉に語り掛ける。
心の中で、自らの筋肉にどうすればいいか問いかける。
魔力を流し、筋肉の反応を見る。
どこにどう流し込めばいいのか、反応を見ながら最適解を探る。
(なるほど、これが対話…)
無理に流せばチクリと痛む。
それは違うと筋肉が訴える。
馴染ませるように、あるいは包み込むように魔力が筋肉を覆って行く。
タンパク質が魔力に反応し、ドクンドクンと鼓動しているかのようだった。
「お、おい…」
ゴゴゴゴゴ、と言う重低音が周囲に鳴り響く。
あまりの異様さに、ガリオンも冷静さを取り戻しつつあった。
「…なるほど、理解しました」
「お、おう?」
一旦満足の行く結果を得られたアリアは、近くにあった岩に近づく。
その岩はアリアの倍以上の大きさを誇り、地中にもその身を隠している。
無造作にそれを掴んだアリア。
「これが正義…!」
右手一つで、数メートルはある大岩を引き抜いた。
「おわあ!?」
「そして、打開する為の力…!」
今度は左の拳が大岩を貫く。
その衝撃に耐えきれなかった大岩は、無残にも砕け散ってしまった。
ガリオンは大口を開けたままその様子を眺めている。
アリアの使ったこの魔法……もはや身体強化などと呼べる代物では無かった。
アリアの持つ魔力は平均よりも遥かに多い。
ただ、それだけでこれほどの魔法が使えるわけではない。
驚くべきは魔力の操作。
魔力の操作に関しては一切の誤差が無い完璧なものであり、無駄に消費される魔力など欠片も無い。
筋肉の動作を正確に理解し、負担を全く感じさせない最適化された強化。
全ての魔力があらゆる筋肉を完全な形で強化したのである。
それはもはやアリア専用の新しい魔法と言って良いだろう。
元AIであるからこそ成し遂げられた、身体強化の究極系だ。
「なるほど。この全能感…確かに筋肉は偉大です」
「そ…そうか。…うん、そうだな、確かに筋肉は偉大だ」
この日、一人の筋肉教信者が産まれてしまった。
◆
匂いに釣られ、モリィが目を覚ます。
匂いの元を辿れば、アリアが食材を処理しているところだった。
「…おや? 随分と騒々しかったが、身体強化は覚えたのかい?」
「はい。ガリオンさんは次の仕事があるそうで、帰って行きました」
モリィが外の惨劇を見なかったのは幸運か不幸か。
見ていたらモリィは心的負担で寝込んだかもしれない。
「覚えがいいんだね。…今は何をしているんだい?」
「モリィさんが作ってくれたシチューを再現しています」
シチューばかりで飽きないのかと言い掛けたが、アリアの様子を見て口を閉ざした。
表情こそ変わらないが、モリィにはアリアが楽しそうに見えたのである。
「…上手く出来そうかい?」
「味を見て貰えませんか? 少し差があるようなのです」
そうして、小皿によそったシチューをモリィの元へ運ぶ。
モリィがそれを口にすれば、ふわりと優しい味が広がった。
「上手に出来ていると思うがね」
「いえ、モリィさんのシチューはもっと美味しかったです。舌触りや香りに差があります」
モリィはアリアが調理している様子を眺めながら、小さく微笑む。
孫のような娘には、料理についても教わりたいらしい。
「フォックス、奥にレシピがあったろう? 持ってきておくれ」
「わん!」
料理だけではない、錬金術も魔法も…自分が書き残した全ての本を、アリアに託そうと決めた。
アリアならきっと悪用しないだろう。
そう思わせる何かがアリアにはあった。
「全く…世話の焼ける子だよ」
老人にやらせる仕事量じゃないだろうと、笑いながら独り言ちた。