病弱令嬢、いちゃいちゃを知る
いつも通り間が空いていますが、よろしければ続きをどうぞ。覚えていて下さると嬉しいです(´;ω;`)
「さて、と。役者が揃ったところで、早速本題に入らせてもらう」
テーブルの上の煎餅カスをカレンが拭き取ったところで、仕切り直すようにセドリックが咳払いした。
「王宮は今、大変だろう。良いのか?こんなところにいて」
フィリクスの呑気とも取れる物言いにセドリックは、ちらっと視線を向けたが直ぐに逸らした。
「確認を取らねばならないことがあってな。そこが解決しないと、今後の方向性がな……」
「何だ。『リックが国王になる』それで終わりだろ?」
「確かに、そこはそうなんだが。そこで終わりなはずないだろ……タッセル公爵領は全て王家の管轄になる予定なんだ」
そう言う間も、セドリックの瞳は落ち着きなく泳いでいた。
タッセル家当主は投獄され、公爵家は取り潰し。その領地は返還される。傍系含め関係者全てが連坐として何らかの処罰を受ける事は決まっていた。
タッセル領はその多くが鉱山とはいえ、その面積も広ければ、そこに住まう罪なき領民も多い。その全てを国で管理するのは負担が大きい。
「クリスフォードに管理しろって?」
フィリクスは、まるで他人事のようだ。
マリーも、そういう話なのかと思ったが、どうやら違うらしい。軽い口調のフィリクスに、セドリックが顔を顰めた。
「そんなことになったら、我が国はクリスフォードの領地に囲まれることになるではないか。そうではなく……あの、ちょっといいか?!」
「何だ?領地が増えても国王になる気はないぞ?」
「当たり前だ!」
呆れて、堪らず片手でおでこを押さえるセドリックに、フィリクスはきょとんと目を瞬かせていた。
しかし、マリーは知っていた。セドリックがなぜ呆れているのかを。
「フィー!夫人を膝から下ろせ。……困っているではないか」
何故なら、セドリックの言う通り、マリーは困って……いや、恥ずかしい思いをしていたから。
マリーはフィリクスの膝の上で、何故か横抱きにしっかりと抱えられていた。
これからセドリックから語られるであろう内容が、国政に関わることであろう事は、マリーでも理解していた。
マリーは静かに退室しようとしていたのだ。
それなのに、あろうことかフィリクスは当たり前の様にマリーの腰をさらった。
「えっ」
驚いたマリーは、この会談の場にいてはいけないということよりも、恥ずかしさのあまりそこから逃れようとした。が、マリーの腰はしっかりとホールドされ、びくともしなかった。
なので諦めた結果現状に至るのだが、端から見ているセドリックはそうもいかなかったようだ。
「これが、夫婦の真の有るべき姿だが?」
フィリクスは「それが何か?」とでも言いたそうだ。本当にどうかしている。
「話に集中出来ないのだが?!」
この期に及んで、何故そんなキリリとした表情でいられるのか。フィリクスの気がしれない。
悪びれる様子もないフィリクスに、セドリックも諦めたらしい。心なしか疲れた顔で「ふぅ」と、息を吐く。何しろ相手は、あのフィリクスなのだ。今更と言えば今更だった。
ふざけているとしか思えないこの状況に、マリーは俯くしかなかったのだが、ここでふと悪戯心に火がついた。
「……きらい」
マリーの、ぽそっとした呟きにフィリクスが、ぴくっと反応した。
「ぇ、と……マリー、今……ぇ、え?俺のこと……うそ、だって……」
さっきまでキリリとしていたのが嘘のように突然おろおろとし始めたフィリクスが、青い顔をして恐る恐るマリーの顔を上目遣いに覗き込んでいる。
うそ……どうしよう。面白い!!
まさか、本当にこんな反応をされるとは思っていなかった。
マリーの悪戯心は更に続く。ぷいっ、とフィリクスから視線を逸らしてみた。
逸らしたマリーの視線の先に、おろおろとフィリクスの視線が追いかけるようにして回り込む。その視線をマリーは更に逸らした。
その態度に愕然としているフィリクスの顔は、まさに飼い主を見失った迷子の仔犬状態。
フィリクスはおろおろと考え倦ねた結果、そろそろとマリーの腰を掴み、ゆっくりとマリーを持ち上げると、膝からソファーの上へと下ろした。
フィリクスが「これで、いい?」とでも言わんばかりにマリーを上目遣いに窺う。
どうしよう……可愛い!!
絶望的な顔をしているフィリクスには申し訳ないが、マリーはきゅんとしていた。
そういえば以前にも、フィリクスが可愛く見えてしまったことがあったなぁ。と、マリーは既視感を覚えていた。あの頃は、距離が近いだけで緊張していた気がするが。
「これで、きらいじゃない?」
「へ……はい」
「好き?」
「……はい」
フィリクスは安堵の溜め息を吐くと、満足そうにマリーのつむじにおでこを擦り付けた。これにはマリーも、ぼんっと赤くなる。
膝から下ろされたとはいえ、その身体は密着していて、とても落ち着かない。
「ゥオッホォンッ!!」
セドリックが、本日一番の盛大な咳払いをしてマリーは我に返った。
ぅわあ……私ってば、何を……
この国の重鎮の前でいったい何をしているのか。マリーは改めて羞恥に顔を赤くした。フィリクスの「どうかしている」は、通常運転だが、今日はマリーもどうかしていた。
「もっ、申し訳ございません!ほんの……出来心で……」
消え入りそうな声でマリーは頭を下げると、恐る恐るセドリックを見上げた。
セドリックは、何とも言えない生温い眼差しをこちらに向けていたが、マリーと目が合うと思わずといった感じで吹き出していた。
「ははっ!本当に……私は何を見させられているのでしょうねぇ。そういういちゃいちゃは、お二人だけの時にしてもらいたいものです」
「もっ、申し訳ございませんっ!」
いちゃいちゃ。そう、いちゃいちゃ。
―――これが、いちゃいちゃかっ!!
