第57話 冒険者
「こちらは…?」
商業ギルドで散々輸入品の要求をし、気付けば日は暮れ切っていた。
まだ頼みたい物があると言うアリアを引っ張り出し、今日は帰る事となった一向。
途中、喧噪を発する建物の前で、アリアが立ち止まった。
「ここは冒険者ギルドじゃな」
「なるほど」
冒険者。
異世界と言えばお約束とも言える職業。
「冒険者の主な仕事はどのようなものですか?」
「あー…まぁ、なんでも屋じゃな」
大昔は開拓者としての一面が強かった。
未開の地へ赴き、調査を行う。
場合によってはその場に留まり、開拓の手伝いや護衛をしていた。
しかし、世界の多くが開拓されて以降はその姿を変え始める。
その戦闘力を買われ、傭兵や魔物の討伐を行う戦力として雇われる事もあれば、その力を頼りに荷物運びを依頼される事もある。
それは長い時間を掛けて変化し続け、今では雑用などを任される事もある『なんでも屋』として認識されていた。
…まぁ、イオニス領を訪れる冒険者に期待されているのは、その腕っぷしであるが。
「あまり資料は残っていないようじゃが、何千年も前から存在する組織とも言われておるな」
「それほど前から?」
「少なくとも、初めて魔王が現れた時にはあったらしいからのう。少なくとも二千年以上前には存在しておったのじゃろう」
魔族と来て、今度は魔王。
いよいよファンタジー世界である。
「魔王と言うのは――――」
「どけよ、ガキ――――うおっと!?」
ギルドから出て来た冒険者が、目の前に立っていたアリアを押し退けようとする。
だが、アリアはその冒険者を見る事も無くサッと躱した。
お陰で、肩に触れようとしていた手が見事に空を切り、冒険者はバランスを崩し、転び掛けている。
「な、なんだお前、後ろに目でも付いてんのか?」
「メイドの嗜みでございます」
アリアはそう言ってカーテシーをして見せる。
これまで出来るだけ空気に徹していたニールだが、アリアの言葉を聞いて即座にセーラを見る。
視線を感じたセーラは、ただ首を横に振った。
そう遠くない未来、メイドに対する誤解が広まっていきそうな事案である。
「カッツェか。久しいな」
「んん? ロブ爺さんじゃないか! こんな所で――――顔の傷はどうした?」
どうやら知り合いであったらしいロブが、冒険者に声を掛けた。
冒険者の方はカッツェと言うらしく、黒髪に緑の瞳をした大柄な男だ。
カッツェはロブを見て表情を明るくするものの、すぐにその異常に気付く。
何せ一生残ると言われた傷が、綺麗さっぱり無くなっているのだ。
「腕のいい医者に治して貰ったのよ!」
「なんだ、折角カッコいい傷だったのに…」
「馬鹿を言うな。アレの所為で色男が台無しじゃったのだぞ」
互いに軽口を言い合い、それが二人の仲の良さを物語っている。
「しかし鎧まで着こんで…メイドを引き連れて何してんだ?」
「買い出しに付き合わされただけじゃよ。お主こそ随分と機嫌が悪そうじゃったが、一体どうした?」
先ほどまで笑顔を浮かべていたカッツェだったが、ロブの言葉で仏頂面を浮かべる。
壁に寄りかかりながら頭を搔くと、大きく溜息を吐いた。
「ここ最近、上手く行かなくてよぉ…」
「だからと言って、うちのメイドに当たるのは勘弁して貰いたいがな」
俯き気味だった顔を上げると、全くだ、とカッツェは頷いた。
「悪かったよ、嬢ちゃん」
「いえ、構いません」
結局触れる事も出来なかったのだ、これと言った被害があった訳でもない。
そう思って返せば、カッツェは更に大きな溜息を吐いた。
「これは重症じゃな。一体どうした?」
「…少し前の話なんだが、うちの冒険者が三人ぶっ飛ばされてな。相手は女だったらしいんだが、突然襲って来たそうなんだ」
「…ほう」
「犯人は見つかってねぇんだが、最近よく似た容姿の奴が目撃されてな。なんでも大荷物を運んで歩き回ってたそうなんだ。…けど、幾ら探しても見つからないんだよ」
……真っ先にアリアを見たのはフォックスだった。
「しかも、その荷物ってのがグロームスパイアの魔物の素材だったらしくてな。最近じゃ魔物の素材回収依頼ばっか来やがる。無茶言うなって言ったら、小娘に出来てなんで冒険者に出来ないんだって怒鳴りやがるんだ」
この辺りで、ロブ達も『ん?』と思い始めた。
「…どんな女なんじゃ?」
「変わった髪色の女で、光の加減で青にも黄色にも見えるそうだ。目の色は赤…歳の頃は十代半ばって話だ。…あと、すげぇ別嬪だっつってたな」
この場に、その容姿と一致する者が居る事には気付いているのだろうか。
あまり付き合いの無いニールでさえ、皆と同じ人物を見つめている。
「…アリア?」
「はい?」
「何か知りませんか?」
「いえ、初めて聞くお話です」
セーラに対し、何時もの無表情で言い切るアリア。
彼女は自ら人を襲った事なんて無いし、例の牙もアリアにとっては大荷物と言うほどではなかった。
自分の事ではないと思っても無理はない―――――と言うのは、さすがに楽観的ではないだろうか。
