ジャクリーヌ、奔走する
ジャクリーヌ視点です。
ジャクリーヌは黙って令嬢たちの後ろを歩いていた。
先頭の令嬢は、我が物顔で王宮の廊下を闊歩している。
確か、どこぞの侯爵令嬢だったか?
ジャクリーヌは、その令嬢に見覚えがあった。
令嬢が振り返る。
考え事をしているうちに、彼女たちの目的の場所に到着したらしい。
随分と奥まで来たな。
普段なら、大臣やら政務官やらが休憩を取るのであろう中庭。しかし、流石に今日は仕事は休みなのだろう。人っ子一人いない。
「あなた、何をよそ見しているのよ?!」
「ロザリィ様がいらっしゃるのに!」
取り巻きたちが、きゃんきゃんと吠えている。
ジャクリーヌは、その姿を鼻で笑った。
「小物ほど、よく吠える」
「「な、なんですってぇー?!」」
言われたばかりだというのに、取り巻きたちは再びぎゃんぎゃんと吠え出した。言葉が通じないのか、馬鹿なのか。
「こんな所まで呼び出して、何なの?」
「ここはね!一般人は立ち入れないような場所なのよ!」
「殿下と懇意のロザリィ様がいるから、特別に入れるんだから!」
「………」
なるほど。
マウントを取りたいが為に、こんな所まで連れて来られたのだと、ジャクリーヌは理解した。
そういえば、リックに本気で懸想しているご令嬢がいたっけ……。
ロザリィがその令嬢であれば、ジャクリーヌが呼び出された理由も何となく理解出来てしまう。
まったく……リックが余計な事をするから!
セドリックが、さも親密そうな挨拶をジャクリーヌにした事を、この令嬢たちは怒っているのだ。
ンな事、知るかよ!
セドリックの態度は、ジャクリーヌがお願いしたものでもなんでもない。いい迷惑だった。
だが、取り敢えず、取り巻き達には黙っていて欲しい。
「……で、話って、何?私、忙しいんだけど?」
馬鹿の相手はしていられない。苛立ちを隠し切れないジャクリーヌは、取り巻きの後ろにいるロザリィに直接声を投げた。
「ちょっと!あなたねぇ!私たちを無視する気?!」
「どうやって殿下に取り入ったか知らないけど、ちょっと殿下から笑顔を向けられたくらいで、調子に乗るんじゃないわよ!」
「ロザリィ様だって、殿下のあんな笑顔はなかなか見られないのに!」
「そうよ!見たことないわ!」
取り巻き達の言葉に、ロザリィの表情がみるみる凍りついていく。
だから、煽るなって!黙っていてくれ!
取り巻き達が馬鹿なのか。はたまた、どさくさ紛れにロザリィを貶めているのか。
恐らく前者だろう。と、ジャクリーヌは、心の中で大きなため息を吐いた。
「……何を仰っているのか、さっぱりなんですけど?」
「ちょっと、あなた、しらばっくれる気?!」
しらばっくれるも、何もない。いい加減にして戻らなければ、またマリーがおかしな輩に絡まれてしまうかもしれないのだ。
ジャクリーヌは焦っていた。
「だいたい……いい?私はねぇ、殿下になんて、興味はないのよ!」
「嘘、おっしゃい!」
「ぇっ?」
ジャクリーヌが言った瞬間、ロザリィが走り寄り、ジャクリーヌの頬を叩いた。
ぱんっ、と、乾いた音が響く。
が、令嬢の力など微々たるもの。この程度の衝撃ではジャクリーヌは表情すら変えない。
だが、ジャクリーヌを苛つかせるには十分であった。
「ふざけんな!男なんて、気持ち悪いだろうが!」
再び乾いた音が響く。
ジャクリーヌが金髪入れずに、ロザリィの頬を叩き返したのだ。
あ、やべ。
しまった。と、思った時には既に遅し。
焦りもあり、自分でも冷静さを欠いている自覚はあったが、条件反射というものは恐ろしい。
「いや……ごめん。だってさ、本当に忙しくて……でも!そっちが先に手を出したんだからな?!」
あたふたと言い訳をしながら、後退るジャクリーヌ。
文句を言われる前に逃げよう。
令嬢たちがぽかんとしているのをいい事に、ジャクリーヌはその場から脱兎の如く逃げ出した。
呆然とジャクリーヌを見送るロザリィは、叩かれた頬にそっと触れた。
一人娘として大切に育てられた彼女は、当然のことながらこの様な仕打ちを受けた事はない。痛みよりも驚きの方が勝った。
「男は……気持ち悪い?」
呟くロザリィに、取り巻き達が我に返る。
「……はっ!ロザリィ様、大丈夫ですか?!」
「何なのよ、あの娘!ロザリィ様を叩くなんて……」
「……そう言えば、あの方のお名前をうかがっていなかったわ……」
「ろ……ロザリィ様?」
取り巻きの二人が騒ぐも、ロザリィは未だ呆然としている。二人は恐る恐るロザリィを窺った。
ロザリィ様の様子がおかしい!!
