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元AI少女の異世界冒険譚  作者: シシロ
元AIメイド爆誕
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第41話 出荷

「いやぁ、グロームスパイアがまた騒がしかったらしいな。アリアが家に戻ってる時じゃなくて良かったぜ」


 開口一番、そんな事を言うのはガリオンである。


 今日はアリアが作った薬をアレンと運搬ギルドへ出荷する日なのだ。


「少し前に行ったばかりですが…特に変わった様子はありませんでしたよ?」

「そうなのか? なんか魔物達がギャーギャー騒いでたらしいが……まぁ、なんでもいいやな」


 その原因は目の前に居るのだが。

牙を集めて来た時の出来事が、こんな所にまで知られていた。


「世間話もいいですが、人目に付いては困ります。早々に片付けましょう」


 ハンスが促せば、奥から荷車を引いたロブが現れた。

荷車の中は、アレンの元へ行く中級ポーションと運搬ギルドへ行く下級ポーションである。


「アレンさんの方は赤い印が付いている方です。運搬ギルド行きは青い印ですね」

「了解だ」


 現在、真夜中である。

明かりも付けずに密会している姿は、なんとも怪しい集団に見える事だろう。


 何故こんな怪しいやり取りをしているかと言えば、屋敷のメイド達に察知されない為だ。


 クレアの寝室には隠し通路があり、その行先は騎士団の寄宿舎がある裏手側に続いている。

アリアが作った物を外に出す際、メイド達の目に触れないようこの通路が使用される事になったのだ。

 そして、出口で待っていたのはガリオン。

ガリオンなら事情は知っているし、何より運搬ギルドの関係者だ。

彼の手を通じてアレンと運搬ギルドへポーションを届けようと言う作戦だったのである。


「運搬に関する費用は―――」

「ハンス様。前にも言ったが、これは俺達が頼んだ事でもあるんだ。金なんて受け取っちまったらサブマスターにぶん殴られちまうよ」


 逆に、ポーションの代金はオード辺境伯が受け取る事になっている。

オード辺境伯ならアレンや運搬ギルドのマスターと会っていても不自然さはないだろう。

 受け取る報酬は想像以上に大きい額になった為、屋敷の金庫に保管される予定だ。

今では、辺境伯の屋敷にアリア専用の金庫が用意されている。


「じゃ、日が昇る前に退散するとしますか。アリア、他にも仕事があったら言ってくれよ。最優先で引き受けるぜ」


 そう言って手を振ると、ガリオンは荷台を引いてこの場を去って行く。

まだ初回生産分ではあるが、薬の作成には一区切りが付いた形になった。

今後は依頼後に増産していく事になるだろう。


「…では、我々も誰かの目に触れる前に戻るとしましょうか」

「そうじゃな。嬢ちゃんもあんまり夜更かしせず、さっさと寝るんじゃぞ」

「はい」


 アリアの背をポンっと叩き、ロブは元来た道を戻っていく。


 アリアに触れた手をチラリと見て、ロブは小さく頷く。

……軽く押したぐらいではあるが、アリアは微動だにしなかった。

その事を理解し、リゲルの噂は本当だったかと確信するロブである。





 さて、そんな事があった次の日の事。


 早速とばかりにオード辺境伯とアレンが話し合っていた。

…オード辺境伯は胃を押さえ、アレンは額を覆った状態での異様な会談ではあったが。


「―――……死に掛けていた患者が即日退院した…と?」

「……ええ。重体の患者に対する臨床実験が行われていないとの事でしたので、私の所に運ばれて来た方に試してみたんです。…あのままでしたら、今日の朝日は見られなかったでしょう」


