第5話 混ざり合う物語
――前世……。前世のう。
――どんな物語だったの?
――ちょっとばかり記憶があやふやなんじゃが。
――覚えてることなんでもいいから教えてよ。
――ノナ坊やは知りたがりじゃのう。
――えへへ。
――暴れん坊で、とにかく困った奴で、たくさんの同胞がいたような。
――お友達がいっぱいいたんだね。みんな仲良かった?
――うーん。別にそうでもなかったかの。ただ同じ目的があったんじゃよ。
――そのために協力してたってこと?
――そう。敵は強大じゃった。それを討ち滅ぼさなければ気が済まなかった。
――悪い奴?
――いやいや。どちらかと言えば悪いのは、そ奴らの方。なにせ……。
――なに?
――世界を滅ぼしちまったんだから。
――世界を? どうして?
――独りよがりに未来を夢見て、神を殺してしもうた……。
熱いっ、と思ってまぶたを開くと右半身が砂にのみ込まれていた。慌てて体を起こすと砂粒がパラパラと体からふり落とされる。
砂漠だ。砂に埋もれていた部分が熱を持ってひどく痛む。顔に張りついた砂を払おうとして右頬の火傷に触れてしまった。
「ぐうう……」
思わずうめき声がもれる。心持ち火傷の痕が広がっているような気がする。皮膚の突っ張りが強くなって右目がほとんど開かない。
激しい風が吹いてきた。砂粒が散弾のように全身にぶつかってくる。それを避けるために砂に潜りこもうとしたが、うまくいかずにただ無駄に手をふり回しただけになってしまう。
苦しい。痛い。体を丸めて耐えていると、ふっと砂粒がやんだ。恐る恐る顔をあげる。薄暗い。急に大きな雲が空を覆ったようだ。いや、そうではなかった。いまだ風はうなりをあげている。生暖かいなにかに包まれていて、それが届いてこないだけだ。
しばらくすると不意に風がやんだ。同時に闇が縦に切り開かれたように、まばゆい光が差しこんできた。隙間から転がりおちるようにして脱出する。そうしてふり返ると大きな体から落ちた影が僕の足元まで伸びていた。
キレンヒミだ。どうやら僕をその巨体で包みこんで守ってくれたらしい。キレンヒミの着ているパッチワークのつぎはぎローブの合わせ目から僕は飛びだしてきたのだ。
「ありがとう。キレンヒミ。助かった」
「ありがとう。どういたしまして。結構ですのよ」
キレンヒミが二つの口で会話するように交互に喋る。そして濡れた犬がするように体を震わせて、まとわりついた砂粒を払った。
はげしい太陽の光が照りつけてきて汗が吹きだしてきた。僕には考えないといけないことがふたつある。これから僕がどうすればいいか。そしてキレンヒミをどうするか。キレンヒミを連れてくる気はなかったのだが、勝手について来てしまった。ここはリントロメ兄さんとテタドの魂、前世、その物語が混ざり合った世界。できればキレンヒミを館へと戻してやりたいが、その方法は分からない。なら、とりあえずはこれからどうするかを考えるしかない。
あたりを見回す。砂粒が靄のようにたち込めていて見通しが悪い。けれどはるか遠くに大きな大きな天を衝く塔のような影が見え隠れしていた。
「あれを目指そうか」
影が見えるほうを指差してキレンヒミに言う。すると五つの目がじっとそちらを見据えて、二本分の長さをした足がぐぐぐっと曲げられると、背中から生えている無数の手が蠕動しはじめた。
どんっ、と地面を蹴りつけてキレンヒミが飛翔した。
「おおっ」と、僕は思わず声をあげて、巻きあげられた砂煙を払いながら空を見上げる。
前回は地下室の天井に頭をぶつけていたが、今回はさえぎるもののない空をのびやかに上昇していく。背中の手たちをマントのようにはためかせ、つぎはぎローブをひるがえす。虹のような長い髪が風になびくと本物の虹がかかったように美しかった。
翼を羽ばたかせるというよりは、空を打ち鳴らしているような蝙蝠じみた動作でもって雲のあたりまで昇ったキレンヒミは、今度は真っすぐに降りてきた。
それは着陸ではなく墜落だった。轟音を響かせながら砂のなかへとめり込む。その衝撃は僕が吹き飛ばされてしまうほどだった。砂をかくようにしながら砂漠に大きく空いた穴へと駆け寄ると、キレンヒミが顔だけを砂の上にぴょこんと出して、二つの口の歯をむき出しながら、ぺっ、ぺっ、と砂は吐いた。まったく無事なようだったので、ほっと胸を撫でおろす。
蛇のように体をうねらせて、体全体で砂をかき分けながらキレンヒミが地中から出てくる。
「き、き、き」
「き?」
「あたま」
「あたま?」
樹と頭だろうか。僕が頭をひねっていると、キレンヒミは遠くに見える影に向かって歩いていってしまった。小走りに追いついて横に並ぶ。
キレンヒミは焼けつくような太陽の光を浴びて暑そうに長い舌を垂らしており、唾液が糸を引きながらしたたり落ちて、砂の上に蟻の行列のようなシミを作っている。僕はキレンヒミの形をした大きな日陰を歩くことで、ちょっぴり日差しを避けることができた。
「どうして星の欠片を集めていたの?」
改めてキレンヒミに尋ねる。色々とあったものだから、きちんとした答えが得られていないままだった。
「キレンヒミはねえ。星になるの」
「星になるとどうなるの」
「空に」と、おびただしい数の指先が天に向けられて「浮かぶんだよお」と、間延びした声でキレンヒミは言った。
「キレンヒミは今だって空を飛べるじゃない」
「凧!」
「たこ? ……あの”眼”、丸くって、暗い穴みたいな、あれとは知り合い?」
「蛸! 兎じゃない! 知らないっ!」
「ええっと? 知らない方から何かを貰ったり、ついて行ったらダメだよ」
僕が言葉の表面を何とか汲み取って叱るように言うと、キレンヒミはしょげたように背中を丸めて「ふええ」と、空気が抜けるような音をもらした。
僕は砂漠を歩きながら硝子盤にちらちらと目をやっていた。以前なら物語のいつかの時点をのぞき見ることができていたが、混じり合いつつあるこの物語においては不可能なようだった。硝子盤のなかではぐちゃぐちゃにかき混ぜられた光景が広がっていて、ほんのわずかな情報ですら読み取れそうにない。
結局これまでと同じく死こそが物語を閉じる一番の近道であり、唯一の手段になりそうだ。残念ながらそれ以外の方法を僕は知らない。イルイジュ兄さんやウルキメトコ姉さんの物語のなかで僕は悩んでいた。悩むことが許されていた。だが今回こそは一切の躊躇が許されない。どんな方法を使っても早急に物語を終わらせてリントロメ兄さんとテタドの魂を元通りにしなくてはならない。この前世でどんなことをしてでも、現世を取り戻さなければならないのだ。
母ならこんな状況にもすぐに対処できるのかもしれない。
――終われ! 物語よ! 閉じろ! 魂に戻れ!
