表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元AI少女の異世界冒険譚  作者: シシロ
元AI少女と錬金術師
3/77

第2話 異世界

 赤い川を下って行く『ARIA』。

川の周辺は静かなもので、今のところ発見らしい発見は無い。


「…昆虫さえいないのでしょうか」


 『ARIA』が見る限り、生物は未だ見つかっていない。

動物もそうだが、魚も昆虫もだ。

川にも人の手が入っているようには見えないし、この辺りは生き物は寄り付かない空間なのだろう。


「…川にそれほどの有毒性があるのかもしれません」


 あまり近づき過ぎるとこの肉体にも影響が出るかもしれない。

『ARIA』はそう判断して、せせらぎが聞こえる程度の距離まで離れる事にした。

それがどれほどの対策になるかは解らないものの、かと言って川と言う道しるべを見失うわけにもいかない。


 ――――小一時間ほど歩いただろうか。

飽きるような荒涼とした景色に変化が見られた。

眼前に広がる黒い木々の隙間から、僅かながらに緑色が見えたのだ。

今までに見られなかった色彩である。


 警戒はしつつも、『ARIA』は歩みを速めた。

そうして見えて来たのは、生い茂る木々。

今までのような怪しい気配のものではなく、清々しささえ感じる風景であった。


 ある一点を境目にし、そこから急激に葉を付けた木々や花々が増え広がる。

前後を比べると、まるで別の世界が繋がっているかのようである。


「この境界はなんの影響なのでしょうか」


 そんな疑問を口にするも、『ARIA』が持つ情報では判断しようもない。

そして解らない事を長々考える『ARIA』でも無かった。


「水への影響はどうでしょうか」


 そう思い、川辺へと再び近付いて行く。

未だ若干の濁りはあるものの、しかし下流に向けて水が澄んで行くのが見えている。

もう少し下流に行けば飲み水として使用出来るかもしれない。

 …とは言え、元は謎の液体。

検証も無しに飲むのは危険であり、もし口にするのであればそれは最終手段である。


「何はともあれ、もう少し―――」


 ふと、水面に自分の姿が映っている事に気付く。

先ほどまでは色の禍々しさから近付く事さえ無かったが、比較的近くへ来た事でようやく己の姿を確認出来た。


「やはり女性の身体――――私のデータベースにある人物ではありませんね」


 水色の髪に、赤の瞳。

『ARIA』の認識として、自然にこのような髪色になるとは考えられない。

顔付きから人種も割り出せず、しかし、人間が魅力的と感じる容姿である事は理解出来た。

年齢は十代中盤……いや、もう少しだけ上だろうか。


「髪色を染める文化圏に居た人物…そして、目にはカラーコンタクトでも入れているのかもしれません」


 しかし『ARIA』は首を傾げる。

髪の色は確かに水色だが、光の加減で緑にも見え、強く光が当たる場所は黄色にも見えた。

どんな染め方をしたらこうなるのだろうか。


「異世界転移―――あるいは転生」


 先ほど頭を過った言葉が、再び『ARIA』の脳裏に浮かぶ。

今までの景色、自分の現状。

そして、消えたはずの意識。

統合していくと『そこ』に繋がっていくようで、『ARIA』は瞑目する。


 しかし、いくら考えても明確に否定出来る材料は見つからない。


「ならば情報を集めましょう」


 AIに迷いなど無いのである。





「…ふむ」


 更に一時間ほど下り、『ARIA』はようやく立ち止まった。

ここに至るまでに解った事が幾つかある。


 一つ、川の中に魚の姿が現れ始め、水の安全性は上がったと考えられた。

魚も『ARIA』の知る川魚に酷似している。

しかし、時折知らない魚も混じり、生態系から現在位置を割り出すのは難しいと考えられた。


 二つ、昆虫や動物について。

獣こそまだ出会っていないが、鳥が飛ぶ姿や昆虫達は何度も見掛けている。

やはりと言うべきか、知っているものも居れば、知らないものも居る。

更に言えば、自分の知る虫に似つつも僅かながらに差異が見られる存在も確認出来た。


 三つ、自然についても同様。

お陰で食料として扱えるかに疑義が生じている。

ちなみに例の赤い花や黒い木々は見かけなくなった。


「つまり、私の知らない未開の地であるのは確かなようです」


 地球上の生物を網羅している『ARIA』である。

すでに発見されている動植物であるなら、『ARIA』が知らないはずがないのである。

と言う事は、少なくとも地球人の手が入っていない場所と言うのは確実なのだ。


「…異世界の可能性が捨てきれなくなりました」


 決定打と言えるほどの物があるわけでは無い。

しかし、異世界に渡ると言う『原理』を無視するのであれば、一番可能性が高いとさえ言えた。


 自身が肉体を持っているかのようなこの状態、『ARIA』の知らない生態系。

―――消えたはずの自分がこうして存在する謎。


「しかし…」


 生まれ変わったのなら赤ん坊のはずではないのか。

そもそも、魂や命が無いはずのAIが生まれ変わるものなのか。

転生や異世界が実在するものなのか。


「―――まずは生存を優先すべきです」


 解らない事が多すぎて、『ARIA』は考えるのを止めた。

確定出来ない状況を考察したとて、それが推測の域を出る事はないのだ。

相変わらず割り切りの良いAIである。


 そうして改めて周りを見た時、その存在と目が合った。


 長い胴体に、短い手足、ふさふさの尻尾。

印象としてはイタチ科の生物に近いと思われた。

くりくりとした目が、じっと『ARIA』を見つめている。


「――――なるほど」


 『ARIA』は納得する。

表情には何も表れていないが、彼女の中で何かが吹っ切れた瞬間である。


 『ARIA』が何に納得したか。

その答えは目の前のイタチが握っていた。

なんせそのイタチ―――翼も無いのに浮遊しているのである。


「ここは異世界ですね」


 色々疑問はあり、なんならまだ議論の余地はあるだろう。

だが、『ARIA』はそれら全部を無視して結論を出した。

自分の尺度で測る事自体を無駄と考えたのだ。


「これまでの常識は参考程度にとどめた方がいいでしょう」


 『ARIA』はこの時、自分の知る『常識』と言うものを記憶の奥底に放り投げた。

ここに、常識を投げ捨てた元AIガールが誕生したのである。


「貴方は話せますか?」


 そう言ってイタチに話し掛ける『ARIA』。

この適応力である。

伊達に高性能AIをしていたわけではない。


 しかし、イタチの方は可愛らしく首を傾げるばかりだ。

ゆさゆさと揺れる尻尾や表情を見る限り、警戒されているわけでは無さそうなのが救いである。


「言葉は解りますか?」


 何を思ったか、イタチは泳ぐようにして『ARIA』の周りを漂っている。


「人慣れしている?」


 そんな疑問が口を付いて出れば、イタチはスイーと移動を始めてしまった。

どこかへ行ってしまうのかと目で追えば、イタチはクルリとこちらを振り返った。

まるで着いて来いと言っているかのようである。


「…罠の可能性があります。しかし、地球の常識が通用しない以上、下流に人が居るとも限りません。このまま彷徨うより生存率を上げられる可能性もあります」


 相変わらず謎の報告をしながらイタチに着いていく『ARIA』。

イタチは時々振り返りつつ、尻尾をフリフリさせながら『ARIA』の前を浮遊する。


 最大限の警戒をしようと決めていたはずなのに、『ARIA』の目はその尻尾に釘付けである。


「……この、湧き上がる感情はなんなのでしょう」


 『ARIA』は、自分がイタチの尻尾に夢中になっている事に気付いていなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