病弱令嬢、土をいじる
新年早々大変な事が起き、気持ち的にお祝いの言葉は憚れるので割愛させていただきます。
被害に合われた地域の皆様にはお見舞い申し上げます。
昨年中は私の拙い文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。
今年もお付き合いいただけると大変嬉しく思います。
どうぞ宜しくお願い申し上げますm(_ _)m
翌日。
晴れ渡った空の下、マリーとカレンは庭にいた。
「さあ、カレン。あなたもスコップを持って!一緒に土を掘り返すのよ」
「やりますから、奥様はおやめ下さい!汚れます!」
マリーは庭園の一角に造られた「奥様専用花壇」にしゃがみ込んでせっせと土を掘り返している。
カレンはマリーの手からスコップを取り上げようとして手を伸ばした。
それをマリーがひょいっと避け、カレンは勢い余って掘り返したばかりの土山に両手を突っ込む羽目になった。膝もしっかり土に埋まり、スカートまで土まみれになっている。
「ぅうっ」
「あははっ!」
顔を顰めて起き上がるカレンを見てマリーは笑った。
笑っているマリーのスカートの裾も、もれなく土まみれになっている。
そんな二人の様子に、庭師が微笑ましげに目を細めた。
昨夜、何故だか部屋を飛び出して行ったカレンだったが、マリーが就寝する頃には何事もなかったかのように戻って来た。
今朝も、普通にマリーの支度をしてくれている。
ただ、元気がない。
終始伏し目がちで溜め息も多い。
理由を訊いても「なんでもありません」の、一点張りだ。
「そうだ!土いじりをしましょう!」
どうしたものかと悩んだ末、マリーが思い立ったのがコレ。
『気分が落ち込んだら、土をいじれ』
いつか、何処かで、誰かに言われたのを思い出したのだ。
折角ならば、花でも植えましょう。と、庭師に相談したところ、庭園の一角をマリー専用に提供してくれたのである。
因みにこの庭師は、クリスフォード領で花農家をしていた男性。息子が跡を継ぎ、引退したところを大旦那様に引き抜かれたのだという。
名前をヨーゼフと名乗る庭師は、「こんな爺に何が出来るか分かりませんけどねぇ」と、言って人好きする笑顔を見せた。
白い口髭と顎髭がお爺ちゃん感を醸し出している。身体が大きくがっしりとしているが、笑うと目が垂れる。大きいのに威圧感がないのはその笑顔のお陰だ。
「涼しくなった今の時期に種を蒔く花は多いですよ」
と、いう事で、苗を植えるのではなく、種を蒔く事にした。
ヨーゼフはマリーの両手一杯もある量の花の種を用意してくれた。
「こんなにいっぱい?」
「全部が芽を出す訳ではありませんからね。いっぱい蒔いて、芽が出て来たら適当に間引くんですよ」
「ふーん。種の形も色々なものが入っているみたいだけど、何の花なのかしら?」
種の入った袋を広げてみると、雫の様な形や、丸い形の種が入っていた。
「それは、花が咲いてからのお楽しみですよ」
どうやら一種類の花の種ではないらしい。
それはヨーゼフの遊び心のようだ。にこにこしながら片目を瞑った。
畳一畳程の広さの花壇をカレンと二人で耕し、平らにならしていく。
「ふぅ。こんなものかしら」
花壇の土っぼくなる頃には、二人とも顔まで土まみれになっていた。
「いいと思いますよ。では、種を万遍なく蒔いてみましょうか」
様子を見守っていたヨーゼフに言われ、マリーは種の入った袋を手に取ると、ぱらぱらと蒔いていった。
更にその上に覆土すると、軽く固めるように土を押す。
「種が流れない様にするだけですから、固め過ぎても駄目ですよ」
ヨーゼフは優しく言いながら、自身でも土の状態を確認している。
やがて納得したのか、頷きながら立ち上がった。
どうやら及第点を得た様だ。
「これで、土が落ち着いたら水を撒きましょう。霧吹きが良いですかねぇ」
そうに言うヨーゼフは、まるで孫を見るような目で花壇を見ていた。
本当に花が好きなんだろうな。
マリーに用意された花壇は小さいが、ヨーゼフを見ていると大事にしようと思えてくる。
「どんな花が咲くのかしらね。ねぇ、カレン……カレン?」
一緒に作業をしていたカレンを振り仰ぐ。
そのカレンは思い詰めた様子で花壇の土を撫でていた。
はっ!!全然元気になってないじゃない!