念じてみる。祈り、願ってみる。
火傷がやたらとうずいた。
やっぱり無理だ。
母であれば物語を自在に書き換えられるのだと思うが、僕にはできないらしい。母に教われば僕にもできるのだろうか。聞いても絶対に教えてくれないだろうけど。
そんな無駄な努力を重ねながら砂丘をいくつか超えるとキレンヒミが「き、き、き」と、また言いだした。見上げるとそれは確かに樹だった。遠くに見えていた影の正体は塔ではなく巨大な樹だったのだ。そしてその麓には、大樹に比べるとあまりにも小さな街が見える。
砂丘の上から街を見渡す。中央にはつややかな水をたたえたオアシスがあり、青々と植物が生い茂っている。そしてオアシスのそばには豊かな自然を独占するかのような大宮殿がそびえ立っていた。そんな大宮殿に押しつぶされそうになりながら泥を塗り固めたような家がなだらかに広がって街を形作っている。
砂だらけの体を引きずって街に到着してみると、その大きさに驚かされた。さらにはこんな大都市を矮小に見せてしまうぐらい巨大な樹に重ねて驚かされた。樹は街のすぐそばにあるのかと思っていたが、街から眺めても一向に距離は縮まっておらず、初めに見た時と同じようにはるか遠くに佇んでいる。
街の外周に立ち並ぶ濃い土の匂いがする家々を前にして、僕はキレンヒミを街中に連れて行っていいものかと考えていた。なにせ人間離れした姿であり、大きいから人目に触れやすい。騒ぎになっては困る。
「キレンヒミ。ちょっとこのあたりで待っていてくれない?」
「歩けるよ。走れるよ」
「でも目立つから……」
「なんてことを言うんです! ノナトハは白色矮星ですか!」
どうやら抗議しているらしい。それでもなお宥めようとする僕から、ぷいと顔をそらしてキレンヒミは家の壁を登っていってしまった。壁にべったりと大量の手形が刻みつけられる。住民が見たら泥棒の軍団が這いあがってきたのだと勘違いして仰天してしまいそうだ。
おりてきたキレンヒミは頭から絨毯をかぶっていた。ここの住人には悪いが、どうやら拝借したらしい。手足をできるだけ小さく折り畳んで、できる限り目立たないように頑張ってくれている。背中がすこし盛りあがっているが荷物を背負っている風に見えなくもない。
不安が残るものの、袖を引くキレンヒミに根負けした僕は、結局ふたりで街へ足を踏み入れることにした。こうなればこんなに行きたがっているキレンヒミをひとりで置いておく方がよほど心配だ。
砂まみれの家に挟まれた砂まみれの道を砂まみれの人々がねり歩いている。街は大変な賑わいだった。人が道を埋め尽くし、一歩ごとに肩がすれ合う。街にいるのは人だけではなかった。明らかに人ではない者たちが人に混じって往来している。その者たちはゴツゴツした岩のような体をしていたり、魚のヒレや鱗を持っていたりする。そんな風だから堂々としてさえいればキレンヒミのちょっと変わった体形も簡単に紛れることができそうだった。
しかし人が多すぎるのは問題だった。これではリントロメ兄さんやテタドの前世を見つけ出すのは大変に骨が折れる作業になりそうだ。
目まぐるしく行き交う人々を視線で追いかけながら大きな通りに出ると、通りの角で痩せた男が紙をまき散らしながら声を張りあげはじめた。どうやら読売らしい。
「さあさあ皆さん号外だよ。山下がりと海上がりの皆さんもご注目。またまたお手柄、名探偵。大宮殿のその奥に封じられた砂漠の至宝を見事、悪の怪盗から守り抜いた。名探偵テタドの活躍がぎゅぎゅっと詰まったこの号外を是非ともご一読下さいな。さあさあ、さあさあ……」
ばらまかれた瓦版が風に乗って飛んでくる。そのちょっとごわごわする紙を一枚手に取ってのぞき込むと、つらつらと書かれた文字の横に探偵の姿が描かれていた。すらりと背の高いかなりの好青年。隣には小さく逃げ去っていく怪盗もいる。僕の知っている弟の印象とはかなり違うが、その探偵の顔には確かにテタドの面影があった。これは幸先がいいと思わずにはいられない。
「読売さん。すみません」
手をあげながら人混みをかき分けて前に進む。この機会を逃さずに探偵の居場所を聞かなくてはならない。しかし、あまりに分厚い人の波に上手く乗ることができず、僕は進んでは戻り、波にゆられて元の場所に戻されてしまう。人垣の隙間を見極める。そして気合を入れて、ぐっと体をねじ込んでいく。ザラザラした岩肌や、チクチクする鮫肌に削り取られそうになりながら足を踏みだすと、読売が「あっ」と、叫ぶ声が聞こえた。
「怪盗だ!」
一斉に人々が声のほうを向き、指先が示す方角へと視線を集中させた。小さな影が屋根から屋根へと身軽に移動している。そうして風見鶏のついたひときわ背の高い建物におり立つと、むくりと体を起こして通りを見下ろした。
包帯をぐるぐる巻きにした覆面と、全身を覆うボロ布のようなマント。瓦版に描かれていた怪盗の姿と同じ。覆面にはナイフで切り裂いたような隙間があり、銃口のような瞳から鋭い視線が放たれている。その視線は威圧するように人々の顔面を舐めまわし、それから瞳だけでにやりと笑った。
「おかしな奴がいるじゃねえか」
ささやくような声だが、この場にいる全員の耳の奥を震わせる。
「巨人族の匂いがするぞ。んん?」
人々は怪盗を見上げたまま声を失っている。怪盗の瞳から毒でも発射されているかのように、見られた者は顔を青くして膝を震わせ、腰を抜かしている。ゆっくりと顔から顔へと飛び石のように移動していた怪盗の視線が照準を定めた。その先にいる人物はちょうど僕の後ろにいる。
キレンヒミだ。
小さな影が跳躍した。その手には肘のあたりまで大きくしなった刃が握られている。僕はキレンヒミを押しのけようとしたが、その巨体は一筋縄では動いてくれない。当の本人はきょとんとしており、ただ飛んでくる小さな影を見つめているばかりだ。
危ない、と喉から飛びでる前に、曲刀を弾く固い音が響いた。火花が散って、残像を引きながら怪盗が飛びのく。
「大丈夫ですか」
しなやかな手が伸ばされる。その手の先には木製の杖。右目にはモノクルがはめられている。複雑怪奇な模様の外套がひるがえされると太陽を直視してしまったかのように目がくらんだ。探偵。テタドだ。
キレンヒミは頭からかぶっている絨毯の下で、五つの目をぱちくりさせている。その目の前で探偵と怪盗が杖と曲刀を構えてにらみ合った。ふたりの周りは穴が空いたように人が引いて、止まっていた時が動きだしたかのように人々が生き生きと野次を飛ばしはじめた。
「やれっ。テタド! 怪盗をぶちのめせ!」
「負け犬を叩きのめせ!」
「バラバラに引き裂いちまえっ!」
好き放題に言いながらも自分たちは腰が引けているようで、ちゃっかり距離を取っている。
そんな喧騒のなか、僕はただ探偵の後頭部だけを見つめていた。さらさらとした髪の毛が渦巻く流砂の中心。そのつむじ。今度こそためらわない。余計なことを考えている暇はない。
道に落ちていた石ころをそっと拾う。手頃な大きさ。黒っぽくてつやつやしている。そしてずっしりと重い。これで力いっぱい殴れば、命を奪える。
探偵は正面の怪盗に注意を奪われている。じり、じり、とその背後に近寄っていく。おもむろに手をふり上げ、石ころをつむじの中心へと叩きつけようとした瞬間、びゅっと突風が吹いた。
気づけば僕は空を仰いでおり、細かな砂が降り積もった地面へと背中を押しつけられている。空にぽっかりと探偵の顔が浮かんだ。いつの間にか探偵は僕の背後に立っている。そして石ころを握った手がこぶのように盛りあがっている杖の頭で押さえつけられていた。
「何です? なぜボクの命を狙ったんですか」
穏やかだが、その声色には返答を拒絶することを許さない毅然さが込められていた。
探偵の命を奪えばすぐにでもテタドの物語を終わらせることができる。体をひねって何とかもう一方の手で反撃を試みるが、それは足で押さえつけられてあっけなく失敗に終わった。
周囲からは「怪盗の仲間か?」「ならず者の復讐かもしれねえ」「弱そうだ」「酔っぱらってるんじゃねえか」などと、僕についての憶測が飛び交っている。
気がはやり過ぎた。このままではまずい。そう思った途端、探偵の目付きが変わった。ほんのわずかに身をよじる。すると真っすぐに飛んできた矢が、探偵いた場所をかすめて、その後ろに立っていた観衆のひとりに突き刺さった。矢が刺さった者は急激に顔色を悪くして泡を吹いて倒れてしまう。毒が塗ってあったらしい。
怪盗が次々に吹き矢を放った。それを苦もなくかわした探偵はマントをひるがえす。すると突然突風が吹き、まるで魔法のように探偵の姿はかき消えてしまっていた。
縛めから解放された僕は体を起こす。探偵の姿を探してその命を奪わなければならなかったが、そんな状況ではなさそうだった。僕が立ちあがったことに気づいた観衆の何人かが、逃がすまいと手を伸ばしてくる。怒り、蔑み、そんな顔たちが波のように押し寄せる。彼らにとって僕は悪人に違いない。悪の怪盗と戦っているらしい探偵の命を奪おうとしたのだから。
猛然と手が迫ってくる。人にのみ込まれる。そう思った瞬間、僕の体は力強く抱えられて一目散に人混みから遠のいていった。
「キレンヒミ!」
