公爵家を取り巻く人々
マリーがセドリックやフィリクス相手に、なんやかんやしていた頃の庭の様子です。
後半は夜会事件の起こる前のお話です。
よろしくお願いしますm(_ _)m
綺麗に整えられた庭園。
植えられた背の高い木の上から、この屋敷の応接室はよく見える。
「中に入ればよろしいのに」
いつの間にか、ぼんやりとしていたようだ。
声を掛けられるまで気配に気付かなかった。
応接室では、この国の王子がこの屋敷の女主人と会話している。
そこから視線を外し声のした方へと目を向けると、木の根元から自分を見上げるヨーゼフが映った。
「……中にはイーサンもカレンもいる」
たとえ、屋敷の中にこの国の王子がいようとも、寄って集っていなくともいいだろう。ならば、外を監視した方が効率がいいというものだ。ぼんやりしてたけど。
「……そういう意味ではないのですが」
困ったようにヨーゼフが眉尻を下げた。
そういう意味ではないのだろうと思ったから、わざと誤魔化した。
「久しぶりだな、ヨーゼフ……すっかり庭師が板についてるじゃないか」
「……ええ、まあ。今では、すっかり草刈りが趣味、特技ですよ」
そう言って、ヨーゼフは手にしていた草刈り鎌を弄ぶ。
果たして。この男が庭師という立場で満足しているのかは分からない。だが、自分がこの男の人生を変えてしまった事実は覆らない。
久しぶりに会ったヨーゼフに対して、懐かしさもあったが同時に後ろめたさもあった。
何を話して良いか分からないなか、徐ろにヨーゼフが胸に手を当て、片膝を付いた。
「ですが私の忠誠は、今でもグリンバル殿下です……」
「よせ、グリンバルは死んだ。俺は……ただのグレン……グレンなんだよ」
ヨーゼフがそういう男だと知っているからこそ、庭師として雇われたのがヨーゼフだと知っても会わないようにしていたのに。
グレンは顔を歪ませた。
自分のような死人に忠誠を誓う必要などない。
この男は、命を狙われる身分の者に仕えたばかりに消されそうになったことを忘れたのか。
グレンは木の上から、かつての自分のたった一人の護衛騎士であったヨーゼフを睨み付けた。
ヨーゼフも負けじと、膝をついたままかつての主人に強い眼差しを向ける。
「どうして、大旦那様が私たちを匿ってくれたのか……旦那様が今、私をここに呼び寄せたのか……賢い貴方様であれば、お気付きなのではないですか?もう無駄に貴方様の命を狙う者はおりません。隠れている必要はないということです。……っ!!」
そこまで言って、ヨーゼフは表情を硬くさせた。さっと立ち上がり、庭園の端の茂みに意識を向けるヨーゼフ同様、グレンもそちらに意識を向けた。
ほぼ無意識のうちに、ヨーゼフが手にした草刈り鎌を茂みに向かって投げ付ける。同時に「ぎゃっ!!」と、悲鳴が上がった。茂みの奥で、がさがさと悶える様子があったが、直ぐに静かになった。
「……まだまだ騒がしいようだが?」
「おおかた自分の上司が捕まった事も知らされないような下っ端でしょう……まあ、そうでなくとも、クリスフォードの家門は恨みを買うことが多いですし、そもそも貴方様の正体は誰にもバレてないでしょうし……そうではなく!もう貴方様が誰かの護衛など……危険に身を投じる必要はないと言っているのです。私がここにいる理由は、そういうことです!」
国王の不貞によって誕生した男児はグリンバルと名付けられ、成人前に病死したと公表されている。だが、その真実は王妃による毒殺である。
しかし、生まれながらにして元王妃であるリリーに命を狙われていたグリンバルは、秘密裏にクリスフォード前公爵に匿われていた。と、いうのが、元王妃も知らない真実であった。
実際に毒を呷り死んだのは、直前ですり替わったグリンバルによく似た偽物だったのだが、王妃がそれを知る由もない。そのまま、グリンバルはグレンと名を変え、顔を隠してクリスフォード前公爵の庇護下に置かれた。
