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病弱な令嬢は公爵家で暴れる  作者: 珠音


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病弱令嬢、煙に巻かれる

前半、少しだけメイメイとイーサンの場面です。


宜しくお願いします。

白猫は、ぼんやりと部屋に飾られている肖像画を眺めていた。

歴代の当主の肖像画や写真が飾られている部屋。

何もすることがない時は、何となく訪れてしまう場所である。


人間は忘却という術を持ち合わせている。しかし、何千年という時を生きる化け物は、記憶の全てを鮮明に覚えていた。


生の短い生き物より長い方が過去の記憶に囚われるなど何と滑稽な話か。


「良かったのですか、母さん」


「……何がじゃ」


不意に現れた自分以外の気配に驚くことなく、白猫姿のメイメイは返した。


「もちろん、今回の件です。私が何も知らないとお思いですか。今までタッセルの悪事の証拠を、あと一歩というところで握り潰していたのは……母さんですよね?」


己の容姿を変え、人間を魅了することも出来るメイメイにとって、何らかの証拠を集めるなど赤子の腕を捻るより容易い。

それが叶わないということは、そういうことだ。

メイメイは何も答えない。ただ正面を見つめていた。


「玩具がなくなってしまって……良かったのですか?」


「ふぉっふぉ。何十年と見て来たが……奴らは、やる事が単調過ぎるからのぉ……つまらなくなったんじゃ……何じゃ、その目は」


イーサンは態と欠伸をしたメイメイを、じっとりとした目で見つめていた。


「いえ……マリー様は、シズカ様ではありませんよ、と」


「そんな事は分かっとるわい!」


そうは言いながらも「シズカと何となく魂が似ている」マリーの存在を知ったメイメイが心躍らせていた事も、全くの別人であると知った後も仄かな期待を抱いていた事もイーサンは知っている。


「では、今回タッセルに鉄槌を下したのは、単純にお払い箱だから。と、いうことですか」


「他に何があるんじゃ」


「……マリー様に害が及ぶのを避けたのかと」


「そんなつまらん理由なわけがなかろう!……まあ、マリーを殺す手間が省けたのは間違いないがな」


メイメイが態と意地悪そうに言うのと、部屋の扉が開くのは同時だった。

はっ、とメイメイがそちらに目を向けると、驚愕の表情でこちらを見つめるマリーの姿があった。



今、自分は何を言っていただろうか。



メイメイは頭をフル回転させたが、マリーの表情を見るに、何かを勘違いしているのは間違いなさそうであった。

イーサンを見れば、何事も無かったかのような涼しい顔をしている。



こやつ……マリーがいることに気付いておったな。



さりとて、メイメイが気付けぬはずもない状況であった事は事実。


「ふぉっふぉ……平和ボケしたものよのぉ」


ここで誤解を解こうとしないところが、メイメイの悪いところだ。

動けないでいるマリーの足元をするりと抜け、メイメイは部屋から出て行った。







マリーは思考を停止させた状態で、メイメイが足元をすり抜けて行くのを見送っていた。


「奥様。どうかされましたか?」


イーサンに問われ、マリーは我に返る。


「どうって、その……」


聞き間違いかもしれないし、今しがた聞いてしまったことを問い詰めるべきだろうか。

すっかり忘れて、何なら無かったことになってしまいつつあったが、以前にも同じような言葉を聞いていた。



あの時は、旦那様とイーサンの会話だったけど……



まさかここにきて、またそんな話を聞くことになるとは思わなかった。



まったく心当たりがないけれど、そんなに私って邪魔な存在なの?



何だかんだ言いながら、メイメイはマリーに優しかったように思う。しかしそれは純粋な優しさではなく、自分を信用させるための嘘だった可能性が出て来た。そう思うと、マリーの心は痛む。


