病弱令嬢、表情をなくす
ものすごく間が空いてしまいました。内容を覚えていてくれている人がいらっしゃるか不安ですが……
宜しくお願いします。
カトレシアは咳払いすると、申し訳なさそうに眉を八の字に下げた。
「リリーちゃんの件、聞いたわ。マリーちゃんも災難だったわねぇ……それもこれも、フィー君に見初められてしまったのが運の尽きなのよね。ごめんね、マリーちゃん」
「いえ、あの……あは、ははは……」
元王妃をちゃん呼びしているのも気になる所だが、確かに今思い出してもリリーの鬼気迫る形相と、毒を飲まされた時の苦しみは恐怖だ。しかしカトレシアの自分の息子に対する酷い物言い。マリーは苦笑するしかなかった。
「まあ、フィー君のことは……そこはもう、あれよ。運が悪かったと諦めてね。でも絶対に浮気はしないから、そこだけが救いだと思って?」
「あは、ははは……運が、ですか」
さっきまで離婚を勧められていた気がするが、あれは何だったのか?マリーの苦笑は止まらない。
「それにしても……フィー君にも困っちゃうけど、リリーちゃんは本当に困っちゃう人なのよ。昔から変なところがあってね」
カトレシアが「ふぅ」と、小さく息を吐きながら手の平を頬に当てて小首を傾げた。
親しげに呼ぶ様子から、もしかしたら凄く仲の良い友人だったのかもしれない。そう思うと、カトレシアの胸中も複雑だろうとマリーは察した。
「あの……お義母様は、元王妃と仲が良かったのですか?」
「え?全然!アカデミーで同級生だっただけよ?」
「ぁ、全然……そうですか」
どうやら複雑ではなかったらしい。
カトレシアは「それどころかね」と、下げた八の字眉を更に下げた。
「仲が良いどころか直接話をしたこともほとんどないの!それなのに、何故かリリーちゃんにはいつも意地悪されてたのよねぇ」
「……意地悪」
「そうなの!パトリシアと二人で試験の順位を毎回競ってたんだけどね。彼女ったら、私たちの順位が気に入らないって言って『二人はカンニングしてる』なんて噂を流したり、教科書を破いたり、噴水に落とされたこともあったわねぇ……えーと、あと、何だったっけ?」
取巻きを使って偶然を装っていたようたが、リリーが主犯であることは明白だったそうだ。とにかく色々とされたらしいがその詳細は忘れたようだ。思い出し怒りでぷんぷんモードに入りかけたカトレシアだったが、途中から「うーん?」と、首を捻っていた。
いや、しかし。その話が本当であれば、かなり幼稚な嫌がらせではなかろうか。
「最初は……王妃様なのに、ふわっとして可愛らしい雰囲気の方だなって思ってたんです。ですけど……」
正直に言えば、多少年相応ではない違和感はあった。が、その辺は言葉を濁した。何しろ目の前にいるカトレシアも同様の雰囲気を放っている。
「まあ!リリーちゃんが?そうなの……学生の頃はクールビューティーで、寧ろ怖い雰囲気だったけど……まあ、年を取って変わることもあるわよね」
実際に会っていないからなのか、カトレシアは純粋にリリーが変わったと思っているようだが、それを聞いてマリーは納得した。豹変してからの怖いリリーの方が、何と言うかしっくりくるのだ。あちらが素なんだろうなと思われる。
カトレシアが寂しそうに目を伏せた。
「パトリシアのことだって……」
「あの……ちなみに、そのパトリシアさんて……」
「ああ、ごめんなさいね。パトリシアはグレンのママよ」
「……やっぱり」
どうも聞き覚えがあると思った。パトリシアも同級生で、カトレシアとは親友だったという。
自分たちが結婚して、お互いに子供が生まれたら、その子供たちを結婚させようか。なんて話をするくらいには仲が良かったらしい。
カトレシアは懐かしそうに目を細めた。
「でも、順位はパトリシアの方が一番が多かったなぁ〜。私はいつも次点で……満点を取れた時は、当然の如くパトリシアも満点だったし」
こう見えて、私ったら優秀だったのよ。と、カトレシアが胸を張る。
「そ、そうなのですか」
カトレシアの意外過ぎる経歴に、マリーは目を見張った。こう言ってはなんだが、カトレシアの雰囲気だけ見ると、とてもそんなふうには見えない。
「では、リリー様も?」
悔しくて嫌がらせをするくらいだ。リリーも優秀であったに違いない。
「リリーちゃん?うーん……いつも二十番くらいだったかなぁ。そうよ!それなのに、自分が一番じゃないのはおかしいって、私たちに言うのよ?そんなの、私たちに言われても困るじゃない?だから私、彼女に『全問正解すれば一番になれるのに、何でわざと間違うの?』って、……」
「……言ったのですか?」
「え?うん。言ってたわ。だって、一番になれると思っている人がそんなに点数が悪いなんて、故意に間違っているとしか思えないじゃない?」
「ぁ、ぁう……?」
マリーは二の句が継げなかった。
まあ、確かにその通りなのだが、それでは嫌味になってしまう。カトレシアの顔を見れば、嫌味を言ったという自覚はなさそうだ。純粋に正論を言っただけだという自信に満ち溢れている。
「私たちに嫌がらせする為にわざと点数を低くしていたに違いないのよ」
そんなわけあるか!