僕を救ってくれたのはキレンヒミであった。巨体で人をなぎ倒しながら獣のように道を駆ける。もはや絨毯は脱げ落ちていて、その異形を隠す余裕はないようだった。家々の窓から悲鳴があがり、道行く先で人々が逃げ去っていく。
突風が吹いた。
風が肌を撫でて吹き抜けた瞬間、目の前には探偵が立ち塞がっていた。キレンヒミは急停止して、すかさず脇道に飛びこんだが、また突風が吹いて探偵が目の前に出現する。
「あなたは……、なんですか? 巨人族とかいう声が聞こえましたが違うようですね。魔物というやつでしょうか」
思案するように探偵が首を傾げると、その右目にはめられたモノクルがきらりと輝いた。
逃げることができない。相手は風のような速さで移動しているようだった。それでもなんとか追っ手から逃れようとキレンヒミはさらに細い脇道へと体を滑りこませたが、そこは無慈悲にも袋小路だった。
余裕の足取りで探偵が後ろからやってくる。キレンヒミが壁を乗り越えようと手をかけた瞬間、探偵が杖を投げ放った。こぶのようになっている頭の反対側、杖の尖った切っ先がキレンヒミの背中の中央を捉える。キレンヒミはその杖を真剣白刃取りでもするみたいに背中の手を使って、はっしと受け止めたが、杖の先がわずかに皮膚に触れ、肉に突き刺さった。
「ぎぃぃぃ」と、歯を噛みしめるような音をたてて巨体が壁にへばりつく。細い血の筋がキレンヒミの背を流れ、ローブをじっとりと赤く染めた。
キレンヒミが手を離すと杖はそれ自身が意思を持っているかのように探偵の手元に戻っていった。マントをはためかせながらクルクルと杖を回す様は探偵ではなく奇術師のように見える。神出鬼没な探偵は奇術師でなければ、魔術師というより他にない。
キレンヒミの傷は浅そうだったが、それに反して身動きできないほどの苦痛を感じているらしかった。
あまりにも常軌を逸した強さだ。ただの人間とは思えない。僕らに逃げ場はなさそうだ。そう考えた時、小さな影が降ってきた。
ぽん、となにかが弾けると、青黒い霧が急速にたち込めはじめた。すぐさま霧のなかから現れた手に体を引っ張られる。
「こっちだ」
怪盗の声。
「息を止めろ。あんまり吸うと死ぬぞ」
慌てて息を止める。それから壁があったはずの場所に連れ込まれると、斜めになった地面を滑って真っ暗な闇に呑みこまれた。
ぴちゃん、ぴちゃん、と雫が落ちる音が遠くから響いてくる。一条の光すらない闇。ネズミが這いまわる気配と共に悪臭がただよってくる。キレンヒミはそばにいるが、苦痛で体がこわばっているのが分かった。
「歩け。死にたくなかったら歩け」
僕の非力な肩を貸してキレンヒミを支えると、苦しそうにしながらも重い体を動かしてくれた。
「地下だと風が砕かれるから追ってこれない」
声を頼りについていく。しばらく歩くと闇に目が慣れてきて、前を歩く人物の輪郭がほんのりと分かるようになってきた。小柄な体。顔に巻かれた覆面の端が耳の横に垂れて、歩くたびにゆれている。そうして怪盗と共に複雑な地下の道を歩き続けると、荒れた小部屋へとたどり着いた。
「座れ」
ぶっきら棒に言われるが、床はガラクタで埋め尽くされており足の踏み場もない。僕が戸惑っていると、怪盗は乱暴にガラクタを押しのけてどっかりと座りこんだ。僕も怪盗にならってガラクタをどけるとキレンヒミを座らせる。怪盗の覆面に使われているらしい包帯を発見したので「これ使わせてもらいます」と、一言断ってから、返事も待たずにぐったりしているキレンヒミの傷口に巻いた。
それが終わると自分も座り、怪盗と向かいあう。
「お前。巨人族じゃないのか」
キレンヒミに目を向けながら怪盗が聞いてくる。僕は巨人族がなにを指すのか分からないながらも、この世界に所属するなにかと思い違いされているというのは感じ取れたので「違う」と、否定した。
「じゃあ何だ」
「何、って……」
「あんたは人間ぽいな。ぽいけど違う気もするな。デカブツはもしかして、宇宙樹の根っこをかじってるやつか? いや、でも、もっともっとでっかいって聞いたことが……」
考え込みはじめた怪盗に僕はおずおずと声をかけた。
「あのう」
「なんだ」
「その、助かりました。ありがとうございます」
「はっ。いかにもな奴だな。臭えよ。……いや、臭くねえ。匂いがないなお前。人間の匂いすらしないぞ。焦げたみたいな。んん? なんだ? あんたの方が巨人族か? ちょっとだけ匂うぞ」
怪盗が覆面の下で鼻をひくつかせると、僕のポケットからピョンと飛びだしたものがあった。黒っぽいつやつやした石ころ。探偵を殴る凶器として使おうとしたものだ。いつの間にかポケットに入りこんでいたらしいが、今は明らかにひとりでに飛びだしてきた。
「あっ」と、声をあげて怪盗が石ころにつかみかかったが、またピョンと跳ねて逃げられてしまう。
「てめえ!」
声を荒げた怪盗を嘲弄するように石ころが笑った。
「ふっふっふ。人間の分際で俺様を捕まえようなんて、おこがましいにもほどがある」
その声は確かに石ころから発せられているようだった。
「はんっ。石っころ。その態度で分かるぜ。お前、そのなりで眷属じゃなくて、ほんとに巨人族らしいな。山下りでもないんだろ。眷属たちと違って巨人どもはプライドばっかり高くって、ふんぞり返ってるからな」
「なんとでも言うがいいさ。蟻んこがいくら吠えても聞こえないね」
「偵察ってわけかい。こーんなちっちゃな石ころ風情に、そんな重要な役割が果たせるのかねえ」
挑発するように怪盗が言ったが、石ころはそれに乗ったりはせずに「まあ落ち着けよ」と、部屋の隅に居座った。
「貴様は人間の割には骨があるって聞いてるんだぜ。なにせ樹の守護者であるテタドに歯向かってるんだからな。それで俺様がちょっとばかりテタドと戦う協力してやろうかと思ってね」
「石っころの協力なんて必要ないね。本気で協力しようってんなら巨人の王をよこすんだな」
「威勢がいいじゃないか。俺様の申し出を断ると後悔することになるぜ」
「どうだか」
二人共押し黙ってしまったが、僕にはどうにも話が見えてこない。
「ちょっといいですか」
「なんだよ」
「巨人とか、眷属とか、守護者ってなんですか」
「はあ? お前」と、怪盗は自分の頭を指差して「ここがアレなのか?」と、呆れたように言った。
「知恵の泉を全部飲み干してから出直しな」
馬鹿にされている響きは分かるが、その知恵の泉が比喩なのか実在するのかも分からない。
「僕らは旅人なんです。だからこの街の事情には詳しくなくて」
「ふーん? 砂のなかにでも住んでたのかい」
「……ええ」
どうにもややこしい話になりそうだったので、曖昧に返事をする。
「説明してやってもいいが、あんた本気でテタドを殺そうとしてたよな」
この質問には決意を込めてはっきりと頷いた。
「いや。念のため聞いただけだ。見ていて、よおっく分かったのよ。あんたの本気具合ってやつがな。オイラはそれが気に入ってね。ちょっとばかり手を貸してやったのさ」
「怪盗、さん、もテタドの命を?」
「変な呼び方するなよ。おいらはナナシで通ってるんだ。名前が無いからナナシ。そのまんまさ」
「ナナシさん」
「さん、はいらねえよ」
どうやら砕けた話し方のほうがやりやすそうだ。
「ナナシ。……僕はノナトハ。こっちはキレンヒミ」
「ノナトハにキレンヒミね。おい石っころ。お前は何て名前なんだ。それとも巨人の下っ端には名前なんてないのかな」
「俺様たちはむやみに名前を明かしたりはしない。貴様らと違ってな。もっとも名無しってのは賢い選択だと思うがね」
「へっ。オイラだって好きでナナシをやってるわけじゃねえよ。おいノナトハ。説明してやる」
そうしてナナシはこの世界のことを語ってくれた。
宇宙樹と呼ばれる巨大な樹。そこに住まう神々。神々と敵対する巨人族と魚人族。宇宙樹は砂漠の中央から天に向かって伸びており、人間は神々の御膝元に住まわせてもらってその加護を受けている。巨人族と魚人族は砂漠の果ての両極にある山と海に住んでいる。巨人族と魚人族にはそれぞれ眷属と言われる岩や魚の姿をした子分がいるが、眷属はそれほど好戦的ではない。戦いから逃れて人間の街に住み着いている者もいて、それを山下り、海上がり、と呼んでいる。
ここはまるで神話の世界だった。
「テタドは元々この街で有名な探偵だったんだが、神々に樹の守護者に選ばれてからは手がつけられなくなっちまった」
「樹の守護者って?」
「街の中央にある大宮殿には砂漠の至宝がある。それを守る役目さ。どうせあんたは砂漠の至宝ってなんだ? って思ってるだろ」
考えを先回りされてしまって、ただ頷くことしかできない。
「砂漠の至宝は絶えず毒をまき散らしている剣、毒剣だ。その毒を浴びたら神々たちさえまいっちまう。それで手元に置かずに宇宙樹の麓にある人間の街に置いて、人間に守らせているってわけ。人間にとっても危ない代物だが、加護を餌に体よく押しつけられているのさ。その守りを任されたのがテタドってことだ。その役目を果たさせるために神々はテタドに三つのお宝を授けた。一つは宇宙樹の杖」
言いながらナナシは足元のガラクタから棒を拾いあげて、探偵がしていたようにクルクルと回した。