「カレン。申し訳ありませんが、これをヨーゼフに渡して来てくれませんか?」


「え……ヨーゼフ、ですか?」


マリーが言葉に詰まっていると、唐突にイーサンが懐から四つ折りに畳まれた紙を取り出した。

カレンも突然のお使いに戸惑った様子だったが、マリーが頷くと渋々といった表情でイーサンから紙を受け取った。


「奥様は、シズカ様とはお知り合いだそうですね」


カレンが部屋から出て行くのを見計らって、イーサンが口を開く。

急に何の話をはじめるのか。マリーは出鼻をくじかれる形で、思わず部屋に飾られている初代当主の家族写真に目を向けた。


「そこに写っている女性と、私の知っている静加さんが同一人物かどうかはわからないけど」


何で、そんな事を聞くのか。

急に話を振られ、話を聞かれた事を誤魔化そうとしているのかと、マリーは戸惑う。



それって、やっぱり私に聞かれると不味い話をしていたってことよね。



記憶を思い出した頃は鮮明だった茉莉の記憶も、今は朧気になりつつある。それでも、写真の女性を見ると懐かしさが込み上げてくるのは事実だった。


「この少年は、イーサン?」


「まあ……そういう事になりますね」


話の意図が分からず、マリーは写真の中に写っている少年を指さした。

少年は仏頂面とも取れる愛想のない表情で写真の端に写っていた。更に、その少年の隣に立つ男性はイーサンと雰囲気が似ている。


「じゃあ、この人がイーサンのお父様?」


「まあ……そういう事になりますね」


イーサンの腹を探るように、無難な質問を繰り返す。イーサンもまた、無難な返事を返した。

目の前にいるイーサンと見比べると、少年の頃よりも今の方が父親に似ている気がする。


「そっか、この人が……えっ、ちょっと待って、ということは……」


「……何でしょう?」


ふと、ある事に気付いたマリーは、イーサンを見上げまじまじと見つめた。


「この人が、メイメイの旦那様??」


「まあ……そういう事になりますね」


イーサンの腹を探るつもりであったマリーは、今更ながら当たり前の事に気付き、写真の男性を食い入るように見つめた。


「ほぁ〜、この人がメイメイの好きな人なのね。魔物と人間の恋かぁ……」


当然、イーサンの父親は他界しているはず。

人種を越えた恋愛。

きっとそこには、数々の障害があったはずだ。それを乗り越え、結ばれた二人。

残念ながら、生涯を共にすることは叶わない。ならば、せめて愛した男の子供を、とメイメイは願ったに違いない。


「なんて……なんて、切ないの……」


そんなメイメイを思うと、ほろりと涙が出そうになる。

しかし、次の瞬間。イーサンが、目頭を熱くさせているマリーの思いを打ち砕いた。


「好き……だったか、どうかは分かりません。何しろ、私を生んだ理由が『シズカばっかり、ずるい』というものでしたから、人間で言うところの恋愛感情が存在したかは難しいところです」


「……は??」


イーサンの言っている意味が分からなくて、マリーの目は点になった。


聞けば、シズカの子供の子守を押し付けられる事にうんざりしたメイメイが「じゃあ、自分も子供を生めばシズカに押し付けられる」と、考えた結果らしい。

しかしながら、メイメイが妊娠することに成功し無事にイーサンを出産したものの、子守する子供の人数が増えただけだったというから、結局メイメイが何をしたかったのかよく分からない結果となった。


「しかも父は、母から強引に子種を搾り取られたと言っていましたし……」


「……最低」


私の感動の涙を返せ。

そんな訳の分からない理由で子供を生むなんて。知能がある魔物とはいえ、やはり人間と感覚が違うのだろうか。

それに、子供がかわいそうだ。

マリーは、ちらっとイーサンを窺った。


「……もしかして、私のことを『可哀想』だとか思っています?」


マリーが、ぎくっ。と、顔を強張らせた。それが答えである。


「確かに、私は人間の中で、人間として育ちましたから……子供の頃は自分の存在も、その存在理由も受け入れ難いものでした」


自分が生まれた理由が「嫌がらせする為」だと言われたら、それはへこむに違いない。


しかし、イーサンは成人を迎えた辺りから容姿の成長が遅くなり、今の姿以降は変化がなくなった。

何十年と歳を重ねても老いることがない。

どんなに否定しても、自分が化け物であることを自覚せざるを得なかった。


「馬鹿馬鹿しい理由でこの世に誕生したわけですけども、何を言ってももう存在してしまっていますのでね。今はそれなりに楽しんでいます」


イーサンは相変わらず何を考えているのか分からない表情だったが、遠くを見つめているようにも見える。この長い歳月に、喜怒哀楽は学んで来なかったのだろうか。


いや、寧ろ喜怒哀楽がない方が楽だったのか。



……それは、それで切ない。



などと思いながらマリーが黙っていると、思い掛けず自分語りをしてしまった事が恥ずかしくなったのか、イーサンが目を伏せて咳払いをした。



おおっ!イーサンが照れているっ?!



無表情だが、照れているように見えなくもない。分かりづらいが、きっとそうだ。


「と、まあ、そんなわけで。母にとって、シズカ様は特別な人間だったのです」


そんなわけとは、どんなわけだ。今の話のどこに特別感があったのか。

マリーはイーサンの話を反芻してみたが、どう思い返しても「メイメイが静加の真似をして子供を生んでみた」以上の話は出て来なかった。


「かくいう私も、今ではシズカ様には感謝しているのですよ。父となるイーチェンを母と引き合わせてくれたのですから」


「そうだったんだ。静加さんが……」


「シズカ様が強引にこの国に連れて来てくれなければ、父は死刑で死んでいましたので私が生まれることもなかったでしょう」


「はっ?死刑?」


「父は隣の帝国の出身で、国家反逆罪で死刑が確定している罪人でしたので。そこを、シズカ様が国外追放に刑を変えてもらって、自分の屋敷に置いてくださったということです」


「ぇっ、刑を変え……?えっ、そんなことっ……ぇっ、静加さんて……何者?!」


「時の皇帝と友人でしたから」


「ユ、ユウジン……デスカ」


マリーは耳を疑った。想像以上に壮大な話ではないか。

やはり茉莉の知る静加ではなく、ただの同名。他人の空似か。と、思ったが、茉莉の記憶にある静加も豪胆な女性であった。そもそも、魔物であるメイメイとの接点は何だったのだろう。


