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病弱な令嬢は公爵家で暴れる  作者: 珠音


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病弱令嬢とぶりっ子王妃

これ以上マリーを目立たせてはいけない。


ジャクリーヌは、そう判断した。

何より、万が一にもマリーに何かあれば、自分がえらい目にあうのは目に見えている。

ジャクリーヌは保身の為、マリーを連れて会場の一番目立たない隅っこに移動することにした。


しかし、そう思い通りに事が運ばないのが世の常でもある。


「ねぇ、そこのあなた?」


移動しようとした矢先、声をかけられてしまったのだ。振り返れば、取り巻きを侍らせ偉そうな態度の令嬢が、扇子で口元を隠しこちらに冷たい視線を向けていた。


「あの、何か?」


「いえ、あなた様ではございませんの、そちらのご令嬢にお話がございますのよ?」


令嬢の横柄な態度に渋々とマリーが返事をすると、令嬢は目を細めてジャクリーヌを見やった。


「え、私……ですか?何でございましょう?」


「ここでは何ですから、移動しませんこと?」


「いえ、ここでお願い致します」


流石、ジャクリーヌだ。明らかに格上なのだろう雰囲気の令嬢に、はっきりと「ノー」を突きつけた。


しかし、そうは問屋が卸さない。

令嬢は、「ばちんっ」と、勢いよく、口元を隠していた扇子を閉じた。

にんまりと上がった口角とは裏腹に、目はぎらぎらと光っている。


「移動……致しましょう?」


声のトーンは先程と変わりないのに、有無を言わせない迫力がそこにはあった。

ジャクリーヌが小さく息を吐く。


「……承知しましたわ」


致し方なく。といった雰囲気でジャクリーヌは頷くと、マリーの耳元に口を寄せる。


「少し離れるけど絶対にここを動かないでね?ああ……でも、さっきのような変なのが寄ってきたら、逃げてちょうだい」


そう言い残したジャクリーヌは、令嬢と取り巻き達によって会場の外へ連れて行かれてしまった。

ひとり、ぽつんと壁際に取り残されたマリー。

令嬢は明らかに気分を害している様子だった。


「……これは」



只事ではないわ!!



令嬢が何にご立腹なのか、マリーにはさっぱりだったが、問題が起きた事は間違いないだろう。



殴り合いなんて事にはならないだろうけど……



さっきの男性に対しても、会話で解決していたが要は脅しである。

如何せんジャクリーヌはフィリクスの従姉妹なのだ。マリーの常識を超えた対応をしかねない。

もちろん、ジャクリーヌ自身の事も心配である。

マリーには不安しかなかった。


「……こっそりと覗いて、こっそりと戻って来ればいいのよね」


ただの話し合いであれば、すぐに戻って来ればいい。

マリーは心配される側だというのに、ジャクリーヌ達が向かった方向へと足早に歩き出した。


人がいない場所へと向かったのだろうと見当を付け、広い廊下を人気のない方へ向かって行く。

だが、すぐに後悔の念がマリーを襲った。


「どうしよう……迷子かも?」


廊下を奥へと進んで行くと、すぐに人気はなくなった。

誤算だったのは、廊下が一本道ではなかった事だ。何度も右折左折を繰り返し、帰り道が分からなくなった上に、ジャクリーヌ達も見当たらない。

今日は会場の方へ出張っているのか、使用人たちすら見かけなかった。

どうしようかとうろうろしていると、微かに人の声がする。


「こっちね!」


ほっとして声がする方へと行くと、中庭らしき場所へと辿り着いた。


「……何を仰っているのか、さっぱりなんですけど?」


ジャクリーヌの声だ。

ジャクリーヌの後ろ姿を見つけて、慌てて柱の陰に身を潜める。


「ちょっと、あなた……!!」


ジャクリーヌに対して、取り巻きが何か文句を言っているようだ。

明らかに揉めている。



これは……私は出て行くべき?



何しろ何で揉めているか見当もつかない。この手の問題事を解決する自信もない。

悩んだ末、マリーは柱の陰からそっと見守る事にした。と、いうより、戻ろうにも、帰り道が分からない。



何を話しているのかしら??



