第51話 忠誠
アリアは炉を改良しながら、並行して薬の作成を行っていた。
その薬とは、アドモンの私兵達が抱える病人へと送られる物。
その多くは、この世界では不治の病、あるいはかなり長期化するとされる病気であった。
が、アリアの改善案にはこれらに対する治療法が書かれており、その原因すら特定されている。
幾つかの治療薬はアレンによって再現され、すでに治療の目途が立った者達も居た。
(……この世界の技術力では、この辺りが限界と言う事でしょうか)
再現された治療薬は、アリアからすれば雑とも言える出来だったが。
むしろ、地球のような設備環境が無い中、効果のある薬を作っただけで十分アレンは優秀だと言えるだろう。
サンプルとして渡された治療薬を見た後は、その後の経過報告を確認する。
副作用が少しだけ強く出ているようだが、それでも治療は行えているようだ。
副作用も命に関わるほどのものではないし、そのまま継続させて問題はないだろう。
このまま投与し続ければ、そう遠くない内に治療も終わる。
さて、問題はアレンが対処出来なかった病気。
その殆どが抗生物質を必要とする病気だ。
つまり、原因は細菌。
(抗生物質を作るには、それなりの施設が必要となりますが…その必要は無いでしょう)
アリアが治療する場合、抗生物質は必須では無かった。
錬金術で作った薬が代わりとなる。
アリアの作る下級ポーションの『失敗作』であるが、その後効能について検証を行って来た。
怪我に関しては上級ポーションを超える治癒力を持ち、大きな欠損や古傷、致命傷でなければほぼ治療出来る。
そして、活力剤としての効果も高まっていて、重篤化するような病気でなければ大体対処出来るぐらいには万能であった。
その効果の中には、細菌により発症する病気も含まれる。
これは、下級ポーションの材料として使われる素材に、殺菌の効果が含まれていた為と思われている。
この殺菌効果が高まり、細菌にまで影響を及ぼしているようなのだ。
(これだけの効果を持ちながら、副作用も無いとは……錬金術とは大きな可能性を秘めた学問と言えるでしょうね)
世の錬金術師が聞いたら顎が外れそうな効果だが、これまで会った錬金術師がモリィだけなので、アリアにはこれが異常と言う発想が出ない。
下級ポーションがここまでの効果を持つなど、恐らく誰も考えた事が無いのではなかろうか。
そんな訳で、アドモンの私兵達が抱える病人については、ほぼ全員が下級ポーションで治療出来てしまうものだった。
アリアに話が来る前に運搬ギルドでポーションを手に入れていたとしたら、私兵達を取り込む案も流れてしまっていたかもしれない。
とは言え、下級ポーションだけでは治療出来ない病気も存在した。
だが、アリアの頭の中にはモリィが遺した錬金術書が記憶されている。
この錬金術書には、モリィが生涯の中で生み出したオリジナルの薬も含まれており、少々厄介な病気にも対応出来ている。
なんだかんだとアリアが目立つが、モリィも間違いなく天才的な錬金術師であったのだ。
◆
数日後、アリアが様々な工具や農具、トレーニング器具を作り始めていた頃、辺境伯家の大広間では百人近い兵士が膝を付いていた。
彼等は元々、アドモンに仕えていた私兵。
抱えていた病人を治して貰えるなら、辺境伯家に忠誠を誓うと言っていた当人達である。
そして、それは現実の物となった。
アレンの治療薬によって治療されている患者は未だ完治には至っていないものの、素人が見ても解るほど持ち直している。
アリアの薬で治療された者に至っては、すでに日常生活を送り始めていた。
「お約束通り、我等はライオネル・イオニス・オード辺境伯へ忠誠を誓います」
代表と思われる赤髪の男が、そう言って自らの剣を差し出した。
「うむ―――」
重々しい声で、オード辺境伯は騎士の元へ歩み寄る。
周りにはハリスを始めとした辺境伯家の主要メンバー、その他メイド達も集まっている。
逆に、この場に居ないのはアリアとロブ、クレアとセーラの四人だけ。
辺境伯家にとって、この一件にどれほど気合いを入れているかが解ると言うものだ。
辺境伯は、騎士に歩みよりながらここまでの事を思い返す。
アリアの元へアレンの診療結果が届いた事は知っていたし、数日中に仕上げると答えていたとも聞いている。
だが、それにしたって早い。
工房の使用を許可し、その後は工房と部屋とを行き来していたので、暫くは工房を優先するのかと思っていた。
錬金術に使う機材を作りたいとも言っていたし、機材を作る必要があるのだろう、と。
まさか並行して薬を作っていた上、投与から回復まで一瞬だなんて思わなかった。
クレアの時は経過観察もあり、アリアの薬であってもそれなりに時間は掛かったのだ。
なのに、今回は例の会議からまだ一週間しか経っていない。
ロブがアリアを連れて工房へ向かったのが会議の次の日。
二日目は屋敷に籠って炉の素材と薬を作り、三日目にはガリオンに薬を届けて貰いつつ、炉の作成開始。
四日目には炉の試運転と薬の投与が行われた。
薬の方は即日効果を見せ、アレンが病人の診察を行った。