王妃は、グリンバルの護衛をしていたヨーゼフと、世話をしていた女中も一緒に消そうとしていたようだが、こちらも一足先にクリスフォード公爵領に逃げ込み難を逃れていた。
それが十年程前の出来事である。
その後、グリンバルはグレンとしてクリスフォード領で隠密としての訓練を施されが、実際に危険な任務には実は就いたことがない。
どうして前公爵がグリンバルを助けたのか、はっきりとした理由は聞かされてはいないが、グレンは何となく理解していた。
普通であれば、立場だけは第一王子のグリンバルを国王へと担ぎ上げる為だと思うが、クリスフォード公爵がそれをする理由はない。
恐らく、それを望んだのはセドリック。
リリーはグリンバルをセドリックから遠ざけるように離宮に押し込め、その存在を隠していた。しかし何の因果か、二人は偶然にも幼少の頃に出会ってしまっていた。
気付いた時には、既にセドリックがグリンバルに懐いていたという事実にリリーが焦り、結果、何度もグリンバルの暗殺を試みることとなる。
それを防いでいたのが、当時の護衛騎士ヨーゼフということである。
何も知らずにグリンバルを兄と慕っていたセドリックが、リリーの企みに気付いてクリスフォード公爵を頼ったのではないか。というのが、グレンの思うところであった。その後、セドリックと言葉を交わすことは一度もなかったので、本当のところは知らないが。
そして、今。その王妃は廃妃となり、幽閉されている。
ヨーゼフの視線から逃れる様に、グレンは屋敷の方へと視線を逸らした。
応接室ではいつの間にか紙袋を手にした女と白猫が乱入していた。見ている限りでは、とても中は騒がしくなっていると思われる。
「ああ……ジャクリーヌ様には、驚かされましたねぇ。随分とお美しくなられて……」
グレンの視線につられたのか、ヨーゼフも応接室の方を眺めていた。その口元は、笑いを堪えているようにも見える。
それにつられて、思わずグレンの口元にも笑みが溢れた。
「旦那様の嫉妬心もここまで来ると……はぁあっ?!」
同じように応接室を見ていたヨーゼフが目を見開き、突然大きい声を上げた。
「何だっ、曲者かっ?!」
特段、変化があったようには思えない。同じように見ていたのに、自分は何か見落としていたのか。グレンは、ヨーゼフと応接室とを交互に見る。
「あ、あれは……」
ヨーゼフが信じられないものを見るように、応接室を凝視していた。
何があるんだ。と、グレンも、じっと目を凝らす。
応接室では、白猫が小さな紙袋をテーブルに叩き付けているところだった。
「いつの間にか、私の部屋から無くなっていたと思ったら……」
「……は?」
「私の、とっておきだったのに……」
「……おい?」
ヨーゼフは心底悔しそうに歯噛みしている。
見れば、応接室では紙袋から取り出した物を皆で無心で食しているようではないか。そして、その紙袋は白猫が持って来た物のようだった。
グレンは、瞬時に色々と察した。
「殿下!私のおやつをメイメイさんから取り返して来て下さい!領を出る時に持って来た物なんです。王都では手に入らないのですよ!」
「いや、無理だろう」
グレンは、きっぱりと言ってのけた。
ヨーゼフは、よっぽど大事にしていたものだったのか目が本気だった。が、申し訳ないが取り返すのはもう無理だ。中身は既に無くなっていると思われる。
そもそも、メイメイに目を付けられた時点で、それはほぼ無理な話なのだ。
「メイメイは、じゃいあんだからな……」
グレンは木から下りると、しゅんとしているヨーゼフの肩を慰める様に叩いた。ヨーゼフは、小柄なグレンからすると二倍ほどはあろうかという体格なのだが、この時ばかりは小さく見えた。
因みに「じゃいあん」というのは、人の物と自分の物との区別がつかないような者や、我儘な者のことを指す。
他の領地では聞かないが、クリスフォード領ではそう言うのだ。方言のようなものかもしれない。
語源は分からないが、一説によれば、初代当主夫人のシズカが広めたとも言われている。
