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元AI少女の異世界冒険譚  作者: シシロ
グロームスパイアの変
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第32話 グロームスパイアの変・終幕

 一騒動あった日の夜、アリアはオード辺境伯の執務室へと招かれていた。

対面にはオード辺境伯が座り、初めて会った日の事を思い起こさせる。

オード辺境伯の隣にはクレア、その後ろにハリスとグレイス、セーラの姿もあった。


 オード辺境伯はクレアに寝ているように伝えたが、自分のメイドの事であればとこの部屋へ押し入っている。

少し前まで死にかけていたなど誰が信じるだろうか。

と言うか、すでに歩いているのは何故か、それを聞くのがちょっと怖くて切り出せない。


「……まず、君が置かれている状況から説明しよう」


 本来ならメイドに話すような内容ではない。

ただ、今回に関してはアリアも中心人物であるし、何より口裏合わせも必要になるだろうと判断したのだ。


「君の扱いについてだが、迷っている所をモリィに保護され、その最期を看取った少女と言う事になる。それを錬金術師の弟子と勘違いしたアドモンが、薬を作らせる為に誘拐しようとした。…その被害に対しての埋め合わせとして仕事を凱旋し、私の館でメイドとして雇う事になった。こう言った筋書きになっている」


 領民であればもっと単純な話で済んだかもしれない。

ただ、アリアは領の人間ではなく、本来干渉を許されていないグロームスパイアに住み着いた人間だ。

領主が責任を取るべき案件と言えば、周りもあまり騒がないだろう。


「改めて確認するが、君はどこの国から来たのだ?」

「日本です」


 相変わらず聞き慣れない国である。

国に詳しいオード辺境伯もハリスも、一度たりとも聞いた事の無い国だ。


「ここの領民になったとして、何か問題はあるかね?」

「何もありません」


 これはメイドとして屋敷に仕えるとなった時、真っ先に確認した事でもある。

他国との摩擦になり得る可能性があったし、アドモンの行動が国際問題になるなんて未来もあっただろう。

だが、アリアは起こり得ないとバッサリ切り捨てた。

…なんと言っても、異世界の国である。

しかも、アリアはその国の国民ではなく、ただのAIだったのだから。


「よろしい。君の国の事は解らんが、その言葉を信じる事にしよう」


 ニホンと言う国について調べさせはしたが、それらしい国の事は解らなかった。

国交の無いどこか遠い国なのかもしれない。

オード辺境伯はそう納得する事にしている。

……アリアの起こした騒動が大きすぎて、素性を尋ねるのが怖くなったとも言えるだろうか。

アリアは今や、何が飛び出すか解らない爆弾娘と化している。


「アドモンを捕らえた事で、調子に乗っていた貴族どもが苦情を言って来た。尽して来た貴族を捕らえるとは何事かとな。アドモンに吐かせた罪を羅列してやったら黙って帰って行ったが」


 そう言って、アドモンが犯した罪を並べていく。


 領民、役人への脅迫。都合の悪い者の殺害指示。薬と偽って毒や魔薬を極秘裏に販売、投与していた事も解った。

 更に、国の法が及ばぬグロームスパイアへ赴き、そこの人間を誘拐、住居侵入しようとし、住民に止められれば武力行使へ及んだ。

これらがアドモンの罪となる。


 アリアの件に関して、一応はオード辺境伯に許可を取った行動ではあるが、本来はあくまでも保護が目的であった。

強制力の無いもので、断られれば成す術が無いものである。

力尽くで連れ去るなど言語道断なのだ。


 更にはアリアの持っていた薬を正当な理由もなく奪い、闇市へ売った。

その他細かいものまで含めれば、これでもかと言ったほどの罪が浮かび上がっている。


「どれも証人、証拠付きだとなれば反論の余地は無い。ただし、君に関してはすぐに知られるだろう。我が家で雇った新人のメイドともなれば、該当者は君しかいない。何か聞かれても余計な事は言わず、筋書き通りの説明をすれば良い」


 アリアはただのメイドであり、モリィの家に世話にはなったが錬金術は学んでいない。

表向きはこう言う話になる。


「もし妙な事があれば早めに相談するように。…こんな事があった後だ。他の貴族も我が家の弱みを握り、再び暗躍しようとするだろう。その時、真っ先に接触される可能性があるのは恐らく君だ」


