第67話 メイドの完全武装計画
正面に設置された的を前に、アリアは無言で立つ。
的との距離は大体十メートルぐらいだろうか。
妙な緊迫感の中、観客達も固唾を飲んで見守っている。
場所は騎士団の訓練場――――それも、建物内部に設置されている人目に付かない場所だ。
来ているのはオード辺境伯とハリス、グレイス、ナッシュ、ロブ、リゲルである。
クレアとセーラ、それと新入りを除いた辺境伯家のメインメンバーが勢揃いであった。
「一体何を作ったんですかね…」
ナッシュがボソリと呟く。
だが、それに答えられる者はいない。
むしろそれを確認する為の場なのだ。
―――――事の発端は、アリアの報告にある。
その日、畑の件の報告を受けた辺境伯は頭を抱えていた。
ガリオンはともかく、それを共に見てしまったカッツェと言う冒険者について、こちらに引き込むべきかもしれないと考えていた時、アリアは続けた。
「それと、暗器の作成に成功しました」
「―――――…暗器?」
グレイスやセーラが身を守る為に、身体に武器を仕込んでいるのは知っていた。
これまでの濃すぎる報告の後であっても聞き逃さなかったのは、こちら側へ引き込んだウリネ達にも、何か身を守る術を用意するべきかと考えている最中の事であったからだ。
「はい。工房で作成した物です」
そう言えば…と辺境伯は思い返す。
ロブ経由で、ロドニーからアリアが妙な物を作っているとの報告を受けていた。
その妙な物と言うのが、ロドニーから見ても何なのか理解出来ず、正確な報告が行えないとして漠然な内容が伝えられていたのだ。
――――辺境伯からすれば、アリアは妙な物しか作っていない。
何時も通りではないかとそれほど重く捉えてはいなかった。
しかし、もしかしたらそれが暗器だったのではと、急に不安が擡げた。
「……アリア、それを見せては貰えないだろうか」
「後ほど騎士団の訓練場で試験させて頂こうかと思っていましたので、良ろしければそちらで御覧になりますか?」
そうして今に至る。
見た所、アリアは丸腰で的と向かい合っているように見える。
暗器なのだからおかしな話ではないのだが、それをしているのがアリアと言うだけで妙に不安を感じるものだ。
「――――では、いきますね」
そう言ってアリアが腕を伸ばせば、袖口から何かが飛び出した。
小さなL字とでも言えばいいのか、持ち手らしき部分とそこから伸びる棒。
手の平に収まるサイズのそれはアリアの手にしっかりと握られ、的に向けられている。
「……おい、まさか……」
ロブがそう呟いた瞬間、激しい破裂音と共に目の前の的が粉砕された。
「……こう言った暗器なのですが」
所謂拳銃である。
音こそ大きいが、そもそも暗殺用ではないし、異常を知らせる事にも役立つだろう。
そう言った部分も踏まえて、アリア自身も中々のチョイスであったと自負している。
――――が、周りがどう思うかは別の話な訳で。
「ま、ま…魔銃じゃないか!」
「魔銃?」
魔銃とは。
魔力を媒介にして魔力弾を発射する武器だ。
過去に作られた遺物であり、現存する物はほとんど無い。
時折遺跡から発掘される程度…機構が解っておらず、ロストテクノロジーと化していた。
「発射しているのは魔力弾ではなく、魔物の牙から生成した実弾です。ですので、その魔銃とやらとは別物です」
冷静に返すアリアであるが、周りからすれば似たような物である。
「袖の中に隠せるよう小型化していますので、装填数は二発。故に身体中に仕込むようにしています」
アリアは両腕に一つずつ、スカートの裏に四つ、エプロンの裏に二つ、太ももに二つ。
合計でニ十発撃てる計算である。
「的が粉々じゃな…」
ロブが的を調べながら眉を顰めた。
威力の方はかなり過剰な代物なのである。
ここまでの威力になってしまったのは、アリアが使用している火薬の問題である。
普通の火薬と違い、アリアが使っているのは錬金術で作られた可燃性の物質。
…炉に使用した燃料と同じ物が使われているのだ。
通常の鉄であれば、これが爆発しただけで銃身が破壊されてしまう。
実際、鉄で作った時は撃った瞬間に銃が爆散した。
撃ったのがアリアでなければ大怪我していた事だろう。
仕方なしと魔物の牙で形成し、作り上げたのがこれである。
弾に関しても鉛玉では衝撃に耐えきれず、魔物の牙を使用する事になった。
……今後もこの武器が使用される限り、魔物達の受難は続くだろう。
「牙の耐久では対象に当たると同時に弾けてしまい、貫通力は殆どありません。ですが、対象に対する攻撃力は高いと言えるでしょう」
予期せぬ形であったが、マグナム弾と同じような代物になってしまっていた。
「……それは、ウリネ達でも使用出来るのでしょうか?」
ハリスとしては、ウリネ達が身を守る術についても考えなければならない。
これを彼女達が使用出来るのなら、捕まりでもしない限りはなんとかなるだろう。
「衝撃を殺す機構になっていますので、女性でも扱えるかと。当てるには修練が必要ですが」
「……こんな物を、誰にでも扱えると……?」
「敵に渡ったら厄介どころの騒ぎではないな…」
アリアはこれでもかなり自重したのである。
やはり、アサルトライフルにしなくて良かった。
アリアは自分の判断に満足そうに頷く。
それを胡乱気な目で見つめるフォックス…何時も通りの二人であった。
「問題は加減が効かない事ですね。手足ならともかく、頭や胴体に当ててしまえば相手のダメージも深刻なものになります」
そりゃそうだ。
砕けた的を見ていた数人は、ちょっと青褪めながら頷くのであった。
「多少不安はあるが……護身として有用なのは解った。これは幾つ作れる?」
「ご希望とあればいくらでも量産可能です」
材料はグロームスパイアにあるからね…。
どこか諦めた心境で、フォックスはそんな事を考えていた。
辺境伯からしても、誰にでも持たせるには不安があるが…何より、クレアに持たせるには丁度いいのではないかとも思うのだ。
そう言った意味で、確かに有用なのである。
(しかし…武器だけでなく、何か身を守る物も携帯出来たらいいのですが…)
前の世界で言う所の防弾チョッキのような。
メイド服の下に着られるような防具について、何かしら術は無いかと思考するアリアであった。