「それにしても、何を取られたんだ?」
こんなに気落ちしているのだ。さぞかし高価な物だったのだろう。グレンは問うた。
「アラレと煎餅です」
「………そうか。二つも」
グレンは多くを語らなかったという。
がっくりと肩を落としていたヨーゼフが、気を取り直すように息を吐くと顔を上げ動き出した。
メイメイに文句を言いにでも行くのかと思ったら、向かっているのは屋敷とは反対の方向だった。
「どこに行くんだ?」
「刈った草は処分致しませんと……」
「ああ、なるほど……って、立派な隠密に育ってんじゃねーよ」
グレンは何とも言えない気持ちのまま、ヨーゼフが向かって行く先を見つめた。
**【閑話】**
〜フィリクスがセドリックとの打ち合わせをすっぽかし、マリーに会いに帰って来た頃(18話前後……多分)のお話〜
「あら、セディ。偶然ねぇ。お久しぶりじゃない?」
セドリックは、王宮から王子宮へと向かう道すがら、廊下で会いたくない人と出会してしまった。
おかしいと思ったんだ。
大臣からの火急の呼び出し。しかし、行ってみれば、特に急ぎの要件などなかった。
自分で呼び出せばいいものを……
侍女を侍らせたリリーに道を塞がれ、セドリックは致し方なく微笑みを貼り付けた。
「お久しぶりです、王妃陛下」
「やだ。セディったら、ここには誰もいないのだから、お母さまと呼んでちょうだい?」
両手で口を押さえ、リリーが大袈裟に目を見開く。
年甲斐もなくカールさせた長い金髪をふわふわと腰までなびかせ、これまた年甲斐もなくフリルをふんだんにあしらったドレスを纏っているリリーを、冷めた目で見つめた。
「ん?」
黙っているセドリックの機嫌を伺うように、リリーがこてんと首を傾げた。思わずセドリックから失笑が漏れる。しかしリリーは、それとは気付かないのか、特に気にする様子もなく上目遣いにセドリックを見上げていた。
「いえ、お母さま……仕事がありますので、私はこれで」
「ぇえ〜。久しぶりなんだから、もう少しお話しましょうよぉ〜」
自分を引き留めて何が目的なんだ。
王子宮にはフィリクスを待たせてある。それを馬鹿正直に伝えることも出来ず、セドリックは微笑みを湛えたまま苛立ちを募らせた。
フィーのやつ、怒ってるだろうなぁ。
リリーはセドリックの事情などお構いなしのようだ。人差し指を顎に当て、先程とは反対方向に首を傾げている。
「ねぇ、セディ?私にいうことは、なぁい?」
「いえ、特には……」
「うそぉ。面白い催し物があるって聞いたわよぉ?私はお呼ばれしてないけど、セディは行くらしいじゃない?」
なるほど。その話か。
「ねぇ、セディ?その日は、何か面白い事が起こるかもしれないわねぇ。でも、駄目よ?あなたは何もしては駄目。言っている意味、あなたなら分かるわよねぇ?」
ふっと、リリーが目を細めた。切れ長の目がギラリと光る。
リリーは扇子を取り出すと、口元を隠す様に広げた。
「本当は、あなたもそこには行くべきではないのだけど?」
やはり、何か仕掛けてくるつもりなのか。セドリックは内心で嘆息した。
どこかしらで何かしらが起こっても、我々とは無関係である。と、印象付けたいのだろう。
「ええ。ですが、私があちらの味方であると思わせておくには……」
「もう!それは聞き飽きたわ!いつになったら、奴等を潰せるの!まさかとは思うけれど、あなた母である私を裏切ったりしてないでしょうねっ?!」
リリーは鬼の形相でセドリックの言葉を遮り、ばしっと音を立て扇子を閉じた。
「王妃陛下、誰が聴いてるやもしれません。発言は慎重になさって下さい」
リリーは何か言いたそうだったが、ぐっと言葉を呑み込むと大きく息を吐いた。
セドリックも、今度は見て分かるように小さく息を吐く。
王妃、キャラがブレてますよ。
セドリックは、ふんわりぶりっ子の仮面が剥がれた素のリリーを見つめる。目の前の女に対して、もう既に母親としての情はなかった。
どの辺が、慈悲の王妃だって……?
