表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
病弱な令嬢は公爵家で暴れる  作者: 珠音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/74

病弱令嬢と遅れて来たヒーロー

遠くに聞こえるリリーの笑い声。

それに混じるちゃぷちゃぷとした水音は、リリーが弄ぶ小瓶の音だろう。

浅い呼吸を繰り返していたせいか、マリーの手足はすっかり冷たくなっていた。

しかし手は冷たくなっていくのに、不思議と胸は熱くなっていく。それは、決して嫌な熱さではなかった。

これは、そう、まるで胸だけ温泉にでも浸かっているような、そんな心地良さがあった。



なんか、前にもこんな事があったような気がするけど……。

でも、これが、最期の感覚というものかしら?



苦しみだけで死ぬよりは、ずっといい。

苦しいのに心地良い。きっとこの心地良さは、朦朧としている意識が感じさせる幻のようなものに違いない。


ふと、笑い声が途絶える。


「あら、やだ……もしかして、もう死んじゃったの?」


マリーの生死は特に気にしていない。そんな軽い言い草だった。

目を開けている力もなくなり、マリーは固く目を閉じていた。衣擦れの音がして、リリーがマリーを見下ろす気配だけは感じる。

リリーが見下ろしているマリーは虫の息。辛うじて生きているといった感じだ。

リリーが息を吐いた。


「ふんっ、平民のゴミより弱いわね。こうなったら、これはもう使えないわ。いつものように片付けて頂戴」


リリーがどこかに向かって言葉を投げている。


「どちらにしろ、これがいなくなれば暫くは大人しくなるでしょ」


意識が朦朧としているせいか、それらの言葉も遠くに聞こえていた。

苦しくて何も考えられないが、どうやらマリーはどこかに片付けられてしまうらしい。



苦しいな……



「ちょっと!早くしなさい!」


リリーの怒号がすぐ近くで聞こえて、マリーは薄く目を開く。

胸に感じていた熱が、すっと消えた。それと同時に遠退いていた意識が、すぅーっ、とクリアになっていく。



あれ?苦し―――……



「あんた達!聞こえないのっ?!」



……―――くない??



リリーがバラ園の方向に向かって怒鳴っている。

誰もいないと思っていたが、誰かいたのか。

険しい表情で声を荒げているリリーは、マリーの様子に気付いていない。

先程とはまるで別人のリリーの形相に、マリーは息を呑んだ。



今の王妃陛下は、まるで鬼みたいだわ。

でも……こう言っちゃ、なんだけど、今の姿の方がしっくりくる。



不敬にも当たりそうだが、現状のマリーは半ば処刑状態。

ならば、この際このくらいの事は言っても許されるのでは?などとぼんやり考えている辺り、まだ意識ははっきりとしていないのかもしれない。


マリーはゆっくりと息を吐き出してみる。呼吸をしても、肺がしっかりと動いているのを感じた。

麻痺状態になっていた指先を動かす。体を動かすのにも問題はないようだ。



なんで??



リリーの様子では、マリーに飲ませた毒は恐らく本物。なのに、何故かその毒の効果は消えているように思える。

マリーは無意識に胸へ手を当てた。青いペンダントがマリーの指先に触れる。



あれ?もしかして、熱かったのは、このペンダント?

