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病弱令嬢は盗み聞きする

「もしかして、私を囮にしました?」


考えるだけで怖ろしい事なのだがそう考えた方が下手な事を言われるよりもしっくりくるではないか。

徹底的に調べると言うならば、マリーが病弱な事も当然わかっていたはずだ。

下位貴族の令嬢だ。もし攫われても死期が早まっただけ。不都合が起きれば病死。と、簡単に切り捨てる事も出来るのではないか。


ならばマリーはまさに囮役にうってつけ。


マリーは己の妄想に内心ぷるぷるしていたのだが、イーサンはその三白眼の目を少しばかり見開いて、興味深い物を見るようにマリーを凝視していた。


ほんの数秒、沈黙が流れる。


「……ふっ」



ふっ?!

え、「ふっ」って。え?笑ってる??



しっかり間を取ったあと、イーサンは笑い出した。

声を出してまで笑っているのに、なぜだかその笑顔が怖い。



小さく笑っているのに、まるで高笑いでもしているみたいに見えるのはなんで??

そんなにおかしな事を言ったかしら?


……言ったかもしれないわね。



「ははは。失礼致しました。まさか、そうくるとは思わなかったものですから」


そしてイーサンはすぐに無表情に戻る。

そういうスイッチがイーサンにはついているのではないかとマリーは本気で疑った。


「もし仮にそうだとしたら、もっと大々的に婚約発表するなり、派手な結婚式をするなりしますよ」



確かに。

ならば馬車の移動も目立つようにするわよね。

そうよね。あは。やだ、私ったら。



「では、やはり年齢的な釣り合いで?」


「ですから、それは旦那様ご本人に確認して下さい」


再びそう言ったイーサンの唇がぎざぎざに波打っている。



んっ??

無表情が崩れている?!

何で??



マリーが訝しげに目を細めると、イーサンは取り直すように咳払いをした。


「夕食の前に旦那様の執務室にお呼びしますので、それまで自室にて待機していて下さい」


つまり、その時に聞けと。

今教えてくれても良いではないかと思ったが、そこまで反抗する理由もない。

マリーは大人しくそれに従い部屋の扉を開けると、少し離れた廊下の端にカレンが佇んでいた。





「ねえ、カレン。前公爵夫人て……どんな方だったのかしら?」


本当に怪我などが原因で亡くなったのだろうか。

イーサンの話を疑うわけではないのだが、マリーは自室にて晩餐の為の着替えを手伝ってもらいながら聞いてみた。


正直なところこの程度の着替えであればマリーは一人で十分だ。

と、いうより、マリーは体調の事もありコルセットを必要とするような仰々しいドレスを今まで着たことがない。



手伝いは必要なドレスの時だけでいいのに。



だがしかし、それはそれでカレンの仕事を取ってしまうことになるので大人しく着替えさせられている。



実家と同じように一日一着で全然いいのに。



公爵家に来てからマリーは午前と午後と夜と着替えをさせられていた。それが貴族としては普通なのも知識として知ってはいるのだが、なぜ一日に何回も着替えをせねばならぬのか。


公爵家とは実に面倒だ。マリーは心底そう思った。


因みに、マリーが嫁いで来た翌日――襲撃事件の翌日ともいうが――には既製品のドレスが何着も届いていた。


メイドの話では服は全て新調するのではなかったか?と、思ったマリーだったが、どの服もサイズはぴったりで、材質や仕立ても男爵家では到底購入出来ないような立派な物だったので文句はない。

寧ろ申し訳ないくらいだ。


そして、今着替えているのがその内の一着なのだが、先程まで着ていた物と何が違うのかマリーにはさっぱりだった。


マリーがそんな思いでいることなど露知らず、カレンはマリーの問いに首を傾げていた。


「さあ……私が拾って頂いてこのお屋敷に来たのが十年ほど前の事なので、その時にはもう……。

それに、大奥様を知っている使用人のほとんどは今、本邸にいらっしゃる大旦那様の許にいますので」


どんな方だったかも分からない。

それもそのはず。大奥様の話をするのはタブー。と、いうのが暗黙の了解であったのだという。



そうか。大奥様が亡くなったのが二十年も前。

旦那様が四歳の時。

それにしても、大奥様の話が禁止って。


怪しくない??



