病弱令嬢と義両親
フィリクスとやいのやいのしている内に、マリーはどうやら眠ってしまっていたらしい。
屋敷に到着したところで目を覚まし、身体を起こす。
短時間でも集中して眠ったお陰か、頭はスッキリとしていた。
ここ数日、馬車移動で疲労感はあるものの、マリーはあまり眠れていなかった。そこを慮ってのフィリクスのお巫山戯だったとしたら大したものである。
馬車を下りようとしたフィリクスがマリーが目を覚ましたことに気付き、途端に残念そうな顔をした。
「あっ!起きちゃった?せっかく、堂々と抱っこする理由が出来たと思ってたのに……でもまあ、いっか。おいで、連れて行ってあげるよ」
フィリクスは、ぴょんと馬車から飛び降りるとマリーに向かって満面の笑みで両手を広げた。
「いえ、結構です。自分で歩きます」
眠ってしまっているならともかく、起きているのに抱っこされるなんて恥ずかし過ぎる。しかも、ここは初めての義実家。
「……えっ」
しかしフィリクスは断られることを想定していなかったのか、この世の終わりのような顔でピシリと固まった。
「邪魔じゃ」
メイメイが馬鹿にするように鼻を鳴らして、立ち尽くすフィリクスの股の間をすり抜けて行く。
しょんぼりしているフィリクスには申し訳ないが、初対面の義父もいるであろう場所に抱っこされた状態で登場するほどマリーの心臓は強くなかった。
「さ、旦那様。連れて行って下さいまし」
それでもマリーとて鬼ではない。しょんぼりしているフィリクスに右手を差し出す。
しかし差し出されたマリーの手を見つめるフィリクスの顔は心底不満そうだ。
「嫌ならば無理にエスコートしていただかなくても良いのですが……」
「何を言っているんだ!そんなことがあるわけないだろう!」
マリーが引っ込めようとした手を、フィリクスが慌てて引き留めた。
あたふたするフィリクスを見て「ふふっ」と、思わず笑みがこぼれる。
ここに来てやっとフィリクスという人間の扱いが分かって来た気がしたマリーであった。
その時、屋敷の方から女性の悲鳴のようなものが聞こえた。マリーは眉を顰めて耳を澄ませる。
「何かあったのかしら……」
フィリクスも視線を声のする方へと目を向け、「ああ……」と、何か言いかけた。
が、しかし。
それは、あっという間の出来事であった。
悲鳴なのか奇声なのか。兎も角その発生源はフィリクスの言葉を待つことなく屋敷の玄関から飛び出して来たかと思うと、気付いた時にはマリーに飛び付いていた。
「ふぎゃっ?!」
何が何だか分からぬままにマリーは押し倒されそうな勢いで抱きつかれていた。と、同時にマリーの顔に衝撃が走る。
「きゃ〜っ!!貴女がマリーちゃんね!!思ってたより十倍は可愛いわぁ!!ゎあ〜っ、やっと会えた!私の可愛い娘っ!きゃっ、娘だって!言っちゃったぁ〜!うふふふぅうっ!!」
鈴の音みたいな女性の声がまくし立てる。
顔に走った衝撃が、頬擦りされているのだと気付くまでに三秒はかかったと思う。
「は、はの……」
頬の形が変形し首がもげるかと思うほどぐりぐりと頬擦りしてくるテンション高めのこのご婦人は誰なのか。
しかし、質問しようにも、マリーの口は自由がきかないほど変形させられていた。
「母さん。マリーが驚いているじゃないか。それに勝手に触れないでよ。いくら母さんでも駄目だ」
「へ?か、かあさ……?」
フィリクスがそのご婦人からマリーをべりっと引き剥がすと、ぐいっと肩を引き寄せマリーを抱え込む。
ぱちくりしているマリーとは裏腹に、「ぷんっ」と、ご婦人が頬を膨らませた。
「あん。フィー君のケチ〜。マリーちゃんは私の娘なのにぃ〜」
「その前に、マリーは俺のお嫁さんだ!」
フィリクスが「誰にも渡さん」とばかりにマリーをぎゅっと引き寄せる。
「んもう!フィー君のそういうところ、本当にパパにそっくり!」
ご婦人がぶうぶうと角口で文句を言っていると、屋敷の中から今度は中年男性が慌てた様子で出て来た。
「ママ!急に飛び出して行くからびっくりしたよ!」
「だってぇ、馬車が見えたからつい……居ても立ってもいられなくてぇ」
突然の頬擦り攻撃から逃れたマリーは、頬を擦りながら新たな登場人物である中年男性とご婦人のやり取りを眺めた。
男性はフィリクスがマリーに接するのと同じように、ご婦人にべたべたでれでれしている。
「父さん。ちゃんと母さんを見ててくれよ」
フィリクスが苦虫を噛み潰したような顔で非難した。
やっぱり!!
