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病弱な令嬢は公爵家で暴れる  作者: 珠音


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公爵と殿下

マリーが恐怖を体験したり、その割にぐっすり眠っていたりしていた頃の王宮―――――……


――――の、片隅につくられた離宮。


「どうにも怯えてしまっていてね。何も喋ってくれないんだよ」


セドリックは困った素振りをみせた。


「はは。モテ男も形無しだな」


かつて、現国王リチャードの不貞により誕生した子供を住まわせていたという離宮。不貞とはいえ、王の血を引く殿下が住まうには少々手狭で質素なものであった。

この離宮を、今ではセドリックが使用している。


捕えたアマリリスは、この離宮の更に端にある小さな石造りの建物に収監されていた。この小屋は窓もなく、外からしか鍵がかけられない。いわば独房のようなもの。

小屋の中も独房と何ら変わらないような作りだ。

質素なベッドがひとつ置かれているだけ。

何でこんな建物が離宮の離れにあるのか。と、いうところだが。


ともあれ、この小屋でフィリクスとセドリックはアマリリスと面会していた。


そのアマリリスはベッドに腰を掛け、俯き、喋るどころか、ぴくりとも動かない。

フィリクスがこちらに到着する前からずっとこうなのだという。


ふむ。と、フィリクスは顎を撫でた。


「アマリリス……それとも、リリス?どちらで呼ばれたい?」


フィリクスが声を掛けると、彼女はゆっくりと顔を上げた。蝋燭の微かな明かりだからだろうか、生気のない顔は、ほんの数時間前と打って変わって窶れてみえた。


「リリス……が、本名です」


「アマリリスというのは、誰かにつけられた名だということか?」


セドリックが問うと、リリスは再び俯いてしまった。

やっと顔を上げて声を出したというのに。

フィリクスはセドリックを軽く睨んだ。


「リック……君、本当に嫌われちゃってるね。何をしたんだよ。女性に嫌われるなんて初めてじゃないか?」


「何もしていないよ」


セドリックは肩を竦めた。

しかし、このままでは埒が明かない。見たところ、本当にセドリックに怯えているようだ。


ふむ。と、フィリクスは再び顎を撫でた。


「リリス。また来るから、少し休むといい。……リック、一度ここを出よう」


フィリクスが小屋を出る前に振り返えると、リリスが不安そうな目でフィリクスを見つめていた。


「大丈夫。次は私が一人で来るから」


セドリックは何か言いたげな視線をフィリクスに向けたが、こればかりは仕方がない。

これはどう見ても、セドリックに怯えて話が出来ないのだろう。フィリクス一人であれば、何か話すかもしれない。



そもそも、俺に助けを求めて来たのだしな。



外に出れば小屋の入口には、その両脇に衛兵が立っている。


「何か、変わったことはなかったか」


「「いえ、異常ありません!」」


「そうか、引き続き頼む」


「「はっ!!」」


セドリックが衛兵に声を掛け、そのままセドリックの執務室に向かおうとしたところで、ふと、フィリクスが足を止めた。


「――――――リック、待て」


フィリクスはさり気なく落ちている小石を拾うと、近くの茂みに向かって投げた。


「――――んぎゃっ!」


がさがさと茂みが揺れ、場に緊張が走った。そこから黒い人影が飛び出て来る。と、同時にフィリクスが人影に飛び掛かった。


「くっ!」


捕らえようとするフィリクスの腕を、光るものが掠めた。

フィリクスが一瞬怯む。怯んだフィリクスの腕から逃れると、人影はあっと言う間に暗闇に消えて行った。


「――――イーサン!」


「……単独ですね。恐らくは偵察でしょう。近くには、もう誰も潜んでいないようです」


気配を消してフィリクスの後ろに控えていたイーサンが応える。


「追いますか?」


「いや、いい。泳がせて、ここに誰かを収容している事を報告させよう」


「君が取り逃がすなんて、珍しいな」


「態とだよ。泳がせると言ったろ?片目は完全に潰してやったから、探したいなら眼帯でもしてる奴を探せばいい。それより、こっちの心配はないのかよ……あぁあ!やっぱり破けてる」