あ、そういえば、前にも―――……



「あんた達!どこにいるの、早くしなさいっ!」


リリーの怒号に、マリーは我に返った。

その声色には苛立ちと焦りが見える。



とにかく今は逃げなければ。



誰を呼んでいるか知らないが、リリーが呼んでいる者が来る前に逃げなければ、今度は確実に殺されてしまうだろう。

立ち上がろうとマリーが全身に力を入れた時だった。


「あんたが呼んでるのが、隠れていた騎士たちのことだったら……やつらは来ないよ。私がやっつけちゃったから」


「何よ、お前は……?!どこから入って来たの!!」


その声に、マリーも上体を起こした。

咲き誇るバラの影から、ゆらっと人影が現れる。

そのバラの棘にでも引っ掛けたのか、その人物のドレスの裾は所々破けていた。

ベタなヒーロー漫画のヒーローのように登場したその人物に、マリーは目を見開く。


「ジャク……リーヌ……?」


普通に声を出したつもりが、予想以上に掠れていて弱々しい。


「マリーちゃんっ?!」


それでもマリーの存在には気付いたのか、ジャクリーヌが顔面蒼白で叫ぶ。


「きゃっ、ちょっと!だから、誰なのよ、あなたは!」


リリーを突き飛ばし、床に這いつくばった状態のマリーに駆け寄ったジャクリーヌは、思いの外ぼろぼろになっていた。

ドレスだけでなく髪もくずれ、所々に木の葉や小枝が刺さっている。

マリーは、思わず髪に絡まっている小枝に手を伸ばした。


「どうしたのですか……その格好は?」


「いや、その前に自分の心配してっ?!何があったの!」


何があったか聞いている割には、おおよその見当はついているのだろう。ジャクリーヌは、マリーを抱き起こしながらリリーを睨み付けていた。


「お茶に毒が……でも、何故かしら?もう大丈夫みたい」


「毒?!」


心配するジャクリーヌをよそに、マリーが普通に立ち上がる。不思議なことに、本当にどこにも異常は感じられなかった。

ジャクリーヌも立ち上がると、マリーを背に庇う。改めてリリーを睨み付けた。


「間違いなく飲ませたのに……今まで、皆……これで死んでいったのに……な、何なのよ、どうしてぴんぴんしているのよっ?!」


リリーは青褪めて拳を震わせている。

現状を理解出来ないのか、本来口にしてはいけないのであろうことまで口走っていた。


「ふふっ、どうして?あなたがそれを知ることは、多分、一生ないと思いますわ。王妃陛下?貴族に毒を盛ったとなれば、流石のあなた様でも牢屋行きですもの」


ジャクリーヌが勝ち誇った笑みを浮かべた。

その装いはぼろぼろだったが、吊り橋効果なのか何なのか、マリーの目には格好良く映った。


動揺を隠せずにいたリリーだったが、ひとつ息を吐くと、すぐに平静さを取り戻した。不敵な笑みを浮かべ、真っ直ぐにジャクリーヌを見下ろす。


「ふふっ、何を言っているのかしら?ここは王族の完全なプライベート空間よ?突然侵入して来た賊と私の言、どちらが信じられるとお思い?『私の命を狙った賊が用意した毒を、間違って夫人が飲んでしまった』つまり、そういうことでしょう?」


ジャクリーヌを賊と称して、こてんと小首を傾げるリリーに寒気すら感じる。



この人には、言葉が通じない。



目撃者がいないのだ。

そう言われてしまえば、その通りに事が運ぶに違いない。そうなれば、ジャクリーヌは捕らえれてしまうかもしれない。

そう思うと、すっかり体調が回復していたにもかかわらず、マリーの身体から血の気が引いていく。

だが、当のジャクリーヌはリリーを鼻で笑った。


「じゃあ、今の自白を聞いていた証人がいたら、どうかな?……て、ことで、お願いします!!」


ジャクリーヌが大きな声を上げる。

それが合図だったのか、それを切っ掛けに近衛騎士がサロンになだれ込み、サロンは完全に包囲された。


「なっ、なっ?!」


リリーは青褪めて右往左往するが、当然逃げ道はない。



全く気配を感じなかった……



マリーは、こんなに人が潜んでいたことに驚くと同時に、何かしらのショックを受けていた。


「王妃陛下。この近衛騎士たちは、私がやっつけた近衛とは違って、あなたの息のかかっていない者達です。言い逃れは出来ませんよ?」


逃げようと暴れたリリーを、両側から近衛が取り押さえた。


「あなた達!こんな事して、どうなるか分かっているのっ?!」


「私どもも、信じられません……ですが、一部始終を聞いてしまったら、こうするしかないのです」


暴れるリリーに、押さえ付けている近衛騎士は、未だ半信半疑といった表情をしている。


「ふぅ……殿下から、近衛を借りて来て正解だったよ……」


ジャクリーヌが、こそっとマリーに耳打ちした。

確かにジャクリーヌ一人が来たところで、どうなることもなかったかもしれない。リリーの言う通り、マリーとジャクリーヌが悪者にされて、下手をすれば不敬罪となっていただろう。

しかし、よくセドリックが近衛騎士を貸してくれたものだ。マリーはジャクリーヌを見た。



やっぱり、殿下とジャクリーヌ様は、特別な関係なのかしら?



