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病弱令嬢は歴史を学ぶ

旦那様であるフィリクスと家令のイーサンが屋敷に戻って来たのは、マリーが屋敷に来てから三日後のことだった。


その間にマリーの部屋の窓ガラスは新しい物になり、賊が侵入するなどの事件も起こっていない。

もしかしたらマリーに知らされていないだけかもしれないが、公爵家の使用人は皆優しく平和に過ごしていた。




「お帰りなさいませ」


旦那様がお戻りになったとカレンから伝えられ、マリーも使用人たちと共に出迎える。



この方が旦那様。



「心配かけたな」


そう言って中性的な面立ちに黒髪に金色の瞳をしたフィリクスがその瞳で使用人たちを一瞥すると、その流れでマリーに目を留めた。


黒髪は茉莉だった頃の日本人で見慣れていたが、金色の瞳を見たのは初めてだった。



見慣れていないだけでこんなにも異形に感じるものなのね。



それでも特に怖いという印象もなく挨拶しなければと一歩前に出たマリーを、フィリクスは何を言うでもなくじっと見つめている。


「あの……」と、マリーが口を開きかけたところでフィリクスは急に眉間にしわを寄せ、眉を顰めると手で口を押さえ俯いた。


「着替える」


フィリクスはそれだけ言うと、そそくさと二階の部屋へと向かってしまう。

声を掛けられることもなくその場に残され呆気にとられているマリーに、使用人たちも戸惑っているのか曖昧に視線を逸らされる。


「え……」



えっと……私たち結婚したのですよね。

しかもけっこう強引に。

挨拶もなしですか。

顔を見ているのも嫌ですか。

ああ、そうですか。

そんなの、こちらだって嫌ですよ。



カレンが盛り上がっていた所為で、マリーもその気になって旦那様と良い関係になれるかもしれない。などと、思っていたのが悔しくなった。



本当にどういうつもりで結婚したのか、理由くらい教えて欲しいものだわ!



それでも挨拶はするべきかとマリーが迷っていると、フィリクスの後ろに控えていた体躯のがっしりとした男性がマリーに声を掛けた。


「奥様。挨拶が遅くなってしまい申し訳ございません。クリスフォード公爵家の家令を務めております、イーサンと申します」


ぴっと、腰を折り挨拶したイーサンは、マリーよりも頭二個分、いや三個分くらい背が高かった。

思わず彼を見上げると、マリーの口はぽかんと開いてしまう。

およそ淑女らしくないが、それだけ彼の頭は高い位置にあった。



お父様の言っていた公爵家の執事って、このイーサンの事かしら。

だとしたら、怖いというのも分からなくはないわね。



服を着ていても筋肉がついていることが分かる体躯に、切れ長の三白眼が冷たい印象を与えている厳つい顔。何より醸し出している空気感が怖い。



別に、睨まれている訳ではない……のよね。ね?



イーサンは家令というより、用心棒といわれた方がしっくりくる男だった。


「マリー……マクシミリアン……です。宜しくお願い致します。事故に合われたそうですが、大事に至らず安心致しました」


どちらの家名を言うべきか迷って口籠ってしまい少し赤くなるマリー。


しかしイーサンは特に気にする様子もない。


「ご心配お掛けして、申し訳ございませんでした。奥様にも早々に危険な目に合わせてしまったようで申し訳ございません。

早速ですが奥様、少しお時間を宜しいですか」


少しも申し訳ない感を出さずにそう言うと、マリーの返事を待つ事もなくイーサンはスタスタと歩いて行く。



この男の所為で、私はお父様に売られてしまったのかぁ。

まあ、逆らえない雰囲気があるけど……でも、娘の為に頑張ってくれても良いじゃない?



