第60話 暴かれる恋心
大変間が空いてしまって申し訳ありません。
以前よりペースは落ちますが、投降再開となります。
よろしくお願い致します。
グレイスに連れられ、グレイスの私室へ招かれたアリアとウリネ。
普段、凛とした様子のグレイスに寄らぬ、ピンク色の可愛らしい部屋へと通された。
何やら『いかがわしさ』すら感じるピンク色に対し、ウリネは一瞬怯みながら恐る恐る入室。
アリアに至っては一切気にする様子も無いまま、他人の部屋とは思えぬほど堂々と入室した。
さて、何があったかと問われたアリア。
ウリネの制止を押し退け、聞いた話を全て報告して見せた。
――――今では部屋の隅で頭を抱えるウリネを、グレイスが憐みの目で見つめている。
ここまで赤裸々に語られるとはウリネも考えなかっただろう。
「――――つまり恋をしているのです」
覚えた言葉を早速披露するアリア。
恋――――他の誰かを慕う様子。
アリアが持っている恋に対する理解はそれだけである。
恋の相談もお手の物と言えるアリアであったが、上手く行く確率の高い行動を知っているだけで、そこに伴う感情については全く理解出来ていない。
「――――――……そう」
この瞬間、グレイスが今後恋する事があろうと、アリアに相談する未来は無くなった。
もし相談なんてすれば、ウリネの二の舞になるのは見え切っている。
「…ウリネの今後について『も』想像出来ました。貴族との繋がりは無く、ウリネの目的も私達に害を為すものではない。…つまり、味方に引き入れろと言う事ですね?」
「はい。私兵を雇い、好きには出来ない状態は作れましたが、信頼出来る使用人が少ないのは変わりません。味方の増員は急務です」
最終的に判断を下すのはオード辺境伯、あるいはハンスとなるだろう。
だが、メイド長であるグレイスからの言葉があれば、ウリネを『身内』として引き入れる事も不可能ではない。
……問題は、何故『ウリネは大丈夫なのか』を説明出来ない点。
アリアであれば何も気にせず事実をありのままに伝えるだろうが、グレイスはそこまで非情にはなれなかった。
「ウリネを味方に引き入れる事に対して否はありませんが、確実に裏切らないと言う保証が欲しい所ですね…」
「自白剤でも飲ませましょうか?」
「じはく……」
ウリネが振り返ったかと思えば、真っ赤だった顔が青ざめていた。
オード辺境伯やハンスの目の前で公開告白する図でも思い浮かべたのだろう。
もしそんな事になれば、ウリネの乙女心は粉微塵である。
「――――…ウリネ、何か無いのですか? このままだと…」
「嫌! 絶対嫌ですからね!? 今考えるのでちょっと待って下さい!!」
えーっとえーっと…と、ウリネの呟きが静寂の中で木霊する。
乙女心を守る為、ウリネの頭は過去に類を見ないほど高速回転中だ。
そろそろ湯気でも立つのではないかとグレイスが心配した頃、ウリネはあらゆるものをかなぐり捨てた。
「き、貴族と繋がってそうなメイドを密告出来ます!」
自らの心を守る為、アリアの魔の手から逃れる為、同僚を売ったのである。
……いや、そもそも他の貴族と繋がっているメイドともなれば、愛しの人達を悩ませる敵とも言える。
ウリネからすれば割とどうでもいい相手なのであった。
「……なるほど?」
「こ、こう見えてライオネル様やハンス様に近付くメイドは網羅してますし、お二人の執務室周辺は用も無いのに良く通っていましたので、怪しい行動をしていたメイドは全員覚えています!!」
発言を聞く限り、一番怪しい行動をしていたメイドは他ならぬウリネだが。
貴族との繋がりが見当たらないのに疑われ続けていた理由も解ろうと言うものである。
ライバルになりそうな者は、ウリネのマル秘ノートに逐一書き込まれている。
何時何分、執務室前でウロウロしていたなど、かなり詳細に。
怪しい行動を取っていたメイドは、常にウリネにマークされていたのだった。
「……ふむ。…それを手土産にすれば、身内に捻じ込む事も出来るでしょうか。……いえ、同僚を売ったメイドとして、逆に警戒されるかもしれませんが…」
故あれば裏切ると受け取られても仕方ない。
あるいは、自分だけが情報を掴めるようにする為の工作とも取れる。
「……素直に全て報告すれば良いのでは?」
「やめて!?」
何を悩んでいるのか理解出来ぬまま、冷徹な提案をするアリア。
