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元AI少女の異世界冒険譚  作者: シシロ
辺境伯領の変化
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第56話 商業ギルド

 あちこち覗き込みながらアリア達が辿り着いたのは、大きく目立つ建物。

掲げられた看板には、デフォルメされた金貨のマークと『商業ギルド・イオニス支部』と書かれている。


 元々は硬貨の価値を知ろうとして、話の流れで連れ出されたアリア。

しかし、どうせ街に繰り出すのならと、作物の苗も探す事にしたのだ。

 セーラにその事を伝えると、商業ギルドなら他領の苗も取り寄せて貰えると聞き、ここに行き着いたと言う訳である。


「……静かですね」

「ああ…まぁのう」


 商業ギルドとは、商人達が行き交い、情報交換や商談を行う場所。

そして、ギルド職員が間に入り、契約の保証人となって貰える場でもある。

 彼等は商売に対して貪欲であり、商業ギルドと言えば何時でも商人がごった返しているものだ。


 …が、それは他の領なら、と言う話。

残念ながら、イオニス領ではそんな活気が見られない。


「イオニス領に来る商人は、殆どが素材目的です。そちらは冒険者ギルドとのやり取りになるので、こちらを利用する事は殆どありませんね」


 商人が買いたいのはグロームスパイアの素材だ。

それも、冒険者達に依頼を出して採って来て貰うだけ。

来た時に魔物の素材があれば儲け物で、他領で売る為に買い取って行く。

…そのどれもが冒険者ギルドとのやり取りになるので、商業ギルドの仕事は殆ど無いのが真相だ。


「街中で商売をしている方達は?」

「あれも商人ではあるが、本質的には他領からの支援じゃな」


 他領の貴族は、支援として食料品などを送ってくれている。

近場の領主からすれば、イオニス領に無くなって貰っては困るからだ。

もし無くなるような事になれば、魔物を止める者が居なくなり、自分達の領に進出されてしまう。

 ただ、食料しか送らないままでは人が集まらない。

人が集まらなければ、イオニス領が領として立ちいかなくなってしまう。

それを避ける為、商人に依頼をして商売をさせているのだ。

 送り込まれる商人も利益は気にしない。

依頼として十分な金額を受け取っているし、何より貴族との繋がりが出来るのだ。

一応は両方とも特をしていると言える。


 …が、結局その負担を抱えているのは貴族の方だ。

イオニス領に無くなって貰っては困るが、他の地に住む自分達の負担になるのも馬鹿馬鹿しい話。

表立って何かを言う事はないが、商人や商品の質を見れば真意は明らかだ。

出来るだけ安く抑えようと言う魂胆が見え見えである。

先ほどアリアが食したりんごもいい例だろう。


「依頼をすれば、品質のいい食材も手に入るでしょうか?」

「保証は出来んな。何せ、ここはグロームスパイアのお膝元じゃからのう。危険を冒してまで商人が来てくれれば良いがな」


 貴族との繋がりや、十分以上の報酬が無ければ一般の商人は近付かない。

護衛を雇う金も馬鹿にならないし、護衛だってこんな場所には向かいたくないのだ。

人を集めるのだって一苦労。

自分で護衛を用意出来るような、大きい商会ぐらいしかこの場にはやって来ない。

素材を求めてやって来る商人がそれだ。

 そんな彼等は、このイオニス領を仕入れの場としか考えていない。

話してみた所で、色好い返事が貰えるとは思えなかった。


「まずは話を聞いてみましょう?」


 あれこれ悩んでいても始まらない。

セーラに促され、デスクに片肘を付く職員に声を掛ける。


「こんにちは」

「…はえ?」


 やる気の欠片も無い。

片肘を付いて寝入っていたらしい。


「え、あっ? お客様で…?」

「はい」


 そばかすが目立つ茶髪の青年は、目の前のアリアが信じられないとばかりに目を見開いた。

普段、どれだけ暇なのだろうか。


「他領から苗や種を集められないかと思いまして」

「な、苗と種でございますね!」


 口から垂れていたよだれを袖口で拭くと、青年は大慌てで姿勢を正した。


「客…? 客が来たのか…?」

「嘘だろ…明日は槍でも降るんじゃないか…?」