 もし錬金術師であったなら、オード辺境伯家にとって決定的な弱みを握る事になる。

それを出汁に、本格的な乗っ取り工作だって行うかもしれない。

オード辺境伯が覚悟を決めたとしても、辺境伯家が置かれている状況は変わっていないのだ。


 今のオード辺境伯家は、領地を持たない下級貴族達に支えられている。

そして、下級貴族達が目指すのは領地を持つ事。

例えこんな辺境の地であっても持たないよりは遥かに良く、領地持ちとなれば爵位だって上がる可能性がある。

…何より、今のオード辺境伯家は非常に乗っ取り易い状況にある。

邪な貴族であったとしても、彼等が居なければ領地経営も難しい状態であり、彼等を排除する事は出来ないのだ。


 だが、悪い事ばかりでもない。

アドモンの件もあって、後ろ暗い所のある貴族も表立っての動きが取り難くなっているだろう。

その間に、貴族達の調査を進められるかもしれない。

弱みを握れば黙らせられると言うのは、オード辺境伯にとっても同じ話なのだ。


 アリアはそんな政治的背景までは知らないものの、自分の置かれている立場が相当に微妙な事を改めて認識する。


「それと、君に少し頼みたい事がある」

「なんでしょうか?」


 そう聞き返せば、ハリスがテーブルの上に分厚い書類を並べた。


「これは?」

「薬師局で扱っている薬のデータだ。作り方から効果、副作用まで、解っている事が全て載っている」


 グレイスからは字の読み書きから計算までなんでも出来ると報告を受けている。

難解な書類ではあるが、錬金術の知識があるアリアならば読み解けるだろう。


「錬金術を学びながらで良い。おかしな点や改善点が無いか確認して欲しいのだ。…メイドの仕事もある中で大変だとは思うが、こればかりは我々では解らん」


 この薬の中には、アドモンが局長になってから取り扱いを止めた薬、新に作成された薬も入っている。

あの男の事だ、ここにも何かしている可能性は大いにあると考えられた。


「……通常の薬と錬金術師の薬は根本が違いますので、どこまでお力になれるかは解りませんが」


 通常の薬と錬金術によって作られた薬の違い。

モリィの本によれば、それは魔力の有無。

通常の薬には魔力が含まれず、錬金術師の薬には作成者の魔力が含まれる。

魔力の作用によって、素材が本来持ちえない効果を発揮させる―――それが錬金術師の薬だ。


 ただ、魔力が含まれる薬を使用する事で、魔力の浸食が発生するのも事実である。

その浸食を起こさないよう調節し、良い効果だけが起きるようにするのが錬金術によって作られた薬の基礎であり、同時に最大の奥義とも言えるのだ。


「出来る所までで良い」

「そう言う事であればお引き受けします」


 異世界である以上アリアが知らない素材もあるだろうが、地球に居た頃の医学の知識が役立つ事もあるかもしれない。

そう考えれば、この調査をアリアがするのは意義ある行為と呼べるだろう。


「それと―――」

「はい?」


 一瞬言葉に詰まったオード辺境伯へ、アリアが首を傾げながら聞き返す。


「…作った薬は、使用する前に報告を頼む」


 胃薬も欲しいと言おうか迷った辺境伯だったが、また変な薬が出て来そうで言葉に出来なかった。





「…アドモンの様子は?」


 アリア達が去った後も、オード辺境伯とハリスは執務室に残っていた。


 様子を尋ねられたハリスは、不可解だと言う顔を隠しもせずに答える。


「こちらの声は聞こえているようですが、相変わらず挙動不審な行動を繰り返しています」


 今は牢屋に入っているアドモンであるが、その様子は以前の物と随分違う。

受け答えは一応するのだが、誰かの声がすると叫び出したり、牢屋の中に誰か居ると喚いたりを繰り返す。

これからの自分を考えて発狂でもしたかと思われていたが、腕を掴まれた、噛みつかれたなどと言い、実際にその傷跡を見せて来た。


 不気味なのは、噛まれた傷痕が人間の物であり、アドモンが自分で噛めないような場所にある事。

アドモンの牢屋に、アドモンとは違う色の髪の毛が落ちている事。

……天井や床に、何者かの手形や足跡がある事。

いくらなんでもおかしいと、見張りの者まで怯えてしまっている。


「…必要な情報を吐かせたら処刑するつもりであったが、その頃には正気でいるかどうかも怪しいものだな」

「すでに怯え切っていて、尋問に向かった者に助けてくれと懇願するそうです。牢屋に入ってまだそれほど経っていないはずなのに、やせ細って骨と皮だけになっていました」


 ここ最近の異常事態。

その中心には必ずアリアが居る。

もしかしたらアリアが何かしたのではないかとも思ったが、この屋敷で会って以降、アリアとアドモンが接触した形跡が無い。

そして、この屋敷で会った時はオード辺境伯とハリスが見ており、アリアが何もしていなかったのを知っている。

……訳の分からない事ばかり起こっているが、この一件だけは怪談話のようだった。


「…まぁ、何があったとて同情出来る男ではないが」

「今まで犠牲にして来た者達に、呪われているのかもしれませんな」

「だとすれば、それこそ自業自得だ」


 そう言って、オード辺境伯は深く考えるのを止めた。

長年の勘からか、人が踏み入ってはいけない領域の話に思えたからだ。


 後世、グロームスパイアの変と呼ばれるこの一連の出来事は、グロームスパイアに居る魔物の異変から始まり、その裏で暗躍していた者の発狂で幕を閉じる。

暗躍していた者がどうなったかは幾つかの書物に残されているものの―――荒唐無稽な内容であり、誇張された話と言われている。

故に、その男が本当はどうなったかは歴史の闇の中へと消えた。

それを知るのは――――きっと精霊だけなのだろう。




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