第47話 苦労人達の会議
「すまないな。皆、忙しかっただろうに」
「いえ、お気になさらず。――――それで、話とは?」
ここは、オード辺境伯の執務室に隣接する部屋。
所謂会議室であるが、執務室からしか出入り出来ない特別な部屋だ。
ここに招かれるのは、この屋敷の中でも主要な人物しかいない。
今集まっているのは、辺境伯を始めとし、ハリス、グレイス、ロブ、ナッシュ、リゲル――――そして、今回はアレンの姿もあった。
「皆にも、今この領で起きている事を共有しておくべきかと思ってな。…まずは、ここ最近は手が回らず、雑務を任せきりになっていた事を詫びよう」
「とんでもございません。―――ライオネル様でないと対応出来ない事も多く、心苦しく思っておりました」
そう言って胸に手を当てるハリス。
その様子を見ながら、辺境伯は重々しく頷いた。
「皆も知っての通り、グロームスパイアで魔物が暴れた件を皮切りに、領内で様々な動きがあった。――――色々有り過ぎて忘れているかもしれんし、一度まとめておこう」
辺境伯が話し始めたのは、後にグロームスパイアの変と呼ばれる内容。
魔物の異変から始まり、アドモンの投獄までを順序立てて説明する。
「貴族共は黙らせたので?」
一通り話を聞いた後、ロブがそう尋ねる。
元々、自分の身を探られるのを嫌う貴族達が多かった。
後ろ暗い事の一つや二つあったのだろう。
アドモンが裁かれるのを見て、己の身にも降りかかるかもしれないとなれば、アドモンの扱いについても異議を唱えるのは目に見えていた。
…実際、辺境伯の元まで直談判に訪れた者も居たぐらいだ。
「始まりはアリアに対する犯罪行為だが、アドモンの屋敷などを調べる内に様々な犯罪の証拠や証言が出て来た。あれだけ決定的な物を見せられて、それでも無罪放免にしろとは言えまいよ」
これまで強気に出ていた貴族達も、さすがに引き下がった。
あれこれと文句を付けて来た相手が、すごすごと帰って行く様は胸がすく思いであった。
「その後はアリアによってクレアの治療が行われ、そちらも完治したと報告を受けている。今は病弱な身を改善する為に、軽い運動をさせているそうだ」
半分以上は筋肉信者による布教活動の結果だ。
まさか孫娘にそんな魔の手が伸びているとは知らない辺境伯である。
「これからの事として、クレアの体調改善が済んだ後、領の貴族達に向けて快復を祝うパーティを開く。まだ何時とは言えんが、そのつもりで居てくれ」
「畏まりました」
「お任せください」
辺境伯に頷くのはハンスとグレイスだ。
パーティの準備となれば、この二人が主導していく事になる。
「懸念されていた、クレア様に対する害意はどうなっておりますか?」
次期領主ともなれば、早めに消えて貰いたいと思う者も多いだろう。
病気が治っても、クレアの身が安全とは言い難い。
クレアを守る為に、リゲル達は辺境伯邸の監視を強めていた。
不審な者が出入りしないよう、常に気を配っている。
…ただ、邸内で起こった事までは解らないと言うのが問題だ。
近くにセーラが居り、ただのメイドであれば彼女一人で対応出来るぐらいには鍛えられている。
いざとなれば元騎士団のハンス、ロブ、ナッシュなども居るし、滅多な事は無いだろうと思いつつも、目の届かない所と言うのは不安になるものだ。
「今の所はこれと言った動きが見られんな。セーラとアリア以外のメイドとは会わせておらんし、貴族共も確証が掴めていないのかもしれん」
「どうやら貴族達の間では、クレア様を守るためにアリアを護衛として雇ったと噂されているようですな。ここ最近の暴れっぷりを見て、手を出しあぐねているだけかもしれませんぞ」
ロブの読みが当たりだ。
アリアが正体不明過ぎて、貴族達も静観するしかない状態になっている。
