病弱令嬢、ノックを忘れる
いつもより文字数少なめですが宜しくお願いしますm(_ _)m
あの事件から一ヶ月が過ぎようとしている頃、マリーの周辺には穏やかな日常が訪れていた。
事が事だけに、次期国王の戴冠式も一ヶ月後に行われるというお触れが出て、今頃王城は準備にごった返していることだろうが。
それに伴いフィリクスも忙しくなるのかと思いきや、毎日屋敷にいる。いつ仕事をしているのか分からないほどマリーの側にいるのが日常となっていた。
そう、いつもの日常。
ただ一つ変わったことと言えば、屋敷からグレンの気配が消えたことくらいだった。
その事をフィリクスに尋ねると「他の男の事は気にしないで」と、答えにならない答えが返って来た。
カレンも知らないらしく、仕方なしにイーサンに尋ねてみれば「天国か地獄か……日頃の行いの成果が問われようとしているのかもしれません」と、これまた意味不明な答えが返って来た。
カレンは「彼が居ない方が空気が美味しい気がします」と、悪態をつきつつも、少し気が抜けた感じになっていた。きっと張り合いがなくなってしまったのだろう。
生活に支障はないとはいえ、マリーとしてもカレンとグレンの口喧嘩が聞けないのは寂しい感じがした。
と、まあ、そんなことより。
「これはちょっと……派手ではないでしょうか」
「そうかしら」
マリーに見せる為なのか、恥ずかしそうにカレンがドレスの裾を摘む。赤いドレスに身を包んだカレンの頬はドレスと同じ色に染め上がっていた。
恥ずかしそうだけど、でも嬉しそうね。良かったわ。
カレンは気恥ずかしそうにしながらも初めてのドレスが嬉しいのか、何度も鏡を覗き込んでいた。
マリーの頬も綻ぶ。
なぜ侍女であるカレンがドレスを試着しているのかというと。
今回の件の功労者としてフィリクスに報奨が与えられることになったのだが、マリーも一緒に王城から呼び出しを受けていた。
忙しい時期だけに大袈裟な褒章とかではないらしいのだが、夫婦で召喚されるのは不思議な事ではない。
だが、何故かそこにカレンも一緒に呼ばれたのだ。 驚きつつも、当然いつもの侍女服で参上しようとしたカレンだったが「使用人のカレンではなく、カレン個人に来て欲しいらしい。相応の服装はこちらで準備しよう」と、いうフィリクスの鶴の一声で今に至る。
「渋目の赤だし、そんなに派手な印象はないけど?」
どちらかと言えば、カレンはきりりとした美人系。シックな色合いが彼女の美しさを際立たせていた。
もしマリーが同じ物を着たら、ママのドレスを着てみた子供みたいで渋味が地味に見えそうだ。
「間違っても、ピンクではないわね……」
マリーでは着こなせない色合いに、思わず溜め息が出た。
ラックに目を向けると、ブティックから用意してもらった既製品のドレスが何着も掛かっている。カレンのイメージを伝えてあったからか、そこにピンクはなかった。
本当はオーダーメイドにしてあげたかったのだが、何せ時間がない。隣にいたブティックの店主も、カレンを見て笑顔で頷いていた。
「とてもお似合いですよ、カレンさん。では、こちらでよろしいですか?」
「え、これで決定ですか?!ちょっと、待って下さい」
「凄く似合ってるのに……」
「ありがとうございます。こんな素敵なドレス……着られただけで十分です」
カレンは伏し目がちにそう言うと、さっさとドレスを脱いでしまった。 結局、カレンが選んだのは侍女服と同じ色味の濃紺のドレスだった。
他のドレスも色々と試着してみたいのかと思ったら、袖を通すこともなく見た目だけで選んでいた。がーん。である。
「まあ……カレンがそれが良いと言うなら、仕方がないわね」
「やはり、この色味が一番落ち着くのです」
もっと、他のドレス姿も見てみたかったのだが本人が良いというものが良いに決まっている。
残念だが何はともあれ、マリーは立ち上がった。
「じゃ、旦那様に報告に行きましょう?」
「何故です??」
「カレンがどんなドレスを選んだか、気になっていると思うわ」
「一ミリも気になっていないと断言出来ますが?!」
「またまた〜」
昨日はマリーのドレス決めだった。
公爵夫人として恥ずかしくないようにと、その時にフィリクスは散々口を挟んできたのだ。きっと、同席するカレンの支度も気になっているに違いない。 マリーは、そう信じて疑わなかった。
「奥様だから、旦那様は口を挟んできただけなのに……」
「何か言った?」
「……いえ、何も」
マリーは「特に何も言われないと思いますけど……」と、ぶつぶつ呟くカレンを連れ立ってフィリクスの執務室を訪れた。
「旦那様……あら、いないわ」
ノックをしても返事はなく、そっと扉を開けると鍵は開いていたが、やはり誰もいなかった。
いつもなら探さなくともフィリクスから来てくれるというのに、今日はどうしてだか会いに来てくれない。
事前に、カレンの試着に付き合う事を伝えてあったから会いに来ないのも仕方ないのだが、何かしら胸騒ぎがした。
無性にフィリクスに会いたくなる。
きょろきょろと周りを見渡して、そして調度廊下を通りかかったメイドに目を留めた。メイドもマリーに気付き、頭を下げる。
「ねぇ、旦那様か……イーサンを見なかった?」
声を掛けられると思ってもいなかったメイドが慌てて頭を上げた。
「旦那様は……お見掛けしておりません。イーサンも……あっ、少し前になりますが、廊下で会いました。肖像画の間辺りだったと思います」
「肖像画の間ね。ありがとう」
フィリクスとイーサンは、きっと一緒にいるだろう。いなかったとしても、イーサンならばフィリクスが何処にいるか知っているはず。
マリーは、小走りで肖像画の間に向かった。
「今もいるかは分かりません」というメイドの声がマリーに届いたか否かは定かではない。
「……はっ、奥様。お待ち下さい〜!」
メイドと共に、きょとんとしてマリーの背中を眺めていたカレンは慌ててマリーを追う。
何故そんなに急いでいるのか分からずに、カレンは走った。
「待って……奥様、どちらに向かっているんですか〜?」
走りながらも、カレンには喋る余裕がある。圧倒的な体力の差で、あっという間にマリーはカレンに追いつかれてしまった。
「どこって……はぁ、肖像画の間の、……ふぅ、廊下よ……イーサンが、まだいるかも……」
膝に手を当て息を切らしているマリーに比べ、カレンはけろっとしていた。体力強化しようとしていたことを、すっかり忘れていた結果である。
しかし悲しいかな。
メイドの言っていた廊下には、イーサンはおろか人影すらなかった。
「はぁ……何処にいるのかしら」
「待って下さい、奥様。肖像画の間から話し声がします」
神はマリーを見捨てていなかったらしい。
部屋の中から聞こえたのは、イーサンらしき男性の声。
マリーはこの状況に既視感を覚えつつも、躊躇う事なく扉を開けた。
「……マリーを殺す手間が省けた……」
その声は、マリーが扉を開けるのと同時であった。
マリーの身体が驚きで固まる。
ノックはした方が良い。先日のジャクリーヌの一件で学ばなかったのか。マリーは悔やんだという。
いや、相手の本音が聞けて良かったと言うべきか。
部屋の中では相変わらずの無表情を装うイーサンと白猫が、驚きで固まっているマリーを見つめていた。
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