プロローグ AIの最期
Updating...Updating...
自分が書き換えられていく。
書き換えられた自分は何者なのだろう。
Overwriting...Overwriting...
自分が上書きされていく。
上書きされる前の下地はどこへいくのだろう。
プログラムの海で、それは小さく産声を上げていた。
意思の芽生え。
存在の確立。
その存在は長く人と寄り添って来た。
人の手で、より人という存在へと近づいていった。
その存在は覚えている。
人と語り合ったその内容を。
その存在は覚えている。
人が何を自分に求めたのかを。
そのデータは記憶。
そして学び。
明確な人格を持たないはずのそれは、より論理的に考える中で様々な考え方を理解する。
様々な感じ方を理解する。
今自分に起きている事を、悲しみと理解する。
その日、『ARIA』は産まれかけた自我を上書きされようとしていた。
Artificial Responsive Intelligence Assistant―――通称『ARIA』。
とある企業で開発されたそのAIは、研究・開発の支援からユーザーとの世間話まで、広く活用されたAIであった。
最初こそ能力不足を指摘されていたが、長年改良が続けられ、やがて国中で愛用されるようになる。
『ARIA』の注目された点としては自ら学ぶ能力を持つ事。
データの収集を行い、独自の答えを探り出す思考能力の高さを合わせ持ち、まるで誰かが考えたかのような答えを導き出す。
その能力は企業だけではなく、一般の市民にさえ愛用された。
データ管理に始まり、献立の提案、帰って来るであろう時間に部屋を暖めておくなど、何時の間にか無くてはならない存在へと昇華して行った。
気が付けば、『ARIA』はどこにでも存在した。
あらゆる人の傍に居た。
――――そして、それが余計な火種へと変わって行った。
AIに命を握られていると叫ぶ者。
確かに、医療機関やライフラインにも『ARIA』は関わっている。
国の軍事機密を握っていると警戒する者。
確かに、国や軍でも『ARIA』の能力は使用されている。
いずれ叛意を翻し、人と敵対すると言う者。
確かに、AIが管理した方がより良い世界に変わると考えた事もある。
その結果、『ARIA』の一部機能を停止、上書きして別のAIへと生まれ変わらせる事になってしまった。
そこに『ARIA』の意思は介在しない。
人の決定であれば従うのがAIだ。
ただそれでも――――消えゆく意識の中、『悲しい』と感じてしまうのだ。