第29話 運搬ギルド
家人への顔合わせをした次の日、アリアは早朝からクレアの様子を確認しに来た。
そこで問題が無い事を確認すると、ガリオンの元へ向かうとオード辺境伯へ告げ、紹介状を用意して貰う。
何やら急いでいる様子に首を傾げながらも、オード辺境伯は運搬ギルドへの書状を持たせる。
場所の確認も済ませたアリアは、彼等が止める間もなく部屋を出て行ったのだった。
結局、何を急いでいるのか聞く暇もなく、オード辺境伯とハリスは顔を見合わせるばかりである。
そんな訳で、今は運搬ギルドに顔を出している。
建物は古めかしく、運搬ギルドと言う物が長く存在する組織である事を伺わせる。
中は意外に整理されており、筋肉質な男性達が重そうな荷物を運んだり、お互いに指示を飛ばしたりしながら仕事に励んでいた。
受け付けなども存在しているが、基本的には現場と言った様子で、関係者以外は訪れない場所らしい。
アリアが聞く所によると、運搬ギルドの主な仕事は荷物の配達や、引っ越しの手伝いなど多岐に渡る。
ちょっとした力仕事なら、運搬ギルドを頼るのがこの世界の常識なのだとか。
アリアは受け付けらしき場所へ向かい、そこに居た中年女性に声を掛ける。
「すみません、ガリオンさんはいらっしゃいますか?」
「ガリオン? 確か居たと思ったが…お前さんは?」
「失礼しました。私はアリアと申します。こちら、オード辺境伯からの紹介状となります」
「…オード辺境伯だって?」
女性は渡された紹介状をじっと見つめ、小さく頷くと、周りの者にガリオンを呼んで来るように指示を出した。
「あたしは運搬ギルドのサブマスターでね、エレナだ。良ければ奥で話すかい?」
「いえ、申し訳ありませんが、急ぎの用事があるのでガリオンさんを借りたいんです。詳細はその紹介状の中にあるかと思います」
「そうかい。ここで読んでも?」
アリアが頷いたのを見ると、エレナは紹介状の中身を取り出した。
中には長々と挨拶が書かれていたが、この辺りは貴族のマナーと言った所であり、読み飛ばして構わない。
用件を要約するなら、『アリアは訳ありで、ガリオンはその事情を知っている』、『故にガリオンにアリアの手助けをして欲しい』、『この件は関しては他言無用』、『請求はオード辺境伯当てで構わない』。
ふーん、と口の中で呟き、エレナはアリアへと視線を向ける。
他言無用と言う割に、ここで読ませる辺りアリアが内容を知らないか、それとも万が一知られた場合でも問題無いと言う事か。
あるいは、運搬ギルドを試しているとも取れる行動だ。
「ガリオンとは知り合いなのかい?」
「はい、以前お世話になったので」
そうかい、と答えながらも、エレナはアリアと言う人物が何者なのかを探る。
今解っている事は、オード辺境伯となんらかの関係がある人物、ガリオンと知り合いであると言う事だけ。
だが、ガリオンが知り合いだったにしては、本人からこんな少女の話など聞いた事がない。
…と言うより、そもそもアリアを街で見掛けた事も無い。
エレナはそっとアリアの全身を眺めながら、頭の片隅で考える。
まさに絵に描いたような美少女。
こんな少女が街中に居たとして、一切噂にならないなど有り得るだろうか。
運搬ギルドの男共なら絶対に話題にするはずだ。
現に、アリアがこのギルドに入った瞬間、いかにも真面目ですと言わんばかりに仕事を始めたのだから。
…エレナとしては仕事が捗って有難い事だが。
「運搬ギルドは初めてかい?」
「はい、素敵な(筋肉を持った)方々が多いですね」
「ああ言うのはむさ苦しいって言うのさ」
内心を悟られないよう世間話を振りながら、アリアの仕草を探る。
礼儀正しいし、日焼けもしていない。
貴族の令嬢と言われても不自然さは感じないが、オード辺境伯に関係する令嬢と言えば、現在病に伏せっているはずのクレアのみ。
エレナがクレアを見たのはクレアが幼い頃のみであった為、同一人物かは解らないものの、クレアだとしたら護衛も無くこんな場所を訪れないだろう。