「そのまま大人しくしてくれていればいいのだがな。…それと、クレアに使った活性化の薬だが、若返りの効果が確認された。リゲルとアレン以外の五人は、検証と言う形で全員口にしている」
言われて、それぞれが顔を合わせる。
オード辺境伯は白髪が減り、顔の皺も減った。
ハンス、ナッシュにも同じ効果が見られる。
ロブに関してはこの中で一番年長であると言う事もあり、彼等ほど明確な変化は無いものの、加齢により落ちて来た筋力が再び力を取り戻した。
力試しとばかりにリゲルと打ち合い、良い所まで打ち合えたほどだ。
かつてはロブも、このイオニス領で騎士団長の座についていた人物なのである。
そしてグレイス。
そもそも二十六歳と言う事で、見た目の変化は殆ど無い―――――ように見えるのは、グレイスが化粧とメガネで誤魔化しているから。
実際は、アリア達と大差無い年齢に見えるほど若返ってしまい、尚且つ視力が改善されて伊達眼鏡を使用している始末だ。
人により若返る年齢に差があり、尚且つその限界値も違うとは予想されていたものの、グレイスはかなり若返ってしまう側の人間であったらしい。
「――――当然、封印した」
「でしょうね…」
アリアには辺境伯の許可無く作らないと約束させている。
こんな物が作れると解った日には、アリアの取り合いで戦争が始まる事だろう。
「その後、アリアによってロブの顔の傷とナッシュの足の治療が行われた。見ての通り、今ではなんの影響も残っていない」
「もう二度と走れないと言われていたんですがね。世の中何があるか解らんもんです」
古傷が無くなり、今では思いのままに動く事が出来る。
元騎士団とは言え、邸内の護衛とはカウントされていなかったナッシュ。
今では勘を取り戻す為、時々ロブと模擬戦をするほど活発に動き回っていた。
「クレアと二人の治療についてだが、表向きはアレンがやった事となっている。二人の方は大々的に広めるつもりはないが、クレアの方は隠す訳にもいくまい。快復を祝うパーティでは、貴族共にも説明せねばならんだろう」
「はい…」
アリアが錬金術師である事を隠すためのスケープゴート。
それでクレアが助かるならと容易く引き受けたが、思った以上の大事になってしまった。
これから説明されるであろう事も含めて、覚悟はしていても不安が尽きないアレンである。
「薬に関してだが、もう一つある。モリィがポーションを卸していた運搬ギルドで、現在はアリアのポーションが売られている。これは運搬ギルド側からの要望でもあり、すでに次回分の予約まで入っている状況だ」
モリィのポーションが無くなってから、運搬ギルドで怪我をした者は働けなくなっていた。
それの治療と、老人達が買って行くポーションでかなりの量が消費されている。
…ついでに言えば、運搬ギルドにとってポーションは身近な物であった為、元々二日酔いなどでも使用されていたのだ。
下級ポーションには怪我を治す効能だけでなく、活力剤としての効果もある。
栄養ドリンク感覚で飲む者も多い。
それ故、その消費量は凄まじいものがあった。
「アレンの方にも緊急用としてポーションが卸されているが、効果が高すぎて噂になりつつあるようだ」
「その……死に掛けていた患者が数人、即日退院しています……」
噂になるのは困ると思いつつも、助けられるのが解っていて出し惜しむアレンではない。
その時になれば結局、迷う事なく使用してしまうのである。
最近では、その後に青褪めるのもセットとなっていた。
「これらのポーションはアレンが作成した新薬と言う事で話が付いている。この屋敷から運び出す際にも運搬ギルドの協力があり、今の所はアリアまで辿られる心配は無さそうだ。運搬ギルドとしても重要な品だからな。向こうも隠すのに協力してくれている」
アリアからガリオンの手に渡り、そこから別のギルド員の手に渡る。
更には同時に何人ものギルド員が囮として街中に出ているのだ。
何より、街中の道に関して運搬ギルドより詳しい者など居はしない。
