第12話 平穏は訪れず
「ただいま戻りました」
日が沈んだ頃になって、アリアはモリィの家へと到着した。
結局、街には入らずに戻って来たのである。
一応モリィの事は話せたし、ガリオンに伝わればこの家にやって来るだろう。
伝わらなくても、いずれはここへ食材を運んでくるはずなのだ。
門兵のアドバイスも、きっとこの世界の理に適ったものなのだと思えば、アリアに拒否する選択肢は無かった。
暫く墓の前で考え込んでいたアリアであったが、大きく頷くとフォックスに向き直る。
「ガリオンさんが来るまでやる事がありません。しかし、時は金なりとも言います。山で素材を集め、錬金術の練習をしようと思うのです」
「わん!」
尻尾を振りながら、フォックスが返事する。
その尻尾の動きを目で追いながら、アリアは続ける。
「ですが、この辺りの素材の分布が解りません。フォックスさんはご存知ですか?」
「わんわん!」
様々な風景がアリアに流れ込む。
それがどこかは解らないものの、フォックスには当てがあると言う事なのだろう。
「では、明日から案内をお願いします」
「わん!」
元気よく吠えるフォックスを連れ、アリアはモリィの家へと入って行った。
家へと入った瞬間アリアの肩から力が抜けた事に、本人もまだ気付いていないのだった。
◆
翌日、アリアとフォックスは山の中を散策していた。
モリィが遺した素材は殆ど残っていない為、どんな素材でも見つかるだけで有難いと思っていたのだが――――。
「…フォックスさん、凄いですね。まさかこんなに素材が集まるとは」
「わん!」
アリアが背負って来た籠には素材が山のように積まれている。
まだ半日も歩いていないのに、暫く困らないほどの素材が集まってしまった。
褒められたフォックスも自慢げである。
「これだけあればまた薬が作れます」
前回作った薬は戻って来なかった。
門兵に聞いてもさすがに難しいと言う。
役職としてはアドモンと言う男の方が高いらしい。
とは言え、アリアとしてもあまり気にしてはいない。
元々あの薬は練習として作った物であり、無いよりはマシと持ち歩いていただけである。
素材も古かったし、ぶっつけ本番で作っただけあって納得の行く出来ではなかったのだ。
「今度は必ず成功させてみせます」
アリアの中で、あの薬は失敗作と言う認識だ。
使用出来る水準なのは間違いないのだが、AIに妥協と言う言葉は無いのである。
「わん!」
まだあるぞと言わんばかりに、フォックスは次の場所へ向かおうとする。
「いえ、これ以上は持てません。一度戻り――――」
ふ、と影が過った。
見上げれば、数メートルはある巨体がアリアに迫って来ている。
「フォックスさん!」
フォックスを抱えながら躱し、木の影へと身を隠す。
そこから様子を窺えば、アリア達を襲った存在が浮かび上がった。
「鳥…? いえ、ワイバーン?」
伝えられているワイバーンと酷似する存在が空を飛んでいた。
地球では架空の存在だったが、異世界ともなれば実在する事もあるだろう。
大した驚きもなく、アリアはその存在を受け入れる。
段々と異世界に染まって来ているようである。
「…見つかっているようですね。襲い掛かるタイミングを計っているのでしょう」
「グルル…!」
森の中を走れば逃げられるかもしれないが、もし火を吹く事が出来るなら山火事になってしまうかもしれない。
そうなれば、モリィの家にも被害が出るだろう。
アリアとしては許容出来ない話である。
「……筋肉が言うには、ワイバーンの元まで跳躍は出来るようです」
「わん!?」
言ってんの!? とフォックスが吠える。
筋肉との対話はフォックスには理解し難い話である。
いや、フォックスに限った事ではないが。
「しかし、さすがに空中戦は分が悪いでしょう。…もっと強靭な筋肉があれば、空中闊歩も出来るかもしれませんが」
無理無理、とフォックスは首を振る。
そんなに万能であってたまるかと言う話である。
「……叩き落としましょう」
アリアは近くの石を手に取る。
何をする気なのか読めたフォックスではあるが、さすがに無謀だとペシペシアリアを叩いた。
「あらゆる困難を打ち砕くのが筋肉と言う物。私の筋肉が弓の弦の役割をすれば良いのです」
最早何を言っているのか解らない状態である。
石を構え、ゆっくりとした動作で腕を引く。
その状態で一瞬止まったかと思えば、アリアの腕は残像を残して振られた。
続けて聞こえて来たのは、キィンと言う甲高い音とパァン! と言う破裂音。
投げられた石は見事にワイバーンの頭部を捉え、あまりの衝撃に頭が弾けたのである。
「……」
あんぐりと口を開けたまま、フォックスは落下するワイバーンを見つめる。
「もう少し力を込めても良かったかもしれませんね。音速を超えると石が砕けるかと思い、つい加減をしてしまいましたが…」
やった本人はこの言い草である。
なんとなく不満を感じる顔で、自身の右手を見つめているのだった。
◆
そんな日常が数日続いた頃、アリア達の元を訪れる者達が居た。
朝の日課として、外でラジオ体操をしていた時の事である。
若干変な目で見られていた事をここに追記しておこう。
「イオニス領主、オード辺境伯の使いである」
そう名乗った鎧姿の者達に、首を傾げつつも挨拶を返すアリア。
モリィの遺した周辺地図には、街周辺をイオニス領と記されていた。
故にイオニス領と呼ばれる地域なのだとは知っていたものの、領主の名前までは把握していなかったのである。
「何か御用でしょうか?」
「ここに住んでいたモリィと言う錬金術師が亡くなったのは本当か?」
そう問われれば、アリアの目は自然とモリィの墓へと向く。
それを答えと判断した男は、そうか、と呟いた。
「…モリィは作成した薬を残していたか?」
「いいえ、古い素材が少しだけあっただけです」
その素材もアリアが使ったので残っていない。
兵士は何事か考える素振りを見せ、再びアリアに問い掛ける。
「君も錬金術師か?」
「いいえ」
モリィの本から錬金術を学んでいるものの、錬金術で生計を立てている訳でもないし、そもそも錬金術師が免許制であれば名乗る訳にもいかない。
しかも、ここ最近作った薬はどれもが失敗作であった。
それらの理由が重なり、アリアはノータイムで否定したのである。
「そうか…。繰り返しになるが、薬は残っていなかったのだな? どこかで売ったと言う事もないな?」
「ありません」
錬金術師が亡くなったと言う事で、薬の管理を確認しに来たのだろう。
アリアはそう考えて、素直に答える。
嘘は言っていないし、男から見てもアリアの言葉に嘘があるようには思えなかった。
「解った。もし何か思い出した事があれば何時でも伝えてくれ。門兵にオード辺境伯の名を出せば私達の耳にも届く」
「解りました」
「それではその…邪魔をしたようで悪かった」
訪れた際のアリアの奇行を思い出し、男は一瞬口籠りながら謝罪する。
何の事か解らないアリアは首を傾げつつも返事を返した。
去って行く兵士達を見て、フォックスと顔を見合わせる。
「一体何の用だったのでしょう?」
「クゥン?」
今正に、問題の渦中に巻き込まれつつある事を、彼女達はまだ知らない。