「夢に決まってるさ。年単位で誰も来てないんだぜ?」


 周囲からざわざわと言葉が漏れ聞こえて来る。

これを聞けば、商業ギルドがどんな場所なのか想像出来ると言うものだ。


 一応、オード辺境伯が魔瘴病の薬は無いかと探させていたりもしていたのだが、それはあくまでギルドマスターとのやり取りだけ。

実際にこの場を訪れる人物など、長い間いなかったのである。


「ど、どのような物をお探しでしょうか!?」

「まずは穀物類でしょうか。小麦や大麦、お米などを手に入れる事は出来ませんか?」


 身体を動かす為のエネルギー源、主食に分類される穀物だ。

品種改良し、栄養素を豊富に含むよう調整するとしても、そもそもの苗が無ければ話にならない。


「小麦はこの領でも手に入りますよ。幾つか農家をご案内出来ますが、紹介状をご用意致しましょうか?」

「お願いします」

「あとは大麦ですね? 確か、隣の国で栽培されていたと思います。品種に希望はありますか?」


 久しぶりの仕事でウキウキしながら、青年は話をしてくれる。

先ほどまで寝入っていたとは思えない変化だ。

それだけ、普段が暇と言う事でもあるのかもしれない。


「栄養素の豊富なものを」

「エイヨーソ?」


 聞き返す青年を見て、アリアは考え込む。

栄養素と言う概念がこの世界には無いらしい。

アリアが求める食材を探すには、大きな障害となるかもしれない。


「ビタミンB、カルシウム、カリウム―――――」

「わう…」


 栄養素で通じないのなら、それぞれの呼称を伝えればどうか。

そう思って羅列し始めたアリアの目の前に浮き、フォックスが首を振る。

栄養素で通じないのに、ビタミンとか言っても通じる訳がない。


「…駄目ですか」

「わふ」


 周りから見れば、突如として虚空と会話し始めたアリア。

皆が怪訝な目を向ける中、青年だけは職務に忠実であった。


「幾つかサンプルをお取り寄せしましょうか? 料金は頂きますし、少量とはなりますが、直接選んで頂いた方がお好みの物を探せるのでは?」

「是非」


 それが可能ならそれが一番いい。

単に大麦と言っても品種で栄養素に差があるだろう。

様々な品種を見る事で、品種改良の参考にもなる。


「あとは米でしたか。魔族領で栽培されていると言う穀物ですよね? 実物が手に入るかどうかは…」


 ここまでハキハキと答えていた青年だが、米の下りで難色を示した。

だが、アリアはそこではなく、別の単語が気に掛かる。


「魔族領?」

「大陸の南側、魔族が支配する地域の事じゃ」


 今アリア達が居る大陸、その南半分は魔族が生活している地域だ。

かつては五百年以上に亘って戦争をしていた時期もあるが、今は互いに不可侵領域として不干渉を貫いている。

グロームスパイアもイオニス側は人間領であるが、逆側は魔族領…丁度ど真ん中に位置する場所なのだ。


 グロームスパイアが国の管理下に無いのは、魔族領との摩擦を起こさぬ為でもある。

互いの領との間にグロームスパイアと言う空白地帯があるからこそ、この国は魔族領と接する事なく、問題が起きにくいのだ。


「…魔族とは?」


 世間知らずとは思っていたが、ここまでか。

そう思って、ロブは眉間を押さえる。


「…長くなりそうですし、それは帰ってからに致しませんか?」


 セーラの提案に、眉間を押さえたままロブが頷く。


 クレアも、本来ならば学業に励む年齢だ。

元々は王都の学院に通っていたが、魔瘴病に掛かった事でイオニス領で療養していた。

健康になった今、学院の勉強に追いつく為に家庭教師を付けるのは想像に難くない。

そこに、アリアを加えるよう進言しよう。

……尤も、その家庭教師役になるのは、高い確率でロブなのだが。


 言葉は交わさずとも、ロブとセーラは頷き合い、お互いの考えを読み取る。

辺境伯家の主要メンバーは、アイコンタクトを使いこなすほどには信頼し合っていた。


 対して、アリアは黙り込んだ二人の意図が解らず、フォックスに目を向ける。

どうしたのだろうと首を傾げるアリアに、フォックスはお前の所為だとばかりに溜息を吐いた。

こちらの二人には、まだまだアイコンタクトは難しいようである。




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