ウリネの悲痛な叫びに対し、グレイスは軽く咳払いをしつつ、言葉も無いまま首を振った。
「では、今までも報告するつもりがあり、辺境伯やハンスさんに近付こうとしていた。しかし、報告出来る状況が作れず、クレア様経由で報告しようとして、今日の一件に繋がった――――と言う方向ではどうでしょうか?」
「それなら、先に私に報告するのが筋では?」
「ウリネさんから見て、グレイスさんがどちら側か判断が付かなかった…と言うのは?」
「……まぁ、メイド長って私生活が謎に包まれてるし……」
ピンク色のテディベアに目配せしながら、ウリネがそっと呟いた。
そろそろ目がチカチカしてきている。
「…ふむ。確かに、誰が味方かなんて、ウリネには解らなかったかもしれませんね」
メイド長と言う立場を考えれば、グレイスは味方側の可能性は高かっただろう。
だが、他の貴族からスパイとして送り込まれたメイドを、見逃していたとも取れる立ち位置ではある。
それに比べれば、オード辺境伯本人や、娘のクレア、家令と言う立場のハンスに報告するのが一番確実で、揉み消される可能性の少ない選択とも思える。
アリアがそう付け加えれば、グレイスもコクリと頷いた。
「……その言い訳で行きましょう。ただし、あまり疑問に思われるようであれば真実を話します。私も辺境伯家に仕えるメイドですので、主に隠し事をするのは心苦しいので」
「……は…い……」
ガックリと落ち込んだのはウリネ。
この状況を作り出した元凶は、首を傾げながらその様子を眺めていた。
◆
……グレイスも伊達にメイド長を名乗ってはいなかった。
余計な詮索を避ける為、主に嘘を吐くのに罪悪感があった為、もう一手用意していたのである。
「……はぁ……」
クレアの私室にて、ウリネは小さくソファに座り、溜息を吐いた。
目の前にはクスクスと笑うクレアと、その後ろに立つアリアとセーラ。
……顔には出していないが、セーラも吹き出しそうになっているのを必死に堪えている。
「メイド長……クレア様を巻き込むなんて……」
そう。
真実味を持たせる為、追求を躱す為、グレイスはクレアに協力を求めたのだ。
本人達に話すよりダメージは少ない上、辺境伯達を説得出来る可能性が高い。
中々のチョイスである。
……まぁ、諸々の事がクレアとセーラには知られてしまったのではあるが。
とは言え、彼女達の立ち回りもあり、なんとかウリネを身内に迎える事が出来ている。
今日からウリネも、クレア付きのメイドとして職務に当たる事になったのだ。
「それにしても…ねぇ?」
「う゛…」
まさか、自分の祖父を恋い慕っているとは思ってもみなかった。
長い間伏せっていたとは言え、クレアとて乙女の端くれ。
本人に知られたくない…しかもこんな形で、と言う気持ちは痛いほど解る。
「…それで、どちらにするの?」
「…どちら、とは…?」
「勿論、お爺様とハンスの事よ」
「え…いや、その! お二方とも雲の上のような存在で、そこまで夢を見ていないと申しますか…!!」
どちらか選ぶ以前に、そもそも叶わぬ恋と、ただの妄想と自分に言い聞かせて来たのだ。
『選ぶ』と言う発想自体、ウリネは持ち合わせていない。
『どちらも慕っている』だけで、それが現実になるなど、そんな大それた事は考えていなかった。
――――見つめているだけでいい、語り掛けてくれるだけでいい、傍に居させてくれるだけでいい。
ウリネの心を支配していたのは、その一心だった。
「でも、二人とも独り身だし、後継ぎが絶対に必要と言う訳でもないわ」
「…はえ!?」
オード辺境伯の方はクレアが居るし、ハンスは家を継いでいる訳でもない。
辺境伯家としてはもう一人ぐらい後継者が居た方がいいとも思うが、クレアが継げないなら縁戚の家から養子を貰う算段もあったのだ。
今更である。
「お爺様達次第ではあるけれど…邪魔するつもりは無いから、お好きにどうぞ?」
孫娘からの、まさかのGOサインである。
ウリネは知らぬ事だが、なんならちょっと手助けしようとさえ思っている。
好奇心の強いご令嬢は、自分の祖父の恋路にさえ興味を示していた。
その二人の会話を聞きながら、よく理解出来ていないアリアと、最近活発になって来ている主を見て、釘を刺そうかどうか迷っているセーラの姿があった。




