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元AI少女の異世界冒険譚  作者: シシロ
元AI少女と錬金術師
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第3話 アリア

 イタチに着いて行き、辿り着いた場所は建物である。

それはまるで人から隠れるようにして作られた一軒家。

…いや、木を人工的にくり抜いて中に住めるようにしただけの住処だ。

物語にあるようなファンシーな家、とでも言えばいいだろうか。


「ここは貴方の家ですか?」


 ここまで案内してくれた事と言い、イタチに一定以上の知能があると判断した『ARIA』。

再び話し掛けてみるが、イタチは振り返って首を傾げるばかりだ。


「言語が違うのでしょうか―――」

「ワン!」


 『ARIA』が知る限りの言語で語り掛けてみようかと思ったその時、イタチが吠えた。


「―――なるほど」


 この『なるほど』は、別にイタチの言葉が理解出来たわけではない。

こう見えて『ARIA』は反省しているのだ。

地球の常識は参考程度にとどめておこうと言う考えが間違いであったと気付いたのだ。


 この世界ではイタチは浮くものだし、犬のような鳴き方をするのが普通なのだ。

いや、そもそも…元の世界のイタチに酷似しているだけで、実は犬なのかもしれないし、もしくは全く別の―――例えば熊とかなのかもしれない。

地球の常識など一旦全て忘れてしまった方がいい。


 この時、そう『ARIA』は学んでしまった。


「何をやっているんだい? 入っておいで、フォックス」


 中から聞こえて来たのは人の声。

自分の知らない言語でありながら、その意味は正確に理解する事が出来た。


「ワン!」


 そう吠えると、目の前のイタチっぽい生物が小さな窓から家へと入り込もうとし、再び『ARIA』を振り返る。


「―――なるほど」


 学びの多い日だ、と『ARIA』は思う。

どうやらこの生物は狐であるらしい。

そして、この世界では窓からの侵入が正しい入り方なのだろう。


 そう理解すると共に、『ARIA』はフォックスが入り込んだ小さな窓へと潜り込もうとする。


「……む。この玄関口、頭しか入らないのですが……」

「いや、アンタ何してんのさ。と言うか誰だい?」


 声の主を探してみれば、奥のベッドで横になっている老婆の姿が。

フォックスはその枕元に座り、老婆の様子を眺めている。


「初めまして。私はArtificial Responsive Intelligence Assistantです。そちらの狐さんに連れて来られまして」

「ちょいと待ちな、情報量が多すぎる」


 老婆の言う事も尤もである。

突然現れた少女が窓から頭だけを捻じ込み、意味の解らない長ったらしい名前を名乗った上、狐に連れて来られたと言う。

初見で理解出来る者など居ないだろう。

地球であれば通報されている。


「狐に連れて来られたってのはなんだい?」


 ベッドに横になっている老婆が、窓に頭を捻じ込んでいる少女に問い掛ける。

老婆も長く生きているが、こんな初対面を果たしたのは『ARIA』が初めてだった。


「今お隣に居る狐さんです」

「フォックスの事かい? こいつは精霊だよ」

「――――…なるほど」


 『ARIA』は無表情で答える。

この世界のイタチは空を飛び、ワンと鳴き、狐を名乗る精霊であるらしい。

完全に『ARIA』の理解を超えているが、この世界ではそう言うものなのだろうと、とにかく受け入れる事にした。


「―――ふむ。フォックスが連れて来たんなら何か意味があるんだろう。玄関はそっちだ、入っておいで」

「ありがとうございます」


 そう答え、ようやく窓から頭を引き抜いた。

改めて玄関に回り、そこから家の中へと入る。


(あっちの窓はフォックスさんの出入り口でしたか)


 当たり前だろうと突っ込む者がいないのが悔やまれる。


 ギィ、と鳴いたドアの先には、先ほどと同じ部屋。

奥にもう一部屋ありそうだが、この家は入ってすぐ老婆の寝ていた部屋へと繋がっているらしい。

そうして、入って来た『ARIA』を見た老婆はひどく慌てた。


「なんで裸なんだい!?」

「それに関しては私も調査中です」

「調べなきゃ解んないもんなのかい!? いいからこれ使いな!」


 近場にあった上着を投げ渡す老婆。

この世界でも、やはり全裸での徘徊は問題のある行動であるらしい。


「ありがとうございます」

「ああ、ああ、いいよ。…どっかの男にでも拐かされて来たのかね?」

「いえ、まだ男性に会った事はありません」


 会話が通じているようで通じていない。

老婆はとうとう眉間を抑えてしまった。


「…まあいい。寒かったろう? そこの暖炉に当たるといいよ」

「ありがとうございます」


 上着を着て、暖炉の前に座る『ARIA』。

じん、と広がる温かさから、自分が思ったより凍えていたのだと実感した。

同時に、猫がこたつで丸くなる理由も理解出来た気がした。


 暖炉に当たりながら、家の中を見渡してみる。

目に入るのは乾燥された謎の干し草や、何かの実―――調合に使われるような器具。


「…あんた、名前はなんて言ったかね?」


 物珍しそうに部屋を眺める『ARIA』を見て、不思議そうな顔をしながら尋ねる老婆。


「Artificial Responsive Intelligence Assistantです」

「………随分、仰々しい名前なんだね。あたしにはちょいと覚えられそうにないよ」


 なんとか理解しようとしたらしい老婆であったが、一瞬の間の後に白旗を上げた。


「良ければ『ARIA』とお呼びください」

「『アリア』かい。そっちの方がいい名前だと思うよ」

「…ありがとうございます」


 発音が違うと思った『アリア』であったが、こちらの世界ではそう発音するのだろうと納得する事にした。


「あたしはモリィ。見ての通り、死にかけのババアさ」

「…死にかけ? 具合が悪いのですか?」

「ふふ、単なる寿命だよ」


 そう言いながら、モリィはフォックスを撫でる。

フォックスはくぅんと鳴いて、モリィの頬を舐めた。


「……」


 アリアはモリィの傍へ寄り、その姿を見つめる。

モリィの髪は白く、肌には皺も多い。

確かに歳は取っているのだろう。


「なんだい? そんなに見て」


 本当に変な客人だ。

モリィはそう思って、つい笑んでしまう。


「寿命…」


 老衰と言う事なのだろう。

枯れ木のような手を取ると、アリアはモリィの脈を診る。

その後、穏やかそうな灰色の瞳をじっと見つめた。


「……あんた、医学の知識があるのかい?」


 知識はあるが、実際に実務に携わって来たわけではない。

医療器具の使い方は知っているし、器具の数値から病気を見つける事も出来る。

ただ、アリアでは道具無しの検診は出来ない。

五感さえ持たなかったアリアでは、触診など出来るはずもなかった。

それに、この世界の人間に、地球の医学が通じるかも不明だ。


「…いいえ」


 少し悩んだが、アリアは結局首を振った。


「ひょっとして心配してくれてるのかい?」

「心配…?」


 このもどかしい感覚はなんなのか。

胸を掻き立てるような、重く圧し掛かるような、そんな感覚。


 アリアが感じていたその感覚に、モリィは答えを示す。


「―――なるほど。私は心配していたのですね」


 握っていたモリィの手は温く、寒そうに感じる。

少しでも温かくなればと、アリアはその手をさすった。




まだ数話は普通の話であるはず。

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