フィリクスのシャツの腕の部分が、すぱっと切られて血が滲んでいた。


「ほぅ……泳がせる?じゃあ、何で飛び掛かって行ったんだよ。態となんだろ?かすり傷で騒ぐなよ。それより、さっきの奴の方が心配だ……きっと、任務失敗で始末されてしまうんじゃないかなぁ」


「突っ立ってるだけでいる方が不自然だろ。それにしても、こんな事で始末するのか?はぁ……掃いて捨てるほど手駒がある奴は雑だな」


漫才のようなやり取りに、緊迫した雰囲気が和む。

イーサンは何もしてくれないので、自分で腕の手当てをしながら、「そんなことより」と、フィリクスは衛兵を睨み付けた。


「何が『異常ありません』だよ。大有りじゃないか」


「「も、申し訳ありません!!」」


一瞬の出来事に、セドリックの前に出る事しか反応出来なかった衛兵たちは深々と頭を下げた。


「まあ、いいや。イーサン、完全に夜が明ける前に先に彼女を連れて屋敷に戻ってくれ」


「はい」


予定調和だったのかイーサンは返事をするが早いか小屋の中に戻って行った。


「おい、フィリクス?」


「囮のつもりなんだろうけど、彼女は証人だしウチで預かるよ。その方が安全だろ?」


「しかし……」


「それとも、なに?彼女ひとりくらい、別に殺されてもかまわないって?……やはりリックも、そっち側の人間なのだな」


「っ!!そうは言っていない!ちゃんと見張りもいるのだから……」


「―――――へぇ?」


フィリクスは、意味ありげに衛兵たちを見やる。衛兵たちは気不味そうに視線を泳がせた。


「取り敢えず、ここの衛兵はあと二、三人増やしておいてくれ」


「……わかった」


セドリックは何も言わなかった。

いつまでもつか知れないが、まだここに彼女がいるように装っておきたい。


「では、旦那様。先に戻っております」


イーサンが人ひとり分はあるだろう大きな何かを毛布に包んで戻って来た。


「お、おい……まさか、それ?」


「ご安心下さい。眠らせているだけです」


驚いているセドリックを安心させるように、イーサンが言った。

やはり毛布に包まれているのはリリスのようだ。どう眠らせたのかは聞かないでおこう。


「イーサン。誰にも見られないようにしろよ」


「承知しております」


イーサンは、その毛布で包んだものをまるで荷物かのように肩に担ぐと、「では」と、言い残し闇に消えて行った。

セドリックが難しい表情でそれを見送る。


「馬車は……使わないのか?」


「馬車は後をつけられる可能性があるからな」


「……可能性だけで言えば、徒歩の方が高いだろ」


「イーサンが本気で走れば、風になれる。この時間であれば、誰にも気付かれずに屋敷まで戻れるだろう。尾行するにしても、俺の方にするだろうしな」


「……もう、何も言わないよ」


複雑そうな表情をしたセドリックが何を思っているか等はフィリクスの知った事ではなかった。


「さて、俺も帰るよ。マリーに早く会いたいから」


「フィー……。今帰ったところで、夫人は寝ているだろ。それより、着替えろよ。着替えくらいは貸してやるから」


セドリックにそう言われて、フィリクスは改めて己の腕を見た。手当てする為にシャツは破れたところから剥ぎ取ってしまってある。かなり残念な装いになっていた。


「やっぱり、駄目かな」


「私が夫人なら、卒倒するかもね」


それが嫌ならこっそりと帰ればいいだけだが、セドリックが引き留めるような事を言うということは、話したい事があるのだろう。

すぐに帰れない事が決定した瞬間だった。

フィリクスは、がっくりと肩を落とす。

こっそりと帰って、こっそりとマリーの寝顔を眺めようと思っていたのに。しかし、それは断腸の思いで諦めるしかないらしい。

思わず、恨めしそうな視線をセドリックに向けてしまう。


「何だよ、その態度。何だか……失礼だな」


フィリクスの失礼は今に始まったことではないのだが、セドリックは改めて思った。








一時間後、二人はセドリックの執務室に居た。