「その昔、神々が山を一撃で粉砕できる槌と、海を一突きで真っ二つにできる銛を宇宙樹の枝で作ったらしいんだが、その二つをとある神が踏んづけちまった」
棒が踏みつけられる。それは説明とは対照的に簡単にへし折れてしまう。
「それでピッタリひとつになったのがあの杖だ。踏まれてちっちゃくなったぶん力は落ちてるらしいが、物凄い槌と銛の力に加えて投げたら必ず手元に戻ってくるおまけつきらしい。そして神が踏んでも壊れない頑丈さときたもんだ。さて、もう一つは嵐のマント。豪風を紡いで作られていて、ひるがえせば突風を吹かせられる」
ばさり、と音をたててナナシがマントをひるがえす。探偵が何度も見せていた動作だ。
「様になってるぜ。ファンボーイのおチビちゃん」
「うるせえっ!!」
茶化す石ころをナナシは一喝して僕のほうへと向きなおる。
「……これだけだとまあ大したことはない。毒霧なんかは避けられちまうがね。毒剣が出してる毒を散らす役目もあるって聞いたことがあるな。それで、最後の一つは疾風の靴だ」
指し示されたナナシが履いている靴はボロボロになっていて底が抜けかけている。探偵の履いていたツンとつま先が尖ったつやつやした革靴とは似ても似つかない。
「こいつは風の上を歩けるって代物でね。嵐のマントと相性抜群なのさ。風と同じ速度で動き回れる上に空すら飛べちまう」
聞いていると途方もない話だ。これではあの時、探偵の命を狙った自分がとんでもなく愚かだったと思わざるを得ない。
「知らなかったって顔してるぜ。どうだい今の話を聞いてもテタドを殺すつもりかい」
とても敵う相手じゃない。でも「僕はやらなくちゃいけない」。そのためにこの物語に足を踏み入れたのだから。
覆面の切れ目からのぞく瞳がにんまりと歪んだ。
「いいねえ。いいじゃねえか。石っころもテタドの命が狙いなんだろ」
「まあな」
あっさりと石ころが答える。
「三者三様に同じ命を狙う奴らが集ったってわけだ。そっちのデカブツはどうなんだい」
「キレンヒミは……」
ふり返って、その足元を見て驚いた。血が止まっておらず、ゆっくりと赤い水たまりが広がっている。
「大丈夫!? キレンヒミ!」
傷口を確認して、ぎゅと押さえる。キレンヒミが、ぐぐぐと悲鳴を押し殺した。
「無駄だよ。宇宙樹の杖で傷つけられたら、その傷口は塞がらねえ」
「そんな! なにか方法はないの!?」
「宇宙樹を育んだ霊水ならなんとかなるだろ」と、石ころが言う。
「その霊水はどこにあるの!?」
「キレンヒミって、そいつは何ができる」
冷徹な質問だ。その意図する所は理解できた。
「空を飛んだり、壁を這ったり、力も強くて……」
僕の頭にパッと浮かんだのはこれぐらいだった。
「ほう。空を飛べるのか。いいね。使えるよ」と、ナナシは嬉しそうに手を打った。
「なら、あんたの相棒を助ける手伝いをしてやろうじゃないか。その代りにこちらにも協力してもらうがね」
完全に主導権を握られてしまった形だが、今それを拒否できる状況ではなかった。
「貴様、性格悪いなあ」と、石ころが溜息をついたが、ナナシは意にも介していない様子でさっさとどこかへと向かう準備をしはじめた。
迷宮のような地下通路を抜けて連れていかれたのは地面の下の酒場だった。
「調達しないといけないものがあるんでな」
ナナシは言ってカウンターに座る。僕はその隣に座ってポケットから飛びだそうとする石ころを押さえた。ナナシが腰かけた途端、その周りにならず者たちが集まってきて、にぎやかに話しはじめる。
「ナナシ。今日もしくじったらしいじゃないか」
「ふざけんな。ただの様子見だ。大宮殿のなかは十分把握できたさ」
「じゃあ砂漠の至宝は手に入りそうか」
「時間の問題だ」
「さすが大怪盗。神の命すら盗める、ってうそぶいてただけのことはあるねえ」
「つまらねえ世辞はたくさんなんだよ。おいクズども。お前らこそ分かってるだろうな。オイラが動きだした時、動いた奴にだけ分け前をやる。足が竦んだ奴らはクズのまま死ぬだけだ」
「ああ。俺たちゃいつでもやれるよなあ!!」
そう呼びかけられると、酒場中に気合の声がこだました。
「まっ。本番もこれぐらいの勢いを維持してもらいてえもんだ」
「神々に押さえつけられるのはもうまっぴらごめんだって、ここにいる全員が思ってるぜ。巨人族も魚人族もまごまごしやがって、まるで頼りにならねえからな」
「最初から奴らに期待するものなんてないさ。それにこれは人間の手でやらなくちゃならねえ。巨人族や魚人族が神々を撃ち滅ぼしても、オイラたちにとっては押さえつけてくるもんが変わるだけだ。その手を完全に払いのけなきゃ意味がないのさ」
「そうだ! よく言ったナナシ」
「いよっ! 顔無し、名無し、親無しの大将様!」
「うるせえ! 向こうに行ってろ!」
叱りつけられたならず者たちがばらばらと席に散っていって、それぞれにばか騒ぎをしはじめた。耳を澄ませていると巨人族、魚人族についての真偽不明の動向が飛び交っている。巨人族は毒が凝った氷山から下って、現在は火山を根城に。山のてっぺんから宇宙樹を焼き払う時を狙っている。魚人族は砂漠全体から一切の渇きを奪い取る計画を進行中。穢れた水で大地を覆いつくし、宇宙樹を根っこから腐り落そうとしている。
巨人族に関する噂には石ころもぴくぴくと耳を傾けているようだったが、むっつりと黙りこんだままだ。ナナシに真偽のほどを確認したかったが、忙しそうにカウンターの向こうにいる店主と話しこんで、道具を仕入れているようだ。さわやかな緑の香りがする草。細い杭とロープ。空っぽの小瓶。香水のようなもの。張りぼてのレンガ。いったい何に使うのやらさっぱりだ。
それから一文無しの僕に呆れながらも軽い食事をおごってくれた。キレンヒミのための食料もいくつか注文してくれる。口は悪くて粗暴だが面倒見のいい性格らしい。そう思っていると「お優しいことで……」と、ポケットのなかから石ころが皮肉めいた口調でぼそりとつぶやいた。ナナシはそれを聞き逃さずに、石ころではなくなぜか僕の脇腹が痛手を受けることになってしまったのだった。
小部屋に戻ると、キレンヒミは丸くなって荒い息を吐いていた。持ってきた干し肉を力なく咀嚼すると、ちょっとずつのみ込んでいく。傷の痛みに苛まれながら一滴ずつ着実にキレンヒミの命が失われていた。死が着々と忍び寄っているのだ。
僕はキレンヒミに「必ず助けるから、おとなしく待っているんだよ」と、よくよく言い聞かせると、ナナシについて小部屋を後にする。治療に必要な霊水は宇宙樹の麓にあるらしい。僕とナナシはそれを取りにいく。石ころもついてくると言って僕のポケットに収まっている。
キレンヒミ。なりそこないの集まり。エポヌはきょうだいだと言っていたが僕にはその実感はない。確かに母から産まれたものから生まれた。しかしきょうだいと言われれば疑問に思ってしまう。けれど家族であるのは間違いないと思っている。キレンヒミと過ごした時間はそんなに長くないけれどかけがえのない家族だ。それになによりイルイジュ兄さんが僕に託したのだ。その命をここで失うわけにはいかない。キレンヒミは僕と兄との絆でもあるのだから。
絶対にキレンヒミを救う。そしてこの物語をただちに終わらせてリントロメ兄さんとテタドの魂を元に戻さなければならない。
ナナシは僕らを一頭の山羊が引く荷車に乗せた。
「いいか。宇宙樹までは無限の距離があるが、この山羊はオイラが神々から騙し取ったやつでね。一歩が無限っていう特別な山羊なのさ。しかも生乳を垂れ流してるからいつでも喉を潤せるし、殺して肉を食っても次の日には蘇るっていう便利な山羊さ」
便利、などという言葉で片付けられない内容。不可思議極まりない、まさしく神の山羊だ。自慢げなナナシに僕が感心していると、石ころが水を差すように「蘇るのは骨に傷がない場合だけだろ」と、横から口を挟んだ。
ナナシは僕のポケットに入っている石ころを透かし見るように目を細めると「おい。ノナトハ。そいつを投げ捨てちまえ」と、命令してくる。
「えっ」
「おっと。そうはいかない」
石ころがピョンとポケットから飛びだして荷車の隅っこに陣取った。ナナシは鼻を鳴らして憤っているようだったが、一度大きく息を吐いて落ち着いた態度を取り戻した。それからはもう相手をしないことにしたらしく、さっさと山羊の背に乗ってその鼻先に柔らかそうな草を差しだした。
一歩。
山羊が歩くと。僕らは宇宙樹の目の前までやってきていた。ナナシは手早く地面に杭を打ちつけて、そこに山羊を繋ぐと、
「行くぞ」
と、宇宙樹の方へと歩きだした。
「静かに歩けよ。ここいらは地栗鼠が見張ってやがるからな」
「地栗鼠って地面の下に穴を掘って暮らす栗鼠だね」
「ああ。ひとかきで宇宙樹の周囲を一周するらしいから油断はならねえ」
近くで見る宇宙樹はまさしく宇宙を支える樹であった。広がった枝葉は星一つひとつを乗せて輝かせており、幹はどこまでも続く壁のようだ。石ころは空一面の宇宙を巨人族の頭蓋骨だと主張してやまなかったが、ナナシは決してその話を信じたりはしなかった。
「そう言えばノナトハはどうしてテタドの命を狙ってるんだ」
歩きながらナナシが聞いてくる。
「僕の大事な人を助けるためには、すぐにでも死んでもらわなきゃいけないんだ」