マリーは当初の目的をすっかり忘れていた。
カレンを元気にする目的で始めたガーデニングだったのに一人で楽しんでしまった。
なんだか、余計に落ち込んでない??
マリーが恐る恐るとカレンの顔を覗き込むと、それに気付いたカレンが慌てて取り繕う。
「す、すみません!ぼーっとしておりました。何でしょうか?」
「……どんな花が咲くのかなぁ、って」
正直、どんな花が咲くのかよりも、今のマリーはカレンが何を悩んでいるのかが気になっている。
カレンは自分を見つめるマリーの視線から逃れる様に俯いた。
「そうですね、楽しみですね。でも……」
「でも?」
「間引かれちゃうんですね……」
ぎゅっ、と真一文字に結んでいるカレンは、今にも泣き出しそうに思えた。
「カレン……」
確かに、せっかく出て来た芽を摘むのは心苦しいものがある。だがそれは、そんなに思い詰める事だろうか。
「はははっ!カレンさんはとてもお優しいのでしょうな」
カレンにどう声を掛けるか考えあぐねていると、ヨーゼフが豪快に笑った。
カレンが顔を上げ、不思議そうな表情でヨーゼフを見つめる。
「……優しい?」
「ええ。かくいう私も、間引く時は何とも言えない気持ちになります。私も優しいという事ですかな。はははっ!」
「……はぁ」
「でもね、カレンさん。間引いてやらないと、せっかく出て来た芽たちがお互いに成長出来なかったりするんですよ」
「そうですか。……競い合っているのですね」
カレンは頷いていた。しかし、その表情は浮かない。そして、決して競争している話ではなかったはずだ。
「もしかしてですけれど、カレンさんはご自身と重ね合わせていらっしゃるのですか?」
はっと、カレンが顔を上げた。つまり、そういう事なのだろう。
「そうなの?何で?」
使用人間の関係など、マリーは詳しくない。もしかしたらカレンにはライバルの様な人物がいて、その人物といつも競い合っているのかもしれない。
そう思って問い掛けた。
「そういうわけでは……ただ、邪魔だから排除されるなんて、可哀相だなと思っただけです」
カレンは組んだ両手をもじもじとさせた。
つまり、カレンは自分が排除される邪魔な存在だと思っているの?!