もしかしたらとすら思わないのは、図太いとしか言いようがない。
「…そんな目立つ見た目の奴が複数居るとは思えんのじゃが――――」
「あああああ!!! そいつだ!! あの時の女!!!」
ロブの声をかき消したのは、大きな男の声。
アリアはこの声に聞き覚えがあった。
初めてこの街を訪れた時に出会った三人の冒険者。
モリィから貰った服を古臭いとなじった三人がそこに居た。
「なんだ? 知り合いか?」
「そいつっす! 俺達を襲った女!!」
「はぁ?」
そう言われて、カッツェはアリアをまじまじと見つめる。
確かに、聞いていた容姿と良く似てはいる。
と言うより、言われるまで気付かないと言うのはどれだけ鈍いのか。
「女っつってたろ? まだガキじゃねぇか。……いや、乳は結構あるか?」
「ちち?」
「ガキっぽいのに胸はあるなって話だ」
「身体的特徴を揶揄する場合、セクハラに該当する可能性があります。言動には気を付けるべきかと」
「セクハラ? どっかで聞いたような気もするが…」
「セクシャル・ハラスメント。意味合いとしては性的な嫌がせを指します」
「そうなのか? アンタ物知りだな」
この二人を放っておくと、主題を無視してどこまでも脱線しそうだ。
現れた三人の冒険者もどう割って入ればいいか解らず、アリアを指差したままの姿勢で止まってしまった。
「この街にに来る前、古代遺跡で見つけた碑文があるんだが、アンタなら読めるか?」
「見てみなければ解りませんが、暗号解読は得意分野です」
「なら今度――――」
「…お主ら、もっと別にするべき話は無いのか?」
ロブが止めに入らなければ、一生戻って来なかったかもしれない。
アリアもアリアだが、カッツェも少々変わった人間であるらしい。
「話? ……ああ、お前らこのお嬢ちゃんに襲われたって?」
「そうっす! こいつが突然、暗がりで襲って来て――――」
「だそうだが、どうなんだ?」
カッツェは、信じていないのが一目で解るほど疑わしそうな目で三人を見ていた。
そもそもアリアの細腕で冒険者三人を倒したなど考え難い。
この街に居る冒険者はそれなりに腕のある者が殆どだ。
奇襲されたとしても、そう簡単にやられる冒険者ではやっていけない。
しかも犯人がアリアと言うのだから、疑わしくも感じるだろう。
それがまさか、真正面から…しかも、掴まれた状態から捻じ伏せたなどとは思う訳が無かった。
「私が襲い掛かったと言う事実はありません」
「…らしいぞ? お前ら本当なんだろうな?」
「お、俺らよりそいつを信じるんですか!?」
そう言われても、アリアを見て冒険者三人を倒せると思う人は少ない。
カッツェも例外ではなく、もし事実なら冒険者に向いていないんじゃないかとさえ思っていた。
「アリア、状況を教えてください」
このままでは平行線だと考えたセーラが、アリアに説明を促す。
アリアは口元に手を当て、当時を思い返す。
結局あの出来事が何だったのか解らないが、同じ説明を門兵にもしているので、苦も無く説明する事が出来た。
◆
「悪かったな、嬢ちゃん」
そこには、頭を下げるカッツェとカッツェに殴られてノビている冒険者が三人。
「突然、現れた時は何かと思ったが…」
ついでにもう一人増えていた。
あの時対応してくれた門兵なら覚えているのではないかと言われ、カッツェがすぐに確認しようと門までやって来たのだ。
帰るつもりがとんだ遠回りである。
「こいつらには改めて教育しとくからよ。冒険者式のな」
「冒険者式?」
「力で解らせるのさ」
「やり方を教えてください」
「おー、いいぜ」
駄目だこの二人。
アリアと混ぜてはいけない人種だと察しつつ、セーラはアリアの手を引く。
「さすがに遅くなってしまいました。そろそろ戻りましょう?」
「そうですか…残念ですが、冒険者式教育はまた今度と言う事で」
「おう、何時でも来な。ギルドで俺の名前を出せば取り次いでくれるはずだ」
ロクでもない約束をしながら、アリアはカッツェに頭を下げる。
「門兵さんもお邪魔して申し訳ありません」
「いや、このぐらい構わんさ。それより、何事も無かったようで何よりだ」
彼が言っているのは、アドモンとのその後の話をしているのだろう。
彼もアドモンの件で事情聴取を受けた一人だ。
アリアの薬が奪われた所を見たと証言してくれている。
「今はこの街に住んでいるんだろう? 俺はトリトンだ。もし困った事があれば尋ねて来るといい」
まぁ、冒険者相手に素手で立ち回れる人間が、そう困る事もないだろうが。
そう思いはしたが、それは口に出さないでおく。
「ありがとうございます」
そんなトリトンの内心には気付かず、アリアは丁寧に礼を返す。
ただ街を出歩いただけなのに、アリアと居るとあれこれと起こるものだ。
ロブとセーラは同じ思いを抱きながら、人知れず溜息を吐いた。
…まさか、帰ってからももう一悶着あるとは、この時点では想像していなかった。




