病弱令嬢とシズカ様
予想以上に時間が取れず、本当にマイペースな更新で読んで頂いている方には大変申し訳ございません!
しかも、あらすじで他作品を読んでいなくても大丈夫。と言っておきながら、作中で重要人物かのように名前が出てきてしまっています。サブタイトルにも入れちゃってますし……。
そんな人がいるんだ〜。くらいで読んで下さいm(__)m
「と、まあ、当家の歴史と成り立ちについての大まかなところはこんなところでしょうか。ご質問等はございますか?」
色々と深堀したいことばかりだが、一番確認したいことは何と言ってもつい先日の襲撃事件について。
「あの……もしかしてですけど、私を襲ったのは……タッセル公爵……なんてことはありますか?」
「まあ、今までの流れからいけばそうでしょうね。今まで幾度となく嫌がらせをされてまいりましたし、こちらの事業を辞めさせる。若しくは縮小させる為の交渉の材料として奥様を使おうとしたのでしょう」
マリーとしては内容的に勇気を出して聞いたのだが、イーサンからはやはり事も無げに返された。
うん。まあ、さっき、弱味とかなんとか言ってたよね。
だけど私を攫ったところで何の役にも立たなそうだけれど。
「シズカ様は言っておりました。石炭などからは人間に有害な空気が排出される。と。
タッセル公爵には技術を与えるから石炭の採掘自体を止めてもらうよう交渉したのですよ。労働者の皆さんが困らないように。
ですがあちらとしては、クリスフォードの傘下になれと言われているように感じてしまうのでしょう。それ以降、長年に渡りあちらはこちらをよく思っていないのです」
クリスフォード公爵の事業が上手くいけば石炭は必要なくなり、タッセル公爵は石炭から手を引くことを余儀なくされる。経営に大打撃を受けることになるのは目に見えていた。
それは、まあ。良くは思いませんわよね。
「でも、人を攫って脅すなんて間違いなく犯罪ですよね。それは裁けないのですか?」
マリーはそもそものところを聞いてみた。
「もちろん裁いてますよ。何人もね。ですがタッセル公爵は巧妙に逃げ切るのです」
……何人も。
あは。ですよねー。
イーサンの雰囲気だと簡単に許してくれそうにないですもんねー。
下っ端貴族やゴロツキを利用し、罪を被せて本人は逃げ切る。主犯は分かりきっているのに、そこに辿り着くことが出来ない。
うーん。貴族社会の闇を垣間見てしまったわ。
田舎でのんびりしている父フィーノしか知らないマリーは知らなかった世界。
だがこれからはマリーもその一員になる。いや、既になってしまっている。
改めて「大変なところに嫁いでしまった」と、心の中で溜め息を吐いた。
と、いうことは、これからも襲撃事件は起こり得るということか。
それにしたって、公爵家としては『いつものこと』なのかもしれないけど、私にとって命を狙われるなんてことは初めてなんだからもう少し気遣ってくれてもいいんじゃないかしら。
マリーが恨めしそうにイーサンを見上げると、「なんですか?」と、でも言いたそうな視線を返された。
それにしても、暗部組織だというクリスフォードに戦いを挑むだなんて、タッセル公爵は随分な自信がおありなのね。
毎回逃げ果せているのだから自信も持ってしまうか。
「こちらとしても譲歩しているところはあるのですから、いい加減諦めて欲しいのですけどね」
イーサンには心の声が聞こえているのではないかとマリーは思ったが最早ため息しか出ない。
マリーは現実逃避するように、壁に飾られている肖像画を一通り眺めた。
それぞれの肖像画の下には台が置かれ、その上に家族の集合写真も幾つか置かれている。
「あら?この方は……」
マリーは一枚の写真に目を留めた。
なんてことはない家族写真。
その中のひとり。白髪を一纏めにした年配の女性が赤ん坊を抱っこしている。
マリーの視線を辿ったイーサンが、「初代の夫人、シズカ様とその曾孫のフィリップ様です」と、解説した。
「初代?」
マリーは初代の肖像画や、家族写真をもう一度見返す。そして再び白髪の女性へと視線を戻し、まじまじと見つめた。
確かに肖像画の女性が年を取ったらこうなるだろうというビフォーアフターだ。
だが。
マリーは己の目を疑った。
まさか……まさか、まさかっ?!
名前の響きは同じだとは思っていたけれど。
―――――静加さんっ?!