声は聞こえるのだが、何を言っているのかまでは聞き取れない。


「あの……」


「っひょっ!!」


不意に後ろから声をかけられ、驚いたマリーは飛び上がり息を呑む。

柱にしがみついてやきもきしていたマリーは、自分に近付いて来る影に気付いていなかった。


恐る恐る振り返ると、王宮の侍女が冷ややかな表情で立っている。


「あ……ごめんなさい。私、迷子になってしまって……」


もしかしてここは立入禁止区域だったのか。そうでなくとも、今のマリーは不審者のような挙動である。

反射的にマリーは言い訳をしていた。


「いえ、お探ししました……クリスフォード公爵夫人マリー様でいらっしゃいますね?」


「……はい」


無表情に侍女が問う。

どうやら咎められているわけではないらしい。

だが侍女の、その熱を伴わない機械的な物言いに、何とも言えない緊張が走り、マリーはぎこちなく頷いた。


「ついて来て下さい。王妃陛下がお呼びです」


「……誰ですって?」


「王妃陛下です」


聞き間違いかとマリーは聞き返し、侍女を二度見した。

変わらず冷ややかな表情で佇む侍女は、二度も言わせるな。とでも言いたそうだ。


聞き間違いではなかった。

王妃がマリーに何の用があるのか。

確かに王妃はマリーをお茶会に招待したいとは言っていたが、社交辞令だと思っていた上に、今日の今日だとは思いもしなかった。


「今日は、連れがいますので……」


それに、フィリクスから王妃の誘いは断わるように言われている。

マリーは視線を中庭にいるジャクリーヌに向けた。侍女もそれに合わせ、眼球だけを動かしジャクリーヌを見る。


「彼女が一緒でも構いませんか?」


「王妃陛下は公爵夫人のみお呼びです」


「では、彼女に伝えて参りますわ」


何も言わずに行くのは良くないだろう。

しかし、中庭に行こうとしたマリーの腕を、侍女が掴む。


「え?」


驚いて侍女を振り返る。

侍女は「大変失礼致しました」と、すぐにマリーの腕を離した。


「……それでは、クリスフォード公爵夫人をご案内した後、すぐにあちらのご令嬢もお連れいたします」


「……そうですか」


やはりマリーに王妃の誘いを断わる権利などあるはずがなかった。

侍女の少し強引な態度に多少の違和感はあるものの、後からジャクリーヌも来るのであれば問題はないだろう。

それに何より、王妃は慈悲の王妃と呼ばれているような人だ。フィリクスが何を心配しているのか分からないが、何かあるとは思えない。

マリーはジャクリーヌに申し訳ないと思いながらも、大人しく侍女の後をついて行くことにした。






無言で歩く侍女に案内され、暫く歩く。

いつの間にか、舞踏会の喧騒は全く聞こえなくなっていた。



随分と王宮の奥に来てしまった気がするのだけど……



先程とは別の中庭を通り抜け、サンルームの様なガゼボへと辿り着く。


ガゼボに案内されマリーが戸惑っていると、ティーテーブルに座るよう促された。



凄い香り……



周りはバラ園なのか、ガゼボを取り囲むように咲き誇っていた。いつか、フィリクスがマリーに贈り続けていたバラである。


「これだけ咲いていると、香りもキツいのね……」


「そうなのよぉ〜」


独り言のつもりだったマリーは、思わぬ返事に驚き椅子を倒す勢いで立ち上がった。


「あ、やだ、座っててちょうだい?」


「でも、あの……」


「うふふ。堅苦しいのは嫌なの」


王妃陛下リリーはころころと笑いながらマリーを座らせると、マリーの正面に座った。


「うふふ。ここは、私専用の庭園なのよ!素敵でしょ?」


「はい……素敵です」


きゃっきゃとしたリリーの話し方からは、ジャクリーヌのような天真爛漫な雰囲気を感じる。



なのに、怖いと感じるのは何故かしら……?



マリーを案内して来た侍女はお茶を淹れると部屋を出て行き、リリーと二人だけとなった。


「あの……ご招待頂いて、光栄なのですが……なぜ、私を?」


「やぁだ!夫人たら!貴族が結婚したら、私たちに挨拶に来てくれるものなのよ?公爵ともなれば尚更ね。なのに、公爵ったら全然来てくれないのだもの!夫人は社交場にもいらしたことがないし……どんな方なのか、お話してみたかったのよ」


「っ!!そっ、そうなのですか?!申し訳ございません!私は無知な貧乏貴族なものですから、無礼をお許し下さいっ!!」


マリーは思い切り頭を下げた。一気に血の気が引き、青ざめる。

私たちとは、国王夫妻の事だろう。そんな決まり事があるなど、マリーは知らなかった。



だ、旦那様〜〜!!

王妃の誘いは断れとか、言ってる場合じゃないでしょぉおー!!



