病弱令嬢、涙する
宜しくお願いしますm(_ _)m
謁見の間は、暫し静寂に包まれた。いや、一瞬だったかもしれない。
曲がりなりにも、己の侍女であるカレンのやらかしに、マリーは恐る恐る玉座を振り返りセドリックの顔色をうかがった。すると、突如セドリックが弾ける様に笑い出したのだ。
「あっはっはっはっ!!逃げられちゃったねぇ……どうする、兄上?」
何がそこまで面白いのか知らないが、セドリックは目尻の涙を指で拭いながら、グレンもといグリンバルを見た。
「お前が変な事を言うからだろっ!ものには順序ってものがあるんだ!それを、こんな……」
顔を赤くさせたグリンバルがセドリックにかみつく。
「どうでもいいけど、追いかけなくて良いのか?」
本当にどうでも良さそうにフィリクスが言う。
「何で、俺が……」
グリンバルは、威嚇するように歯茎を剥き出しにしてセドリックとフィリクスを交互に睨みつけた。
「そうやって睨みつけてても、多分カレンは戻って来ないと思うぞ?もしかしたら、もう屋敷にも戻って来ないかも……」
冗談ぽくも脅しめいた台詞に、マリーの方がぎょっとする。
「えっ、カレンが何処かへ行ってしまうの?!」
「何で君が反応するの」
何故だかフィリクスが不満そうに口を尖らせた。
しかし、グリンバルの方がマリーを上回る反応みせていた。フィリクスが言うが早いか、駆け出していたのだ。
マリーが「あっ」と言った時には、既に部屋を飛び出していた。ばたんっ!と、勢いよく開いた扉が、ぱたんと静かに閉まるのを間抜け面で見届けるので精一杯であった。
「……こうでもしないと、何もせずにいるくせにねぇ……弟の心、兄知らずとはよくいったもんだ」
マリーは間抜け面を慌てて取り繕い、セドリックを振り返った。
そんな言葉は初めて聞いたが、セドリックは一仕事終えた様子で「ふぅ」と、椅子に座り直し、「ところで」と、切り出した。
「本当に兄上とカレンは想い合ってるってことで良かったんだよね?」
セドリックのフィリクスを見る表情からは、半信半疑であることが否めない。
「あー、仲は良かったよ。ね?」
突然「ね」と、同意を求められて、マリーは困った。
確かに二人が戯れている姿はよく見ていたが、それが仲が良いからかと問われたら、それは分からない。
「確かに……グレンがいなくなってから、カレンが寂しそうに見えましたけど……」
「けど?」
「カレンてばいつも、その……グレンを捕まえて、その……羽交い締めしたり、してたんですよ?」
内容が内容だけにセドリックを気遣って、こそっとフィリクスに耳打ちした。首を絞めていた事は伏せておく。
「うん。グレンが本気だったら、絶対につかまらないよね。グレンのやつ、よっぽどかまって欲しかったんだろうな」
「かまって……グレンてば、いつも悪態ついてたと思いますけど?」
「うん、だからさ……素直じゃないんだよね。俺には考えられないことけど。嘘でもマリーにそんなこと出来ない」
グレンの態度の悪さは、カレンだけでなくマリーに対してもだった。
カレンにかまって欲しくて、私にも態度が悪かったということ?
そうかしら。と、マリーは小首をかしげた。
そう言われたら、そうかもしれないと思えなくもない。
いや、そうか??
やはり、こじつけのようにしか思えない。だがフィリクスの言うように、確かに「好きな子に意地悪する」は、男子の常套かもしれない……
――――が。
マリーは眉を顰めた。
「それ……嫌われていないかしら?」
「誰に?」
「カレンに」
フィリクスが「え」と、目を丸くする。そんな事は考えたこともないといった表情だ。
そんな男子は「好きな子から嫌われる」と、いうのも常套である。グレンがカレンに好意を寄せていた。と、いうところは百歩譲ってそうだったとしても、ではカレンはどうだろう。と、いったところだ。
今回の件は、カレンにとってはただただ迷惑な話かもしれなかった。
今度はしっかりと、謁見の間に暫しの静寂が訪れた。
「……フィー?」
セドリックが批難するように、じっとりとした目をフィリクスに送る。
「まあ、物事はなるようにしかならない。グレンがどうにかするだろ」
しかし、当のフィリクスは慌てる風もなく、どこ吹く風だった。尤もそうに言い放つ。
もしかしたら、今迄通りに過ごしていたら自然とそういう流れになったかもしれないのに、それが今回の事で壊れたらどうするのだろう。
そもそも―――……
「夫人?……大丈夫かい?」
考え事をしていたせいか、放心状態に見えたのだろう。セドリックがマリーを気遣った。
「あ……はい。ただ、その……グレンの正体に、びっくりしてしまっていて……まさか、殿下のお兄様だったなんて……」
「極秘中の極秘事項だったものだからね。驚かせてすまない」
殿下のお兄様も殿下なのだが。
しかし、顔は似ているとはいえグリンバルは小柄で、どうにも「兄」ということがピンとこない。むしろ「弟」と言われた方がしっくりくる。
……あれ?