今では違う理由で殺される危険を感じているが。マリーも、ついこの間まで同じ様に思っていた。
「カレンが邪魔だなんて誰が言ったの?!」
誰も言っていない。花の芽の話をしていただけだ。
「いえ、今はまだ……でも、今後は分かりませんから」
しかしマリーの考えは図星だったのか、カレンは俯いた。
「……私の侍女でいるのが嫌なの?」
「っ?!どうして、そうなるのですか?!逆です。私は、この先もずっと奥様に仕えていたいのです!」
「じゃあ、何も不安に思う事なんてないじゃない。私もカレンにはずっと私の侍女でいて欲しいもの」
「お、奥様……」
感無量とばかりに、カレンがマリーの手を両手で握り締める。
カレンの手は土まみれだったが、マリーも同じ様なものだったのでよしとした。
「ははは!どうやら、カレンさんの悩みは解消したようですな」
ヨーゼフはしきりに頷いていた。
「……確かに、植物も人間も似たようなものかもしれませんな。邪魔であれば排除されてしまうこともある。しかし……個性というものが存在します。それは、植物でも同じこと」
「植物でも?」
「左様。芽吹いた時に勢いがなくとも、環境によっては立派に大きく育つ事もある」
「じゃあ、間引いた芽も他の場所に移せばいいのかしら」
「ははは!それは容易な事ではありますまい。……まぁ、旦那様ならば或いはそんな環境を用意出来るのかもしれませんな……」
「……旦那様?」
どうしてそこにフィリクスが出て来るのだろう。
こてんと小首を傾げるマリーに、ヨーゼフは顎髭を弄びながら意味ありげに片目を瞑った。
と、そこへ、微かな物音と、悲鳴のような声が聞こえて来た。
庭園の隅に小さな木箱がいくつか置かれていて、見ればその木箱の一つががたがたと暴れている。
「おや。あれは、むしった草を入れていた箱ですが……はて?」
ヨーゼフがそう言いながら、木箱に向かって行く。マリーとカレンもそれについて行った。
何やら騒ぎながら、がたがたと倒れそうに揺れている木箱。何を言っているか分からないが罵声のようにも聞こえる。
「危険なものかもしれないので、奥様は下がっていて下さい」
木箱は、人が入るには些か小さい。だが聞こえてくるのは人語だった。
カレンがマリーを制した時、その木箱がばたんと倒れ、中から白い塊が転がり出て来た。
「おや。メイメイさんではないですか。こんなところで何をしているんです?」
「ヨーゼフッ!!お前さんか、私を罠に嵌めたのはっ?!」
転がり出るなりメイメイは、ヨーゼフに向かってぎゃんぎゃんと吠え出した。……大量のオナモミを、その白い毛にひっつけて。
「罠?私がメイメイさんを嵌めて、何の得があるのです」
「知らん!!知らんが、この箱を用意したのはお前さんじゃろう!私が中に入るとは思わんかったのか?!」
「「「…………」」」
思わない。
恐らく、三人が三人共にそう思ったであろう。
ぜいぜいと肩で息をし、唾を飛ばす勢いで怒っているメイメイを三人は見下ろした。
「この箱は草むしりで抜いた雑草を入れていただけなのですが……」
「じゃあ、このトゲトゲは何じゃと言うんじゃ?!取れないし、取ろうとするとくっつくし、地味に痛いぞ!」
「そういう実なのですよ。メイメイさんならご存知でしょう?これは薬になるから、後でクリスフォード領に送ろうと思っていたんです」
「知らん!丁度良さげな箱を置いておくお前さんが悪い!」
「そんな……まさか、メイメイさんが本物の猫みたいな行動をするとは思わなかったんですよ」
とんでもない濡れ衣だった。まさか、メイメイが身も心も猫になっているとは誰も思わない。
丁度良さげな大きさの箱を見付けたメイメイだったが、いざ中に入ってみたらオナモミの襲撃が待ち受けていた。
驚いたメイメイは箱から出られなくなって暴れていた。と、いうことだ。
「それに、出られなくなったと言うのなら、人間の姿にでもなったら良かったではないですか」
ヨーゼフは困り顔でしゃがみ込むと、メイメイにくっついているオナモミをひとつずつ丁寧に取って木箱に戻していく。
「そっ、それは、じゃな……そんな事をしたら、箱が壊れるじゃろうが!」
メイメイのハッとした様子を見るに、その方法は忘れていたのだろうと思われた。
と、いうか。
しれっと流されてしまったが、マリーもはっとする。
「二人は知り合い……と、いうか、メイメイの事を知っているの?」
ヨーゼフの対応は、どう考えてもメイメイの正体を知っている者のそれだ。
「え……ああ!そうですね……クリスフォード領民でメイメイさんを知らない者はもぐりですよ、もぐり!」
「そ、そうなの?」
ヨーゼフは豪快に笑った。
どうやらクリスフォード領において、メイメイが人間ではない事は周知の事実らしい。
「……もぐり」
カレンが何とも言えない表情をしていた。
結局、カレンが何を悩んでいたのかは分からぬまま時は過ぎて行った。
お読み頂きありがとうございました。