リリーがこのように年甲斐もない格好や振る舞いをするのは、リチャードのかつての恋人パトリシアの真似をしているからではないかとメイド達が噂しているのを聞いたことがあった。
若い頃のリリーは、淑女の鑑と謳われていただけあって無表情に近いものがあったと聞いた時は驚きだった。『笑わない女』と、揶揄されていた時期もあるという。
片やパトリシアは、くるくると表情が変わり天真爛漫で、全体的にふわふわとした雰囲気の可愛らしい女性だったという。
まるで正反対ではないか。
何故わざわざ憎いはずの女の真似をするのか。そうまでして、リリーはリチャードに愛されたかったとでもいうのか。
……まさかな。
セドリックには理解出来なかった。
「――――遅いっ!」
なんとかリリーを躱して王子宮に戻ると、案の定フィリクスが角を生やしていた。応接室で当たり前の様に寛ぎながら、ぷんすか、ぶーぶー言っている。
「すまない。女狐に捕まってしまってね」
フィリクスの様子にセドリックは苦笑し、対面のソファーに座る。
「女狐……じゃと?」
ぶーぶー言っていたフィリクスが、ぼそっと呟く。
急に静かになったフィリクスを不審に思い、見ると彼は変な顔をしてこちらを見ていた。
何か、フィーの不興を買うことを言ったか??
確かにフィリクスを待たせたことは申し訳ないと思うが、彼が反応しているのはそこではない気がする。
もしかして『女狐』に反応している??
だが、そうだとしても、おかしい。褒められものではないが、今までにもその表現は使っていたはずだ。
それに、聞き流してしまったが、先程の言い回しもおかしい。
「ふん。あれが女狐じゃと?片腹痛いわ!」
やはり、おかしい。
目の前にいるのは、間違いなくフィリクスだった。
しかし喋る姿を見ると、何故かフィリクスではないように思えてしまう。しかも、言っている意味がよく分からない。
セドリックは、見れば見るほど分からなくなっていくようなおかしな感覚に陥っていた。
……まさか。
セドリックには、思い当たる節がないわけではなかった。
いや、しかし。何故ここに??
だが、このままでは埒が明かない。セドリックは恐る恐る問い掛けた。
「……メイメイ?」
「何じゃ」
当たりであった。
当たり前の様にフィリクスが返事をした。いや、フィリクスの顔をした『何か』と言うべきか。
人間そっくりに化ける狐の魔物の話は聞いていたが、まさかここまでそっくりとは……
しかし、彼。いや、彼女?は化けの皮が剥がれていることにはまだ気付いていないようだった。
「よいか、お前さん。女狐というのはな、私のような者のことをいうのじゃ」
「……私の思い違いでなければ、今君はフィリクスに化けているのでは?」
「その通りじゃ!……ん?」
メイメイが何かに気付いた。
顔はフィリクスなのに、喋り方が違うだけで何だか笑える。
「それに、一応言っておくと……女狐って褒め言葉ではないよ?」
「……んん?」
今までに見た事がない表情のフィリクスが、目の前で首を傾げている。
いつかは会いたいと思っていた魔物が、意外にも天然らしいことが判明してセドリックは拍子抜けしていた。
……こんな面白いなら、怖がっていないで早く会わせてもらえば良かった。
まさか一国の王子が魔物を怖がっているなど、知られたくはない。ずっと、その存在を知るだけに留めておいたセドリックであった。
「しかし……フィリクスはどうしたんだい?」
「ふん!あいつは人に仕事を押し付けて、嫁の尻を追い掛けとるわい!」
「あー……、それは、すまない」
確かに、新婚である二人の時間を割いている自覚はある。でもまさか、魔物をスケープゴートに使おうなどと誰が考えるであろうか。
「だいたい、お前さんにも問題はあるぞぇ。いつまでも、ちんたらちんたらと!」
「それを言われると耳が痛いが、今は証拠を集めているところで……」
急に始まった魔物による説教に、セドリックは顔を顰めた。
「証拠なぞ、なければ作ってしまえば良かろうが!」
「そんなわけにはいかないよ」
「本当に、人間とは面倒な生き物じゃな!!」
「まあまあ、そんなこと言わないでくれよ」
鼻を鳴らすフィリクス。いや、メイメイを宥めたセドリックだったが「それも有りか?」と、考え直したのはこの時だった。
お読み頂きありがとうございます。