イーサンの話にますます疑念が生まれる。


「カレンはこの公爵家が危険な家だと知っていたの?」


知らないはずがない。愚問だと思ったが聞いてみた。


「はい。最初は私も幼かったので貴族の家とは皆こうなのだと思ってましたけど、今はこの家の仕事を理解しています」


『こうなの』とは、どうなの?と、聞くのが怖ろしい気がするが、幼くしてこの屋敷に連れて来られたカレンは、この屋敷の奥様の侍女になるべく訓練をさせられたのだという。



訓練てマナーとかそういう事だけではないのよね。きっと。



「屋敷の地下には体術や剣術の稽古をする為の訓練場もあるんです!」


と、カレンがとびきりの笑顔で言った。



やっぱり。

訓練もせず、いきなりナイフなんか振り回さないわよね。



「……あまり笑顔で言う事ではないと思うわ」


「そうですか?割と楽しいですよ?」


マリーの髪を整えながらカレンは無邪気に言う。

しかし、マリーとしても訓練場の存在は少し心が惹かれる。楽しいと言うカレンには同意見だった。


「じゃあ、私も訓練に混ぜてくれない?」


「駄目です」


ぴしっ。と、即答で断られた。


「何でよ?!楽しいって言ったじゃない」


「奥様には必要ありません!!」


普通の令嬢ならばそれが当たり前だろう。

しかしマリーは身体を動かしたくてうずうずしていた。

茉莉の格闘技の知識もある。試したくて仕方ないのだった。


「何でよ?!ずるいわ!ちょっとくらい良いじゃない。ケチ!」


「ケチ〜??それに、ずるいって何ですか!奥様は危険な真似はしないで下さい」


カレンは「ぷぅ」と、頬を膨らませた。

マリーと同い年だという彼女は、接しているうちに打ち解けてかなり砕けてしまい、態度が随分と幼くなってしまったように思う。別にいいけど。


「あなた達だけに危険な事はさせたくないわ」


試したいという気持ちも然ることながら、多少でも自分の身は自分でも守れるように訓練しておきたいと思っていたマリーは、もっともらしい事を言ってみた。


「さあ、準備が整いましたので、旦那様のところへ参りましょう」


しかし、ばっさりと無視された。


この話はこれで終わり。と、ばかりにカレンはぷぃっとすましている。



むぅ。

隠れて出来ることといったら筋トレくらいしかないじゃない。



マリーが諦めてくれたと思っているカレンは、マリーの思惑など気づくはずもなくフィリクスの執務室へと向かってマリーを先導する。

イーサンは言っていた通り、晩餐の準備が整いしだい執務室に来るようにとカレンを通じてマリーを呼んでいた。



カレンとお喋りしていて忘れていたけど、これから旦那様とお会いするのだったわね。

つまりこれが旦那様との初顔合わせ?になるのかしら。

さっき、ちらっとお会いしたけど数秒だったしね。



普通は婚約前にするものだと思うが仕方ない。

クリスフォード公爵家は特殊なのだ。と、マリーは自身を無理矢理納得させた。


納得はさせたが、それと同時にとても憂鬱になってきた。


旦那様の帰宅直後の態度を思い返すと、どんな対応をされるか分かったもんじゃない。



何か言われるかしら。


もしかして「君を愛する事はない」とか?

先程の旦那様の態度ではそれも有り得る?

貴族なんて愛のある結婚の方が珍しいのだから当たり前といえば当たり前だし、私もその覚悟だけど面と向かって言葉にされたら流石に傷つくわ。


それとも、子供が欲しいだけだから「子供が産まれたら離婚する」とか?