ちょっと、待って?
マリーは不敬にもかかわらず、セドリックを見つめた。それに対してフィリクスが横で騒いでいるようだが、それはこの際ほうっておく。
「……お兄様?グレンが?確か、グレンは……二十歳だと言っていたような……」
以前、年齢を聞いた時から一年も経過していない。
そして、セドリック殿下は……
「私は二十四歳だよ」
マリーの呟きを拾い上げ、セドリックがにっこりと微笑む。
そうなのだ。
そして因みにフィリクスとセドリックは同い年だ。
「そうか……でも、間違いなく彼は一つ年上だよ。兄上がそう言った意図は定かではないが、嘘をついたことは、どうか許してあげて欲しい」
「いえ、私の聞き間違えかもしれませ……んっ?!」
「マリー可哀想に、嘘つかれたんだね。でも、あいつは二十歳になる前から二十歳だって言ってた、ただの大嘘つきだから気にしちゃ駄目だよ?」
フィリクスがここぞとばかりにマリーの頭を抱え込み、よしよしと撫で回す。ここでフィリクスは、マリーの視線をセドリックから外すことに成功したのである。
「フィー、君って本当にブレがないよね」
セドリックの乾いた笑いが聞こえ、マリーは慌ててフィリクスの「よしよし」から逃れた。
フィリクスにぐしゃぐしゃにされたであろう頭を勘で整える。セドリックの可哀想なものを見る視線が痛い。
「あの、グレ……グリンバル殿下には、今迄通りグレンとして公爵家にいてもらうのは駄目なのでしょうか?そうすれば、カレンもいますし……カレンが……であればですけど、一緒になることも自然なのではないでしょうか」
「つまり、兄上は爵位に値しないと?」
「っ、そういうわけではっ!」
しまった。和やかな雰囲気に調子に乗って、つい踏み込んだことを言ってしまった。
マリーは慌てて頭を下げた。
「リック!マリーにそんな言い方しなくても良いだろ?!」
「……君は、もう少し夫人を見倣ってくれないか」
噛み付くフィリクスに、セドリックも「もう、何もいえねぇ」と、いった呆れた表情で返した。
「夫人。怒っているわけではないので、頭を上げて?」
セドリックに優しく言われ、恐る恐る顔を上げると、思いの外困ったような表情で微笑んでいたセドリックにどきっとした。
「私はね、ただ……兄上に、幸せになって欲しいだけなんだよ」
「はぁ……」
諭すように優しく言うセドリックに、マリーは尤もらしく頷く。
しかし、それはそうだろう。誰でも家族の幸せを願うに違いない。
だけれども、今まで陰にいた者が急に表に出られるだろうか。しかも地位のある立場にだ。
死んだと思われた人間が、実は生きていましたと言われても、それで他の貴族達が納得するとも思えない。
この時のマリーが微妙な顔をしていたせいだろうか。セドリックが力なく笑った。
「夫人は……兄上が、何故あんなにも小柄なのか分かりますか?」
「………」
そんなこと、考えた事もなかった。
セドリックの唐突な質問に、咄嗟に言葉が出ない。
体格の差は、たとえ兄弟であってもあると思う。グレンとして出会った時、子供のように小柄だなという印象を受けたのは確かだが、それだけでそれ以降気にしたことはなかった。
「それはね、満足な食事が与えられなかったからだよ」
マリーの返事を待たず、事も無げにセドリックが言った言葉をマリーは声を出さずに反芻した。
そうだった。
聞いた話では王妃が毒を盛ったとか盛らなかったとかそういう事だった。
ならば、食事を与えない事も大いに有り得る。
「彼女は、始めは『慈悲の女神』を印象付ける為だけに、生かしておいたんだろうね……それが、自分が生まれて、顔立ちが似ているとなったら、周りがスペアとして育てようという空気になった」
遠い目をして語るセドリックは、その辛そうな表情から懺悔しているように感じられた。
「彼女は、それが気に入らなかったのだろうねぇ……スペアとはいえ、王族として教育するということが」
信じられない。
確かに不貞は良くない。それはそうだ。でも、綺麗事かもしれないが、生まれて来た子供に罪はないはずだ。
「たまに、まともに出していたらしい食事に薬を盛っていたらしい。一度生死を彷徨う事態に陥ったんだ。それ以降、何を食べても吐き戻してしまうようになってね……」
