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元AI少女の異世界冒険譚  作者: シシロ
辺境伯領の変化
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第68話 酒の席で

「いやぁ…こうして、ライオネル様と酒を飲むのも久しぶりですな」


 市場で買って来た安酒を手に、ロブがガハハと笑う。

それを横目で見ながら、オード辺境伯は苦みの強い酒を、貴族らしからぬ豪快さで飲み干した。


「ようやくクレア様の件に手を付けられるかと思えば、今度は魔銃ですからな」


 そうハンスが呟けば、乾いた笑いが続いた。


 ここはロブの私室である。

手っ取り早く酔えそうな酒を買い集め、オード辺境伯、ハンス、ロブ、ナッシュの四人が酒を飲み交わしていた。

……飲み会と言うよりは、慰労会と言った方が正しいだろうか。


「メイド達の件もある。身を守る術が手に入るなら有難い限りだが…」

「私兵の一部を護衛に回すのでしょう? そちらはどうします?」

「少なくとも、アレでは捕縛には向かんな。護衛の件は引き続き進めてくれ」


 大きな溜息と共に、オード辺境伯はそう告げた。


 ウリネを始めとし、貴族と繋がりの無いメイドを重用しようとする動きがある。

だが、問題はメイド達の身の安全だ。

辺境伯家の威光が弱まっている今、メイド達の弱みを握り、意のままに操ろうとする貴族が現れる可能性は否定しきれない。

故に、私兵の一部を信頼出来るメイドの護衛に付けるつもりであったのだ。


 アリアの作った銃であれば、メイド達も身を守る事が出来るかもしれない。

だが、あんな物を奪われては困るし、襲撃者を尋問しようにも、アレでは手加減も出来ないだろう。


「――――それで、パーティの件、少しは進展したのか?」

「アリアのお陰で、一部の食材は何とかなりそうです。…とは言え、それでも足りない材料ばかりですが」


 状況は確実に改善しているものの、元々が足りない物ばかりなのだ。

多少状況が変わったとは言え、まだ手の届かない物が多すぎる。

ナッシュも試行錯誤を繰り返してはいるが、そもそも無い物をカバーするのは難しい。


「ドレスの新調もしなければなりません。場が場ですし、それなりの物では足りないでしょうな」


 主役の恰好が地味ではパーティを開く効果が薄い。

折角の機会なら、最大限の効果を求めたい気持ちがある。

…結局、そうする事がクレアを守る事にも繋がるのだ。


「我等が健在と知らしめれば、不埒な貴族共を黙らせるいい機会にもなる。中途半端に済ませる訳にはいかんな…」


 とは言えこれと言った案も無く、オード辺境伯は頭を抱えた。


 …この飲み会の主旨がご理解頂けただろうか。

日頃ストレスを抱えているオード辺境伯の気を休める会であると同時に、上手く物事が運ばない事へのヤケ酒なのであった。


「そう言えば、カッツェがアリアの畑を見てしまったのでしたな。奴も取り込むので?」

「取り込む以外に誤魔化しようがあるか?」

「………無理でしょうな」


 取り込めるか否かは問題ではない。

取り込まなければならないのである。

つい眉間を押さえてしまった辺境伯に、ロブも苦笑を返した。


「まぁ、冒険者なら錬金術の薬に抵抗も無いでしょうから、事情を話しても問題は無いでしょう。カッツェの場合、政治に興味も無いでしょうから余計に」


 アリアの事情を知った所で、カッツェにその情報を悪用する意味が無い。

むしろ、その力を借りたいとさえ思うかもしれない。

ロブから見れば、辺境伯家にとって一番無害な冒険者と言えた。


「では、まず材料の入手方法でも考えますか」

「商業ギルドや運搬ギルドを利用するのは?」


 金さえ詰めば、材料は品物は商業ギルドが集めてくれる。

一番の問題は運搬費であるが、繋がりの出来た運搬ギルドなら多少は融通してくれるだろう。

そんな考えで言ったナッシュの言葉は、ハンスが否定した。


「料金が掛かり過ぎます。交渉した所で限度があるでしょう。辺境伯家が本格的に傾きますな」

「今では辺境伯家より、アリア個人の方が現金は持っておるかもしれんな。…と言うより、相変わらず金庫に手を付けていないのはなんなのだ」


 辺境伯達は知らない事であるが、モリィの溜め込んでいた金が想定より多かったのである。

ガリオンへ支払う食料品の料金以外は使う機会が無かったのだから、当然と言えば当然かもしれないが。

それも、さすがにガリオンとカッツェへの報酬で底を付いてしまった。

アリアが金庫内の金に手を付け始めるのもこれからだろう。


「畑の件は?」

「自然にどんな影響があるか解らないそうで。今回のような手はあまりするべきでは無いと言っていました。とは言え、クレア様のパーティ前にはやってくれるそうです」


 あれだけ急激に作物が育つのだ。

土地が痩せる可能性は否定出来ない。

その辺りを考慮して、アリアは同じ手を使う事に否定的だ。

しかしながら、辺境伯家の現状を思えば一度ぐらい手を貸す事に否は無い。


「…急激に育つそうなので、収穫の人員が欲しいそうですが」


 問題はそれをどこから集めるかである。

事情を知らぬ者を巻き込むのはさすがに躊躇う話だ。


 老人四人が大きく溜息を吐いた所で、それは起きた。


「待ってくださーい!!」


 ドドドドと何かが駆ける音とアリアの大声。

これだけ騒がしい貴族邸と言うのも珍しいかもしれない。


「今度は何だ…?」


 様子を見ようと辺境伯が腰を上げかけた時、ロブの私室がノックされた。


「ナッシュさんがこちらにいらっしゃると聞きました。試作したクッキーを置いておくので試食してみて下さい。では!」


 言いたい事を言い残して、再び駆け出す音が続く。

四人が顔を見合わせ、ロブが小さく頷く。

何があるのか予想も出来ず、開けるのがちょっと怖いのである。


 ドアに寄り、ゆっくりと扉を開けば、目の前には皿の置かれたトレイが。

アリアの言葉通り、それがクッキーだと確認した所で、ロブは溜めていた息を吐き出す。


「どうやら、本当にただのクッキーのようですな」

「一体なんだったのだ?」


 クッキーの並べられた皿をテーブルに置くと、毒見とばかりにロブが口にする。


「……ん?」

「…どうした?」

「………甘い」


 言わんとする所が解らず、辺境伯とハンスが首を傾げる。

一早く意味を察したナッシュが、クッキーを口にすれば――――。


「……砂糖…ではないようですが……」

「砂糖はパーティの料理を試作した時に、かなり使ったと聞いていますが?」

「そっちも気になるが、クッキーならバターが使われているのではないか? ん? いや、香りが…」


 辺境伯がそれぞれの感想を聞いた後、自身も口に含んでみる。

高価なクッキーと比べれば、少しパサパサしているだろうか。

しかし、口に含んだ瞬間、果実の香りが口内に広がる。


「…りんご?」


 それが何の香りか察した直後、クッキーの甘味が優しく続く。


「……どうやって作ったのだ?」

「解りません。詳細を聞いてみたい所ではありますが―――――」

「何故逃げるんですか!」


 ナッシュがそう続けた直後、窓の外を何者かが通り過ぎた。


 ……たっぷり十秒ほど沈黙した後、誰ともなく溜息を吐いた。




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