 アレンの所に送られた中級ポーションは、古傷などの治療についてはナッシュやロブで確認済みであった。

しかし、それ以上の怪我については試した事がないのである。

当然、怪我人が居なければ試しようが無いからだ。


 そんな訳で、アレンの所に来た患者に使用してみたと言う話である。


 患者の容態は非常にまずい状態だった。

その日の朝早く、馬車が脱輪して横転、御者をしていた男性が馬車の下敷きになった。

―――アレンが診察した段階で、内臓の破裂と複雑骨折が多数。

すでに手の施しようが無かった。

むしろ、アレンの元に運ばれて来た段階で、息を引き取っていなかったのが奇跡とも言える。


 治療法はすでになく、有り得るとすればアリアの薬。

アレンも、少しだけでも痛みが和らげばいい――――――そんな諦めにも似た気持ちで投与したのである。


 ―――――薬を飲んで一時間後、御者は元気に退院して行った。

送り出したアレンは、彼自身が患者と疑われるほどの青ざめた顔であったと言う。


「…これ、誤魔化し効くでしょうか…?」

「無理だろ」


 即答である。


 御者の男性には、まだまだ試作の薬である為、言い触らさないで欲しいとは伝えた。

しかし、彼の怪我を見ている人が何人も居る。

彼が誤魔化したとしても、噂として広がるのはどうしようもない。


「………なぁ、アレン。一つ思い付いた事があるのだが」

「嫌な予感しかしませんが…なんでしょうか?」


 アレンが注目されるのはもはや防ぎようが無い。

すでに注目を集めつつある中での出来事であったし、今後も似たような患者が現れる事も予想出来る。


 そうなって来ると当然、貴族達の目にも止まるだろう。

薬の出所を探る者も絶対に現れる。

一番危険なのは、アレンの身だ。


 アレンを守り、尚且つ薬の出所を誤魔化す方法が一つ存在する。


「お前、空席になっている薬師局の局長をやってみないか?」

「………は!?」


 アドモンが付いていた役職。そこにアレンを据えればいい。

そうすれば、肩書がある以上護衛を用意出来るし、薬の出所を秘密にするだけの理由が出来る。

薬師局の極秘事項と言えば、貴族とて簡単には手出し出来ないだろう。


「クレアを延命し続けて最終的には治療し、ロブやナッシュの怪我も治した。今回の件も噂になれば、お前を局長に据えたとて文句は出まい」

「私には荷が重すぎますよ!」

「だが、貴族とて手は出し難くなる」


 アレンとしてもそこは魅力的だ。

すでに貴族の一部がアレンを探っている。

本人もその事には気付いていたのだ。


「し、しかし…貴族達は納得しても、薬師局の局員達は納得しないのでは?」

「そちらもなんとかなりそうだ。…アリアが、薬師局で作っている薬の改善案を出して来た。……ゾッとするほど大量にな」


 オード辺境伯が、チラリと自分のデスクに目を向ける。

…そこには、書類の束が山積みになっていた。

ここ最近、オード辺境伯が執務室に籠っているのはこれの所為でもある。


「……まさか、これ全て……?」

「これを数日で仕上げて来おった。…雑な殴り書きでなく、几帳面な字なのが余計に不気味だが」


 同じ字を重ねればピッタリと一致するほど、正確な文字が書き綴られている。

もはや、この書類自体が人の手によるものではないかのような出来であった。


「これを叩きつければ局員達も文句は言えんだろう。…専門的過ぎてわしには良く解らんがな」


 その内の一枚をアレンに手渡すと、アレンはそれをじっと読み込む。

書かれている内容は、原因不明とされた病気の物。

なのだが――――。


「……何故、アリアさんは原因を特定しているんです……?」

「知らん。アリアが二十年前に現れて居れば、前国王も息災であったかもしれんな」


 とは言え、薬の作成方法は複雑怪奇。

理論や言わんとしている事は解るのだが、作り方が現実的では無いのだ。

…何せ、アリアが提案した薬は抗生物質。

この世界の技術力では厳しいものがある。


「……あの人が言う事ですから、本当にこれで治りそうですね」

「全くだ」


 オード辺境伯の言葉が投げやりである。

ここ最近、呆れを通り越して諦めの気持ちになりつつある。


 アレンが別の紙を見れば、そちらにも原因と治療法が書かれている。

薬の改善案を通り越して、医学書と言っても差し支えない内容だ。

病気の原因だけでも大発見と言えるはずなのに、それの治療法まで書かれていては、もはや最先端の医学書と言ってもいい。


「…私、今とんでもない物を見ているのでは…?」

「他人事のような顔で何を言っている? これらはお前が考えた事になるんだぞ」

「冗談でしょう!? これはアリアさんの功績として残すべき――――」

「もう断られた」

「はい?」


 これらの改善案を持って来た時、アリアに薬師局の局長にならないかと打診した。

その方が貴族達の横やりは入り難いと考えたからだ。

しかし、今よりも錬金術は行えなくなると知ると即座に断った。


 薬師局は薬を管轄する組織。

その『薬』には本来、錬金術師が作った薬も含まれる。

しかし、世論や薬師局を運営する領主が貴族である事などから、錬金術によって作られた薬を取り扱う事は無いし、ある種敵視にも近い目で錬金術師を見ている。

そんな中で錬金術を使うなど、出来る訳がない。

 当初作られた目的はどうあれ、現在の薬師局は錬金術師と対になる存在と言っても過言ではないのである。


「―――まぁ、そんな事情でな。これだけの改善案を出しておきながら、地位も名誉もいらないと来た。…好きに使っていいそうだぞ」


 なんと欲の無い話だろうか。

これ一つだけでも、歴史に名を遺すほどの偉業であるのに。

アレンはそう思いながら、アリアと言う人物を思い浮かべる。


(そもそも、私が推し量れる相手ではないのでしょうね…)


 であれば、とアレンは頷いた。


「彼女は自由にさせておいた方が働けるのでしょう。…元々、スケープゴートの役目は私が引き受ける事になっていましたし―――お話、お引き受けします」

「良いのか? 病院を運営する時間までは取れなくなるぞ」


 そう言われ、アレンは少しだけ苦笑する。


 彼はどこまでも医者だ。

その根底には、患者を苦しみから救いたいと言う思いがある。

直接治療に携わらないとしても、その思いが変わる事は無い。


「人を救う方法が変わるだけです。私が個人で救うより、きっと多くの人が助かります。それに――――」

「それに?」


 もう少し悩むものかと思っていた辺境伯だったが、今のアレンからは清々しささえ感じられる。

だが、続きを促した瞬間、眉間に皺が寄った。


「あの人を目の届かない所に置くと、きっと大変な事になりますよ…」


 辺境伯は胃を押さえながら、『そうだな』と呟いた。




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