と、情けない気持ちでイーサンについていくと一つの部屋へと案内された。

中に入ると壁には肖像画が幾つも飾られている。

それは歴代当主のものと思われた。


「奥様におかれましては、当家の歴史から学んで頂きたいと思います。本当であれば輿入れの前には済ませておきたかったのですが、少々事情がありまして遅くなってしまいました。

恐らく奥様には我々に聞きたいことがお有りでしょうが、これからする話を聞いてからにして頂きたいと思います」


色々と聞きたくてうずうずしていたマリーに気づいていたのか、イーサンは釘を刺すようにそう言うと一番端の肖像画の前に立った。


「初代クリスフォード伯爵のセシル様と夫人のシズカ様の肖像画です。この頃はまだ伯爵でした」


銀髪に青い瞳をした男性と黒髪に金色の瞳をした女性が描かれている。


「このお二人はドラゴニアン王国出身ですが、シズカ様がこの国の建国の王の命をたまたま助けた縁で爵位を賜りトレイス王国に移り住みました」


「……ドラゴニアン王国」



今は共和国になっている。あの?

ていうか、たまたま助けるって、どんな状況です?



「あ、じゃあ、お二人は……」


「ドラゴニアン王国の魔導師団に所属していた魔導師でした。国王の命も魔法で助けた……と、されています」


「……されています?」


「実際には違いましたが、どちらでも結果は同じです。大差はないでしょう」


説明が面倒くさいと言わんばかりにイーサンはぞんざいに言う。



いや、大差はあるでしょう?!

歴史を学べって言ったのはそっちじゃないの。

どうせなら正しく教えて欲しいのだけど。



「まあ、そこはどうでも良いのです。それより重要なのはこれからです。

奥様はこのトレイス王国が三つの国が合併して成っていることはご存知ですか?」


「……はい」


かつてはそれぞれ独立した国だったが、この大陸の大半を締めていたアンドロワ帝国に敗れ属国にさせられていた。

それが再び独立することを許された。だが、元々それぞれが小国だった為に三国を統一して一国になることにした。


マリーでもそれくらいの歴史は学んでいる。

それの何が重要なのだろうと思いながらマリーは頷いた。


「元々は別の国だったのです。色々と問題が起こることを想定して、時の帝国の女帝陛下がトレイス王国として独立する際、クリスフォード伯爵を国の相談役にすることを提示したのです。まあ……要するに監視役ですね」


「相談役?……伯爵はすごい信用されていたのですね」



ドラゴニアン王国とアンドロワ帝国なんて接点がないだろうに。



「伯爵よりは夫人の方が……シズカ様と女帝陛下は友人関係でしたから。まあ、伯爵も皇配陛下の元上司でしたけど。そこはどうでも良いです」



いや、だから良くないって!

何でそんなさらっと流した??

すごっ!伯爵も夫人もすごっ!!

これは、あれか。

これが政略結婚というものか!

接点のないドラゴニアン王国とアンドロワ帝国だもの、恋愛結婚ってことはないよね!



そこまで考えてマリーは、はっとした。

口調が最近はどうも茉莉っぽくなってしまうのだ。表には出ていないとは思うが、ちょっと反省した。


「そんな訳で、その監視役という立ち位置は現在も続いているのです」


「……え、監視役?」


少し意識を別の所に飛ばしていたマリーは聞き返す。


「クリスフォードの家門はトレイス王国の暗部組織です」


事も無げにイーサンが言うのでマリーは聞き逃しそうになる。


「あ、あんぶ?……あ!だからこの間みたいに賊が侵入してきたり、侍女が強いとか……?」


「あ、奥様が襲われたのは別件です」



違うんかいっ!!



