第48話 苦労人達の会議2
「続けて、アリアが起こした騒動についてだ。まず、リゲルと模擬戦を行い、リゲルが打ちのめされた件について」
「不甲斐ないばかりです」
「貴族共は騒ぐだろうが、この件について咎める事は無い。お前には引き続き、団長としての責務を全うして貰うつもりだ」
辺境伯としても、信頼出来るリゲルが団長でなくなるのは困る。
騎士団は辺境伯寄りの組織であり、団員達も同じだ。
何かあれば最前線に立って来た辺境伯だからこそ、双方の絆は固いのである。
そこに水を差すような真似はしたくない。
「聞けば、アリアの方が異常だったと言うだけじゃろう? リゲルが気にする事はあるまいよ。文句を言ってくる奴等には、アリアを嗾けてやればいい」
そう言って笑うのはロブだ。
実際、アリアに負けるようでは団長に相応しくないと言うのであれば、イオニス領で騎士団長になれる者は居なくなってしまう。
この件に関しては言及するだけ無駄なのだ。
「…そのアリアだが、その後にワイバーンとフェルグリムの牙を運んでいる姿が目撃された。本人曰く、引っこ抜いて来たらしいが」
「そちらに関してはわしの方でも聞いておりますぞ。街中に目撃者が居りましたからな」
街の人間にまでは認知されていなかったアリアであるが、あの一件で顔が知れ渡ってしまった。
幸か不幸か、それが原因でアリアが護衛であるとの噂に繋がっているのであるが。
「牙は騎士団に渡されたそうだな?」
「扱える鍛冶屋が少なく、今は持て余してしまっています。騎士団の装備品ともなれば使い捨てにされる事も多く、高価な装備品が扱い難いと言うのも理由ですが」
グロームスパイアの魔物から取れた素材となれば、材料としても一級品だ。
腕のいい鍛冶屋でなければ加工出来ないぐらいには扱いも難しい。
これまでもグロームスパイアの魔物と戦い、その亡骸を確保した事はあった。
ただし、互いに命を賭けた激戦になる為、素材もボロボロ……真っ当な素材として使える事は殆ど無かったのである。
更に言えば、グロームスパイアの魔物と戦う騎士団にとっては装備品など使い捨てだ。
武器が折れる事なんて珍しくもないし、一撃食らえば鎧はひしゃげ、骨まで折れる。
武器の持ち替えは必須として訓練して来たし、鎧も即死しないためのものでしかないのだ。
それと比べると、牙を使った装備は常用するには高すぎるし、失った時の損失も大きい。
この先も常にあるとは言えない以上、それ在りきの訓練をする訳にもいかず、牙は訓練場に飾られたままになっていた。
「牙はアリアからの寄付と言う扱いになる。そちらの使い道はリゲルに任せよう。薬師局の財務上不審な点もある。そちらで浮いた分の資金は騎士団の方へ回すつもりだ。それを使って、優秀な騎士に誂えるのも良いだろう」
「はっ、検討致します」
リゲルの返答を聞いた所で、さて、と指を組む辺境伯。
今日、皆を集めたのは意見を求める為だ。
何に対してか?
アリアがやった事で、まだ話題に出ていない事がある。
「先日、アリアが怒っていると噂になっていたが、本人から事情を聞く事が出来た。なんでも、新薬の効果であったらしい」
「………今度は何を作ったんです?」
ナッシュの目が胡乱気なものになった。
どんな新薬を作れば、アリアが怒っていると言う噂になるのか想像も出来ない。
「魔物避けの薬だそうだ。接近する者に対し、威嚇されているよう錯覚させる効果があると言っていた。怒っているかのように見えたのは、それが原因だろうと」
また妙な物を作り始めたか。
思う事は皆一緒だった。
「それの実験を行い、効果が確認されたようでな。農地の開拓をさせて欲しいと打診があった。人目に付く事を避ける為、アリア一人でやるつもりのようだ」
『反対です』
全員の声が揃った。
辺境伯に向けられる目は、真剣そのものである。
「……聞くまでもないようにも思うが、何故反対する?」
「アリアを放っておくと何かが起きます」
「絶対に開拓だけじゃ終わりませんよ」
「想像の数倍は大きな問題にして帰って来るでしょうな」
グレイス、リゲル、ハンスと、畳みかけるようにして続く。
残りの者も発言していないだけで、うんうんと頷いている。
これが辺境伯家の重鎮達による、アリアへの評価であった。
「お前達の心配は理解した。わしも全く同じ気持ちだ。…だが、この領の産業を大きく変え得る画期的な薬であるのも確か。アリア一人に任せる事なく、何か別の方法で採用したいと考えている」
「ならばわしがやりましょう」
そう言って挙手したのはロブだ。
庭師をしているロブなら、多少の畑仕事にも心得がある。
「わしがアリアの監視役となり、共に作業しましょうぞ」
「街の外での作業になるぞ?」
「構いませぬ。ついでに、アドモンの私兵達を護衛として連れ、彼等の忠誠心を試すのも良いでしょうな」
アリアの薬の事は伏せ、街の外に連れ出す。
何時襲われるか解らないような状況に置かれれば、彼等が信用に足るかどうかも解ると言うものだ。
「…解った。ロブとアリアが居れば滅多な事は無いだろうが、危険な作業になるだろう。十分気を付けるように」
「はっ」
あとはこの結果次第ではあるが、一先ずの対応としてはこれで十分だろう。
実験結果次第で、これをどう広めて行くかと言う難題が待ち受けているが。
「これに関連して、アリアから要望があってな。…何やら工房を使わせて欲しいと言って来た」
「工房? 何に使うんです?」
ナッシュの質問を受け、辺境伯は軽く咳払いする。
「錬金術で使用する道具や農機具、雑用品に暗器……あと、何に使うか解らんがトレーニング器具とも言っていたな」
この時点で疑問も多いが、問題にしたいのはそこではない。
これらの物品には『アリアの作る、あるいは考える』と言う枕詞が入るのだ。
今、辺境伯達が考える物と同一の物が出て来る可能性は低い。
恐らく、斜め上の物体が誕生する事だろう。
「不安しかありませんね…」
アレンの言葉が、彼等の心情を物語っていた。
「正直何が出て来るか解らん。今は保留にしているが、農機具はすぐに使う気でいるだろう。どんな物体であれ、アリアが作る以上有効ではあると思うが」
「説明に困ると言う、何時もの奴ですね」
どう取り繕ってもアリアが目立つ事になるのは間違いない。
医療関係ならアレンがスケープゴートになれるが、他の事となると適任が居ないのだ。
ただでさえ注目されているのに、これ以上目立つ真似はしてほしくないと言うのが彼等の心情であった。
「…そちらに関してもわしが付いて行き、出来上がった物を精査しましょう。あまりに突拍子も無いものであれば、封印させようと思います」
「頼めるか?」
「はっ」
ちょっとした工夫程度ならいいだろう。
だが、アリアが作る物がその程度で済む訳が無い。
この時点で、ロブは九割方封印させる方針で居た。
「これの結果次第でまた状況が動くだろう。皆には苦労を掛けると思うが、引き続きよろしく頼む」
『はっ』
こうして苦労人達の会議は終わる。
結局、始めから最後までアリア絡みの話題で終わってしまった。
予想していたとは言え、参加者達は誰ともなく苦笑を浮かべるのであった。




