第63話 取り込まれる人々
アリアが酒場で食事を取っている頃――――。
「…どうしたの? 冷めてしまうわよ?」
「「は、はひぃ!」」
ハルノとユラギはクレアの目の前のソファに腰掛け、味すら感じられない緊張感の元、無理矢理紅茶を流し込んでいた。
(お、おかしいわ。私達、なんでこんな場所に居るの!?)
(最近、仕事内容が変わって行ってるような…)
元々、アリアから狙われないように仕事を頑張っていた二人である。
だが、何故かアリアに連れられ畑仕事を手伝わされたかと思えば、今度はクレアの私室へと呼び出された。
呼び出された先では、病が治ったのではないかと噂されていた人物が、優雅に紅茶を啜っていた。
この事を知りたい、確証を得たいと言うメイドは多く居る事だろう。
これまで秘匿されていた情報が、突然、求めてもいないのに出て来てしまったのである。
「…我々は何故この場に集められたのでしょうか?」
同じく何も解らないまま呼び出されたのはニールだ。
警備をする訳でもなく、用意されたテーブルに座らせられている。
集まっているのは部屋の主であるクレアとそのメイドであるセーラ。
メイド長グレイスと料理長ナッシュ、騎士団長リゲル。
そして、何も知らされていないハルノとユラギとニールの合計八人だった。
「見ての通り、クレア様は長い闘病生活を終えられ、健康な状態へとお戻りになっています。辺境伯家としては、次期当主の快復を大々的に広める必要があります」
ニールの疑問にはグレイスが答えた。
辺境伯家としては次期当主が健在である事を知らしめ、貴族達を牽制する意味合いがある。
特に、今辺境伯家が置かれている状況を考えれば、これは非常に重要な転換点となる。
「我が辺境伯家の状況は、三人も重々承知の上の事と思います」
そう言って切り出したのはクレア本人。
市井にまで知られている訳ではないが、この屋敷に居る人物でこの家の現状を知らぬ者など居ないだろう。
無言で頷く三人に対し、クレアは小さく笑みを浮かべた。
つい最近まで生死の境を彷徨っていたとは思えぬ、貴族らしい気丈な笑みだった。
「――――ですので、生半可なパーティーをする訳にはいかないのです」
辺境伯家は健在である。
力を取り戻した。
そう思わせる必要がある訳だ。
「とは言え、財政的に厳しいのは確か。故にここでは貴賤に関わらず、様々な提案して頂きたいのです」
「料理の内容、ドレスのデザイン、パーティの形式――――。思い付く限りのものを検討します」
クレアの言にグレイスが補足すれば、それぞれがうーんと唸る。
「…料理長として手は抜かないつもりではあるんだが、そもそも材料が手に入らない。目玉になる料理を作るのは難しいだろうな」
ナッシュの工夫次第でまともな料理に見せる事は出来るだろう。
ただ、話題になるような料理までは作れない。
さすがに材料が手に入らな過ぎるし、手に入れる伝手が無いと言うのも問題だった。
「私としては、アリアに負けた件を指摘される可能性が高いでしょうし、マイナスイメージから始まってしまうのが申し訳ないです」
リゲルがそう言って項垂れれば、仕方なしとばかりにクレアは首を振る。
「いっそアリアに挑戦するイベントでも開きますか?」
「…話題にはなるでしょうが、アリアの変な噂が増えそうですね…」
そう冗談を言えば、セーラが不安を口にした。
意気込みだけはある辺境伯家の面々だが、足りないばかりで中々思うような案を現実に出来ないのであった。
◆
「―――――では、このメイドも?」
「はい! 怪しげな男に報告書のようなものを渡していました!!」
「それはわしも知らなんだ。上手く隠れたもんじゃのう」
ウリネが呼ばれているのは辺境伯の執務室だ。
ここでは辺境伯の他、ハリスやロブも居る。
ウリネからすれば、自分を救ってくれた二人と騎士団長まで務めた事のあるロブが勢揃い。
張り切らない訳が無い。
「ロブの報告と合わせ、敵と味方の識別が進むな」
「メイドの裏に居る貴族を追いますか?」
「いや、むしろ問題が無かったメイドを再度洗い直し、潔白を確定させよう。クレアのお披露目をするに当たり、人手の確保は急務だ」
心得たとばかりにロブが頷けば、辺境伯はウリネに向き直る。
早くなる鼓動を押さえながら、ビシッと姿勢を正すウリネ。
「ウリネ。君には仕事を頼みたい」
「なんでもお任せください!!」
辺境伯達からしても、ウリネを味方に引き込めたのは嬉しい誤算であった。
彼女が持っていた情報は想定以上のものであり、裏付けこそ必要なものの、屋敷に居るメイド達の敵味方がはっきり別れるものだった。
ロブとは違った観点からの精査…辺境伯家に足りない部分を補える人材と言える。
「仕事の内容は主に三つ。一つはクレア付きのメイドとしてセーラの補助に回る事。もう一つは、引き続きメイドの様子を窺い、何かあればグレイスかロブに報告を」
そこまで言うと、オード辺境伯は大きく息を吸い込む。
無意識に胃を押さえ、続きをウリネに伝える。
「最後に、アリアの動向を確認し、何かあればハリスか私に報告するのだ」
「…アリアの裏にも貴族が居ると言う事でしょうか?」
これまでのアレコレを知らないウリネからすれば、当然と言った疑問だったかもしれない。
ただ、他三人は頭を押さえたり目を強く閉じたり、なんとも言えない雰囲気を醸し出していた。
「貴族と繋がっている方がよほど楽かもしれん…。アリアはな―――――」
…こうして、ウリネにもアリアの秘密が暴露される。
なんだかんだ事後報告や、予想の斜め上の結果報告を届けて来るアリアに対し、お守が必要と判断されるのは無理の無い話だったかもしれない。
しかも、結果的にアリアを守る為ともなれば、ウリネのような人材は打ってつけだっただろう。
(これで少しはマシになるといいが…)
そう内心で呟くオード辺境伯は知らない。
すでにアリアの方で問題が起きている事を。