ああ!そうか!危険があるうちは私を囮にして、上手く事が運んで危険がなくなった暁には離婚して、本命の女性と再婚するとか?


用済みになったら……離婚。


最悪の場合……死。



マリーは勝手に妄想を暴走させ、勝手に落ち込み足元がおぼつかなくなる。


しかし目の前を歩くカレンは、旦那様をとても慕っている。マリーは気取られないよう慎重にため息を吐き、遅れないよう歩を進めた。



まあ、どんな理由があるにせよ、私は公爵夫人として全うするべく頑張るしかないわね。



しかし果たして自分に出来ることがあるのか。何を頑張れば良いのか。

そもそも公爵夫人て何をすれば良いのだ。


マリーは今更ながら、どんどんと気が重くなっていった。


いくら屋敷が広いとはいえ、悶々としているうちに執務室に到着してしまう。


と。カレンがノックをしようと右手で拳を作ったところでその動きを止めた。中に声を掛けようとしていた為、口も開いたままだ。


どうしたのか。と、マリーがカレンに問い掛けようとした時だった。



「……大旦那様のようにご自身の奥様を殺さないで下さいね。……後処理が面倒ですから」


「……父の殺したくなる気持ちが分かるようになるとは……」



少し扉が開いていたのか執務室から漏れ聞こえたフィリクスとイーサンの話し声に、マリーは固まった。



来たぁああーっ!!!



どくん、どくんとマリーの心臓が早鐘を打つ。

少し前のマリーであれば、この時点で倒れていたに違いない。


マリーに聞こえた。と、いうことは、扉に近いカレンにも当然聞こえている。

ぎ、ぎ、ぎ。と、音がしそうな動きでカレンは首を動かしマリーを振り返る。その顔は気の毒なほどに青ざめていた。


マリーも血の気が引く思いだったが、音を立てないよう後退りながらカレンに手招きする。



い、一度、部屋に戻りたいわ。

気持ちを落ち着かせないと……。



動揺したままではどんな失態を犯すか分からない。

マリーの意図が伝わったのか、カレンもそっと扉から離れた。



再び自室に戻って来たマリーは、落ち着く為にカレンにお茶を淹れてもらうことにした。

ソファに身を預け、目を瞑ると深く息を吐く。


カレンもマリー同様、動揺しているのか、いつもはしない茶器同士が触れ合う音がカチャカチャと鳴り響く。



とうとうこの時が来てしまったわ。

思ったよりも随分と早い気がするけど。


イーサンはやっぱり嘘をついていたのね。

大旦那様が大奥様を……。


何で?


そして、旦那様も私を殺したいって……?


何で?


……でも、はっきり「殺す」と、言ったわけじゃなかったわよね。


『殺したくなる気持ちが分かる』って、どんな状況??



マリーが、ぱちっと目を開けると、カレンがテーブルの上に震える手でティーカップを置くところだった。



あれ?


茉莉のお祖父様の話では、旦那様が私を殺すと言っているのを聞いたのでしたわよね。

それが先程の会話。と、いうことなのよね?

それにしては微妙に言い回しが違うような?


でも………んんん?


どう言っていたのを聞いたのでしたっけ??



茉莉はとても活発な女の子だった。

祖父である剛造の影響から格闘技を趣味としていたが、そちらに意識を取られるあまりに剛造の語る作り話としか思えない物語は少々ぞんざいに聞いていた。



格闘技関係の話は真剣に聞いていたと思うけど。



マリーは「ぅうむ」と、低く唸る。

きっと、女の子らしい女の子なら剛造の物語も楽しく聞いていただろうに。



もぅううー!茉莉(わたし)ったら、大事なところを!!


あぁあ。お祖父様、ごめんなさい。

もう一度、夢に出ていらしてーっ!!!

お読み頂き有難う御座いました。

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