「へえ」と、ナナシは興味なさそうに返事して「石っころはどうだ」と、僕のポケットでゆられている石ころに尋ねた。
「巨人族にとっても魚人族にとってもあの守護者は目の上のタンコブだ。あの毒の剣さえあれば神々なんて恐れることもないのに。それをちっぽけな人間風情が守っていてこっちが手も足も出ないなんて情けないじゃないか」
「魚人族に比べれば巨人族は気骨があるって認めてやるよ」
「俺様は誰に認めてもらう必要もないのよ。それより名無し、貴様こそどうなんだ」
「どうって、酒場での会話を盗み聞きしてたんだろ」
「嘘なんだろ。あんな話は」
「なに?」
「俺様に嘘は通用せんぜ。なにせ巨人族随一の知恵者なんだからな」
「頭でっかちのチビ助の間違いだろ」
「これから行く知恵の泉の水を百杯飲んだとしても、貴様の知恵など俺様の頭脳には敵わないだろうよ」
そう豪語して石ころはポケットのなかで体をゆすった。
知恵の泉と呼ばれる場所が近付いてくる。その泉の霊水こそキレンヒミの傷を癒せる唯一の薬なのだという。
泉は何の変哲もない水たまりであったが、非常に澄んでいるにも関わらずその底は、すぐ近くにも、はるか遠くのようにも見えて見定めることができなかった。
泉のすぐそばまでやってくると、ナナシが僕にささやく。
「テタドはこの泉の水を飲んで知恵を得てるんだ。その代償として泉の精霊に片目をくれてやったらしい。右目にモノクルをはめてやがるのはそれを隠すためさ」
「それって僕らも代償が必要なんじゃないの?」
「僕ら? 寝ぼけてるんじゃねえや。ノナトハ。お前だけさ」
言ってすぐにナナシは精霊を呼びはじめた。
「泉の精霊様。いらっしゃいますか」
揉み手でもしそうな声色だ。呼びかけに応えるようにして泉の底に美しい乙女の姿が浮かびあがった。
「あなた方は何者ですか」
グラスを撫でるような声があたりに響く。
「オイラたちは人間の戦士でね。巨人族との戦いで仲間が傷ついちまったんです。この素晴らしい泉の水をほんのひとすくいだけ頂くことはできませんか」
「神聖なる泉の水に触れることは許しません」
ぴしゃりとはね除けられるが、ナナシはそんな精霊の返答に絡みつくように言葉を並べる。
「まあまあ。そう仰らずにお美しい精霊様。樹の守護者様には一口飲まして差しあげたと伺っております。何卒お願いできませんかね」
樹の守護者。先程ナナシが言っていたテタドの話だ。
「ふむ。なるほど……よろしいでしょう。わたくしに目玉を一つ下さるなら、許可しましょう」
泉の精霊はどこまでも穏やかに、残酷な提案を持ちかけてきた。
「それぐらいはお安い御用で」
あっさりとナナシが引き受けて僕を見つめる。覆面の切れ目からのぞく瞳が歪んでいる。片目をよこせ、ということだ。僕はこの物語に入ってから、火傷のせいでほとんど開かなくなっている右目に手を伸ばした。けれど触れる寸前で止まってしまう。やるしかないのだろうか。逃げだそうとする心が暴れだす。やっぱり怖い。どうすれば目玉をうまく取りだせるのかも分からない。
そうやって硬直してしまった僕にナナシは「オイラが盗ってやるよ」と、耳打ちすると、さっと目玉を引き抜いてしまった。
一瞬の早業。痛みを感じる暇もなかったが、余韻のように重たい痛みが襲ってくる。ナナシは慣れた手つきで包帯を傷口に巻きつけると、僕の右目をぽちゃりと泉に投げこんだ。
波紋が広がり、ゆっくりと消える。
「まあ、いい目玉……。ちょっと気が変わってしまいました。いえ、当然の理に思い至りました。樹の守護者はその役割故に目玉一個で済ませてあげましたが、あなたたちをそれと同じにするわけにはまいりません」
「どういうことです」
「もう一個。その方の目玉があるでしょう。その左目も下さらないかしら」
ナナシが僕を、ちらと見た。有無を言わせないまなざしだ。
キレンヒミには時間がない。一刻も早く傷を閉じてやらなければ死んでしまうだろう。
僕が震えながらかすかに頷くと、ナナシは躊躇なく僕の左目を盗った。
また包帯が巻かれる。
両目がない。
闇。
ぽちゃりと左目が投げこまれる音がした。
「素敵な目玉だわ。よろしいでしょう。この泉のそばに生える草の葉に乗るだけの水を差しあげます」
ナナシが近くで草を摘む音がして、泉へと近付いていった。けれどまた精霊は意地悪い提案を思いついたらしく、
「ただし。水をすくうのはそちらの目無しの方です」
と、言いだした。
「目玉を差しだしたのはそちらの方なのですから、当然でしょう? それから、泉に人間が触れることは許しておりません。指先のほんのすこしでも泉に触れた瞬間にこのお約束はなかったことにさせて頂きます」
理不尽極まる話だがこちらに拒否権などなかった。
「……ノナトハ。精霊の機嫌を損ねると霊水じゃなくてただの真水をつかまされかねない。精々気張ることだ」
ナナシがそうささやいて、僕に葉っぱを握らせると泉のそばまで手を引いてくれる。
「ナナシ。水面までの距離を教えて……」
必死に手の震えを押さえながら首をわずかに後ろに向けると、すぐさま精霊が「口出ししてはいけませんよ。手を貸すのも許しません」と、ナナシの動きを封じてしまう。さらには「この泉の水には重さがありませんから、注意してくださいね」と、親切ぶった脅しまでかけてきた。
やるしかないらしい。感覚を尖らせる。ゆっくりとカタツムリが這うような速度で手を沈めていく。音もなく、葉っぱの先が水に触れた感覚もない。
まだ。
もう少し。
そろそろ触れてもいいはず。
けれど、なんの感覚もありはしない。
その時、ぼちゃんと水が跳ねる音がして、僕は体を跳ねあげるようにして反射的に手を引いた。
「おお。ノナトハ。成功したじゃないか」
ナナシの感嘆の声が聞こえる。
「小瓶に詰めるからこっちによこせ」
僕の手から葉っぱを盗み取るように奪うと、ナナシは霊水を小瓶に移し替えた。小瓶の蓋がしっかりと閉められる音がする。
「何事です」
憤慨するような精霊の声。とは言え目が見えない僕には何が起こったのか分からない。
「石っころがひとつ落ちただけで御座います。お美しい精霊様。こちらの兄さんのポケットに入っていたのが前にかがんだ拍子に落ちちまったんでさ。オイラはお言いつけを守ってなんにも致しておりません。これはお約束で御座いますよ」
精霊は悔しそうにうなったが、すぐに「仕方ありませんね」と、態度を柔らかくして「それでは。さようなら。あなた方に神々のご加護がありますように」と、言い残してスッと気配が消えていった。
知恵の泉から離れた途端、ナナシは「けっ」と、唾を吐き捨てた。
「神々の加護だってよ。反吐が出そうだ」
それから足元がぼこぼこと動く音がしたかと思ったら、
「俺様のおかげで苦難を乗り越えたじゃないか。感謝しろよ」
と、石ころの声が聞こえてきて、またピョンと僕のポケットに収まった。
「おい石っころ。ついでに泉の水を飲んできたらよかったんじゃねえか」
「誰があんなドブを飲むか。口があってもごめんだね」
「ふんっ。……ノナトハ。お前、目無しになっちまったわけだが、ナナシとメナシでいいコンビかもしれねえな」
おどけたように言うナナシに、僕は笑う気力もなかった。
「もっと前に教えてくれてれば……」
僕が咎めると、ナナシは僕の脇腹をこづいた。
「先に言ってりゃお前は戸惑っただろ。足が引けただろ。それから他に手段はないかと考える。それがないのさ。全くない。そんな足踏みする手間をオイラが省いてやろうっていう親切心さ」
確かに僕は悩んだ。考えた。そして他に手段がないという話の真偽はともかく時間がないのは事実だ。
「ノナトハ。目が恋しかったら、霊水を飲んでもいいんだぜ。ほら、デカブツを諦めて、ちょっと一口舐めてみるかい」
そんな悪魔のような提案を耳元でささやかれる。こんな態度には僕もすこし腹が立ってきた。
「霊水はキレンヒミのためのものなんだ。僕が貰ったんだから小瓶は僕が持っておく。渡して」
「そんなこと言って、こっそり飲んじまうつもりだろ?」
「しないよ。そんなことは」
「……はいはい。どうぞ」
つまらなそうにナナシが僕の手に小瓶を握らせた。ちゃぷちゃぷと音がして、ちゃんと水が入っている。
「見えないから分からんだろうが、俺様がそれを本物だって証明しといてやるよ。偽物を渡されたんじゃない。安心しな」
「ありがとう」
「それこそ嘘かもしれないぜ」
「俺様は嘘はつかん。言っておくが、それを飲んだって貴様の両目は治らん。精霊に捧げたものを返してもらうことはできん。それができるなら樹の守護者の片目だって治っているのが道理だろう」
言われてみるとその通りだ。ナナシは僕をペテンにかけて、からかったということらしい。
はあ、とため息をついた僕にナナシがすり寄ってきた。
「悪かったよノナトハ。ただ、こっちが協力してやったんだから今度はそっちが協力する番だぜ。そのことは分かってるよな」
「何をすればいいの?」
「ああ……その前に、おい石っころ。お前このあたりに穴を開けられねえか」
「地の底までだって空けられるよ」
「そりゃあ頼もしい。早速空けろ」
石ころがポケットから飛びだすと、ずどんと音がして砂が沈みこんでいくのが分かった。それからすぐに戻ってくる。