もしかしたら、マリーの両親も知らないのかもしれない。だが、上位貴族であるフィリクスが知らないはずはない。


「うふふ。思った通り、夫人は可愛らしいのね。こうして会えたのだから、気にしなくてもいいのよ?」


リリーは両手で口を押さえて、ころころと笑っている。

もしかしたら、お叱りで呼ばれたのかと思ったが、怒っている様子は見えない。その辺は、さすが慈悲の王妃といったところか。


「公爵は私を嫌っているでしょうしね。ねぇ!夫人は私のことをどう思っているのかしら?」


リリーは「きゃはっ」と、小首を傾げる。

どうもこうもない。こんな聞き方をされて、どう答えろというのか。

そして、マリーはあわあわと顔を上げて気付いた。



目が、笑っていない……



表情と声色と目とが合っていない。だから怖いのだ。

もちろん、腹芸という意味では、演技すること然り当たり前のことかもしれない。



しかし、それにしては―――……



王妃を演じるなら、もう少し落ち着いた雰囲気の方がいいと思う。年齢も加味すると痛々しくさえ見えてしまうのに、何故わざわざぶりっ子を演じているのだろう。


「スラム街の貧民に手を差し伸べられ、その生活を改善させた功績は、田舎貴族である私ですら存じ上げております。王妃陛下はとてもお優しいお心の持ち主なのだと」


微かな疑問は置いておく。

何しろリリーは、無言でマリーの返事を催促してくるのだ。褒め待ちのリリーに何か言わなければ、今度こそお叱りを受けるかもしれない。


それに、実際にマリーが元スラム街に足を踏み入れた事はないのだが、今はとても活気の溢れた職人街だと聞いている。功績としては間違いないのだろう。


「やぁだ、夫人たら!そんな大した事ではないわよ」


「……ご謙遜を……」


リリーが照れた様に両手で顔を覆う。

リリーの違和感に気付いてしまってからは、彼女の言動全てが嘘っぽく見えてしまってしかたない。

マリーは曖昧に微笑んだ。


「それより、夫人の話が聞きたいわ。その……公爵家は、大変でしょう?」


「そう……ですね」


リリーが意味有りげな上目遣いでマリーを見た。


大変といえば大変だが、リリーは具体的に何を指して言っているのか。見当違いな事も言えず、マリーは再び曖昧に微笑んだ。



うぅ……、顔が攣りそうだわ。



世の貴族女性は、常にこんな愛想笑いをしているのか。

マリーは普段、いかに自分の顔を甘やかしているのか実感していた。


「夫人はもちろんご存知でしょうけれど、クリスフォード公爵家はその類稀な能力で、建国の頃からこの国に尽力してくれているわ。特殊な能力を持った方の伴侶になるのは、大変ではないかしら。と、思ったのだけど?」


どういう意味だろう。マリーはリリーの言葉の真意をはかりかねた。



私に公爵夫人は相応しくない。と、言いたいのかしら。



マリーが微かに眉を顰めたのを、リリーは見逃さなかった。


「もしかして、勘違いさせちゃったかしら?違うのよ、公爵は特殊能力を持っているみたいだから、危険な事に巻き込まれたりしないかしらってことよ」


うふふっ、とリリーが笑う。


「それは……大丈夫です」


リリーが言っているのは、フィリクスの魔力のことだろうか。それとも、タッセル公爵の嫌がらせのことだろうか。


「当主にだけ王家も畏怖する特殊能力が現れるというのも不思議よねぇ」


リリーが、さも感心しているように息を吐いた。

その言い回しに、マリーは首を傾げる。



魔力らしきものを持っているのは、今では旦那様だけではなかったかしら?



イーサンの話では、王家はクリスフォード公爵家の内情を知っているはずだ。現にセドリックは知っている。


「……違うの?」


黙っているマリーを訝しんだのか、リリーが上目遣いでマリーを見る。


「いえ、あの……特殊能力は、旦那様……フィリクス様だけで……」


しどろもどろになるマリーの目を、リリーはじっと見つめている。その視線にマリーはぞっとした。


「うふふ。そんなの嘘だって分かってるのよ?私の実家もねぇ、祖父も、父も、お兄様だって……昔からずーっと、困らされて来たんだから」


リリーは、急に声のトーンを落とし、目を細めた。



王妃陛下は……何を言っているの?



マリーはリリーを見つめ返す。暫し、沈黙が流れた。

その沈黙を破ったのは、リリーだった。


「あら、やだ。私ったら!お茶が冷めてしまうわ!どうぞ、召し上がって」


名案とばかりに、ぽん、と両手を叩く。



あれ?ちょっと待って、王妃陛下の実家って――――……



どうして、気付かなかったんだろう。



血の気が引いていくマリーとは裏腹に、リリーはにこやかに言うと、ティーカップに口を付ける。

マリーもつられてティーカップを手に取った。


「……っ!!」


マリーがお茶を口に含んだ瞬間、舌が痺れる。


「な、に……かっ、はぁっ!」


椅子に座っていられず、床に倒れ込んだ。



喉が……胸が、苦しい……呼吸、出来ない。



ばくばくと心拍数が上がり、舌が痺れ、喉が焼けるように痛い。

苦しくて胸を押さえながら見上げると、薄笑いのリリーがマリーを見下ろしていた。


「うふふ。その毒はねぇ、徐々に肺の機能が止まるのですって。でも大丈夫よ、ここに解毒剤があるから」


リリーが懐から小瓶を取り出し、マリーに見せつけるように振った。


「な……ぜ?」


「何故?うーん、そうねぇ。秘密を喋ってもらうため?」


ぜいぜいと、何とか空気を肺に入れながら、回らない頭で考える。



秘密……って、なに?



「だって、殺しても死なないなんて、ありえないでしょう?どういうカラクリがあるのか教えてもらえたら、こちらも公爵を潰せると思うのよ?」


このクッキーはどちらのお店の?みたいな熱量でリリーは言う。



胸が……熱い。



マリーは胸を、ぎゅうっと押さえた。


「あなたなら、知ってるんでしょう?ほら、早くしないと死んじゃうわよ?」


ぼんやりとしてきた視界で、リリーが本当に楽しそうに笑っている。

もし、リリーが望む情報を与えても、マリーを助けてくれることはないのだろう。



私……死んじゃうんだ……



マリーは覚悟を決めて、目を閉じた――――


お読み頂きありがとうございました。

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