第33話 メイド初日
「今日からこのお屋敷で働く事になりました。アリアと申します」
ペコリと頭を下げ、目の前に居るメイド達に挨拶する。
(メイドの数は私を入れて三十三人。顔は全て記憶しました)
今日はアリアのお披露目……もとい、メイドとしての仕事初日である。
朝一に集められたメイド達は、新たな仲間を好意的に迎え入れる――――なんて事は無かった。
「アリアはクレア様専属のメイドとなります。セーラ、後の事はお願いしますね」
「待って下さい!」
グレイスに異議を唱えたのは、勝気な顔付きのメイドであった。
「ウリネ、何か問題でもありましたか?」
「どこの馬の骨とも解らないメイドを、よりにもよってクレア様に近付けるなど…!」
「ライオネル様からも御許可は頂いています」
ウリネと呼ばれたメイドは、オード辺境伯の名が出た事で口を噤む。
ただし、顔にはありありと不満の色を浮かべているが。
「これは決定事項ですので異論は認めません。また、アリアはハリスさんの補佐も行います。通常のメイド業務を手伝わせる時は、私かハリスさんに許可を得てからにして下さい」
突き放したような言い回しをするグレイスであるが、これは予め考えていた言い回しだ。
他家の手引きでオード辺境伯家の内情を洩らすメイドは多い。
そんな事をすればメイドと言えどもただでは済まないが、オード辺境伯家はそれに対処出来ないぐらいまで追い詰められている。
そんな状態だからこそ、後の無い家と言う噂も立つのだ。
そんなメイド達が一番欲している情報はと言えば、次代の当主となり得るクレアの様子。
クレア付きのメイドともなれば情報は流し放題、報酬だって期待出来るだろう。
何やら元気になったと言う噂もあるし、他家の貴族にとっても一番ホットな話題なのである。
だからこそ、突然現れた謎の少女がクレア付きのメイドになれば不満に思うのも当然である。
しかもそれが、ハリスの補佐まですると言うのだから受け入れ難いとも思うだろう。
とは言え、そんな何を考えるか解らないメイド達をクレアに付ける訳が無い。
どこの手の者か解らないメイドより、素性が知れないとは言え、実績のあるアリアの方がマシと言うものだ。
今までだってセーラ一人でクレアを支えて来たし、メイド達に不審な動きが無いかグレイスが見張っていたぐらいなのだから。
自分達の屋敷であっても、グレイス達に気の抜ける時間など殆ど無い。
「では解散。各々自分の仕事へ戻りなさい」
グレイスの言葉を合図に、渋々と言った様子で散って行くメイド達。
言葉に出さないだけマシではあるが、態度に出ている時点でメイド失格。
それ以上に、今の辺境伯家がそれだけ舐められていると言う証拠でもあった。
◆
「これから嫌がせもあるかもしれませんが、あまり気にしてはいけませんよ」
顔は正面に向けたまま、セーラは自分の横を歩くアリアに対しそう告げる。
グレイスからも同じような事を言われていたが、この様子を見るに今まで標的になっていたのはセーラなのだろう。
頑なな表情から、アリアもそれぐらいの事は想像出来た。
そして、これからはアリアもそのターゲットになり得ると言う訳だ。
何事も初めての経験が多いアリアである。
嫌がらせのターゲットにされると聞いて、ちょっとだけワクワクしているのは不謹慎と言う他ないが。
「それに――――」
言葉を止め、一瞬だけ俯いたセーラ。
しかし、自分の中で整理を付けると、セーラは真っ直ぐにアリアを見つめた。
「今まではクレア様の容態もあって、クレア様に対して何か行動を起こそうとする者は居ませんでした。しかし、健康を取り戻したとなればそれを邪魔に思う者も出て来るでしょう」
クレアは放っておいても長くない。
そんな予想が裏切られた時、直接的にクレアに害を為そうとする者が現れるかもしれない。
「あるいは傍に居る私達を脅し、意のままに操ろうとするかもしれません」
それは他人事ではなく、セーラやアリアにも振り掛かる害かもしれない。
そして、そう言った出来事が起こるのは、何も屋敷の外だけの話ではないと言う事だ。
いや、むしろ屋敷の中の方が敵は多いだろう
二人の後を浮きながら付いて来たフォックスが溜息を吐いた。
人の社会とはなんと面倒なのだろう。
と言うか、アリアをどうすれば操れると言うのか。
そんな方法があるならフォックスが知りたいぐらいである。
「解りました」
そう返答するアリアは、握った拳をセーラに見せつけた。
もう何を考えているのか聞くまでもない。
「アリアさんも身辺には気を付けてください。何かあれば騎士団の方達も頼りになりますから、異常を感じたら騎士団の寄宿舎に逃げ込んでください」
騎士団の寄宿舎は、オード辺境伯家の裏手にある。
裏門を潜ればすぐに騎士団の訓練場だ。
そして、騎士団には古くから辺境伯家に仕えて来た家の者も多く、リゲル騎士団長もその一人。
辺境伯にとって一番の味方は、自分と共に生活する使用人よりも騎士団の方であるのだ。
「他の方々にも危険が及ぶ可能性はあるのでしょうか?」
「屋敷の者で言うのなら、ハリスさん、ナッシュさん、ロブさんは元騎士団なので、自分である程度対処出来るでしょう。グレイスさんや私も、ロブさんから護身術は習っています」
そう言うと、セーラは手のひらをアリアに見せる。
すると、シャン、と言う音と共に、袖から先の尖った細い棒が出て来た。
「暗器ですか?」
武器に詳しくなさそうなアリアから名称が出て来た事で、セーラは目を丸くする。
暗器とは身体に隠し持つ事が出来る武器で、相手を殺傷、あるいは身を守る為に使用する武器の事だ。
セーラやグレイスは、この棒以外にも幾つかの暗器を持ち歩いている。
「なるほど…。メイドとしての優雅さを失わずに身を守るには、暗器は良い選択なのかもしれません」
自分も何か持ち歩こうか、そんな事を考えながら、立ち止まったセーラを置いて先へ行ってしまうアリア。
必要なら護身術を学んではどうかと勧めようとしたセーラであったが、予想と違う反応をされて戸惑う。
(アリアさんって……何者なのかしら?)
不意に、後ろから肩を優しく叩かれた気がして、我に返るセーラであった。