カトレシアが特に素直過ぎるのか。文面通りに受け取ってどうする。
頭が良いはずなのに……
『頭が良い』には種類があるのだ。ということをマリーは知った。
「無自覚って……斜め上」
「え?何?」
「い、いえ、何でもありません。そ、そうですか。そんな因縁があったのですね……そう言えば、リリー元王妃と対峙した時に、お二人のことを言っていた気がします……」
逆恨みするリリーもリリーだが、それを煽っていた可能性もあるカトレシアもカトレシアのような気がしてきた。
「まあ、私たちのこと?」
何と言っていたかは思い出せない。しかし、良い感情を抱いていないことは確かだった。リリーの逆上した姿だけが鮮明に焼き付いている。
こてん。と、小首を傾げ、上目遣いにマリーを見つめるカトレシアを見て、マリーは、はっとなった。
周囲に警戒感を持たせないように、わざとふわふわとした振る舞いをした結果、似てしまっただけかもしれないけれど、もしかしたら、リリー様は……
「お二人のように、なりたかった……?」
もちろんそれは、マリーの憶測でしかない。
貴族の家に生まれたなら、当然厳しく教育されるだろう。
成績だけでなく、言葉遣いや、振る舞いだって……
マリーはカトレシアを見つめた。カトレシアは相変わらず、きゅるんとした瞳でマリーを見つめ返していた。
「……」
お義母様に悪気はないのだろうけれど……
マリーは、リリーの悔しく思う気持ちが分かる気がした。
はっ!何、考えてるの!
それこそ、そんな理由で命を狙われたらかなわないわ!
マリーは軽く頭を振った。
人は皆それぞれ生まれ持った気質というものがある。それをどう生かすかは本人次第だ。他人を羨んだとて、出来ることしか出来ない。
もちろん、努力は必要だと思うけど……
自分自身を理解して受け入れられなければ、それを律してコントロールすることなど出来ない。
リリー様は、ご自分を見ていなかったのかしら?
マリーはリリーのことを勝手に妄想して、勝手に胸を痛めていた。しかし、カトレシアはそんなマリーの心情など知る由もない。
「え、なぁに?お二人のようにって……あっ、そうよね!ごめんなさい、忘れてたわ!マリーちゃん、親友が出来たのよね?!」
「え?何て?」
「彼女、もうこちらに到着してるわよ?昨日挨拶に来てくれたもの。うふふ。私とパトリシアみたいに仲良くなれるといいわね」
カトレシアが「ぽむっ」と、両手のひらを合わせながら嬉しそうに言った。しかし、マリーは「きょとん」と、首を傾げる。
私の言った『お二人みたいに……』って、そういうことではないのだけれど……
「……彼女?親友?」
言いながら、さぁーっと、マリーの身体から血の気が引いて行く。
ロザリー様のこと、忘れてたっ!!
マリーは、カトレシアがロザリーの事を言っているのだと直感した。
彼女にはこちらに到着したらすぐに連絡すると伝えてあったし、そもそもマリーには「親友」などと誤解されるような間柄の人間がいない。
「ああ、でも、そのことでお義母様にお伺いしたいことがあるのですけれど……」
「あら、何かしら?」
マリーは取り急ぎ確認しなければならないことがあったことを今しがた思い出した。
ジャクリーヌの連絡先だ。出来れば、お披露目会よりも先に会っておきたい。そうすれば、自然な形でロザリーを紹介出来るはず。
「あの、ジャクリー…」
「マリーちゃん、やっと到着したんだって?あーっ!!久しぶりー!!」
しかし、口を開いたマリーの声はノックもせずに「ばーんっ!」と、部屋の扉を開いた者の声に掻き消されていた。
顔が幼いから少年だと思われるが、やたらと背が高い。その少年が、やたらと親しげにマリーに手を振りながら近付いて来る。
「え、え?……誰、ですか?」
「えー、マリーちゃん、ひどーい!もう忘れちゃったの?僕だよ、僕!」
「こら!ジャッキーちゃん。いつも言ってるでしょう?ノックぐらいしてちょうだいって!」
「あー…、ごめん、ごめん!」
少年がカトレシアに向けて、ちっともすまなそうでない雰囲気で手をひらひらとさせている。
マリーは固まったまま、少年とカトレシアを見比べた。二人の顔の造形がとても似ている。
あれ?
