表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元AI少女の異世界冒険譚  作者: シシロ
辺境伯領の変化
54/77

第53話 片手

 さて、これだけの出来事があれば、当然報告は欠かせない。

ロブはアリアとロドニーを連れ、辺境伯の元へと駆け込んだ。


「………そうか」


 ずっと黙ったまま胃を押さえていた辺境伯が、たった一言だけ捻り出した。

短い言葉だったが、そこに彼の苦悩が現れている。


「家具屋ロドニーよ。お前から見てアリアが作った物はどうだった?」

「世紀の大発明、ってところですな。あの炉だけでも、鍛冶屋の喉から手が出てくるでしょうよ」


 それを全て見てしまった以上、ロドニーを放置する訳にはいかない。

この時点でロドニーを引き込む事が決定した。


「ロドニーはわしが騎士時代に世話になった鍛冶屋でもあります。信頼に足る事はわしが保証しますぞ」

「解っている。お前が勧める工房だからこそ、使用を許可したのだからな」


 そんな神妙な会話をする中、当の本人はフォックスの尻尾を撫でながらぼーっと話を聞いていた。


(……やり過ぎたでしょうか。本来の目標値の十パーセントまでで抑えていたのですが)


 これでも彼女なりに自重していたらしい。

アリアの読みでは十パーセントまでは問題無いと予想していたが、高性能AIの予測は見事に外れた。

まぁ、この世界の事をロクに知らないままなので、そんな不確定な情報で導き出せる計算の信用度など高が知れているのだが。


「アリアの身を案じるのは解りますが、あの品質の鋼鉄が生み出せるなら騎士団の装備品だってガラリと変わりますぜ。兵の損失も減るし、魔物の討伐が楽になりゃ魔物の素材だって…」

「それは解っているのだ」


 高品質の鉄製品が手に入る。

それだけで商人や職人、あるいは武具を求める冒険者が集まって来る。

楽に魔物が狩れるなら、その素材も売れるようになるだろう。

経済が活発化するのは間違いない。


「…アリアの事ですかい?」


 少々人目を集めすぎる。

この知識を持っているのがアリアだけだとすれば、それだけで彼女は狙われる。


 特に、アリアは錬金術師だ。

彼女の素性ばバレた場合、辺境伯家にとっても厄介な話になる。

 いや、それよりも重要なのは貴族達も欲しがるだろうと言う事。

アリアが錬金術師である以上、他の貴族は表立って欲しがる事は出来ない。

ならばどうするか。

正攻法ではない手段を取る事は容易に想像出来る。


「ロドニーをスケープゴードにするより無いのでは?」

「そうなるな…」


 ここに、囮が一人増える事となった。

これらの技術を生み出し、様々な道具を作り出したのがロドニーであると広報するのだ。


「スケープゴート?」


 訳が解らないと言う顔で、ロドニーが眉を顰めた。





「っつー事は、アリアは錬金術師なのか?」

「いえ、メイドです」


 本人はまだ錬金術師のつもりはない。

と言うより、『まとも』な下級ポーションを作れるまでは名乗れないと、自分でハードルを設定してしまっている。


「…ただのメイドにあんなもん作られてたら、世の職人は何て名乗ればいいんだ?」

「騎士や薬師達も職を名乗れなくなるな…」


 そんな事になったら身分証明が大変である。


「しかし、モリィ婆さんの弟子ねぇ。俺も昔大怪我をした時にゃ、婆さんのポーションに世話になったよ。世の中、どこで繋がって来るか解らねぇもんだな」


 そう言って、ロドニーはアリアが淹れた紅茶を飲み干した。


「ここに来る前、ロブさんには言わせて貰いましたが、アリアが何か作る時にゃ同席させて頂きたい。それが条件ですぜ」

「構わん。こちらとしても、目立つ物を作った時には報告して貰いたい」


 アリアはロドニーに紅茶を注ぎながら、ひょっとして迷惑を掛けたのではないかと思い至った。

だがしかし、明確にお叱りを受けていないのも確か。

謝るべきか否かを考えながら、話の流れを見守る。


「あー、それでだな。アリアよ」

「はい」


 やはりやり過ぎたのか。

そう覚悟を持ってお叱りを受けようと思ったアリアであったが、辺境伯が声を掛けたのは別の理由からだった。


「以前から気になっていたのだが…お前は素材をどこで集めているのだ? 素材を買おうにも、お前は金庫に手を付けていないようだが…」


 今回作った炉の材料。

それだけでなく、工具や農具に使用した素材もそうだ。

彼女はどこからも買った様子が無いのである。


「グロームスパイアです」

「……鉄鉱石もか?」

「はい。鉄鉱石が取れる洞窟がありますので」


 これだけ身近に住んでいる辺境伯達でさえ、グロームスパイアから鉄鉱石が取れるなどとは知らなかった。

まぁ、情報源はフォックスなのだが。

フォックスに聞けば、グロームスパイアの素材事情は大体解るのである。


(街に売られている素材より、グロームスパイアで取れる素材の方が良質なのかもしれんな)


