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元AI少女の異世界冒険譚  作者: シシロ
元AIメイド爆誕
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第37話 辺境伯家のヤベェ奴

 リゲルとアリアが剣を構えて睨み合う。

事情が解らないままのメイド達も、隠れたまま固唾を飲んで見守っていた。


 素人でも解る妙な緊張感が漂っているのである。

訓練を継続するよう指示された騎士団員達でさえ、その手を止めて見守っている始末だ。


「――――……」


 互いに睨み合い、一切の動きを見せない。

アリアは剣を初めて握る訳だが、その姿は堂に入っている。


 アリアが手にしているのはバスタードソードと呼ばれる、片手でも両手でも扱える剣だ。

半身に構えた状態で両手で構えつつ、切先を相手へと向ける。

西洋剣術で使われる構えであり、地球の知識から導き出した構えであった。


 対するリゲルからすれば困った話である。

構えを見た瞬間に素人ではないと確信したのだから。

……まさか、剣を初めて握るほどのド素人だとは思うまい。


 そんな感じで沈黙が流れて行く。

アリアとしては、この世界の模擬戦がどんな形で行われるのかよく解っていない。

リゲルの出方を見ながら覚えようと言う腹である。

 リゲルの方はまた別だ。

元々警戒していたアリアが、目の前で隙の無い構えを見せている。

どこに打って出ても迎撃されそうな予感をヒシヒシと感じる以上、無暗に手が出せずにいたのだ。

そんな訳で、無駄に緊張感が漂った静寂が訪れてしまった。


「…こ、これは訓練なのだから、自由に打ち込んで来るといい」


 静寂に耐えかねたリゲルが、相手に先手を譲った。

一切微動だにしないアリアを前に、リゲルの方が尻込みしてしまっている。


「どこでもいいのですか?」

「身体には当てないように!」


 強者感を漂わせてのこのセリフは怖い。

念を押すように告げれば、アリアは剣を脇に構えた。


「ちょ―――」


 嫌な予感がして声を掛けようとした瞬間、ダン! と言う激しい音と共にアリアが加速した。

まるで矢のように飛び出し、一瞬でリゲルの視界から消える。


 再びリゲルの視界に入った頃には、ギィン! と言う甲高い音をさせ、リゲルの持って来た剣が真っ二つにされていた。


「あ、え? あの…」


 あまりの事態に騎士団長もこの有様である。

本人も大層驚いたが、一番驚いたのは見ていた観客達だっただろう。


 騎士団員からすれば、リゲルの強さは肩書に負けていないと誰もが納得するものだった。

あまり強さと言うものが解らないメイド達でさえ、グロームスパイアに近いイオニス領の騎士団と言えば国でも有数の強さを誇ると知っている。

 …それが、何も出来ずに剣を斬られたのだ。

というか、剣で剣を斬るなどおとぎ話ぐらいでしか聞かない話だし、そもそも、これは刃を丸めているので斬れるような代物ではないのだが。


「…模擬戦とは、どうしたら勝ちなのでしょうか?」


 取り敢えず武器を破壊してみたアリアであるが、模擬戦におけるルールと言う物を知らない。

武器を壊せば勝ちなんじゃないかと予想してみたのだが、誰かが勝敗を決定する訳でもなく、勝敗を決めてくれそうなリゲルは固まったまま突っ立っている。


「続けていいですか?」

「き、君の勝ちでいい!!!」


 本日一番の大声が出た。

これ以上続けられたら何を斬り飛ばされるか解ったものではない。


「…そうですか。では、もう一度お願いします」

「え!?」


 勝ったアリアであるが、全く持って納得していない。

リゲルが何も動かなかったから剣を斬る事が出来た訳だが、相手の反撃があってこそトレーニングとして成立するのである。

これでは、ただ剣を斬ったに過ぎないのだ。

――――アリアの目的は勝利などではなく、己を鍛える事なのだから。





 ……そこには、ボロ雑巾のようになったリゲルが倒れていた。

リゲルに大きな怪我をさせた訳ではないが、休憩無しで続けられた模擬戦によりリゲルは満身創痍である。

百戦以上、開始と同時に瞬殺されると言う惨事を経験し、リゲルは心までもズタボロであった。


「あら? もう昼時ですか」


 アリアがここを訪れたのは七時頃。

なんと五時間もぶっ続けだ。


「もう…いいですか…?」


 アリアに対し敬語で話し掛けてしまう辺り、リゲル騎士団長は相当に追い詰められているようだ。


 アリアが壊した武器は片付けられており、これ以上壊されたはたまらんと途中から素手で模擬戦が行われた。

