病弱令嬢、痴話喧嘩に巻き込まれる
そんなこんなで戴冠式を迎え、無事セドリックが国王として認められることとなった。そしてこの時に、兄であるグリンバルの生存も公表された。
何かしらの騒動があるかと思ったが、既に根回しがされていたのか公表された後も特に貴族たちが騒ぐ様子は見られなかった。
ただ元王妃の事もあってか、庶民の間では憶測が憶測を呼び一連の流れが物語として面白可笑しく演劇となっているとか、いないとか。
問題はこの後である。
マリーは静かにティーカップに口をつけ、薄目で目の前の光景を見やった。
「私は、死ぬまで奥様のお側にいたいのよ!」
「何だよ……俺の側にいるのは、嫌なのかよ!」
「それ、は……」
もう何度見させられたかしれないグレンとカレンの痴話喧嘩のようなやり取りだ。
二人だけでやってちょうだいよ。
何故わざわざ人の部屋に来てやり合っているのか。マリーは溜め息を吐きながらティーカップをソーサーに戻した。
あの後カレンは、人の心配をよそに普通に屋敷に戻っていた。グレンも一緒にいたからてっきり上手くいったのかと思っていたのだが、そこは問屋が卸さなかったらしい。
グレンが嫌だとかそういうことではないらしいのだが、その理由が「マリーの侍女でいたい」ということなので、マリーにとっては溜め息案件なのである。
「だって、奥様の侍女は私だけでしょう?」
というのが、カレンの言い分だ。
ぷるぷると瞳を潤ませながらマリーを見つめるカレンは、理由はそれだけでないように思う。
まあ。いきなり貴族夫人になれと言われたら、プレッシャーしかないわよね。
そこは同情を禁じ得ないが、グレンがグリンバル殿下なのだから仕方ない。
ここでグレンを完全に拒否しきれないのだから、カレンも憎からず想っているということなのだろうけれど。
どうしたものか。と、マリーは目の前の二人を見つめた。
それと、あれからグレンは頭巾を被らなくなった。当たり前といえばそうなのだが、いまだにその素顔は見慣れない。
本人の方も着慣れないスーツを着させられて、時折動きにくそうに顔を顰めている。仕事も今までのような事はしていない。立場はこの家の居候だ。
「どちらにしても。そろそろ陛下にはお返事しなければと思うのよ?」
マリーが声を掛けると、カレンはぐっと言葉に詰まった。しかしこれも何度目かしれない台詞だ。
「マリー、入るよ?」
その時、ノックと同時にフィリクスが部屋に入って来た。マリーは慌てて立ち上がって出迎える。
「旦那様。返事を待ってからドアを開けて下さい」
「カレンは堅いなぁ。いいじゃないか、別に。君たちなんてマリーの部屋に入り浸ってるんだから」
いいかどうかはマリーが決める事のはずだが、フィリクスは「ずるい」とばかりに口を尖らせた。
「それに、カレンにとっても良いニュースを持って来てやったんだぞ?」
「良いニュース……ですか」
「来月、新しい領主の就任式を領地ですることが決定した。グレンはもちろんだけど、それにカレンも同行して一緒に領民に挨拶を……」
「ちょ、ちょっと、待って下さい!どういうことですか?!」
「え、どういう……て、そのままの意味だが?」
急な話にカレンは慌てふためいた。グレンは静かに頷いていたので、もしかしたら予想していたのかもしれない。
「嬉しくないのか?夫婦として初の共同作業じゃないか」
「ふっ……?!」
「ん?どうした、カレン。それと、二人の結婚式についても領地でしてはどうかとリックが言っていたぞ?」
「けっ……こっ……?!」
倒れそうな勢いで目を白黒させているカレンに、フィリクスはとどめを刺した。
二人(主にカレン)の気持ちを差し置いて、世間は結婚する方向へと舵を切っていたのである。
「だって、カレンから拒否する言葉は聞いていなかったから……話を進めてもいいんだと思ってリックに言っちゃったよ」
「確かにそうなのですけど、色々あるのですよ……」
フィリクスはきょとんとしている。
マリーは慰めるようにカレンの肩を優しく撫でた。
「で、では……結婚しても、奥様の侍女を続けさせて下さい!」
「何でそんなに拘るんだ?まあ。領地経営は今まで通り別の管理を置いて、形だけの領主にしてしまうことも可能といえば、可能だ。そうすれば、二人でこの家の使用人でいることも出来るが……まあ、リックが納得しないだろうな。それとも、叙爵の話自体を辞退するかい?」
今ならまだ間に合う。と、フィリクスはグレンを見た。
叙爵する条件としてグレンはカレンを望んだ。それを考えると、叙爵辞退は結婚もしないという流れになってしまいそうだが、セドリックの意図を思えば叙爵しようがしまいがそれはどちらでもいいように思える。結果、グレンが幸せならばそれでいいのだ。
「それ、は……結婚も……なし?」
「「えっ?」」
カレンの震えた声に、マリーとフィリクスは振り返った。カレンは今にも泣き出しそうな顔で視線を泳がせ、もじもじとエプロンの裾を弄んでいる。
「あの、私は、別に……爵位とか、そんなのはどうでも良くて……あ、どうでもっていうか……でも、その……」
「カレン……そんなに結婚したくなかったの?」
「やっ、違くて……」
結婚の話がなくなるのが泣きたくなるほど嬉しいのかと思ったが違うらしい。カレンは首を振った。
「えーと。結婚は、するわよね?」
「やっ、そうじゃ……」
ならばとグレンに確認しようとするマリーの腕を、カレンが縋るように掴んだ。
はっきりしろーい!!