 アリアが金を使わない理由を、辺境伯はそうと理解した。

しかし、実際は違う。

アリアはまだ、この世界の通貨について情報を得ていないのである。

金庫から引っ張り出した所で、それの価値が解らないのだからどうしようもない。


 当初はガリオンに尋ねようと思っていたが、なんだかんだとタイミングを失って今に至る。

そもそも街中を出歩かないので買い物はしないし、素材が自分の庭(グロームスパイア)で取れてしまう以上、必要に迫られる事も無かったのだ。


 今度セーラ辺りに聞いてみようか―――ここに来てようやく、その考えが浮かび上がった。


「それともう一つ。……ずっと気に掛かっていた事があるのだが」

「なんでしょうか?」


 質問の切り出し方に、ロブの表情が引き締まる。

とうとう素性を尋ねるのか。

そんな緊迫感が部屋を包んだ。


「………その、君は元の国ではどのような存在だったのだ? 扱いと言うか、立場と言うか……」


 アリアの知識は一般人が持つようなものではない。

その立ち振る舞いも含め、かなり上の立場である可能性も考えられた。

どこかの国の王女…なんて事さえ考えられる。


「扱いや立場と言われましても…。私には人権もありませんでしたので」


 アリアとしては特に含みもなく答えたつもりだ。

AIなので立場も持たないし、扱いに関しては十人十色だ。

召使いのように使う者も居れば、仕事上のパートナーとして扱ってくれる者も居る。

 教師役、部下役、相談相手、遊び相手。

様々な役割を果たすのがアリアの在り方であり、存在意義だった。

AIに人権が無い以上、これと言った正解も無いのである。


 ただし、言われた方はそう受け取れない。

人権が無いとまで断言されては、深読みするのが人の性。


(元は奴隷で、生活が嫌になって逃げだしたか? いや、そんな立場の人間が、これほどの知識を持つ訳がない)


 であれば。

例えば、やんごとなき立場の人間が愛人との間に作った子供。

そうならば高い水準の教育を受けている事も納得出来るし、表向き存在しない人間として扱われたとしても不思議はない。

 親が亡くなった後、跡目争いを恐れた誰かに命を狙われたとも考えられる。

それを生き抜く為の戦闘能力。

グロームスパイアに逃げ込んだのも、そこならば追っ手が掛からないと考えたから。


「…そうだったか」


 完全に誤解なのだが、何故か筋が通ってしまった。


 アリアの立場を思い、心を痛める辺境伯とロブ。

だが、貴族とは違う世界で生きて来たロドニーには、そんな考えにまでは及ばない。

ただ、聞かれたくなくて誤魔化したのだろうと勝手に納得していた。


 意味も無く、なんともしんみりした空気が流れ、少しだけ沈黙が訪れる。

深く頷く辺境伯やロブと、なんで会話が止まったんだろうと首を傾げるアリア。

フォックスは何か誤解がありそうな気がしつつも、フォックス自身アリアの素性を知らないので指摘出来ない。


「そう言えば、俺も聞きたい事があるんだ」


 唯一付いていけなかったロドニーだけが、自分の心のまま質問を口にした。


「なんでしょうか?」

「お嬢ちゃん、牙を運んでたんだよな? 片手で」

「はい」


 ロドニーは、アリアと過ごす内に一つ疑問を抱いた。

噂では、牙を縦に重ねて片手で運んでいたと言う。


 ……何故片手なのか?

別に、二つに分けて両手で持てばいいのではないか。


「もう片方も空いていたのに、なんで片手で運んだんだ?」


 大した問いではない。

けれど、どう考えても運びにくい。

片手を空けなければいけない理由でもあったのか。


「いえ、荷物を持っていたので両手が塞がっていたのです」

「他にも素材を採って来たのだろう?」


 先ほど、素材はグロームスパイアで集めていると言っていたばかりだ。

牙を集めるついでに、他の素材も集めていたと考えるのが自然だろう。


「素材とする訳ではなく、調査の為です。川の水質を調べる為、下流の水と上流の水を比べてみようかと」

「――――………上流の…水…?」


 アリアが気にしていたのは、川の水質。


 川には魚も住んでおり、恐らく使用に問題は無いのだろうとは思われた。

だが、川を遡れば赤く、生物の居ない川へと変貌する。

水質に疑問を持つのも当然である。


「はい。この近くを通る川ですが、上流は赤い水で構成されています。危険は無いのか、一度調べてみた方が良いかと考えました」


 これは領主からしても有意義な調査だろう。

この川に異常があれば、それを使用する街の人にも何かしらの影響が出ている可能性が高い。

問題は、赤い水が流れている上流とは、どこにあるのかと言う話だ。


「ま、まさか……お主、中腹より先…景色が変わる場所まで進んだのか……?」

「景色が変わる場所とは、赤い川や赤い花、黒い木が生えている場所の事でしょうか?」

「行ったのか!?」

「…? はい」


 ロブと辺境伯が凄まじい剣幕で問い詰める。

黙っていたロドニーも、顎が外れそうなほど大口を開けている。


 グロームスパイアの中腹以降、景色が一変する場所が存在する。

その先は最上位の魔物が存在する、世界で最も危険な地域。

伝わっている伝説を紐解くだけでも、辿り着いたのは数人だけ。

 いや、きっと辿り着いた者はそれなりに居るのだろう。

だが、生きて帰って来た者がそれだけ少ないと言う事でもある。


 どうやら、その数人にアリアが含まれる事になったらしい。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