「母はきっと、面白い玩具を見付けた感覚でシズカ様に近付いたのだと思いますけど……そういうところも、想定以上に母と気が合ってしまったのでしょうね」


「そ、そうよ……そもそも、何で人間である静加さんが、メイメイと一緒に……?」


「まあ。それを話すと長くなりますので割愛させて頂きます。そんなわけで、シズカ様は母の数少ない人間の友人だったのです」


「ユ、ユウジン……デスカ」


どんな理由があれば、魔物と人間が友人になるのだろう。こうなると、静加が人間ではなかったのではないかと思えてくる。


「少なくとも……シズカ様が亡くなって、向こう十年。シズカ様の姿を模して暮らすくらいには、母にとって特別な存在でした」


「………」



どういう意味だろう。

メイメイは静加さんの格好をして周囲を驚かせていたことはあったみたいだけど、それがなんで特別……?



マリーの疑問を察したのか、イーサンが「ふっ」と、片方の口角を上げた。


「奥様は、母が何故この地を離れないと思いますか?」


「えっ……」


マリーは首を傾げた。

そんな事は考えた事もない。ただの気紛れではないのか。


「えっと……イーサンの、為かしら?」


メイメイならば、何処に行っても適当な人間に化ければそれで済む気がする。

しかし、歳を重ねても姿の変わらないイーサンはどうだろう。少なくとも、定住するのは難しいはず。隠れ蓑となる場所が必要ではないだろうか。


「私の……?そうですね。この地を離れたら、私が生きて行くのは難しい……」


マリーの返しに、イーサンは「ふむ」と、考える素振りを一瞬みせたが、言い切った。


「……とは、思いませんが」


「思わないんだっ?!」


「確かに事情を知る人間がいるのは都合が良いですが……人間とは違い、私の身体は頑丈に出来ているようなので、いざとなればたとえ密林の中でも生活はしていけます」


「……は、はは。そっか」


都合が良いとか悪いとか。そこに寂しさとかはないのかとか。色々とつっこみたいところはあったが、マリーから出たのは乾いた笑いだった。


「そうではなく……母がここに留まる理由の一つは、シズカ様との約束があるからです」


静加は今際の際に「子孫を見守って欲しい」と、メイメイに遺言を残したらしい。

それを律儀に守っているというのだから、なんと人の良い魔物だろう。


「そうだったんだ……あ、でも『一つ』ということは、まだあるの?」


「ええ……ただ、これは私の推測なのですが。母はシズカ様の魂の輪廻を待っているのだと思います」


人は亡くなると魂だけが身体から抜け、再び別の生を受けるとされている。

しかし同じ地に生まれ落ちることは、そうそうないらしい。生まれたところで、普通は誰の魂だったかなど区別がつくものではない。

それでも魂を嗅ぎ分けられるメイメイは、待っているのだとイーサンは言う。

マリーも輪廻については心当たりはあるので何も言うことはないが、いつどこに誕生するか分からない魂を待つメイメイの気持ちは計り知れない。


「ですから、奥様が心配するようなことは何もございませんから、ご安心下さい」


「……うん?」


その『ですから』は、どこから来て、何を指しているのか。そもそも、何の話をしていたのだったか。

煙に巻かれているようで、マリーの眉間にしわが寄る。


「あの……」


マリーが口を開こうとした時、ばたばたと廊下の方から足音が近付いて来た。


「奥様ーっ!!」


そして、ばーん!と、部屋の扉を開き、カレンが飛び込んで来た。その手には、何故か小さな植木鉢。


「奥様、見て下さい!芽が!……こんなに大きく!ほら!」


驚いてぽかんとしているマリーの顔に、カレンはぐいぐいと植木鉢を近付けてくる。


「あ、ああ、うん……本当ね」


若干引き気味に後退りながら、マリーはその植木鉢を見た。

以前、マリー専用に花壇を作ってもらった。色んな花が芽吹き、今では随分と成長している。その際に間引いた芽を、カレンが引き取って植えたのがこの植木鉢だった。

カレンの言うように、確かに植木鉢の植物も花壇のものと同じくらいに成長していた。


「良かった……こんなに、ちゃんと……ぅうっ」


「へ、カレン。泣いてるの?」


嬉しいのは分かるが、泣くほどか。

マリーは戸惑ったが、泣いているのだからしかたない。よしよしとカレンの頭を撫でた。


「……ところで、奥様」


声を掛けられ、マリーが振り返る。

白けた顔をしたイーサンと目が合った。


「何をしに、こちらへ?」


「………」



えーと……そういえば、なんだったかしら??



「あっ!奥様。旦那様は花壇にいらっしゃいました!ヨーゼフの手伝いをされてましたよ」


フィリクスは、嬉々としてマリーの花壇の世話をしていたという。


数分前であれば、話を聞いて喜んで花壇に足を運んだであろう。

しかし今のマリーは、到底そんな気分にはなれなかった。





お読み頂き、ありがとうございました。

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