お顔の雰囲気もフィリクスと似ている。
マリーは苦笑した。
と、いうことは、こちらがお義母様か……
え?
お義母様??
マリーは改めてご婦人を見つめた。それはもう、無礼も忘れてしげしげと。
自分の親と同世代くらいだろうと思われるのに、髪は艶々で毛先をくるくると巻いて背中に垂らしている。髪だけではなくお肌も艶々で、目上の人へ言うのも何だが「可愛らしい」という表現がぴったりなご婦人だった。
何処かで見たことがあるようなお顔ねぇ……
それにしても……お肌のお手入れとか、何をしているのかしら。
いや。違う、違う。そうじゃなくて。と、マリーは頭を振った。
フィリクスの母親は亡くなっているはずなのだ。
マリーは思わず「あっ」と、声を上げた。
「再婚されたのですね!」
マリーが「ぽんっ」と、手を打つ。
義母の方は若々しく見えるのではなく、本当に若いのだろう。
そうだ。領地で若い女性と再婚したに違いない。
「いや、俺の実の両親だけど?」
しかし、マリーが手を打つ隣でフィリクスがにべもなく言う。
「え?」
「え?」
マリーはフィリクスを見上げた。
フィリクスは、マリーが何に驚いているのか分からない様子できょとんとしている。
「え……だって、お義母様は……え?」
マリーだけが状況を飲み込めていないのか、挙動不審に三人を交互に見やった。
「フィー君。あなた、まさか……言っていないの?」
一瞬の間を置いて、何かを察した義両親がフィリクスを責めるように顔を顰めた。フィリクスが小首を傾げる。
「言ってないって、何を?……あれ?もしかして、言ってなかったか??」
「駄目だぞ、フィリクス。言葉足らずは家庭不和に繋がる」
何か思い当たる事でもあるのか、義父が腕組みをして「うんうん」と、もっともらしく頷いた。
「家庭不和」という言葉が刺さったのか、顔を青くさせたフィリクスが慌ててマリーの顔を覗き込んだ。
「ごめん、マリー!てっきり、イーサンが伝えていると思っていたよ。あのね、母さんは死んでたんだけど、生き返ったんだ」
「はっ?!何それっ??」
フィリクスの言う通りであれば、それではゾンビである。
マリーが驚いて義両親を見れば、二人とも半眼でフィリクスを見ていた。それはとても残念なものを見ている雰囲気であった。
どうやらフィリクスの言っていることは違うらしいと思われる。
「阿呆じゃな」
少し離れたところでこちらの様子を伺っていたメイメイが鼻を鳴らした。
「驚かせてごめんねぇ、マリーちゃん。フィー君が、こんなにお馬鹿さんだなんて知らなかったのよ。てっきりちゃんと説明していると思ってたの」
屋敷の中へ案内され、恐縮しながらも高そうな椅子に腰を落ち着かせたところで義母であるカトレシアが頭を下げた。
「いえ!そんな……私も確認しませんでしたし……申し訳ありません!」
恐縮しているところへカトレシアに頭を下げられ、マリーはどうしていいか分からなくなった。
お義母様よりも頭を下げなければ!!