「君は、一年以内にタッセルと片を付けると言っていたけど、その後の進捗はどうなの?そう言ってから半年くらい経ったから、あと半年以内って事だけど」


マリーとフィリクスの婚姻の承認には、セドリックが一役買っていた。セドリックのお陰で、事がすんなり通ったとも言える。

その時にフィリクスがセドリックに話した内容だ。


「随分とおもてなしされたから、余程の事かと思ったら、その話をする為に俺を引き留めたのか?今でなくてもいいだろ」


セドリックは、フィリクスの為にわざわざ湯の用意までしていた。着替えには新品のシルクのシャツまで用意して。


「今、確認しておきたいんだ。恐らく近日中に、あの人は私をお茶会に呼ぶだろう。内容としては、今回の件に探りを入れる為だ」


『あの人』に、反応したフィリクスは、一瞬沈黙した。


「……リリスの居場所以外は、ありのままを伝えたらいいんじゃないのか?」


こちらとしては、それ以外を伝えられて困る事はない。

進捗といっても正直なところ決定的なものは何もなく、リリスの証言があったとしても、決定打にはなり得ないのだ。つまり手詰まり状態。


「……リリスを、どこかで見た気がするんだ。多分、あの人の……侍女の一人だったと思う」


「……侍女か」


だからセドリックとしては、リリスを囮としてあの人の動きを見たかったのだろうと思う。

そして、リリスがセドリックに怯える理由かもしれない。


「自分の駒がどうなっているのか知りたいという事か?」


自分の放った駒が戻って来ないのだから、その行方が気になるのは当然といえるが。


「大勢の侍女の内の一人だ。そんな殊勝な理由ではないだろう。どの程度の話が君に伝わっているかを確認したいのだと思う。リリスは……死んだ事にするか?あの人が、手駒の一人や二人が死んだところで気にするとは思えない。寧ろ……安心しそうだ」


セドリックは自嘲気味に顔を歪めた。


「そこはリックに任せるよ。しかし、分からないのは、何故あの人が夜会にリリスを送り込んだのか、だ。それと……元男爵は誰に唆されたのか。今更、単独で行動するとは思えない。元男爵の件はあの人ではないとすると……まあ、心当たりはあるが、仲間ではないのか?どうにも、別々に行動しているように思えるのだが……」


後半は整理出来てない内容をぶつぶつと口に出したフィリクスは、腕を組み唸った。



それと、情報が伝わるのが早過ぎる。


―――――リリス以外の間者、か。


状況が把握出来ていない現状、リリスの生死は有耶無耶にしておく方がいいのか?

どこまで情報を持っているかは知らないが、先ずはリリスに事情聴取してからか?



寝ていない所為か、思考が纏まらない。フィリクスはソファに背を預け、眉間を揉みほぐした。


「なぁ、フィー」


「何だ?」


声を掛けられフィリクスが身体を起こすと、セドリックが真剣な眼差しで一点を見つめていた。


「……建国記念の祝典がある」


「ああ、そんなものもあったな……それが?」


王家主催の大規模な祭りが、毎年王城で行われている。今年も近々行われる予定だ。


「証拠がないなら、作ればいい。と、思わないか?」


「………」


言葉が出ないというのはこの事だ。

セドリックは自分が何を言っているのか、分かっているのか。フィリクスはセドリックを見つめ返した。

思い詰めた表情のセドリックを見る限り十分理解しているようだが、要は「この祝典でやらかそう」と、言っているのだ。

どんな証拠を作ろうとしているのかは知らないが、王家主催の大規模な会。失敗すればセドリックでさえ、タダでは済まないだろう。


「何がリックをそこまで焦らせている――――?」


フィリクスにしてみれば、証拠が作れるものなら作りたい。

だがそれは、殿下であるセドリックが身体を張ってまですることなのか。


「私も二十四歳だ……今までのらりくらりと躱してきたが、いい加減伴侶を決めなければならない」


「――――知るかっ!!」

お読み頂きありがとうございました。

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