その結果が出揃ったのが六日目――――全員完治しているとの報告が辺境伯の元に届けられた。
で、今日に至る。
病気があっと言う間に治った事で感動したのか、昨日の時点で『何時でも辺境伯家へ馳せ参じる』と連絡が来ている。
辺境伯家としてはすぐにでも欲しい人手。
今後、彼等の忠誠がどれだけの物かは見極めなければならないが、来てくれると言うのであればと早速この場が設けられたのだ。
辺境伯は差し出された剣を持ち、私兵の肩へと剣を当てる。
騎士が主へと忠誠を誓う儀式。
私兵とは言え騎士の端くれである以上、これがどれだけ重い誓いか理解していないはずが無い。
(自ら剣を差し出すとはな。…想像していたより、心強い味方を得たかもしれん)
オード辺境伯は、百人近い兵達に一人一人儀式を行う。
かなりの時間が掛かるだろうが、これは周囲に見せつける意味合いもあった。
メイド達から貴族達に伝われば、辺境伯家が力を取り戻しつつあると広く周知する事が出来る。
暗殺が難しくなったと理解させれば、余計な危険に対する牽制にもなるだろう。
だが、危険な手でもあった。
実際、ハリスには一度反対されている。
薬はあくまでアレンが用意した事となっているが、その結果求められたのは『辺境伯家への忠誠』。
私兵達からすれば、この薬の出所に辺境伯家が一枚嚙んでいる事など想像に難くない。
この事を私兵達が広めれば、辺境伯家にとって悪い噂となる可能性もある。
辺境伯家が錬金術師を抱えているのではないか――――そんな予想に、信憑性を持たせる事になる。
それでもこの話を推し進めたのは、大切な者が病魔に侵される苦しみを、オード辺境伯が誰よりも良く解っていたから。
……その恩が、どれほど大きいかを理解していたからだ。
「汝を我が騎士と認める」
「身命を賭して…!」
感極まった騎士が、僅かに声を震わせる。
辺境伯も同じ気持ちを思い返し、一瞬だけ目を閉じる。
アドモンに反発心を抱きながらも、彼等は逆らわなかった。
大切な者を救うには、それしか無かったから。
他領に救いを求めようにも、重篤な患者なら動かせないだろう。
薬を買って来ると言う選択肢もあっただろうが、隣の領へ行き、帰るまで一週間は掛かる。
イオニス領の道中など魔物の危険が付き纏う上、それで治るならまだしも、そうでないのなら定期的に続ける必要がある。
道中命を落とす事があれば患者はどうなるか。
万が一薬が切れたらどうすればいいのか。
…命に直結する以上、そんな賭けみたいな真似は出来ない。
だからこそ、アドモンに従うしかなかったのだ。
「――――……」
膝を付いて頭を垂れる彼等を、辺境伯は優し気な目で見つめる。
ロブの判断待ちではあるが、恐らく彼等は裏切らないだろう。
そうなれば、アリアの事情を話して彼女に護衛を付ける事にもなるかもしれない。
……いや、護衛と言うより変な事をしないように監視する役割になるだろうが。
突然儀式が止まった事で、幾人かが視線を上げる。
辺境伯は小さく笑った。
「大切な者の笑顔と言うのは、何者にも代えがたいものであるな…」
『騎士達』は、一瞬目を丸くしたものの、大きく頷く。
オード辺境伯がアリアを匿う本当の理由。
クレアの完治が確認された時点で、オード辺境伯がアリアを雇う必要など無かったのだ。
彼女によって救われた部分も多いが、錬金術師を匿っているとなれば家の衰退も有り得る。
目的は果たしているし、わざわざ危険を呼び込む意味などない。
貴族的な話をすれば、用が済んだ時点でアリアを始末する事が最善だったとさえ言える。
今となってはそれも不可能だったろうと思うが、あの当時ならその選択肢だって有り得たのだ。
そうしなかったのは、一重に『クレアを救われたから』。
大切な孫娘を救ってくれた恩人に、刃を向ける事が出来なかった。
同じなのだ。
この騎士達と、オード辺境伯は。
(全く、罪深い娘よな…)
貴族の跡取りを救ったのに、彼女は何も求めなかった。
大金を得る事だって出来たのだ。
なんと言っても、辺境伯家の弱みを握ったのだから。
結果的にメイドと言う職は得たが、アリアの能力ならどこでもやっていけるだろう。
それこそ、運搬ギルドで雇って貰うことだって出来たはずだ。
ここに残る理由など、アリアの方にこそ存在しない。
ポーションで得た金も今の所一切手を付けていないし、確認すらしていない。
勝手に使われるとは思わないのかと疑問に思う。
ただでさえ、辺境伯家は裕福とは言えないのだから。
破天荒さばかり目立つが、結局の所、彼女は善人なのだ。
誰かが困っていれば見捨てられない。
そこに損得を考えない。
…危う過ぎると思うほどに、アリアは真っ直ぐだ。
だから、守ろうと思える。
邪な者に手出しされないように。
アリアがアリアらしく在れるように。
辺境伯がどんなに苦労しようとも、アリアを手放さそうと思わないのはそれが理由だ。
(この者らが剣を捧げるべきは、わしではないだろうな)
むしろ、自分こそ剣を捧げるべきか。
そんな考えに苦笑が漏れそうになるが、儀式の途中である事を思い出し、辺境伯は表情を引き締めた。