親しげな挨拶をしていたしね。と、マリーの視線に感じる物があったのか、ジャクリーヌは身体をぶるっと震わせた。


「あっ!!」


近衛騎士が声を上げた。

これで一安心と思っていたのも束の間。半信半疑の近衛騎士には、若干の躊躇いがあったのかもしれない。近衛騎士の焦った声に、見るとリリーが近衛騎士の拘束を振り払っていた。


「っ、あなたのっ、せいでっ!!」


驚くほど動きが早かった。「あっ」と、思った時には、目を血走らせたリリーがジャクリーヌの首根っこを押さえ付けていた。怒りで歪んだその顔は、狂気すら感じさせる。


「どこの馬の骨か知らないけれど!……あ、あなたはっ……?」


間近でジャクリーヌを睨み付けたリリーが、驚愕したようにその血走った目を見開く。

近衛騎士にジャクリーヌから引き剥がされながらも、リリーはジャクリーヌを凝視していた。

近衛騎士が再びリリーを拘束する。

やはりリリーは暴れたが、覚悟を決めた近衛騎士の拘束は解けることはなかった。しかし、リリーはジャクリーヌを睨み付けたまま、狂ったように叫び出した。


「あ、なたっ、カトレ……シア!生きてたのねっ?!しかも、そんな若い姿でっ!公爵家に不死の秘術があるというのは、本当なのねっ?!教えなさい!その術をっ!」


リリーが、意味不明な言葉を叫ぶ。

焦点の合わなくなったリリーの目は、ジャクリーヌを映しているようで、映していないのかもしれなかった。


「あなたもっ!パトリシアもっ!いつも……いつも、私をコケにしてっ!私が……私が一番なのに!永遠の美しさは私にこそ相応しいのにっ!!何でっ、いつも……!!」


マリーもジャクリーヌも、無言で立ち尽くす。

近衛騎士にずるずると引きずられ、どこかに向かって喚き散らすその姿は、最早王妃陛下の面影はなかった。


「あ、騎士さん。悪いんだけど、そのままその人を大広間まで連れて行ってくれない?殿下に頼まれたんだ」


すれ違う瞬間、ジャクリーヌは近衛騎士に耳打ちした。

殿下に頼まれたのであれば、断われる理由はない。これを押さえておくのは大変だなと思いながらも、近衛騎士は静かに頷く。


その場からリリーが連れ出され、暫しの静寂が訪れた。


「さて、と……」


不意にジャクリーヌがマリーを振り返り、マリーのおでこに軽めのデコピンを決めた。


「痛っ!何で?!」


「何で、じゃないでしょ!今日のマリーちゃんのお仕事は、何だったっけ?!」


「……何もしない……こと?」


ジャクリーヌが大きく頷いた。

すっかり忘れていた。それに、『何もしない』ということが、なんと難しいことか。



だから、仕事なのか……



何なら「簡単でつまらない」などと思っていた自分が恥ずかしくなる。

俯くマリーに、ジャクリーヌが大きく息を吐いた。


「まあ、無事でいてくれたから、良かったけどね」


「あっ、そうだ。毒を飲んで凄く苦しかったのに……どうして何ともないのかしら??」


マリーに毒耐性などない。不思議がるマリーに、ジャクリーヌはきょとんとしてぽりぽりと頬をかいた。


「あれ?兄さんは何の説明もしてないの??」


「え、何?」


ジャクリーヌの呟きが聞き取れず、マリーが聞き返した。


「いや、何でもない。後でお兄様に聞いて」


はぐらかされた感は否めないが、微笑むジャクリーヌにつられてマリーも微笑んだ。






お読み頂きありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