マリーとしては、フィリクスの膝の上から下りられればそれで良かっただけなのだが、いちゃいちゃとは、悪戯心から派生するものらしい。
マリーの脳裏を、仲良しの両親の姿が過ぎった。
確かに、いつも父親がふざけるところから始まっていた気がする。
だが、しかし。他人の前ではしていなかった。いや、そもそもするものではない。
ましてや、国のお偉い人の前でなんて。
今までもフィリクスとの距離が近いことがあったが、もしかして、それも傍から見たらいちゃいちゃだったのだろうか。
マリーは今更そんなことを思う。
「それで?」
マリーが、穴があったら入りたい気持ちになっていることなど思いもしないのだろう。マリーを膝から下ろす羽目になったフィリクスが不満そうにセドリックに話を促した。
自分の失態に加え、フィリクスの不遜な態度にマリーはハラハラする。しかし、セドリックは慣れているのか、そこは一切気にしていないようだった。それよりも、何かを気にするように少し視線を彷徨わせている。
マリーもつられてセドリックの視線の先に目を向けた。だけどそこには壁や天井があるだけで、特に何もない。
不思議に思い小さく首を傾げていると、セドリックがそれに気付き、マリーに小さく微笑んだ。
「リック。俺のマリーに色目を使うな」
フィリクスが身を乗り出し、セドリックからマリーを隠すように割って入った。
「い、いろっ……?!」
色目なんていつ使われたんだ。と、色々と不敬すぎて、マリーのハラハラは止まらない。
流石のセドリックも半目になっていた。それでも怒りをみせないセドリックは、相当人間が出来ていると言えよう。
セドリックは両手を組むと、そこに額を当てて「ふぅー……」と、やたら長く息を吐いた。
「本当に君って、ブレなくて凄いよね……時間もないから、単刀直入に言うよ……」
「早くしてくれ」
フィリクスがソファーの背に凭れ掛かる。フィリクスの不遜な態度に、セドリックは微かに苦笑した。
この頃にはマリーはハラハラを通り越して、空気になりたいと切に願っていたという。
「……これを機に、返してくれ」
セドリックが、自信なさそうに囁く。
セドリックにしては珍しく小さな声だったが、部屋が静かな分、思いの外響いていた。そして、やはり視線は泳いでいた。
「返す?……何を?」
惚ける様に問い返すフィリクスには、それが何か分かっているように思えた。
さっきから、殿下は何を気にしているの……?
思えば、セドリックは不自然なほど視線を彷徨わせていた。それがマリーには、何かを気にしてというか、何かを探っているようにも思えてならない。
「そんなこと言わなくても、君なら分かるだろう?」
セドリックに真っ直ぐ見つめられ、フィリクスはソファーから身体を起こした。
「そうじゃない。返す、返さないの話じゃないってことだ」
フィリクスも真っ直ぐセドリックを見つめ返した。
「物じゃない」
「しかし、今の主人は君だ」
「だから、物じゃないんだって。どうしたいかは……本人に聞いてくれ」
「だから、主人の君から聞いてくれ。それに、私は……避けられている」
そう言って目を伏せたセドリックは少し悲しそうだった。
空気に徹しているマリーには、二人の会話を聞くだけに留めるしかない。それでも、気になって仕方ないのは止めようもなかった。
何の話なの〜っ??
マリーに理解出来たのは、セドリックが何やら返却を求めていて、それがどうやら誰かしら人のことらしい。と、いうことだけ。
部屋の空気は、何時しか張り詰めていた。居心地が悪いマリーは、そっと視線を動かす。
壁際にはイーサンとカレンが伏し目がちに控えていた。
この会話が聞こえているのか、いないのか。カレンもこの空気に緊張しているようだった。イーサンは、いつも通り何を考えているか分からない。
空いているソファーにメイメイもいたが、やけに静かだと思ったら彼女はソファーの上で丸くなり眠り込んでいた。
「……まぁ、伝えるだけは、伝えるよ」
ぼそっとフィリクスが言うと、部屋の空気がいくらか緩んだ。
「悪いな。頼む……」
話はそれだけだったのか、セドリックはゆっくりと立ち上がった。
「見送りは結構だ」
そう言うと、セドリックは静かに扉に向かう。
「リック」
フィリクスがセドリックを呼び止めた。セドリックは背を向けたまま、扉の前で立ち止まる。
「あまり、そう思い詰めるな。別に……嫌ってる訳ではないと思うぞ?」
セドリックの背中に、フィリクスが言葉を掛ける。
セドリックは振り返る事なく黙ったままその言葉に頷くと、そのまま部屋を出て行った。
いつもの王子らしい輝きがすっかりなくなっていたセドリックの背中を、マリーは何とも言えない思いで見送っていた。
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