しかし、アリアに投げ飛ばされ、関節を決められた事で身体も言う事を聞かない。

起き上がれず、地面に倒れたまま聞くリゲルは……騎士団長と言う肩書を忘れてしまうぐらい、哀愁を漂わせていたのである。


「ありがとうございました。もう少し続けたい所ではありますが、一度クレア様の様子も見ておきたいので戻る事にします」

「どうぞ戻ってください!」


 これ以上続けられては死んでしまうとばかりに、リゲルの声が響く。

なんせ、アリアは汗一つ掻いていないのだ。

無表情ではあるが、模擬戦に不満を感じているのは誰の目にも明らかである。


「―――そう言えば、剣を壊してしまいましたが大丈夫でしたか?」

「も、問題ありません!」


 地面に倒れたままながら、声だけは元気がいいリゲル騎士団長。

ただただ必死だとも言うが。


「魔物の素材から武器を作る事もあると聞きますが、こちらの剣は鉄製ですね」

「牙などから武器を作る事はありますが、鉄の方が手に入り易いので!」

「魔物の素材と鉄と、どちらが優秀な武器になるのでしょうか?」

「魔物の素材です!」


 なるほど。

そう呟いて、アリアは何かを思案しながらその場を後にする。


 その瞬間、訓練場に居た騎士団員から『団長おおおお!』と野太い声で心配されるリゲルであった。


 見ていたメイド達も己の目を信じられないまま、横を通り過ぎて行くアリアを見送る事しか出来なかった。





「クゥン…」


 模擬戦が始まるに当たって、お互いが構えた時点で止めるのを諦めた精霊がこちらだ。

自らの無力感を嘆きながら、その光景を見守る事しか出来なかった。

―――今も、自分は何も出来なかったとアリアの背を見つめている。


「…これは、なんでしょうか…?」


 アリアは寄宿舎から戻ると、クレアの様子を確認し昼食を口にする。

ナッシュの料理に舌鼓を打った後は、少しだけ調べものをした後、とある目的の為に屋敷を後にした。


 メイド達のネットワークにもその情報は掛かったが、リゲル騎士団長との模擬戦の話題で対応が出来ていなかった。

故に、どこかへ消えたアリアが夕方頃に戻るまで、アリアはなんの監視も無く自由な時間を謳歌していたのである。


 結果。


「フェルグリムとワイバーンの牙です。剣を壊してしまったお詫びに、素材にして頂ければと思いまして」


 げっそりしているリゲルの前に並べられたのは、鋭利な白い牙が十本。

どこかで見たような気のするそれは、アリアの身長の三分の一ほどの大きなものである。

…これを人力で運んで来ただけでも、大層目立った事だろう。


「いや、あの…これはどこから…?」

「グロームスパイアです」


 有り得ないとは解っていても、どこかで買って来たとか言って欲しかった。

複雑な気持ちのまま、リゲルは牙を見つめる。

…ちょっと根本が赤かったりするのが怖くてたまらない。


「…後学として、どうやって取って来たのか教えて頂いても?」

「出来るだけ素材を傷付けないよう、根本から引き抜きました」


 そうじゃない。

聞きたいのは採取の仕方ではなく、どうやってそれを為したかだ。


 牙を見つめていたフォックスが、惨いとばかりに首を振った。

これが答えだろう。


 魔物である以上牙は生え変わるものだが、アリアと言う恐ろしい生命体に追い回され、捕獲された挙句、牙を引き抜かれた魔物達はさぞ怖い思いをした事だろう。

 ちなみに、アリアが命まで奪わなかったのには理由がある。

…また生えて来るなら、生かしておけば今後も採取が可能であるから。

魔物達が泣き出しそうな発想である。


「足りなければもっと取ってきますが…」

「いえ結構です!」


 グロームスパイアの魔物から街を守る。

そんな想いで訓練に励んで来た騎士団であるが、今、その信条が揺らぎつつあった。

もうこいつ一人居ればいいんじゃないかな、と。


 ――――その日、イオニス領にある貴族達の元へ衝撃が走った。

騎士団長リゲルが負けた事や、フェルグリムやワイバーンを襲った者が居ると言う噂が領内を駆け巡ったのである。

しかもそれが、たった一人の少女によって行われたとなれば猶更だ。


 リゲルが負けた事に関してはメイド達が見ているし、牙を運ぶ少女の姿は多くの者が目にした。

単なる噂では片付けられない。


 そして、そんな事態を引き起こした少女はクレア付きのメイド。


 これらの事からクレアの快復は事実であり、今後の危険を回避する為、ボディガードとして雇われたメイドなのではないかと多くの貴族が考えた。

――――意図せず、アリアの素性が誤認された瞬間でもある。




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