そう思ったマリーは、気付けば椅子を飛び下り土下座のようなスタイルに……。
「阿呆か」
呆れた様子でメイメイが呟く。
「マリー!違うよ、君は悪くない!悪いのは俺だ!」
フィリクスが大袈裟な仕草でマリーを抱き起こす。
「その通りじゃな」
欠伸をしながらメイメイが呟いた。
むっとしたフィリクスが、きっとメイメイを睨む。
「さっきから、うるさいな!だいたい、メイメイもイーサンも何でマリーに伝えておかないんだ!そのせいでマリーが驚くことになったんだぞ?!」
「凄い言いがかりですね。そういうのを責任転嫁というのですよ?」
ずっと黙って様子を見ていたイーサンが、すかさず冷めた視線をフィリクスに向けた。
イーサンはメイメイと違って先に領地入りしていたのである。
「そうよぉ、フィー君。そういうことはきちんと自分の口で伝えなくちゃ……ねぇ?」
イーサンに同調して口を開いたカトレシアが、隣にいる夫のシリバスに意味深な視線を向けた。シリバスが居心地悪そうにそっと視線を逸らす。
「例えば、何も聞かされないままこの屋敷に連れて来られて、気付けば死んだことにされてた……なんて、ねぇ?」
「ま、ママ!だから、その件は……何度も謝ったじゃないか……」
シリバスが分かりやすく狼狽える。「死体の役をしたのは私だ」と、得意満面にマリーに告げ口しているメイメイの口を慌てて塞いだ。それを見ているカトレシアが何とも楽しそうだ。
かつて、命を狙われていたカトレシアを守る為にシリバスは彼女を王都の屋敷からこの地に連れて来た。
カトレシアとしても特に疑問も持たずについて来たのだが、気付けば自分は死んだことになっていて、この屋敷に幽閉されるような形になってしまっていたのだとか。
確かに死んだはずの人間が、ふらふらと出歩いていたらおかしな話である。
それにしたって……
マリーは同情する気持ちでカトレシアを見た。
シリバスからすれば、死んだ人間の命は奪えないだろうという理屈からの行動らしいが、いくら広い屋敷とはいえ、外に出られないのは辛かったのではないだろうか。
そして、何時ぞやの「殺す」「殺さない」とは、このことか。と、腑に落ちた。
死亡届まで出しているのだから、確かに殺されたようなものかもしれない。
一度死亡届が出されたものを無効にしたのは、なんとセドリックだという。どうやったのかは知らないが、セドリックの言っていた「処理が大変」はこのことだったのだ。確かにそれは大変だったのだろう。
下手をしたら、私も幽閉されていたかもしれないということね……
しかし、マリーは「待てよ」と、小首を傾げた。
マリーは嫁いでからほとんど屋敷から出ていない。これは、幽閉と同じではないか?
「流石に当初は怒ったりもしたわねぇ……でも、別に困ることはなかったのよぉ。寧ろ、こちらで領地経営に専念させてもらえたから楽しかったくらい!クリスフォード領の人達はみんな良い人ばかりだしねぇ」
マリーの悶々とする思いとは裏腹に、カトレシアはころころと笑っている。
「この土地の方々は事情を知っているのですね?」
「それが……知らないのよねぇ……」
領地内は出歩いていたのか領民との交流もあるかの様な物言いだ。だから当然事情も分かっていると思ったのだが、急にカトレシアの歯切れが悪くなった。
「あ!雇われた人間てことにされてたんですね?夫人とは言えないですものね」
女性が雇われることは珍しいが、外部の人間が経営すること自体は珍しくない。領民に顔が知られていなければ、夫人としてではなく経営者として紹介したのかもしれない。
しかしそれも違うのか、カトレシアの目が泳いでいる。
「ぅ、う〜ん、とね……それなんだけど、少し困ったことに……みんな私のことをパパの愛人だと思ってるからぁ……急に私が出て行っても、受け入れてもらえないかもしれないのよぉ。だから、それが心配で今は視察にも行けてないのぉ……」
「ママは人気者だったからね」
シリバスが横から不満そうな声を上げた。
「もう!何言ってるのよぉ!パパがいちいちついて来て、私に声を掛けてくれる人たち皆んなを睨んだりしたから愛人だなんて思われてるのよ?!」
「だ、だってママ……一人でなんか行かせられないし……皆んないやらしい目でママを見てるし……」
「見てないわよぉ!」
ぶりぶりぷんぷんしているカトレシアとそれを宥めるシリバス。
何故かこの二人を見ていると、まるで数十年後の自分たちを見ているような、そんな錯覚を覚えたマリーだった。
お読み頂きありがとうございました。