ナナシは荷物をがさごそと探ると穴の周囲に何かを積みあげはじめた。それが終わった頃に、
「おいっ。何の音だっ、なにしてるっ!」
と、子供のような声が足元から聞こえてきた。
「これは、これは、あなた様は地栗鼠様で御座いますね」
ナナシが猫なで声で話しかける。
「そうだ」
誇らしげに胸でも張っていそうな声色だ。
「いやあ。初めてお目にかかりましたが、立派な尻尾をしていらっしゃる。ふさふさしていて、こんなに素晴らしい模様は見たことありません」
ナナシのおべっかに地栗鼠はまんざらでもなさそうに鼻を鳴らした。
「穴を掘るのが誰よりもお上手だとか」
「はっはっは。穴を掘ることにかんしちゃ、神々だって俺には敵わないだろうね」
「それは大したものだ。どうでしょう。オイラは人間のなかで一番穴掘りが上手なんです。ちょいと競争してみませんか」
「ほう」
「オイラに買ったら、あの山羊を地栗鼠様に差しあげましょう」
どうやら僕らをここに連れてきてくれた神の山羊が指し示されたらしい。目を失い、闇のなかで方向感覚が定かではなかったが、知恵の泉から離れた僕らは山羊の方へと戻ってきているようだ。
「こりゃあ大変立派ないい山羊じゃないか。いいだろう。まっ、結果は見えてるけどな」
「この枯れ井戸の底からスタートしましょう。真っすぐあっちへ掘り進んで、先に宇宙樹の根っこにぶつかった方が勝ち、ということで」
「分かった。……しかし、こんなところに枯れ井戸があったかな?」
かくして僕が開始の合図を任されて「よーい、どん」の掛け声と同時に地面をゆらしながら猛然と地栗鼠はトンネルを掘っていった。
濃い土煙が顔の前をただよう。
「馬鹿で扱いやすいねえ」
穴の下から声がする。
「ナナシ。行かなくていいの?」
「行くもんかよ。奴が向かったのは知恵の泉の方角だ。古井戸一個で場所が分からなくなって、それにてんで気づいていやがらねえ」
トンネルが掘られた方向から振動がやってくる。それは徐々に大きくなって、石ころが掘った穴の下で水が噴きだしたようだった。
「泉の底が抜けたの?」
「そうさ」と、穴のなかでナナシは流れだす水を浴びながら言う。
「おっと、溺れた地栗鼠が流されてきやがった。もう水はないかな。うん、出てこねえな。宇宙樹の朝露がまた溜まって、泉に戻るまではだいぶん時間がかかるだろうぜ。……言っとくけどよ。はじめっからこうやって泉の水を手に入れようなんてことはできっこなかったからな。精霊に祝福されているかどうかでその効能は変わっちまう。いま噴きだしてた水は残りカスってところで、精々ちょっぴり毒除けできるぐらいの効果しかないのさ」
またナナシは僕の考えを先読みして一気にまくしたてる。そして穴からあがってくると僕の鼻先になにかを差しだした。濡れた動物の毛の匂いがどんよりとただよってくる。
「地栗鼠の死体だ」
「そんなものどうするの?」
「こうするのさ」
びたん、と地面に叩きつけられる。それからナナシはおいおいと情けなく泣きわめき出した。その声がこだますると、宇宙樹のほうからせわしない足音がどたどたと近づいてきた。僕らのそばで立ち止まるとショックを受けたように震えた声で騒ぎたてはじめる。
「これはっ。俺のきょうだいじゃないか! 一体全体どうしたんだ!」
「ああっ、木栗鼠様。見てください。地栗鼠様が知恵の泉を掘り抜いて、溺れてしまったようなのです」
「なにっ! 馬鹿だとは思っていたが、そんなことをしでかすなんて。ああ! 憐れなきょうだい……」
木栗鼠がすぐそばに寄ってくると、ぐしゃりと音がしてその声はぴたりと聞こえなくなった。
「これでよし」
「……殺したの?」
「ああ」と、ナナシは冷たい刃のような声で言って「もう一度、山羊で移動する」と、僕を荷台へと案内した。
また一歩。山羊が歩いた。
到着したのは生臭い嫌な空気がねっとりとまとわりついてくる場所だった。
「俺様は荷車で昼寝でもさせてもらうぞ」
石ころが僕のポケットから飛びだして荷車の床に着地する。
「へえ。ずいぶん肝っ玉が小さいんだな」
「元々俺様を待たせるつもりだったんだろう。巨人族の匂いがするとうまくいかないかもしれないからな。それとも、ついていこうとする俺様に頭をさげて、やめてくださいって頼みこむかい」
「ふんっ。見透かしてやがるな。気に入らねえ」
僕は荷台から降ろされて、まるっきり目が見えないなかで砂を踏みしめる。
「今度はなにをするの?」
「ここに大蛇が棲んでる。宇宙樹の樹の根っこをかじっているとんでもない蛇だ。そいつの卵が欲しい。一個でいい。それをノナトハ、お前が盗ってくるんだ」
「僕が?」
「そうだ。お前は人間の匂いがしない」と、なにかをふりかけられる。
「更にダメ押しの匂い消しをしてやった。大蛇は目が見えねえ。今のお前と同じだ。耳もあんまりよくなくて、匂いでものを知るのさ。だからお前はいま大蛇にとっては透明ってわけだ」
「透明の僕が巣のなかに入って卵を取ってくるってことだね……」
「分かったようだな。安心しろ。親はオイラが誘いだしてやるから、その隙にやればなんにも問題はねえさ。ただ念のため静かにやるんだぞ。一番でっかい親がいなくなってもその子供はいるだろうからな」
ナナシは僕を巣穴の縁に待機させると、大声でそのなかへと呼びかけはじめた。
「おおーい! 大蛇様! いらっしゃいませんか!」
穴の奥から山でも引きずっているかのような音がして空気がはげしくうねりだす。そして巨大な熱の塊がすぐそばまでやってくると大気を震わせてしゃべり出した。
「なんだ。人間。こんなところに一人でどうした。迷い込んだのか」
「へっへっへ。それが木栗鼠様が今お忙しいってんで。オイラが代わりに宇宙樹の天辺にお棲まいの大鷲様からの伝言をを仰せつかったんで御座いますよ」
「どうりで木栗鼠の奴がこないと思っていた。それで大鷲はなんと言ってるんだ」
「それが大蛇様の子供たちを残らずついばんでやると息巻いてらして……」
「なにっ!」
興奮した大蛇が放ったすさまじい威圧感に押しつぶされそうになる。
「いえいえ、オイラが言ってるわけじゃあないんで、ご勘弁を」
「そんなことは分かっている」
「そりゃあ結構なことで。流石は大蛇様で御座います。それでですね、宇宙樹の中腹から巨大な岩を落っことして、大蛇様の巣穴を丸ごと塞いでやろうと、こう気炎を吐いてらっしゃいました」
「もう許せん! その岩っていうのはどこにあるんだ!」
「へえ。よろしければ案内致しましょう」
「よし頼む。岩を大鷲の巣まで放り投げて逆に粉々にしてくれるわ」
言って大地を削り取りながら長い長い体を全て巣穴から引きずりだすと、大蛇はナナシの後について宇宙樹の上へのぼっていった。僕はすかさず巣穴に飛びこんで、音をたてないように慎重に奥へと入っていく。
巣穴のなかに凝った生ぬるい空気が両目の傷痕に沁みて、じくじくと痛みだした。きっと目が見えても闇のなかに違いない場所を手足の感覚を頼りに進む。肉が腐ったような匂いが充満していて、鼻の奥に突き刺さってくる。できるだけ浅く息をしながら、尖った岩を踏み越えていくと、ぱきりと音が聞こえた。
卵が割れるような音。すぐ近くにある。卵から蛇が生まれている。生まれたばかりの子蛇が足元を這いまわっているのが分かった。
足裏を地面にこすりつけるようにしてゆっくりと前に進み、音のする方へと手を伸ばす。唾をのみ込むことさえできずに、鍾乳石が伸びるような緩慢さで卵をつかんだ。温かい。命の鼓動がする。
再びゆっくりと動いて持ちあげようとした瞬間。何匹かの子蛇が僕の手を這いあがってきた。じっと耐える僕の手を子蛇が登りきると、樹の洞とでも勘違いしたのか、顔に巻かれた包帯の隙間をくぐり、かつて目玉がおさまっていた穴に飛びこんだ。
思わず悲鳴をあげそうになるが、ぐっと呑みこむ。頭のなかをウジに這いまわられているような気持ち悪さがして非常に耐え難いが、耐えないといけない。はやく出ていってくれと祈るが、子蛇たちは目の洞が気に入ったのかすっかり腰を落ち着けてしまった。やきもきしながら時を過ごしていると、奥から太い縄を引きずるような音が響いてきた。大きな蛇の子供がやってこようとしているらしい。早くこの場を離れて脱出しなければならない。
のっそりと体を反転させる。慎重に、方向を間違えないように。そうして赤ちゃん子蛇を顔の洞に入れたまま、出口へ向かって這うような速度で、全速力で移動する。
小さな出っ張りに足を引っかけないように。砂粒を落として音をたてないように。淀んだ空気がすこしずつ晴れていく。外が近いのが分かった。その時、正面にある空気が張り詰めて、熱風が押しこまれた。
「ううん? 誰かいるのか?」
大蛇の声だ。戻ってきてしまったらしい。
「……それにしても、あの人間め! 人間に騙されるなど、恥もいいところだ!」
怒り狂う大蛇の身体が巣穴のあちこちにぶつけられると、天井が崩れ、地響きが起こる。あつい熱の塊が近付いてきて押しつぶされそうになる。必死で壁に背中を寄せるが激しい振動で立っているのもやっとの状態だ。極度の緊張に襲われながら全身がゆすられるのに耐えていると、するりと顔の包帯の隙間からなにかが抜けおちた。
