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元AI少女の異世界冒険譚  作者: シシロ
グロームスパイアの変
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第17話 AI娘はマイペース

「…おや? こんな所で何をなさっているのですか?」


 岩陰に隠れるようにして、十人ほどの人間が座り込んでいる。

顔は青ざめ、涙を浮かべている者もいる。

何かあったのかと心配されても無理はない光景だ。


 何故か唸るフォックスを宥めつつ、アリアは彼等の元へと歩み寄る。


「お前、あの時の錬金術師だな!」


 叫ぶアドモンを見て、街に向かった時に出会った男であると即座に理解するアリア。

しかし、アリアは自分を錬金術師だとは思っていない。

故に。


「いいえ、違います」


 こう言った返答になる。

アリアは錬金術師である事を否定したつもりなのだが、この言葉は別の意味にも取れる。

つまり、お前と会った事なんかねーよとも取れるのである。


「なんだと…? 貴様、わしに対して嘘を吐くつもりか!?」

「嘘ではありません」

「ふざけているのか!? 以前わしと会った錬金術師だろうが!」

「いいえ、違います」


 アリアとしては自分は錬金術師ではないと主張している。

アドモンとしては以前会っているだろうと主張している。

どちらも間違ってはいないが、噛み合ってもいない。

どちらかと言えば、アリアの言葉が足りないのがいけない。


「わしの顔を忘れたか!」

「覚えています」

「ではやはりあの時の錬金術師ではないか!」

「いいえ、違います」


 アドモンはとうとう地団太を踏んで喚き始めた。

何を怒っているのだろうとアリアは首を傾げるばかりである。


 言葉を挟もうにも、アドモンの感情的になっている様子を見て、まずは宥めるべきかとアリアは考える。


「あまり怒ると血圧や心拍数の上昇、血流の悪化や自律神経に乱れを生じさせます。身を危険にさらしたくないのであれば、早急に落ち着く事をお勧めします」


 宥めるべき方法は様々あるが、怒りにより起こり得る危険を提示する事にしたアリア。

しかし、言葉選びは最悪であった。

こちらの世界の人間、それも医療従事者でも無いのに血流や心拍数などと言われても伝わらないのである。

前半部分が伝わらない以上、『うるさい、殺されたくなければ黙れ』と言われているように感じる事だろう。

そして残念な事に、アドモンはそう受け取る人物であった。


「き、貴様! わしに歯向かうか!! 兵達よ!」


 アドモンに言われ、渋々と言った感じで兵士達がアリアに向き合う。

彼等としてはアリアなんて放っておいて早々に帰りたいのであるが。


 アリアは兵達を見て何事かと考える。

武器を抜く様子もなければ、ただアリアの前に立ちはだかっているだけなのだ。

兵達としても、少女に武器を向けるのは気が引けるようだ。

あるいは、アドモンに対する普段からの反発がそうさせているのかもしれないが。


「…ようやく自分の立場が理解出来たか。生意気な小娘め」


 状況が理解出来ず黙ってしまったアリアに対し、アドモンは彼女が怯えたと判断したらしい。


「いいか! わしは薬師局のアドモン・レオナレスだ! 小娘が逆らえる相手では無いのだぞ!」


 見下した態度を取るアドモンに対し、そう言えば、とアリアは大切な事を思い出した。


「そう言えば挨拶をしていませんでした。私はArtificial Responsive Intelligence Assistant…アリアとお呼びください」

「あーてぃ…?」


 挨拶とはコミュニケーションを円滑に進める為のマナーである。

本来は空気を読みつつ行う事だが、元AIに空気が読めるはずもなかった。

概念として知っていても、実際にその空気に触れる事など無かったからである。

 故に、やはりこの世界では製品名では通じないらしい、などと明後日の事を考え、挨拶する時はアリアだけ名乗ろうと心に決めたAI娘であった。


 この世界では姓を持つのは貴族だけである。

そして、それは高位貴族…特に王族ともなると長ったらしい名前になるのだ。

一瞬、高位の貴族かと頭を過るが、そんな訳はないとアドモンはかぶりを振る。


「それで、薬師局とはどのようなものでしょうか?」

「何…?」


 言葉から察するに、製薬所か薬師の組合のようなものだろうとは思うものの、アリアにそれを説明した者はいない。

今アリアが持っている情報は、薬師局と言う名と小娘が逆らえる相手ではないと言う言葉だけだ。


「小娘には逆らえないと言う事でしたが、それは法的に決まっている事でしょうか? それとも男性のみで構成された団体であり、女性に口を出す権限がないと言う事でしょうか?」


 知らないはずはないと思っているアドモンからすれば、アリアのこの言葉を瞬時に理解するのは難しい。

呆気に取られている間も、アリアの質問攻めは続く。


「薬師と言うからには薬に関係した組織かと思われますが、局と言う事は公的機関なのでしょうか? そもそも、薬師は薬剤師と同じものと考えて差し支えはないのでしょうか? それは錬金術師とは違うものと認識して良いのでしょうか? 違うのであれば、その違いについても詳しく教えて頂ければ幸いです」


 アリアの言葉が途切れた所で、ようやくアドモンはハッとした。

最初は馬鹿にしているのかとも思える怒涛の質問であったが、思い返せば以前会った時も自分の事を知らない様子だった。

ならば、アリアは薬師局について何も知らないのも事実かもしれないと思えてくる。

無知な娘であるなら、適当に言い包めて協力させる事も出来るのではないか。


 アドモンはそこまで考えて口元を歪めた。


「…クク、いいか小娘。錬金術師は薬師局の管理下で働かねばならんのだ。薬師局の長であるわしに、一切逆らう権限など無い。わしが管理してやるから街まで来て貰おうか」

「お断りします。あと小娘ではなくアリアです」


 即答であった。

しかも小娘呼びを訂正させる図太さまである。


「き、貴様! 錬金術師は薬師局の長に逆らえんと言っているだろうが!」

「私は錬金術師ではないので、それには該当しません」


 アドモンはギリリと奥歯を鳴らす。

最初から話し合いなどせず、力でねじ伏せれば良かったと考え直したのだ。

アリアに舐められていると理解したのである。

勿論、アリアにアドモンを馬鹿にする気など毛頭ないのであるが。


「…よかろう。わしを馬鹿にした報いを―――」

「あ、少々お待ちください」


 アリアが手で制した瞬間、森の中から熊―――フェルグリムが顔を出した。

それは安全を確認する為の行動であったのだが、顔を出した瞬間にアリアと目が合ってしまった。

――――瞬間、雄叫びを上げたフェルグリムに、兵達が腰を抜かす。


「フェルグリムだ!」

「に、逃げるぞ!」

「置いていかないでくれ!」

「ま、待て! わしを守らんか!」


 あまりの恐怖に動揺し、統率を失う兵達。

彼等は身の危険を感じたのだ。

 しかし、それはフェルグリムの方も同じである。

彼の上げた雄叫びは、恐怖のあまりに上げた悲鳴であった。

勿論、その恐怖の対象とは――――。


「行きますよ、フォックスさん!」

「わん!?」


 まだやんの!? と絶句するフォックスの尻尾を掴み、アリアはフェルグリムへと迫る。

180度向きを変えたフェルグリムに、しかし兵達は気付く事なくその場から逃げ出した。


 後に、フェルグリムを捕らえたアリアがこの場へと戻って来たが、その時にはアドモン達が逃げ出した後であり、誤解ばかりが積み重なったこの無意味な出会いは幕を閉じた。


 それと同時に、後世、グロームスパイアの変と名付けられるこの一連の出来事により、事態は大きく動き出すのである。




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