写真に写っていた白髪の女性は、茉莉のお祖父様の友人であり茉莉の師匠ともいえる静加。その人だった。
なんで、なんでっ??どうしてっ??
マリーは混乱していた。
茉莉と同じ時代の日本にいた人間が、どうしてこの世界の過去に存在しているのだろう。
茉莉はマリーとしてここに存在しているが、静加は静加のままここに存在した。と、いうことになる。
瓜二つの別人……よね。きっと。
「シズカ様が、どうかしましたか?」
写真の白髪の静加を見つめたまま呆然としているマリーを訝しく思ったのか、イーサンが声を掛ける。
「あ、いえ、シズカ様は……長生きだったのですね」
イーサンの声で我に返ったマリーは、しょうもないことを口にした。
「そうですね……七十年から八十年ほど生きられたでしょうか」
この国の平均寿命が六十歳。
七十歳か、八十歳。と、いうことかしら?
イーサンのはっきりしないおかしな言い回しにマリーは小首を傾げる。
「ずいぶんとざっくりされてますのね?」
「シズカ様自身。はっきりとした年齢が分からない。と、いうことでしたから」
自分の年齢が分からない??
ますます理解不能になっているマリーだったが、イーサンからすると、そんなことはどうでも良いことのようだった。「あ、そうそう」と、話を続ける。
「シズカ様はお話した通り国王の命を助けるという偉業を成し遂げましたので、当時の国民からは敬意を持って『魔女様』などと呼ばれておりましたね」
イーサンから「ご存知でしたか」と、いう視線を投げられたが、マリーは知らない。
と、いうより。
……魔女様?
あぁあっ!!!
そういえば、茉莉のお祖父様が静加さんの事を「魔女」と、呼んでませんでしたかっ?!
と、いうことは、お祖父様は茉莉がマリーとして生まれ変わることに気づいたのと同じく、静加さんが魔女様だと気づいた……の、でしょうか。
でも、静加さんは魔女と呼ばれてる意味が分かっていなかったようでしたから、やっぱり別人かしら。
んんんっ???
マリーの混乱している様子をどう取ったのかは分からないが、多分、どうでもいいと思っているのかイーサンは無表情のまま話を続ける。
「そんなこともあり、シズカ様と同じ髪色と瞳の色をした者を敬愛を込めて『魔女の子』なんて呼んだりしていますね。まあ、公爵家の家門にしかそのような色彩は出ないようですが」
……なんだ。
魔女の子って、そういうこと?
誰だ、忌み子なんて言ったやつは。
そんなの、ただの遺伝じゃないの!
「それと、初代の伯爵夫妻は御二方ともに魔力というものをお持ちでしたが、この国には魔力を持つ者は元々おりませんからね。三代目になる頃には魔力もすっかり薄くなってしまわれました」
「……そうですか」
と、いうことは五代目になるフィリクスには魔力などというものはないのだろう。
一度、魔法というものを見てみたかった。と、マリーはちょっぴり残念に思った。
「それにしても……なぜ魔女の子が忌み子などという噂が出回っているのでしょう」
初代の家族写真を飾っている額縁を指でなぞりながら「ただの遺伝なのに……」と、マリーは思わず思ったことを呟いていた。
「奥様」と、イーサンの三白眼の瞳が光る。
「それは、誰にとってか。と、いうことです」
「……へ?誰に?」
「もしかして奥様は他にも当家の何かしらの噂を耳にされているのでは?」
「ええ。あの……前公爵は情け容赦のない冷徹な方で、その……奥様を……とか。魔女の子は忌み子とか」
マリーは内容が内容だけに言って良いものか迷ったが、聞いてきたのはイーサンである。その前に口を滑らせたのはマリーだが。
しかしマリーの言葉を聞いたイーサンは、怒るでもなく「ふんふん」と頷いた。
「情け容赦のない……と、おっしゃいましたが、それはどなたが?」
「あの……父……です。あの、でも、そういう噂を聞いただけだと……」
フィーノが何かしらの罰を受けたらどうしよう。と、マリーは若干はらはらしながらもぞもぞと弁明する。
「具体的に、他に情け容赦ないとされる内容は言っていましたか?」
マリーは首を横に振る。
「いいえ、奥様の件以外は知りませんでしたし、その件は魔女の子の仕業にされているとか。
社交界ではそう言われているのが公然の事実だという噂を聞いただけですわ」
「ふむ。あやふやですね」と、イーサンは顎に手を当て、思案する素振りを見せた。