このお二人は、ジャクリーヌ様とも似ている気がする……
ジャクリーヌはフィリクスの従姉妹だと聞いていた。親戚なのだから似ていても不思議ではないのだが、マリーには何か引っ掛かるものがあった。
「そう言えば……リリー元王妃は、ジャクリーヌ様を見て『カトレシア』と呼んでいたような……」
恐怖により不鮮明になっていた記憶の糸を手繰り寄せると、確かにリリーはジャクリーヌをカトレシアだと勘違いしていたように思う。
「うふふ。リリーちゃんもそう言ってたんだぁ〜!そうなの!唯一ジャッキーちゃんは私に似ているのよ。この間もお化粧したら若い頃の私にそっくりでびっくりしちゃったぁ!……あぁあ、顔だけじゃなくて、性別も女の子に生まれて来たら良かったのに……」
「そういうこと言うなって、言ってるじゃん!」
「ぇえ〜、小さい頃は喜んでドレスを着てたじゃない」
「ぅわぁあーっ!まじでやめてよ!僕の黒歴史なんだから!この間だって、僕が女装する意味が分からなかったんだぞ?!」
ぽつねんとするマリーをよそに、二人は言い争いのようなじゃれ合いを始めた。
「……ね!マリーちゃんも、そう思うよね?!兄さんがマリーちゃんの近くに男を置きたくないって理由だけで僕に女装させるって酷いよね?!」
不意に話を振られたマリーが困惑して何も言えずにいると、カトレシアが何かを察した。
「マリーちゃん。……フィー君が何人兄弟か、知ってる?」
「え、兄弟って……一人っ子なのではないのですか?」
言ってから「でも待てよ」と、マリーは頭を整理する。
そう思っていたのは、フィリクスが子供の頃にカトレシアが既に亡くなっていると思っていたからだ。しかし、その本人はここにこうして生きている。
と、いうことは、もしかして……
マリーは少年を見つめた。
「二人兄弟?」
「五人兄弟よ」
「ごっ?!」
カトレシアが「やっぱり」と、大袈裟な仕草で溜め息を吐いた。
「この子は末っ子のジャクソン……因みに、マリーちゃんと会ったことがあって、その時はジャクリーヌと名乗っていたのだけれど……」
「はっ?!」
マリーは目玉が飛び出るのではないかと思うほど目を見開いて、末っ子ジャクソンを見つめた。
確かにカトレシアに似た顔は中性的で、声変わりをしていなければ女の子としても十分誤魔化せそうだ。というより、誤魔化されていた。
カトレシアが天を仰いで呻く。
「フィー君は、本当にもう!」
「……え、どういうこと?マリーちゃん、僕が女装してたって知らなかったの?兄さんは後で説明するって言ってたけど……」
「……聞いてないです」
とっくの昔に自分の正体を知っていると思っていたジャクソンは慌てた。
「えっと……兄さんが、何かごめん」
「いえ、何かもう……大丈夫です」
情報過多な一日に、マリーは表情を無くしていた。
が、しかし、そんなことも言っていられない。
「そうだわ。何だかややこしい話になってしまったけれど……何て言おう?」
「何がややこしいの?僕が本当は弟だったってだけだよね?」
「いえ、そういうことではなくて……」
もうその時点で既にややこしいのたが、ロザリーのことを考えると更にややこしい。何しろ彼女は女装したジャクソンを、そうとは知らず慕っているのだ。
「あの、ジャクソン君」
「呼び捨てでいいよ。義弟だし」
「あ、そう?じゃあ、ジャクソン。あのね……しばらくの間、また女装して……」
「いやだ!!」
マリーに後退りさせるほどの勢いでジャクソンがNOを突き付けた。
「そ、そうよねぇ……。あ、じゃあ、お披露目会の前に改めて私とお茶をしない?ロザリー様を紹介したいの。私のお友達なんだけど……」
「いやだ!!ロザリーって、あれだろ?マーゴット侯爵令嬢の……僕、彼女に会いたくない」
「あら〜!ジャッキーちゃん、何で嫌なの?ロザリーちゃんて、可愛らしい娘じゃない!」
「かあさんは、女の子なら誰でも可愛いんだろ?僕はいやだ!!」
「まあ!ジャッキーちゃんたら『いやだ』ばっかり言ってぇ〜……反抗期かしら?」
いや。反抗期ではなく。普通の男の子の反応である。
「でもね、ジャッキーちゃん。お義姉さんのお友達よ?ご挨拶くらいはしないと」
確かに、年頃の男の子だから女性と話すことに抵抗があるのかもしれないが、ここまで拒むのも謎である。
「そうだけど、だって……ちゃったから……」
じっと見つめるマリーとカトレシアを前に、ジャクソンは目を泳がせて、もごもごと口籠る。
「ジャッキーちゃん、なぁに?よく聞こえないわ。怒らないから、もう少し大きい声で言って?」
「……叩いちゃったの」
「え?」
ジャクソンの告白に、マリーとカトレシアは同時に首を傾げた。
「だから!僕、ロザリー嬢を叩いちゃったの!!だから気不味くて……って、怒らないって言ったじゃんかぁー!!」
その瞬間。
女の子らしい可愛い部屋に、可愛らしい雷が落ちた。
お読み頂きありがとうございました。




