第52話 鍛冶の女神
炉を改良した後、アリアがやった事。
まずは型を作り、そこに鉄を流し込む。
更なる炉の強化と工具の改良を行う為、その為の工具を作り出した。
強化と改良が済めば、それで新たな工具を作って更なる改修を重ねる。
ここ数日は一日中工房に籠り、あれやれこれやと作業を続けていた。
出来上がった農具などの説明を受けながら、ロブは考える。
もっと早く止めるべきだったと。
炉に関しては知識が足りず、どの程度のものなのか判断が付かなかった。
初めは、作られた工具類を見てもそれほど大した事は無いのだろうと考えた。
アリアが最初に作ったのは、あくまで目標とする工具を作る為の工具。
あまり拘った作りではなかったのだ。
その工具を使い炉を改良。
改良された炉を利用し、更に精密な工具を作る。
この時点では、まだ改良された工具と言った程度の認識。
だが、人とは不思議なもので。
今度はこんな事が出来るようになった、こんな工具も作った―――――そうやって、順に見て行くと感覚が麻痺してしまうらしい。
……気付いた時には、当初作られた工具とは似ても似つかない物が並んでいた。
更に言えば、それによって作られた農具なども作られ、そこでようやく正気に戻ったのである。
「これは、なんだ…?」
「種まき機です」
目の前には車輪の付いた手押し車のような道具。
これを押しながら歩く事で、一定間隔毎に種が撒かれると言う。
「…農具も、随分様変わりしたな…」
「耐久性を確保しつつ、形状を変えて使用し易いようにしています」
機械こそ無いものの、ホームセンターで売られていそうな農具が並んでいる。
アリアはこの時点で、現代で通用するような農具を生み出しているのである。
アリアとしてはまだまだ上を目指したい所であるが、この世界の人間からすれば十分過ぎるほどにカルチャーショックだろう。
これらに錬金術の知識を使う強化案も存在するぐらいだ。
「すげぇな。耐久性に関しちゃ今までのもんとは比較にならないぜ?」
素直に喜ぶロドニーを見ながら、頭痛に耐えるロブ。
果たしてこれを世に出していいものか。
「これ以上となると、アルミやカーボンでしょうか。素材を探す所から始めねばなりませんが…」
あとは魔物の素材が候補に挙がるが、少なくとも集めてあった牙は理想に合わない。
硬度も軽さも理想的とは言えるが、加工の難しさから量産に向かない。
それをするのならば、加工の為の機械を作らねばならない。
「……ロドニー。ここにある農具は、お前から見てどう映る?」
問われたロドニーは、近場にあった斧を手に取る。
「これなんか、騎士団が使ってるバトルアックスより優秀なんじゃねぇかな。持ち手が木製だが、これを取り換えりゃすぐにでも使えると思うぜ?」
「戦闘に使うような調整はしていませんので、それならば最初から戦闘用として作った方が良いでしょう」
「この素材で作れるんなら、大層立派な斧になるだろうなぁ」
駄目だ、ロドニーはアリア側の人間だ。
作られた農具を見て、目がキラキラしている。
当初の燃え尽きていたような姿はどこへやら、今は職人の顔付きに戻ってしまっていた。
「これらの道具で農業を始める場合、やはり効率的なのか?」
「そりゃあそうさ。こんだけ頑丈なら少しぐらい乱暴に扱ったって壊れやしない。鎌や斧の切れ味もいいし、これがありゃあ土地を整えんのも早くなる」
ロドニーはそう言って机の上に置いてあったインゴットを手に取る。
これは、鉄の品質を確かめる為にサンプルとして作ったものだ。
元々の鉄鉱石があまり質のいいものでは無かったのに、このインゴットは不純物の少ない、高い品質を保っている。
「こんなもんが作れるなら、この技術で領全体の産業が変わって来る。武器や防具だけじゃない。日用品まで化けるだろうさ」
しかも、アリアが言うにはまだ道半ば。
更に上があると言うのだから、胸が高鳴ると言うものだ。
「…そこまでか?」
「ロブさん、こいつは鉄のインゴットじゃねぇ。王都でも見た事のない高品質の鋼鉄だ。ここにある農具にはそれが使用されてんのさ」
これを作れたのはアリアの知識が大きい。
何をどうすれば鋼鉄になるのか、アリアは知っている。
素材の不十分さはあるが、それでも、今ある物で作れる最高品質の鋼鉄だと言っていい。
ロドニーは作った物を確認するアリアをチラリと見る。
アリアがやった事について、今この場で一番理解しているのはロドニーであった。
「あの娘、何者だ? 炉の作り方もそうだし、道具の改良の仕方も普通じゃねぇ。生涯を鍛冶に捧げた俺が言うぜ。ありゃ、名工さえ持たない知識だ」
ロドニーは家具職人であるが、この領の性質上武具を作ったり調整する事もある。
ロブと面識があるのもその関係だ。
それゆえに、様々な鍛冶に精通している職人でもある。
そのロドニーから見れば、アリアと言う存在は異質過ぎる。
「それを、こんなにあっさり見せてくれる。普通なら門外不出だぞ」
「……あー……」
ロドニーは辺境伯家に関連する人物ではない。
ロブが個人的に信用しているだけだ。
故に、アリアが錬金術師である事も彼は知らない。
「鍛冶だけじゃねぇ。あのよく解らんレンガや火薬。鋼鉄に塗った錆止めとか言う液体。他にも変なもんがボロボロ出て来る」
「それはじゃな……」
明らかに口籠るロブに対し、ロドニーは深く溜息を吐いた。
「言えねぇってんなら聞かないがな。良く覚えときな。…あの娘、千金に値する価値がある。もしロクでもねぇ連中に知られたら、それこそ血眼になって奪いに来るぜ?」
常軌を逸するような錬金術の腕。
医学に対する非常識なほどの知識。
名工でさえ作れないと言う鋼鉄を、あっと言う間に作るだけの技術。
それらを全て記憶している、その頭脳。
国でさえ召し上げたい逸材なのは間違いないだろう。
いや、若返りの薬が作れる時点で、世界中の誰から狙われてもおかしくはない。
「……ロドニーよ。わしはお前を信用しとるが、事が事でな。すまんが、巻き込まれてくれんか?」
途中で止めなかったロブが一番悪いのだが、すでに見られてしまった以上は手放す訳にはいかなくなった。
彼からアリアに関する事が漏れた場合、イオニス領内だけで済む話では無くなって来ている。
「…するってーと、辺境伯家に仕えろって話かい?」
「辺境伯家御用鍛冶師にでもなって貰うかもしれんな。…要は、取り立ててやるからここで見た事は口外するなって話になるじゃろう」
ロドニーは鍛冶職人だ。
彼にとって、より良い物を作ると言うのが生涯に渡る目標。
…そして、今、目の前にはそれを為せるだけの素材がある。
「一つ下心があるんだが、言ってみてもいいかい?」
「聞こう」
立て掛けられた鍬に触れ、ロドニーの口元が緩む。
鉄が凄いと言うだけじゃない、木の処理に関しても熟練の技を感じさせる手触り。
「アリアが何かを作る時、俺にも手伝わせてくれ。こんなもん、どこの鍛冶屋に弟子入りしても学べるもんじゃねぇ」
アリアが何者なのかは解らない。
だが――――。
「あいつぁ、俺にとっちゃ鍛冶の女神だよ」