「先程も申し上げたように、クリスフォードの家門はこの国の暗部組織です。国家に対して不利益になるような事や、罪を犯して更に隠蔽を謀る輩には時に非道と言われることもします。そしてそれは、残念ながら上位貴族のほとんどが何らかで関わっていたりするのです。
つまり、情け容赦ない内容を知っているのはその罪に関わっているから。
と、いいましても社交界で『口を噤め』というのは『話せ』と同意語でもありますから、ほとんどの者が知っているのが現状ですけどね。
男爵は良い意味で社交界に関わりがないのですよ」
確かにフィーノは他の貴族とは社交シーズンだけの付き合いで、取り引きなども狭い人脈の範囲で行っていた。
「ですから。どこかしらの誰かしらにとっては、大旦那様は冷徹であり、また旦那様は災厄をもたらす忌み子なんでしょうね」
イーサンは嘲笑を口元に浮かべている。
なるほど。お父様は中途半端な噂を鵜呑みにしてらしたのね。
全てはクリスフォード公爵を陥れる為に広められた悪評。
「マクシミリアン男爵だけではありませんよ。社交界から遠い家に当家の悪い印象を与える為には冷徹公爵だの、魔女の子などという言葉を悪のように伝えるだけで十分なのです。真実はさほど重要ではないのですから」
悪評が広まればそれだけで社交界では肩身が狭くなる。
……ゔ。耳が痛い。
確かにお父様たちは真実を知ろうとは露とも思っていない感じでしたわね。私もですけど。
「クリスフォードの家門が暗部組織だということは公然の秘密となっておりますが、公然の秘密故に知らないのはやはり下流貴族が多いです。
旦那様のお相手候補すら出て来なかったのは、皆少なからず後ろ暗いところがあるからでしょうね」
候補に上がった時点で徹底的に調べますから、と。
マリーは、はっとイーサンを見た。
なるほどっ!!
家格の釣り合うご令嬢からは敬遠されてしまうけれど、下ならば敬遠されている事も知らないから公爵の家格だけでほいほい結婚するだろうって?
でも、いざ結婚してみたら怖い家だということを聞かされて?
実際に危険で?
離婚しようにも女性からは出来ない上に、内情を知ってしまったらそもそもそんな事はさせないだろうし?
それって……新手の詐欺じゃない?
私って、もしかしなくても、下流貴族のご令嬢の中で公爵との年齢的な釣り合いで選ばれてしまった??
マリーは頭を抱えたくなった。
あれ?まさかとは思うけど前公爵夫人て、離婚しようとして消された……的な事?
……ではない、よね。ねっ?!
あぁあ?!
この先、私がこの公爵家から逃げようとするってこと?!
それで旦那様が私を殺そうと??
……そう考えると辻褄が合うんじゃない?!
先走る妄想にマリーの顔は青ざめていく。
「大奥様は……そうですね。大旦那様と婚約の期間にも幾度か危ない目に遭われましたがご結婚後に本格的に襲われまして、それが原因でお亡くなりになりました」
イーサンは本当にマリーの心の声が聞こえているのか。
マリーの妄想に応えるように言ったイーサンの台詞にマリーは驚愕で目を見開き、イーサンを凝視する。
「では、今回の婚姻が婚約期間もなく急だったのは……?」
「ええ、危険因子を減らす為です」
そういえば馬車は豪華だったが、家紋は入っていなかった。
荷物も人も最低限だった。
全ては他者にマリーが公爵の結婚相手だということを悟られないようにするため。
だからカレンは道中ずっと気を張って緊張していたのか。と、マリーは合点がいった。
「……何で、です?」
「はい?」
マリーは思わず呟いていた。
自分はこの先、ずっと命の危険と隣り合わせの人生を送らなければならないのか。
やっと、病弱な身体を克服出来たと思ったのに。
死に怯える現状としてはあまり変わらない。
その死が病気によるものか、他者からもたらされるものかの違いだ。
「どうして公爵は私をお選びになったのでしょう?」
まあ、少し健康になったところで絶対に病気にならないわけではないし、事故に合わないという確証なんてない。
どうせ社交界に疎いだろう田舎の貴族令嬢の中から適当に選んだのだろうけど、それでも本当の理由くらいは知っておきたい。
「それは……旦那様ご本人に直接お聞き下さい」
珍しくイーサンが微かに視線を泳がせる。
その様子に気づいたマリーは再び妄想を暴走させた。
「もしかして……」
お読み頂きありがとう御座いました。