ますます解らない娘だ。
エレナの持つ情報でアリアの素性を知る術は無さそうだ。
そう結論付けた所で、ギルドの男達が目に入った。
……どうやら『素敵』と言われた事がよほど嬉しかったのか、随分と仕事に精を出している。
もし可能なら、運搬ギルドで雇いたい逸材である。
「エレナ姐さん、俺を呼んだかい?」
そんな中現れたのがガリオンである。
ガリオンはエレナを見た後、アリアに視線を向けると目を見開いて叫んだ。
「アリアじゃないか! こんな所までどうした!?」
ガリオンからすれば、モリィの家で会って以来である。
グロームスパイアに居るはずのアリアが、まさか自分の所へやって来るとは思ってもみなかった。
「お久しぶりです、ガリオンさん」
「ああ。…ひょっとして食料が足りなくなったとかか?」
「いえ、今日は仕事の依頼と……モリィさんの件についてお話がありまして」
モリィ、その言葉が出た瞬間、運搬ギルドが静まり返った。
「ひょっとして…婆さんに何かあったのか?」
「…はい。ガリオンさんが来た日の夜に――――……」
世で嫌われる錬金術師。
だが、少なくともこの運搬ギルドでだけは違った。
それはモリィと言う人間の人徳であり、その貢献によるものが大きい。
「…そうか。長く無いとは解ってたつもりだが、とうとう逝っちまったか」
ガリオンのその言葉を聞きながら、エレナも目を閉じ、冥福を祈る。
エレナ以外にも、運搬ギルドの者達はそれぞれが祈りを捧げていた。
大きな病気を患った者も居れば、本来なら仕事を辞めるような怪我を負った者も居る。
だが、その多くを救ったのはモリィの薬だった。
この運搬ギルドに所属する者なら、一度や二度はモリィの薬に助けられている。
何かと怪我の多い仕事であり、本来なら怪我による離職率も高い職場なのだ。
それを救って来たのはモリィであり、モリィの薬が滞ってからは仕事の回転率も大きく落ちた。
当たり前にあるはずのものが無くなって、その有難みを一番理解したのは、誰でもない運搬ギルドの人間だったのだ。
「アリアさん、アンタとモリィ婆さんはどう言った関係だったんだい?」
「森の中で迷っている所を助けて頂いて、亡くなるまでの数日間、お世話になっていたんです」
「そうかい。…あたしが言う事じゃないんだろうが、婆さんを看取ってくれてありがとうよ」
エレナにそう言われたアリアは、とんでもないとばかりに首を振った。
一人で孤独にこの世を去るはずだったモリィの元に、タイミングを合わせたかのように現れた少女。
そう聞くと、何やら運命めいた物を感じさせる。
「俺も気になってはいたんだが、あの後すぐ、グロームスパイアは厳戒態勢だって事で閉鎖されちまってな。警戒が解かれたから、今日か明日には顔を出すつもりだったが…」
どの道、モリィは会ったその日の内に亡くなっている。
最期の日に会えた分、幸運だったと言えるだろうか。
「それで、今日はその報告に来たのか?」
「はい。それと、私もこの街でお世話になる事になったので、幾つか荷物の運搬をお願いしようかと。モリィさんの遺品も、まだそのままになっているので」
オード辺境伯との繋がりは見えないままだが、アリアがどう言った状況に置かれているのかは見えて来た。
本人は錬金術師では無さそうだが、モリィとの関係から変な目で見られる可能性もあるだろう。
『他言無用』とはこの事かと、エレナは心の中で頷いた。
「これは老婆心からだが、他所でモリィ婆さんの話は控えた方がいいよ。モリィ婆さんが受け入れられているのは、この運搬ギルドぐらいだからさ」
こんな場所を訪れるのはギルド関係者ぐらいだ。
そうでもなければ、個室で話を聞くべき内容だっただろう。
「解りました。ご親切にありがとうございます」
「いや。それより――――」
頭を下げるアリアを見ながら、エレナは続ける。
「モリィ婆さん、薬を残しちゃいないかい?」
運搬ギルドも、モリィの薬が無くなって困っているのである。




