第40話 情報収集
今日も今日とて食材の研究に来たアリア。
本日はナッシュから話を聞く為、厨房を訪れている。
たまたま居合わせたグレイスも同席中だ。
質問内容はこの地の特産について。
資料で見る限り特産らしい特産は無く、農業、畜産業のどちらも成果を挙げているとは言い難い状態である。
「農業も畜産も、結局は魔物の影響だ」
「大規模な農業地帯となると魔物を引き寄せてしまい、荒らされてしまいます。畜産業も同じです。それに、家畜も魔物の気配に怯え、乳の出も悪くなってしまうとか」
結局、この地は魔物とは切っても切れない縁があるようだ。
農業に関しては防壁を築いたりも行われているが、空から強襲して来るワイバーンにはあまり意味を為さない。
四六時中騎士団を置いておく訳にもいかないし、被害の拡大を抑える為にもあまり大規模な農地を開拓する訳にはいかなかった。
「ワイバーンは肉食ではないのですか?」
「肉食さ。でも、農地を作ればそこに鳥が集まる。で、鳥を狙ってワイバーンが現れる。小さい畑ぐらいなら鳥を追い払う事も出来るが、あまり大きいとさすがに手が回らんからな」
防壁で阻める分、地上の魔物はまだ何とかなるにしろ、ワイバーンはどうにもならない。
イオニス領において、食材を生み出すにはワイバーンがネックなのだ。
「……何かワイバーンを追い払う術が必要ですね」
「そんな手が無いからこの有様なのさ」
「ならば殲滅するしかありませんか」
「今なんて言った?」
追い払えないなら殲滅するとは、なんとも豪胆な考え方である。
聞き違いであって欲しいと思うナッシュと、言葉を理解した瞬間にスカートを噛んで踏ん張るフォックスで、アリアの理解度に差が出た。
「そこまでしなくても、ワイバーンが嫌がる物でもあれば近付いて来ないかもしれませんね」
「ワイバーンが嫌がるものですか」
アリアを吊るして置けば確実に来ないだろうとフォックスは考える。
グロームスパイアの魔物にとって、今一番怖いのはアリアである。
グロームスパイアの変の時も含め、彼等は二度も長時間追い回され続けたのだから。
それはさておき、アリアはアリアでイオニス領の食糧事情を改善したい理由がある。
この程度で退く訳にもいかない。
「少し考えてみます」
「…まぁ、嬢ちゃんなら何か出来るかもしれんが」
何か『出来る』と言うより何か『やらかす』かもしれない。
そんなフォックスの心情は伝わる事なく、アリアは頷いてみせた。
「そう言えばこの前、紅茶を淹れてたのはなんだったんだ?」
ナッシュの問いに、アリアはワイバーン対策の考えを中断する。
紅茶の件と言えば、ウリネとの勝負の事だろう。
「ウリネさんから、どちらが美味しい紅茶を淹れられるか勝負したいと言われまして」
「ウリネが?」
基本的に、辺境伯家に出入りしているメイドはどこかの貴族と繋がっている可能性がある。
そんなメイド達の行動ともなれば、何かしらの意味を持つと思われた。
「ハンスさんに味を見て貰って、私の勝ちではありましたが…ウリネさんは納得していなかったようです」
「他には何か言っていませんでしたか?」
グレイスに言われ、ウリネとのやり取りを思い返す。
「『私が勝ったらクレア様の専属メイドとハンスさんの補佐を代わって貰う』と仰っていました」
それを聞いて、ふむ、と考え込むグレイス。
グレイスから見て、ウリネは少し変わったメイドだ。
とてもメイドに向いた性格とは思えないものの、わざわざメイドの仕事を選んだ変り者。
仕事ぶりは真面目であるが、その勝気な性格の所為で失敗もする。
根性はあるようで、失敗ぐらいで辞める事はないものの、比較的失敗は多いメイドではあるのだ。
はっきり言って向いていない。
そう思った事が何度もあるが、辞める気配が無い事を考えると、何処かの貴族と繋がりがあるのだろうとも思えた。
辞めないのではなく、貴族との契約があるから辞められない。
そう考えれば納得が行くのである。
「前々からクレア様専属のメイドになりたいとは言っていましたね」
「いや、セーラとウリネを比べてみろよ。さすがに無理だろ」
セーラは優秀なメイドだ。
グレイスを抜けば、この屋敷で一番仕事の出来るメイドである。
対して、ウリネはいいとこ中の下。
それがクレアに付こうなど、さすがに烏滸がましい。
ハリスの補佐にしてもそう。
補佐と言う役職が付いている訳ではないが、今までも現在もグレイスが彼を補佐している。
仕事の内容を考えても、ウリネの実力ではハリスの補佐まで手は回らないだろう。
「…情報を抜くためか」
「色々と考えれば、その可能性が高いかもしれませんね」
クレアが快復したと言う噂は、もう出回ってしまっている。
噂程度だったものが、最近ではほぼ確実とまで見られているのだ。
…その原因はアリアにあるのだが、そこまでは思い至らないナッシュ達である。
そんな噂が出回っている以上、クレアの傍に付くとなれば大きなアドバンテージとなる。
繋がっている貴族以外からも、報酬を餌に情報を買おうとする者が現れるだろう。
メイドにとっては、比較的現実味を帯びている一攫千金の手段なのだ。
そんな話を聞きつつも、アリアは首を傾げる。
ここまでの話は理解出来るものではあった。
しかし、一点だけ引っかかる事があるのだ。
「懸念は解りますが、そう言う工作とはもっと目立たないようにやるものでは?」
審査員としてハンスを指名したのはウリネ自身だ。
ハンスを相手にするとなれば、逆に目立って仕方ないだろう。
何より、彼女はハンスよりも先にオード辺境伯の名を上げたのだ。
隠れて行動しようと言う気は全く感じられない。
アリアの位置に取って変わろうと言うのなら、その様子をハンスや辺境伯に見せる必要などあっただろうか。
面と向かって異議を唱えるような、不敬と取られても仕方のない行動なのに。
…どちらかと言えば、よりどちらが相応しいか、人事を左右するべき人に判断して貰おうとした―――ある種の正攻法であったように思える。
そう考えれば、より目立つ方法で相手を打ち負かすと言うのは理に適っているだろう。
「アリアの言う事も尤もですが、そもそもウリネの性格を考えれば工作に向いていません。正攻法を取る以外に無かったのではないでしょうか?」
そう言われてしまえばそうかもしれない。
現段階では何とも言えない話ではあるが、どうにも腑に落ちないものを感じるアリアなのだった。
「他に、嬢ちゃんにちょっかいかけて来る奴はいないのか?」
「今の所はいませんね。出歩く事が増えたので、何かあるかと思ったのですが」
今まで、AIと人と言う間柄でしかコミュニケーションを取って来なかったアリアである。
どんな形であれ、人と人とのコミュニケーションと言うものに憧れのようなものを感じてしまうのだ。
…だと言うのに何もない。
少しだけ残念な気持ちを感じてしまう。
まさか怖がられているなんて考えもしない。
「何かあればすぐに相談を。クレア様の噂も広まってしまった以上、貴方に関わろうとする者も出て来るでしょう」
そう言った結論で、この話はお開きとなった。
確かに、アリアから得られる情報は多いだろう。
実際、錬金術師と言う事も含めて秘密は多い。
だが、貴族達とてワイバーンやフェルグリムの牙を引っこ抜いた娘となれば、接触に尻込みしてしまうのも事実である。
グレイス達が思う心配は、アリアに対してはあまり意味を為していなかった。




