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元AI少女の異世界冒険譚  作者: シシロ
元AIメイド爆誕
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第38話 筋肉と魔力

 アリアの誤解が広まっていた頃、オード辺境伯もその噂を耳にしていた。

文字通り、当事者から直接。


「…リゲル騎士団長。なんと言えばいいかその…災難だったな」


 体格のいいリゲルであるが、今は辺境伯の執務室のソファに座り、なんだか小さくなってしまっている。

…何やら頭を抱えているし、とても人前に出せない状態だ。


「…本人は…また来ると…」

「……そうか」


 この話を聞いた時、噂を鵜呑みにしないオード辺境伯でもアリアならやり兼ねないと言う気持ちが勝った。

そしてリゲルに事情を聞こうと思えば、やって来たリゲルはこの有様―――噂の真偽など聞くまでも無いと察した。


「…昨日の事が広く噂になっているようだ。ここぞとばかりに、君の騎士団長としての資質を問う者も現れるだろう」

「ははは。あの娘と戦わずに済むのなら、喜んで騎士団長の座を譲りますとも」


 虚空を見つめて、乾いた笑いを浮かべるリゲル。

恐ろしい体験をした事で彼の心に深い傷を残したらしい。


 尤も、団員達はその一部始終を見ているので、次期騎士団長にと推薦されたとて全力で拒否する事だろうが。

次期騎士団長ともなれば、次の訓練相手いけにえの最有力候補なのだから。


「あの娘は一体なんなのですか?」

「解らん。が、最近はあまり知りたいとも思わん。…とんでもない爆弾を抱えていそうで、聞くのに勇気が要るのだ」

「それは…そうでしょうね」


 目の当たりにした者だからこそ共有出来るこの感覚。

端的に言うならば、『ただの小娘の訳ねぇだろうが』である。

絶対に何かあると確信出来るからこそ、聞くのを躊躇われるのだ。


「屋敷での様子はどうなんですか?」

「グレイスによると、昨日の一件もあってメイド達から腫物のように扱われているそうだ」


 リゲルは納得の気持ちで頷く。

それはそうだろう。

騎士団長をボコボコにした挙句、ワイバーンやフェルグリムの牙を引っこ抜いて来るなど誰だって怖い。

情報を欲しがっているのは間違いないが、メイド達だって自分の命には代えられないのだ。


「運搬ギルドへ薬を供給する話も出ているし、薬師局の資料には大量の改善案を叩きつけて来ている。何故だか工房を使いたいとも言っているようだし、これからも何か引き起こすだろうな」