「どちらにしてもこの公爵家において、奥様という立ち位置は旦那様の弱味になりますから、関係なくはないですが……」


その後もイーサンは暗部以外の公爵家の事業の話や、どの当主の時に王女が降嫁されて陞爵したとか語っていたが、マリーの頭の中は「どうやらこの家は本当に危険らしい」と、いうことでいっぱいだった。


「……奥様。聞いていますか?」


途中から上の空になっていたことに気づいていたらしい。イーサンが眉を顰めている。


「き、聞いています。環境に配慮したエネルギー資源の研究をしているのですよね」


微生物という小さな生き物から石炭で得られるのと同等のエネルギーを作り出すというもの。

これは公爵家に入る前に、なんとか事前に仕入れた公爵家の事業の情報だ。


「……そうです。初代当主の時点で既にエネルギー資源の研究は商品化するまでにはなっていました。

その燃料を使った機械を作る構想も。ですが、それを良く思わない家がある為、それを流通させるまでには至っておりません」


「良く思わない?」


そのエネルギーから作られるのは、燃料と食料だったはず。原材料は安価だという。石炭と同じように使えるのであれば石炭よりも安価で国民が利用出来るはず。



良い事しかないと思うのだけど。


それに噂では公爵が利益を出すために高値を付けているせいで商品化したのにまったく出回っていないということだけど?


あれ?ちょっと、待って?



――――石炭より安価?



「……タッセル公爵」


この国の三大公爵のうちの一つ。

その広い領地に多くの鉱脈を持ち、そこから採掘される石炭と鉱物で領地経営しているタッセル公爵家。


「頭は悪くないようで安心致しました」


イーサンの口角が上がった。



あら、これは笑っているのかしら?

目は笑っていないけど。

というか、私は今、馬鹿にされたのかしら??



「初代国王はこちらに恩義があったこともあり、商品を流通させることを簡単に認めて下さったのですが、次の代で領地を通る為の関税がウチだけ倍になるという圧力がかかりました。

高価になってしまっては本末転倒ですからね。流通しているのは、所領と関税の掛からない近隣だけです」


「え、そんな馬鹿な」



この噂は嘘だったなんて。



関税に関してはその土地の領主が決めている。

だけど、その金額は一律で、個人的に変わるものではないはずだ。


「タッセル公爵家の領地経営が下火になることで、クリスフォード公爵家がますます力を持つことを王家としても良く思わないのでしょう。力にかたよりが出来てしまいますからね。

大人しく暗部だけに徹しろ。ということでしょう」


「え、そんな馬鹿な」


王家の暗部組織なのに何故そんなぞんざいな扱いをされるのか理解出来ない。


「人間とはなんとも面妖な生き物ですね。なんでも派閥というものが存在するそうです」


イーサンの物言いに違和感を覚えたマリーだったが、この国に派閥があることくらいは知っている。

タッセル公爵は王族派。もう一つの公爵家イオリア公爵が貴族派。クリスフォード公爵は中立派。

因みにマクシミリアンは中立派だ。


イーサンは無表情のまま肩をすくめ頭を横に振る。


「シズカ様は言っておりました。クリスフォードの家門はどちらかにかたよってはいけない。と。均衡を保つ役割なのだと。

王家はそんな我々に恐れを抱いているのでしょうね。たとえ王家であっても我々は手を抜きませんから」



ん?クリスフォードは王家の暗部組織ではないの?



「誤解があるといけませんから、もう一度言います。クリスフォードの家門はトレイス王国の暗部組織です。王家といえど国にとって罪悪であれば精査し処分します」


マリーの疑問が表情に出ていたらしい。イーサンがそれに応えるように言った。


「それは、不敬にはならないの?」


イーサンは事も無げに言っているが、内容としては過激だ。下手をすれば反逆罪。

普通なら今の台詞を聞かれただけで罰されそうな気がする。


「王家も当家にも女帝陛下との誓約が存在しますから。いかに王家といえど当家を無下にすることは出来ないのです。反故すれば王家は帝国を敵にまわすことになります」


その場合、クリスフォードは帝国側につきます。と、イーサンは悪そうな笑みを浮かべる。



うーん。王家に嫌われるのが分かる気がするわ。

正しい事をしているはずなんだろうけど、何故かしら。

イーサンの雰囲気がこちらが悪者のように感じさせるのよね。



すぐに無表情に戻った強面のイーサンを見てマリーは思った。


損するタイプの人だわ。と。

お読み頂きありがとう御座いました。

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