第49話 アリアの作る物
アリアは何時もの無表情でロブの後ろを歩く。
こちらに来てアリアが移動したのは辺境伯家と運搬ギルド、騎士団宿舎とそれらの道中だけ。
こうして街中を歩くのは初めての経験だった。
こうやって街並みを見て回れたと言う理由もあるが、今は工房に向かっているのだ。
オード辺境伯から許可が下り、ロブの付き添いが条件と言う形で使用が認められたのである。
故に、このポーカーフェイスではあるが内心はウキウキである。
…この状態が舞い上がっていると表現されるものとは知らぬままであったが。
「借りられた工房は閉鎖間近のものでな。道具はかなり古びているそうじゃ」
「そうですか」
古びているのなら、道具から作り始めれば良い。
アリアはどこまでも前向きである。
「後継者に恵まれなくてな。他の工房に押されていると言うのもあって、今の親方が引退すると同時に閉鎖するそうじゃよ」
時代の流れに勝てなかったと言う事だろう。
そんな世知辛い話を聞きつつ、ロブに案内されたのは一件の工房。
作っていたのは鉄製の家具だったようで、サンプルのように幾つかの商品が立て掛けられていた。
「ここがロドニー家具店―――の工房じゃな」
アリアが建物を見上げれば、年期の入った作りが目に止まる。
崩れるほどではないが、修繕も行き渡っているとは言えない。
ここ最近の経済事情が見えるようであった。
「古い建物だろ? 俺みたいなロートルにゃお似合いだがな」
そう言って工房から出て来たのは白髪の男性。
ロブより少し若いぐらいだろうか。
閉鎖間近とは聞いていたが、こうして顔を合わせればそれも現実味を帯びて来る。
「アリアと申します。この度は工房をお貸し頂きありがとうございます」
「いいって事よ。俺はロドニーだ。古臭い道具しかないが、好きに使ってくれ。どうせ閉鎖する時にゃ捨てちまうもんだからな」
職人としては自分の道具を他人に使われるのが気に食わない人物も居るだろう。
だが、ロドニーはこの様子で、なんだか色々と諦めてしまっているようにも見える。
アリアにとってそれは残念な事で、人として生まれた以上、その終わりまで輝いていて欲しいと思ってしまう。
元々の彼女が生まれた理由は、あらゆる人の人生が豊かになるようサポートする事だったのだから。
これは最早、アリアの本能に近い感覚であるだろう。
「ロドニーよ、久しぶりじゃな。随分丸くなったようだ」
「ロブさんはなんだか若返ったか? 俺の方が老けて見えるぜ」
「老いたからこそ、もう一花咲かせねばと思ってな」
言葉通り若返ったなどとは言えず、そんな返事を返しながらガハハと笑った。
「しかし……ふんふん……」
アリアを上から下まで眺め、ロドニーは頷く。
何だろうと首を傾げれば、ロドニーはニッと笑った。
「噂のお嬢ちゃんがこんなに若いとはねぇ。俺はてっきり、ムキムキの熊みたいな女を思い浮かべてたが」
「噂ですか?」
「メイド服を着た女が、一つ二十キロぐらいありそうな牙を十本以上重ねて持ってたってな。縦に重ねて大道芸人みたいだったって噂になってたぜ」
噂になっていた事を知らなかったのか。
そう思うよりも先に、別の事がロブの胸に引っかかった。
「――――……十本…『以上』?」
ロブもアリアの噂は耳にしていた。
しかし、騎士団に運ばれた牙が十本と言う事で、てっきりそれが全てなのだと思っていたのだ。
「正確には二十六本回収して来ました」
倍以上である。
一つ五十センチとして考えても縦に重ねれば十三メートル。
遠くからでもさぞ目立った事だろう。
「他の十六本はどこへ消えた…?」
「長い物や大きい物は加工する時に不便かと思い、騎士団には届けませんでした。今は私の部屋にあります」
今回は下見のつもりで来ているので持って来てはいないが、これから作る物の材料として使う予定もある。
と言うより、元から材料にするつもりで多めに取って来ているのだ。
屋敷の者に目撃されていないのは、入口から運んだ訳ではないから。
彼女が言った通り、部屋に運んだのは大きい牙。
屋敷内を運ぶのは難しいと考え、アリアは自室の窓から運び込んだのである。
ロブは額に手を当てて、深い溜息を吐いた。
アリアの犠牲になった魔物は最低五体ではなく、最低十三体であると言う事が確定した。
騎士団が一匹相手に命懸けで対処するのに、アリアにとっては一匹の魔物などなんて事は無いのだろう。
…そう考えると、これまでの騎士団の努力が崩れ去って行くようで、ロブは軽い眩暈を覚えていた。
「…そりゃあ、アレだけ目撃者が居る訳じゃな…」
アリアが牙を運んでいたと言う話を聞き、その噂の真偽を確かめたロブ。
歩き回る必要もなく、適当な飲み屋で耳を澄ませば簡単に情報が手に入った。
アリア自身が目立つ容姿をしている所為かと思っていたが、どうやらそれ以上の理由があったらしい。
「また変わったお嬢ちゃんを連れて来たな。今回は何を作るつもりなんだ?」
「色々じゃよ…」
説明し切れる自信が無い。
そう思い、それとなく躱すロブであった。
「ほーん。まぁいいさ。んじゃ、さっそく案内してやるよ」
そう言って開け放たれた扉からは、埃っぽい空気が流れ出した。
まずは掃除だろうか、そんな事を考えつつ、アリアも後に続く。
入った瞬間に広間があり、奥には炉も見える。
所々に作業用の机が設置されており、その壁には工具が掛けられていた。
(この世界の技術レベルが伺えますね)
使い古された工具を見るだけでも、この世界の製鉄技術がそれほど高くない事を物語っている。
金属鎧や鉄性の武器がある事から、もう少し技術力が高いものと思っていたが、どうやら武具のみのものであるらしい。
それも当然と言えば当然だ。
魔物と言う脅威が存在する世界で、武器や防具の開発は急務。
そちらに技術力が傾くのも当たり前の話なのだ。
「どうだ? 道具の説明が必要なら教えるぜ?」
アリアは口元に手を当てながら、工房内を見回す。
ここの道具や設備でどれだけの物が作れるか計算しているのである。
「問題ありません」
「そうかい?」
扱った事があるのだろうか。
ロドニーが考えたその疑問は、アリアの考えとは遠い。
アリアがこの工房を見て出した結論。
道具や設備から作り直す。
故に、今この場にある道具の説明は必要無い――――そう考えていたのだ。
唯一この答えの意味を理解していたフォックスと、何やら妙な含みを感じたロブだけが胡乱気な目でアリアを見つめていた。