うっとりとした表情で、ほんのりと染まった頬を撫でるロザリィに、二人は顔を見合わせた。
「……おねえさま」
「ろ……ロザリィ様?!」
ロザリィのうっとりとした呟きに、取り巻き二人は戦慄した。
ロザリィは、未知の世界の扉を開こうとしていた。
ロザリィが未知の世界の扉を開こうとしていた頃、会場に戻ったジャクリーヌも戦慄していた。
「マリーちゃんが……いない」
ここを離れたのは精々三十分ほど。
マリーと別れた場所に彼女は居らず、ならばと思い彼女の両親を探したが、そこにもいない。
トイレやバルコニーにもいなかった。
手当たり次第、給仕をしている使用人達にも聞いて回る。
「あ、それなら、もしかして……」
心当たりがあるというメイドがいた。
ジャクリーヌが言う容姿に当て嵌まる女性が、王妃陛下付きの侍女と一緒にいるのを見たというのだ。
「嘘……だろぉ」
焦りから思わず素が出ているが、構っていられない。
何故なら、マリーから離れた事がフィリクスにバレたら大目玉を喰らうから。
しかし、マリーが王妃と一緒にいるかもしれないという可能性がある今、報告しない訳にもいかなかった。
「くぅ……!」
どちらにしろ叱られるのなら、報告は早い方がいい。
ジャクリーヌはフィリクス達の所へと走った。
「……ここ、だよな」
ジャクリーヌは、フィリクスから聞いていた部屋に辿り着くと、慎重にノックをする。
本当ならノックもせずに部屋に飛び込みたいところだが、鍵が掛かっているので仕方ない。
「……誰だ?」
「僕だよ、兄さん」
やきもきしながら待つこと数秒。
がちゃっ、と、細く開いた扉の隙間から、フィリクスが顔を覗かせた。
ジャクリーヌを見て、フィリクスが何か言いたそうに口を開いたが、それより早く部屋の中に滑り込む。
「おい!何でここに来た!マリーはどうした?!」
ジャクリーヌが部屋に滑り込むと同時に、フィリクスが詰め寄る。
壁に押し付けられ、ジャクリーヌが「ぐえっ」と、なったところを、部屋にいたセドリックが「落ち着け」と、引き剥がした。
「フィー、落ち着け。何かあったから来たんだろ!……何があった?」
「マリーちゃんがいなくなった!」
「はあっ?!」
ジャクリーヌに掴みかかろうとするフィリクスを、セドリックが再び宥める。
「あまり騒ぐな。奴が目を覚ましてしまう。それで?」
「給仕の話だと、王妃の侍女がマリーちゃんを連れて行ったみたいだ……でも、確実な情報じゃない」
さすがにセドリックには言いにくい情報だ。
ジャクリーヌはセドリックから視線を逸らした。セドリックも苦い表情を隠せない。
「それは……穏やかじゃないね」
「おい!リック!どういう事だ?お前の話では、王妃自ら手を出して来ることはないのではなかったか?!」
「うーん。そのはず、なんだけどね……もしかしたら、先日の一件で完全に私を見限って焦っているのかも……」
顎に手を当て、セドリックが神妙に頷く。
「そもそも、お前は何でマリーから離れた?何のためにお前を連れて来たと思っている?!」
フィリクスは矛先をジャクリーヌに変えた。
これにはジャクリーヌも、むうぅ、と、口を尖らせる。
「それは、殿下のせいですよ!殿下がわざわざ僕におかしな挨拶なんてするから!変な女に呼び出されて……」
「変な女?」
フィリクスがセドリックを見る。
セドリックは心当たりがあるのだろう。ふよふよと視線を逸らした。
「あ、ぁあー……、いやぁ……ジャクリーヌちゃんが思いの外、可愛かったから、つい、ね」
「つい。じゃないですよ!お陰で僕は怖いお姉さん達に囲まれたんですからね!まさか。とは思いますが、女避けとかではないですよね?」
「……その話は後回しにしてくれ」
セドリックにフィリクスがため息をこぼす。
フィリクスは半眼でジャクリーヌを一瞥すると、ふいっと、セドリックに厳しい視線を向けた。
「王妃はどこにいると思う?」
「まさか、そっちに向かうなんて言わないよね?」
「言わない訳がないだろう。こうしちゃいられない」
「……そうだよね。でも、駄目だよ。こちらも、もう時間はない」
フィリクスとしては当然の反応だが、セドリックも引かない。
「こちらの作戦には、フィリクスが適任なんだ。夫人の事は、ジャクリーヌに任せよう」
「焦ると暴挙に出るところは、さすが親子だな」
セドリックのいつになく強い口調に、フィリクスは嫌味を返しつつも渋々と頷いた。
どうして、じっとしていてくれないんだ。
ジャクリーヌは、落ち着いてくると、マリーに対しても不満が出てくる。
そんな事を言ったところで、フィリクスに殴られるだけなので言わないが。
「おい、坊主。バラが咲いている所に行くなら、その下を掘り起こしてみるがよいぞ。面白いものが見られるかもしれん」
驚いて振り返ると、部屋にはもう一人いた。
壁と同化していて気付かなかったが、近衛騎士が気配を消して立っていた。
「あ……メイメイ?」
厳しい顔をした近衛騎士が、返事の代わりに、にぃっ、と、口角を上げる。
「バラ?メイメイ。それは、どういう意味だ?」
メイメイはフィリクスの問いには答えず、笑うだけだった。
「……確かに、王妃が個人的に使用しているサロンがバラ園の中にあるが……ああ、そこかもしれないな。誰にも見られないようにするには都合がいい」
セドリックは、そう呟くとジャクリーヌを見た。
―――――恐らく王妃は、専用のサロンにいる。
セドリックの言葉を頼りに、ジャクリーヌは王妃宮まで走った。もとよりジャクリーヌには拒否権など存在しない。
なんか、僕。ずっと走ってないか??
女の子には叩かれるし……叩き返しちゃったけど。
踏んだり蹴ったりだ。
息切れを起こしながら、腑に落ちないジャクリーヌであった。
お読み頂きありがとうございました。