はっきりしないカレンの態度に、マリーは危うく口から出そうになった言葉を既のところで引っ込めた。代わりにグレンが口を開く。
「もういいよ。嫌なら、無理しなくていい」
「だから、違うんだってば!」
カレンとグレンは、お互いに赤い顔をして睨み合った。思わずマリーとフィリクスは顔を見合わせて二人から二歩三歩と後退る。
「何が違うんだよ。俺と一緒にいるより、奥様の側にいたいんだろ?」
「そっ、だけど……そうじゃないのよ!」
「何なんだよ、意味が分かんねぇよ」
「あなたは、私に側にいて欲しいって言うけど……それって……どうなのよ?!」
カレンは顔を真っ赤にさせて俯いた。
「どうって……そのままの意味しかないだろ?!どうせ、俺なんかと結婚なんかしてくれないだろうし……でも、この先もお前が側にいてくれたら、色んな事も……頑張れそうな気がして……だけど、側にいるのさえ嫌だって言うなら……」
「そんなこと、言ってないでしょう?!ちゃんと言ってと言ってるのよ!」
「だから!ちゃんと『側にいてくれるだけでいい』って言ってるだろ?!それとも、何か?結婚してくれって言ったら、してくれるのかよっ?!」
「するわよっ!!」
「そうだろ?だから、俺は……えっ、……えっ?!」
二人は暫し見つめ合った後、先程とは違う意味で顔を赤くさせて俯いた。
ちゃんちゃん。
要はプロポーズの言葉が気に入らなかっただけのこと。
とはいえ、聞けばグレンからは「結婚はしなくてもいいから、ついて来て欲しい」と、初っ端に言われてしまったそうだ。
それは妻としてではなくメイドとして来て欲しいだけで、周囲が勝手に結婚と言っているだけなのではないか。
そもそも、自分なんかが妻として求められるはずがない。
グレン本人の気持ちが分からずカレンとしては、はっきり返事が出来なかったのだそう。
カレンは気が強い女性だと思っていたが、こういう事には消極的になるらしい。
周りが煽り過ぎたきらいはあるが、お互いに自己肯定感が低い故に起きた騒動であることは間違いなかった。
「何にしても、誤解が解けて良かったわ」
本当に、何を見させられていたのだろうか。
マリーはテーブルに戻ると、すっかり冷めてしまったお茶を飲み干した。
「じゃ、二人とも公爵夫妻になるってことでいいね」
フィリクスが念を押す。グレンは頷いたが、カレンは未だ納得していないのか顔を曇らせた。
「カレン。そっちの領地はかなり遠い。マリーの侍女は諦めろ」
「そんな……!私、一生奥様にお仕えするつもりでしたのに!」
カレンは本気で二足のわらじを履くつもりなのか、真剣な顔でフィリクスに縋り付いた。
実際問題、公爵夫人の侍女が公爵夫人だなんて聞いたことがない。あり得ない話だ。
「カレン。私の事より、自分の心配をして。これからが大変なのよ?」
「確かにそうなのですけれど……でも……」
言い淀むカレンにマリーは名案を思いついたとばかりに手を打った。
「あ!じゃあ、こうしましょう!もし来世で私が困っていたら助けに来て?」
「はい?……らい、せ?」
「そう!そうよ!もし、子供の私が親を亡くして困っていたら、一番に助けに来て欲しいの」
実際にそうなるのだから、なんて名案だ。と、マリーはにこにこしていたが、そんな事は露と知らないカレンは不服そうだ。と、いうより困惑していた。
「は、はあ……それは、まあ……どこにいても助けに参りますけれど。でも、来世だなんて!それじゃ……まるで……まるで、今生の別れみたいじゃないですか!そんなに私と離れたいのですか!」
「そうではないけれど……」
全くそんなつもりはなかったが、情緒不安定気味になっていたカレンは泣き出した。グレンが慰めようとカレンの頭をぽんぽんと叩く。慰め慣れていないのか、若干その力が強い気がする。
「カレン、大丈夫だ。ウチの領地の者たちを数十人派遣する予定だから安心しろ」
フィリクスが頷きながら何か言っているが、カレンが泣いているのはそういう話ではない。
「いや、本当。君はさ、この国を乗っ取るつもりなのかい?」
マリーが何か言う前に、呆れた声が部屋に響いた。その声の主の登場に部屋の空気が一変する。
「リック、何をしに来たんだ。ここはマリーの部屋だぞ?入るな!」
……と、思ったのは。マリーだけだったかもしれない。
フィリクスは驚く事なく、不遜な態度で部屋の入り口を睨んだ。
「この国の王様っていうのは暇なのか?」
「酷いな。これは、息抜きだよ。必要だろ?」
そして、当たり前のようにセドリックが部屋に入って来た。
ここ、私の部屋なのだけれど……
何でみんな私の部屋に来るのよ。
「マリーの部屋で息抜きとは何事だ?!」
セドリックは、マリー以上に腑に落ちていなかったフィリクスによって追い出された。
そして、場所を応接室へと移動する。
移動する前に、マリーはカレンを振り返った。
「カレン。何か欲しい物はある?」
「欲しい物……ですか?」
「ええ。結婚のお祝いに、何か贈りたいの」
「ええっ?!そんな、恐れ多いです!!」
本当はサプライズで贈りたいが、欲しくない物をもらっても。と、思ってマリーは聞いた。
カレンは恐縮していたが暫し思案した後「じゃあ」と、遠慮がちに顔を上げた。
「先日着させて頂いたドレスが欲しいです」
言った後、意味深な視線をグレンに向けた。何の話か分からないグレンは眉を顰めている。
「私のポテンシャルを見せてあげるわ!!」
「お、おぉう……」
何故かドヤ顔のカレンに、グレンは何とも言えない顔をしていた。
グレンは意外と、尻に敷かれるタイプなのかもしれなかった。
お読み頂きありがとうございました。