 話している間に、無意識に胃を押さえる辺境伯であった。

それに気付いたリゲルは、憐みの気持ちと共に見守るのみである。


「…その、クレア様のご様子は?」

「元気にしておるよ。アリアからも、昨日の時点で全快したと報告を受けている。まだ周知はしていないがな」


 三年も寝たきりだったのが、あっと言う間に治ってしまった。


 思い返せば、アリアのした事は全て辺境伯家の利となっている。

とは言え、もう少しゆっくりやって欲しいと言うのが本音でもある。

辺境伯家にとっては救いの女神と言えるものの、波及する問題が大きすぎて素直に称えられないのだ。


「…その内、パーティでも開いて快復を周知させねばならんか」

「喜ばしい事ですが、面倒な話にもなりそうですね」

「それもこれもわしが舐められてきた結果だ。…しかし、クレアが元気になれば話も変わる。クレアの代までに、辺境伯家をもっとマシな状態にせねばな」


 そしてそれは、アリアの働きによって左右される部分も多い。

アリアのもたらした薬の改善案、これの使い方次第では薬師局も辺境伯家を無視出来なくなるだろう。


 運搬ギルドへ供給される薬にしてもそう。

運搬ギルドと辺境伯家との繋がりが強くなるし、そうなれば輸送に関する事で困る事も減るだろう。


 更に現在、辺境伯家では引き抜きを行っている。

…アドモンに協力せざるを得なかった私兵達を、アリアに治療させる事で味方に付けようと言う案である。

彼等は病人を抱えている者も多く、薬師局長であるアドモンに嫌々従わされていただけだ。

中には貴族出身の者も居て、辺境伯家の影響力を強めるのにも役立ってくれる。


 …彼等に迷惑を掛けられたアリアにすれば面白くない話だろうと、オード辺境伯は断られる事も視野に入れていた。

しかし、本人は気にした様子も無く了承してくれた。


 アリアは割り切りのいいメイドなのだ。

それはそれ、これはこれである。


「まぁそう言う訳だ。お前にもまだまだ頑張って貰わねばならん」

「……それは、継続してアリアと模擬戦をせよ、と…?」

「………なんとか避けられんのか?」


 具体的な案は出て来ず、ただその身を案ずる事しか出来ない辺境伯であった。





「あ、ああ…アリア。久しぶりだな」

「リゲル騎士団長、ご機嫌麗しゅう。昨日お会いしたばかりですが」


 遠い過去にしたいリゲルの心境も察してあげて欲しい。

へりくだった敬語が抜けている分、騎士団長としての誇りを少しだけ取り戻しているようだ。


 辺境伯と話していた中で、リゲルは一つの結論を導き出した。

何故、模擬戦をしたいのか、その理由を聞いてみようと言う訳である。

もしクレアの護衛の為と言う話であれば、すでに必要無いと説得するつもりでもあった。


「その…あれだ。他のメイドとあまり上手く行っていないと聞いたのだが…」


 …結局、単刀直入に聞くのを躊躇われ、世間話のつもりで近況を聞くリゲル。

内容としては中々繊細な話であるが、今のリゲルはこう見えて必死である。

そこまで気を回す事など難しい。


「何分、あまり部屋から出ないもので。ですが、先ほども廊下でご挨拶した所、とても丁寧に返して下さいました」


 怖がられてるんだよ、それ。

リゲルと仲が良いとは到底言えないメイド達だが、この時ばかりは同情の気持ちを抑えきれなかった。


「―――そうか。……きょ、今日も訓練に来るつもりか?」

「今日は時間が取れませんので、明日伺おうと思っていました」


 ほっとする反面、今日中に何とかせねば明日地獄がやって来ると気を強く持つ。

余命宣告を受けた者の気持ちは、きっとこんな感じなのだろう。


「私からも聞きたい事があります」

「…な、なんだろうか」


 何故訓練をしたいのか、そう続ける前にアリアに先手を取られてしまった。

一体何が飛び出すのかと冷や汗を流しつつ、リゲルは続きを促す。


「効果的なトレーニング方法についてです。騎士団では筋力をつける際どのような事に気を配っているのでしょうか」


 どんな爆弾が来るかと身構えていたリゲルだったが、その内容は思ったより常識的な話題であった。

…まぁ、相手がメイドで無ければと言う枕詞は付くが。


「…専門的な話となると解らんが、よく動き、よく食べて、よく寝る。基本的にはそれが重要だと思う」

「…そうですか」

「何故そんな事を聞く?」


 何やら考え込んだアリアに、これはチャンスとばかりに質問を返す。

傍目から見れば悩みの相談を受ける頼れる男性のようにも思えるが、実態は捕食者の意識を反らし、逃げ道を探る小動物の図であった。

なんと痛ましい事だろう。


「日々トレーニングは欠かしていないのですが、何故か筋肉が付かないのです」


 メイド服に覆われて解り難いが、確かにアリアは細い。

剣を両断する剛腕を持っているなど信じ難い見た目だ。


「……身体強化を使い過ぎなのではないか?」

「身体強化ですか?」


 魔力とは体内で生成されるものである。

それを何らかの形へと変化させたものが魔法と呼ばれる技能だ。

 体内で生成される以上、魔力を消費すれば再生成するのに栄養が必要となる。

…つまり、魔力消費が大きければ大きいほど、栄養は魔力の生成で失われてしまい、肉体の成長を妨げてしまうのだ。


「…なんと…」


 アリアは愕然とした。

その表情は一切変わっていないが。


 アリアは常に身体強化を使用してきた。

使っていないのは寝ている間ぐらいなものである。

結果的に、それが原因で筋力が付かないと言う悲劇的な結末を引き起こしていたのである。

…普通の一般人には、一日中身体強化など使えない事は一先ず置いておこう。


「では、身体強化を使わずにトレーニング…いえ、それ以前に身体強化を使わない生活を心掛けなければならないと…」


 しかし、便利なのが身体強化だ。

五感も鋭くなり、肉体も頑丈になる。

それはつまり、事前に異常を察知出来る上、怪我の心配も減ると言う事でもあった。

安全を考えるなら、常時発動しておきたいと思うのも無理はないだろう。


(……いえ、逆の考え方をすればいいのです)


 魔力の生成に栄養素を取られている。

ならば、栄養素の供給量を増やせば良い。

食べられる量に限界はあるものの、食品から高品質な栄養が得られるのなら状況は改善されるはずだ。


(人体に必要な栄養素。主食、主菜、副菜、乳製品、果実――――)


「探しましょう」

「え、何を?」


 最悪、無ければ作るのも手だ。

品種改良を行うもよし、サプリメントのような物を開発するもよし。

アリアは今日、食生活の改善を行う事を決意した。


 …しかし、アリアは気付いていない。

身体強化をせずとも、錬金術で薬を作る行為は魔力の消費を意味する。

身体強化、薬の生成――――それらによって、普段からかなりの魔力を使ってきたのである。

少し食生活が改善された程度では、焼石に水なのであった。


 そんな状態でもアリアに不調が無いのは精霊との契約があるからだ。

フォックスがアリアの魔力生成を手助けしているからこそ、今まで魔力が底を付かずに済んでいたのである。

……今の話を聞いていたフォックスは、そんな事にも気付かれていなかったのかと、少しだけ不貞腐れていた。




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