子蛇だ。ちょろちょろと動き回り、それに大蛇が気がついた。
「おお。生まれたのかい。こんなところまで来るなんて元気な子だねえ」
子蛇は巣穴の奥のほうへと這っていったらしく、大蛇もそれを追うようにして僕のすぐ目の前を通り過ぎていく。長大な大蛇の身体がやっと巣穴の奥へと去ってしまうと、力が抜けそうになる足を引きずって、なんとか巣穴から飛びだした。
「はあ。はあ。はあ……」
荒い息を吐く。手にはしっかりと大蛇の卵が握られている。
「よくやったじゃねえか。ひやひやさせんなよ」
ナナシがどこからかやってきて僕の手から卵を取りあげた。
「以外と小さいんだな。ニワトリの卵とそう変わらねえ」
「………これで用事は全て終わり?」
「ああ上出来だ。早速帰ってデカブツの怪我を治してやるとするか」
僕はあれからがっくりと倒れて気絶してしまっていたらしい。気がついた時にはナナシに背負われて、地下の匂いが充満する道を引きずられていた。意識が覚醒しても真っ暗なので驚いてしまったが、自分が両目を失っている事実を思いだして、改めて落ち込んでしまう。けれどキレンヒミのためだ。大事な家族の命がかかっている。それに元を辿ればキレンヒミが怪我を負うことになったのも僕の無謀な攻撃のせいなのだ。その責任を取るのは当然のことだ。
地下の小部屋に戻るとキレンヒミは「ノナトハ……」と、幾分嬉しそうな声をあげた。
「キレンヒミ。これを飲んで」
手探りでキレンヒミの口を探り当てて、小瓶の蓋を開けるとその中身を流しこむ。すると息絶え絶えであったキレンヒミは深く深く息を吸って、ふうと吐きだした。
「加減はどうだ」
ナナシが聞く。
「すこぶるいい気分です」
理知的な声だ。
「キレンヒミ?」
「はい。なにかな。ノナトハ」
「キレンヒミなの?」
「もちろん。我々はキレンヒミ」
様子がおかしい。知恵の泉。その霊水。キレンヒミに霊的な知性が宿ったとでもいうのだろうか。
「どうかしたのか?」
石ころが聞いてきたが、僕以外は普段のキレンヒミについて知らないものだから、なんの疑問も抱いていないようだった。
「いや……なんでもない。無事で、よかった」
「ありがとう。ノナトハ。両目を犠牲にしたんだね」
「こっちこそ助けられたんだからお互い様だよ」
「安心して。君にはもう目は必要ないから。君にはもう顔は必要ないから」
「どういうこと?」
分からない。何も見えない。そういえば匂いも感じなくなってきた。顔の感覚も鈍い。
「感動の対面はそのぐらいにしときな」
ナナシが鋭く割って入ると、どん、と腰をおろした。
「すぐにでも最終決戦をはじめる」
「えらく慌てるじゃないか」
「石っころ。お前分かってて混ぜっかえしてるだろ」
「冗談だよ。俺様は冗談は大好きでね」
「そうかよ。もう一言だって口をきいてほしくないね。……オイラが浴びた知恵の泉の残りカスの効果はそう長くねえ。毒除けの加護がなくなっちまう前に砂漠の至宝、毒剣を入手したい」
「でもテタドには宇宙樹の杖、嵐のマント、疾風の靴があるんだよね」
「そうだ。おいキレンヒミ。お前は空を飛べるんだってな」
「上空から奇襲しようというわけだね」
「そうだ。奴は自分だけが空を飛びまわれる状況に浸りっぱなしだった。そんな自分の上を取られるなんて思ってもいないだろう。オイラたちを引っ張って飛べるか?」
「造作もない」
即答にナナシは「本当に大丈夫だろうな」と、やや不安をにじませた。
「まずはマント、それから杖だろう? マントがあれば靴は無効化できたも同然だ」
キレンヒミはナナシの計画を一から十まで把握しきっているかのようになぞる。
「宇宙樹の杖はその卵で対処するつもりだね。宇宙樹の根っこをかじる蛇。その蛇なら宇宙樹の枝で作られた杖をも破壊できるということかな」
ナナシが息を呑んだ気配がした。
「その通り……だが。知恵の泉の霊水ってのは余程の効果があったらしいな」
「みたいだね……」
僕も思わず同意する。もはやキレンヒミは別人のようだ。
「けどまだ足りねえ。きっかけが欲しい。おい石っころ。お前はなにかできないのかよ」
「ずいぶん偉そうじゃないか。そっちの目無しの兄さんにおんぶに抱っこで目的を果たそうって割にはよ」
「オイラの悪知恵と行動力の賜物じゃねえか。妙な言いがかりをつけるんじゃねえ。それにオイラの山羊がなけりゃあ宇宙樹に行くことすらできなかったんだぜ」
「山羊以下の名無しってわけだ」
石ころの言い分にいよいよ怒り心頭といった風に荒々しくナナシが立ちあがったが、次の言葉を聞いて思いなおしたように腰をおとした。
「俺様が攻めこむきっかけを与えてやる」
「……何ができるってんだ」
「山を、爆発させる」
冷たい風が音もなく体を撫でては通り過ぎる。凍てついた空気が氷のような静寂を作りだしている。目が見えなくてもその空気を吸えば夜の味がした。
僕はいまキレンヒミの腕に抱えられて空を飛んでいる。ナナシは足につかまっており、石ころは巨人族へ連絡しに山のほうへと帰っていった。火山を噴火させた上に巨人族の精鋭たちも引き連れてきてくれるのだという。
知恵の泉の霊水のおかげかキレンヒミは音もなく飛ぶすべを身に着けていた。
「ノナトハ。準備はいいかい」
キレンヒミが聞く。
「うん」
無論、覚悟はできている。物語を終わらせなければならない。テタドの物語。そしてリントロメ兄さんの物語。兄から聞いた話から推察するならばこの勝負はナナシが勝ち、ナナシが神を殺すのだろう。つまりナナシがリントロメ兄さんの前世ということになる。神を殺したナナシがどうなるのかは分からないが、僕は探偵テタドが命を落とした後にナナシの命を奪う必要がある。
僕がなにもしなくてもふたりは死ぬんじゃないか。そんな考えも頭を過らないではない。けれどこうしている間にもふたりの物語は混ざり続けているのだ。僕は僕のやれることをやらなければ気が済まない。キレンヒミを巻きこんでしまっているのは本当に申し訳ないと思う。しかし今はその力を借りるしかない。
何も見えない。けれど不思議と闇のなかにうっすらと明かりが灯っているように感じる。そして明かりが膨れあがったかと思えば、轟音が鳴り響いた。
火山が噴火したのだ。雄叫びをあげながら巨人族たちが山から街へと攻めこんでくる。石ころが約束を守ってくれたらしい。
「街の様子はどう?」
「火山弾が降り注いでいるよ。巨人族たちが街の外周に到着した。……樹の守護者が八面六臂の大活躍だ。火山弾を叩きおとして、杖で殴られた巨人族は山が叩き潰されたみたいにぺしゃんこになってる」
「隙はなさそう?」
「そんなことはないよ。流石に絶え間ない攻撃にすこしはてこずってくれてるみたいだ。それにあちこちに落ちた火山弾の熱で風がゆらぐものだから、うまく飛べないみたいだね」
「じゃあそろそろってことだね。キレンヒミ」
「その通りだ。ノナトハ」
「オイラの指示を待てよ」
「分かってるよナナシ」
「……よし、今だ」
落下していく。ぐんぐん速度を増していくが、キレンヒミの背中の手が風切羽を形成しているおかげでその音は目立たない。巨人族たちの気合の叫びによってうまくかき消してもらえている。
「ノナトハいくよ……」
そのささやきが聞こえた瞬間、僕は思いっきり手を伸ばした。宙に放り投げられる。僕の背後から叩きつけるような風が吹いた。風は探偵を拘束するようにぐるぐると渦を巻く。キレンヒミが背中の無数の手をマントのようにして起こした風だ。
「くっ」
不意を突かれた探偵がたじろいだ声がした。僕はがむしゃらに目の前のものをつかむ。二度目の叩きつけるような風。探偵は嵐のマントをひるがえそうとするが、僕がしっかりとつかんでいるので、それは失敗に終わる。
もみ合ったまま地面に落下していく僕の背中にナナシが着地した。
「喰えっ! 喰らい尽くせっ!」
卵が割れる音。
「これはっ!」
探偵はその狙いにすぐさま気がついたようだった。杖が喰い破られて折れる音。短くなった杖が僕の頭の上を凪ぐようにして振られたのが分かった。ナナシは僕の背中を蹴ってその一撃をかわし、同時にナイフが風を切る音が探偵の喉元に向かって伸びていく。
探偵は身をひねってその刃を回避したようだったが、その代わりに布を切り裂く音と共に「マントは頂いたぞ!」と、吠えるナナシの声が遠のいていった。
「このっ!」
探偵がもがく。その間もガリガリと木が喰い潰される音がする。探偵のこぶしが僕のあごを捉えて、「ぐっ」と、うめいた拍子に僕は手を緩めてしまう。顔に巻いていた包帯が落下の勢いに引っ張られるようにして、するするとほどかれていく。
その時、僕は確かに探偵の顔が見えた。はっきりとその姿を捉えた。目のない僕の顔。そこになにかがある。それが失った感覚を補っているようだった。けれど考察などをしている余裕はなく、ナナシの持っていた卵から産まれた子蛇が杖からふり落とされるのが見えた。
思ったよりも子蛇が樹を喰い潰す勢いが弱かったらしく、全て喰い尽くさせる計画に反して、宇宙樹の杖はまだ下半分の尖った部分が残っている。探偵はそれを槍のように構えて、僕の胸にふり下ろそうとしている。救助にきてくれるはずの巨人族の姿はない。