彼等が全力で撒こうとした場合、着いて行く事すら難しいだろう。
「結果的にとは言え、辺境伯家と運搬ギルドの繋がりが強くなりましたな」
「全くだ。特に敵対していた訳ではないが、向こうは錬金術師の薬を扱っていたからな。わし等としては、理由も無く接触する事が出来なかった」
ハンスも辺境伯も、運搬ギルドとの付き合い方には頭を悩ませてきた。
錬金術師の薬を扱っている組織と、貴族の家。
付かず離れずを徹底して来たが、ここに来てようやく強固な繋がりを持つ事が出来た。
それも、表向きは今まで通りと言う形で。
向こうもアリアについて悟られないよう、そう振る舞ってくれるのだから有難い話である。
「これらの噂はすぐに広まるだろう。そして、噂の中心になるのはアレンだ。――――これらを利用し、アレンを薬師局の長に据えようと思う」
実績としては十分だろう。
薬師局で治せなかったクレアを、彼は治した事になる。
それ所か名医と噂されるようになれば、尚の事説得力が増す。
「アリアが現在薬師局で使われている薬の改善案を出して来た。…アレン、薬の実用化は?」
「全ては不可能ですし、完全再現が難しい物もあります。不完全ながら作れた薬では臨床実験が行われており、現状の薬よりかなり高い効果が確認されています。アリアさんからすれば不満かもしれませんが、イオニス領の医学が大きく発展するかと」
アリアの改善案は、アレンにとっては最早聖典と言えるほどの価値があった。
理解出来ない内容もまだまだ多いが、今までの知識が覆るような事が山ほど書かれている。
アリアを変わった人だとは思いながらも、この中で一番尊敬しているのは間違いなくアレンであろう。
「アレンの薬師局長就任に関しても、クレアのパーティでまとめて発表する。実際に治ったクレアが目の前に居るのだ。これ以上無い発表の場となろう」
「であれば、アレン殿の正装もご用意致します」
「頼んだ、ハンス」
アレンを長に据える事で、薬師局と辺境伯家との繋がりが強くなる。
これまで好き勝手してきた局員も居るだろうが、今後はそんな真似も出来なくなるだろう。
「それと、アレンが絡んだ件がもう一つある。アドモンが囲っていた私兵達だが、病人の治療を条件に我が家に忠誠を誓うと返答があった。現在はアレンが診察し、治療が難しいものに関してはアリアの手を借りる事となっている。アレン、診察の方はどうなっている?」
「先ほど言った臨床実験と言うのがそちらになります。アリアさんから頂いた改善案で、何人かが完治に向かっています。その他、現状で治療が難しい物に関しては、アリアさんに診察結果を届けて貰っています」
「診察結果は先ほどアレンさんから頂き、アリアに手渡して来た所です。数日中に仕上げるとの事でした」
アレン、グレイスと続けて報告が上がる。
辺境伯は満足そうに頷いた後、紅茶で舌を湿らせた。
イオニス領に騎士団は存在し、辺境伯家を守るべく行動してくれてはいるが、彼等はあくまで領を守る為の軍隊だ。
邸内を守る為に騎士団を配置すれば、それは職権乱用と言う事になる。
本来であれば、私兵を用意し護衛させるものなのだ。
だが、辺境伯には私兵が居ない。
と言うのも、メイド達でさえスパイが送り込まれているのに、護衛にスパイが居ては暗殺などし放題。
信頼出来るだけの者が集められなかったのである。
唯一信頼関係がある騎士団では殉職や怪我による退役が多く、常に人手不足。
そちらから私兵として引き入れてしまう訳にもいかないのだ。
だが、アドモンの私兵を囲う事によってその問題が解決する。
彼等に恩を売り、自らの私兵とするのが辺境伯の狙いだ。
これで、邸内で好き勝手される心配も減ると言うもの。
ここまでが、これまで起きた件で解決の目途が立ったものである。
そして、ここに皆を集めた本題はこれから始まるのだ。