「あー……そういえば、ウチに来てから普通に食事が取れるようになるまで結構時間が掛かってたなぁ」
フィリクスが懐かしそうに目を細めて頷いた。
「でも、あの時っていくつくらいだったっけ?十五くらいにはなってたか?とにかく、成長期にそんなだったから、結局背は伸びなかったんだよな」
あの時、グレンは何と言ってたかしら……
彼の頭巾を取ろうとした、あの時。
以前、ふざけて彼の頭巾を取ろうとした時の事を思い出した。マリーの胸に熱いものが込み上げてくる。
そうか、だから―――
目を見開いていないと何かが溢れそうで、マリーはぐっと目尻に力を込めた。
不意に幼い麻莉の記憶が脳裏をかすめる。
両親が亡くなってしまったこと。
叔母さんに意地悪されたこと……
確かに辛かった記憶だけれど、グリンバルの話を聞いた後では、どれも些末な事のように感じられた。なにより、麻莉にはおじいちゃんがいた。そのお陰で、寂しく辛い時期はさほど長くなかった。
彼が彼として認識されない事が、彼の存在意義?
……だから、何歳なのかはどうでもいいと?
――――自分の存在を否定する事が、アイデンティティだなんて……!!
ここで憐れんで泣くのも違う気がするし、ましてやグリンバルの気持ちを理解出来るなんて思うのも烏滸がましいだろう。
でも、込み上げて来ちゃうんだもの!仕方ないじゃない!
溢れる前に乾いてしまえと思っていた涙は、呆気なく溢れ落ちた。
「ぁあっ!マリー!……くそっ、あいつ!マリーを泣かせやがってっ!!」
黙っていてくれればいいものを、フィリクスが目敏く気付き理不尽な理由で騒ぎ出した。
逆に、なんでこの人は平気でいられるんだ。と、思っているうちに、涙が引っ込んでいく。
「夫人。兄上の為に涙を流してくれてありがとう。……フィー、君と夫人が一緒にいると、会話も落ち着いて出来ないな」
ほんと、それです殿下!
しかしながら、そのお陰でマリーの気持ちも落ち着いていた。
「それで、なんだったかな……そうそう、だから兄上には、私の出来る全てをもってして幸せにしたいと思っていたのだが……何が一番良いのか、正直なところ迷っていてね」
「あいつは馬鹿じゃない。何の為に父が連れ回していたかくらい理解しているだろ。だいたい、リックには何の非もないんだから、本人がやりたいようにしたら良いだけだろ?ずっと、そう言っているのに……」
「彼の悪夢を作ってしまったのは、私がきっかけだ!」
フィリクスが不満そうに腕を組む。
急に大きな声を出したセドリックに、マリーはびくっと肩を震わせた。それに気付いたセドリックが「すまない」と、直ぐに作り笑顔を張り付ける。
「あの頃は……本当に彼女が女神だと信じていたんだ……愚かだよな」
「ははっ」と、セドリックが自分自身に向けて嘲笑した。彼女とは、母親である王妃のことなのだろうが。
母親を「彼女」だなんて……
セドリックの言った「彼女」と、いう単語が、全くの他人に向けて言っているように感じられて、マリーの胸はしめつけられた。
「私……グレンには幸せになってもらいたいです!」
「ありがとう」
「でも……殿下にも、幸せになってもらいたいです」
セドリックが目をぱちくりさせてマリーを見つめ、そして弾けるように笑い出した。
「ははっ!『立派な王になれ』とは、よく言われて来たが『幸せになって』とは、初めて言われたな!」
笑い過ぎて目元を拭うセドリックに、今度はマリーが目をぱちくりさせた。
何か、おかしかったかしら??
セドリックがそこまで自分に非があると思っている理由は分からないが、きっとグリンバルの件がある限り、セドリックの胸のつかえは取れない。二人にとって何が幸せなのかも分からないが、今のままではどちらも幸せでない事は確かだ。
「それは、マリーではない!!」
「はっ、何?何が??」
急にセドリックに立ちはだかるように、フィリクスがマリーの前に出た。
「リックを幸せにするのは、マリーではないっ!!」
「ぷはっ!!そんなこと、分かってるよ!本当に、ブレないねぇ!!」
遂にセドリックは腹を抱えて笑い出した。
次期国王の笑い声は、廊下まで響いていたという。
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