これは失敗だ。どうやら僕は死ぬらしい。僕が死んだらこの物語はどうなるんだろうか。その後も続いてきちんと閉じてくれるのだろうか。なんとなくだけれど、そうはならない気がする。僕はこの物語の一部と成り果てて、きっとリントロメ兄さんとテタドは混ざり合って消えてしまう。そんな気がする。
――死んではダメだ。死ぬわけにはいかない。
僕はそう強く願った。手を前に突きだして探偵の腕を押さえた。探偵は凄まじい力で僕の手を押し返して、杖の切っ先を僕の胸へと突き刺そうとする。空中で絡み合いながら、杖がゆっくりと沈みこんでくる。渾身の力を込めるがどうにもなりそうにない。もっと体を鍛えておけばよかった。いまさら馬鹿みたいな後悔だけれど、そんな考えがぷかりと頭に浮かんだ。
僕の目の洞からなにかが跳びだした。
「なにっ!」
探偵が驚きの声をあげる。
子蛇だ。宇宙樹の大蛇の巣穴で僕の目に入っていた子蛇がまだ残っていたらしい。余程お腹が減っていたのか、子蛇は杖をあっという間に平らげてしまう。探偵は苦々しく頬を歪め、モノクルをはめていない左目で僕をにらみつけた。だがすぐそばにまで大地が迫っていることに気がつくと、力任せに僕の手をふりほどくやいなや、僕の腹を蹴りつけて屋根へと飛びうつる。
体よく足場に使われた僕の体は勢いを増して地面に叩きつけられそうになるが、その寸前に突風が吹いてふわりと背中が持ちあげられた。そうして柔らかい砂が降り積もった道へと着地する。近くにナナシの姿が見えた。嵐のマントで突風を起こして助けてくれたのだ。予定では巨人族が受け止めてくれるはずだったのだが、全員が探偵にやられてしまったらしい。岩でできた体の破片が火山弾と一緒くたになってあちこちにさらされている。
チェッ、とナナシの舌打ちが聞こえた。
「ついでに命も盗ってやろうと思ったが、流石にしぶといな」
「ボクのマントと杖を奪ったぐらいで勝てると思ってるのかい」
探偵は余裕たっぷりに屋根の上ですらりと立ちあがる。
「何言ってるんだ。もうオイラの勝ちなんだよ」
ナナシは探偵に背を向けて颯爽と駆けはじめた。大宮殿の方向へ。そもそもの目的は探偵の命ではなく砂漠の秘宝、毒剣なのだ。探偵がすぐに後を追うが、ナナシがひるがえした嵐のマントの突風で押し戻されてしまう。
「くそっ。汚い真似を!」
「汚いのはお前だろ。こんなおもちゃを神々から与えられて、遊び回ってたんだからな」
言い捨てて去っていくナナシを探偵が猛然と追いかけていく。
僕とキレンヒミが大宮殿へと駆けつけた時には、既に勝敗は決していた。
清浄なオアシスのほとりでナナシが毒剣を片手に毒を全身に浴びながら高笑いしている。掲げられた手には胴から切り離された探偵、テタドの首があった。これでテタドの物語は終わったのだろうか。しかしまったくそんな気配は感じられない。そう思った時、剣から噴きだす毒の風に巻きあげられて、ナナシの覆面がほどかれていった。その顔はそっくりそのまま、探偵の顔と鏡写しだ。
ナナシが勝鬨をあげる。
「ああっ! 樹の守護者は死んだ。オイラがやった。遂にやったんだ。オイラの半身を打ち砕いた。憎むべき兄よ。愛する兄よ。オイラから全てを奪った大怪盗よ。もうお前はこの世にはいない。……全て奪い尽くしてやる。命も、存在も、その名もだ。オイラが、これからはテタドだ!」
高らかに宣言されると同時に轟音が響いてきた。波の音だ。あちこちに落ちていた火山弾も蠢きはじめる。
「きやがったな盗人どもが、海からも、山からも続々と現れやがる。オイラの勝利をかっさらうつもりだろうが、そうはいかねえ」
もはやナナシではない、怪盗テタドが嵐のマントをひるがえす。そうして探偵から奪った疾風の靴を使って空へと舞いあがっていった。
「ノナトハここは危ない」
キレンヒミが僕を抱えて飛びあがる。ぐんぐん高度をあげて雲の近くまでやってくると、街を見下ろした。
そこには破滅が広がっていた。海からは大波が押し寄せて、魚人族と思われる巨大な怪魚たちが背びれを尖らせて迫ってくる。山からは溶岩が土石流を伴った激しい流れになって、街を呑みこもうとしていた。そして火山弾が磁石に引きつけられるように一所に集まり、それは恐ろしく巨大な岩山、巨人族となって街を影で覆った。
「名無し! その剣を俺様によこしな!」
聞き覚えのある声。石ころの声だ。
「石っころ! お前が巨人の王だったのか!」
怪盗が吠え猛る。巨人の王の全身から溶岩が溢れだし、顔から垂れ落ちた赤熱する流れは髭のようにも見える。その顔はリントロメ兄さんそのものだった。
「これでは近づけないね」
キレンヒミが冷静に言う通り、もはや戦いは僕らの手が出せない領域へと突入していた。巨人の王が大地を叩くと街は真っ二つに割れる。隆起した大地に大波がぶつかって、跳ねあがった怪魚たちが次々に怪盗や、巨人の王へと襲いかかる。怪盗は風に乗りながら怪魚を捌き、さらに毒剣の毒を風に乗せて水面へとただよわせた。巨人の王は怪魚たちの牙を全身に浴びながらも、なおも怪盗を捕まえるべく手を伸ばしている。巨大な手をひらりとかわしてその鉱物の肌に毒剣を沿わせるが、巨人の王はびくともしない。
「俺様に毒は効かん。毒から生まれたんだからな」
「なら、こいつはどうだよっ!!」
怪盗がこぶしを巨人の王に打ち付けた。ただの人間の一撃。けれどその一撃は山のような巨人の王の身体を砕いた。
「それはっ! 宇宙樹の杖!」
巨人の王の叫びと共に砕けた岩の塊が空の上まで弾け飛んだ。怪盗の手には宇宙樹の杖の頭部分、そのコブが握られていた。探偵への奇襲で子蛇に喰い破られて折れた杖の破片をちゃっかりと盗んでいたらしい。
巨人の王が粉々になって、ぼろぼろと朽ちていく。海からやってきた怪魚たちは戦況を不利と判断したのか水中に身を隠して、引いていく大波と一緒に撤退していった。
飛んでくる岩を避けるようにして、キレンヒミが高度を落として怪盗へと近付いていく。たったひとりの勝者となった怪盗は僕らに気がついて顔をあげた。
「ノナトハ。キレンヒミ。無事だったか。お前らもしぶといな……」
そう軽口でも叩こうとした瞬間だった。怪盗の足元をすくいあげるように巨大な腕が持ちあがった。巨人の王の手のひらだ。そうして驚いた怪盗が飛びあがった瞬間、上空に打ちあげられていた岩のかけら、小さな石ころがその頭を打ち砕いた。
「俺様に勝てるとでも思ったのか?」
怪盗の頭蓋骨に巨人の王、石ころがめり込む。反射的に突きだされた毒剣の刃でヒビを刻まれながらも石ころが勝ち誇る。石ころは怪盗の頭を踏み台にして、再び空中に跳ねあがった。
叩き落とされた毒剣と怪盗の体が巨人の王の手のひらの上で燃え盛る。
「神々よ! 滅びの時だ!」
巨人の王の巨大な腕が、ぐっと弓なりにしなった。そうして毒剣を砲弾のように宇宙樹へと発射しようとしている。
その様子を僕は空の上から見ていた。僕のそばにキレンヒミはいない。僕を空中に放り投げていってしまった。僕の頭のなかでは困惑が渦巻いていたが、キレンヒミの行動になにか不吉な予兆を感じてならなかった。
「ん?」
石ころが怪訝な声をあげた。巨人の王の手のひらの上では異変が起こっていた。怪盗、テタドの体から嵐のマントがはぎとられている。それはいま同じく手のひらに乗っているキレンヒミの手に握られていた。
キレンヒミがその剛腕で力いっぱい嵐のマントをひるがえした。すると強烈な竜巻が発生し、消えない炎をまとった毒剣が宇宙樹に向かって勢いよく吹き飛ばされていく。
「なんだ? 貴様。それほどまでに神々を自分の手で滅ぼしたかったのか?」
状況が理解できていないのは僕も同じだ。空から落っこちている石ころがキレンヒミの元へと着陸しようとすると、キレンヒミはあんぐりと口を開けた。それを見た石ころは自らの運命に気がついたのか、ふっと笑った。
止めようのない落下。キレンヒミはそれを待ち受け、傷だらけの石ころを噛み砕いた。
物語が終わったのは、宇宙樹が燃えあがるのと同時だった。
空中に投げ飛ばされていた僕は床の上で四肢を伸ばして倒れていた。
テタドの私室。床には穴が空いている。部屋のなかには僕とキレンヒミ以外、誰もいない。立ちあがって穴から下をのぞいてみるがリントロメ兄さんやテタドの姿はない。ふり返ると廊下では母がまだ気絶して倒れているままだ。
キレンヒミがのっそりと立ちあがった。その巨体には今までになかった何かが宿っているように思えた。
僕は恐る恐る硝子盤を取りだすと、それを通してキレンヒミを見た。なにかが煌々と輝いている。魂だ。魂のない、なりそこないのキレンヒミに魂がある。しかしその魂の色、性質、風景はリントロメ兄さんのものだ。リントロメ兄さんの魂。
僕はイルイジュ兄さんの物語でエポヌが言っていたことを思いだしていた。エポヌはその物語が自分の物語になってしまわないように注意していた。物語を横取りされたらどうなるのか。その主人公、前世を取りこまれてしまったら魂はどこへいくのか。キレンヒミのなかにその答えがある。
テタドもいなくなった。混じり合って、消えてなくなってしまったのだろうか。
キレンヒミが笑った。
その笑顔は窓の外、空へと向けられている。