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病弱な令嬢は公爵家で暴れる  作者: 珠音


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病弱令嬢と疑惑の女

―――――――数時間後。


マリーはフィリクスを出迎える為に慌ただしく支度をし、エントランスに立っていた。


それにしても、何故フィリクスとイーサンは別々に帰って来たのだろう。

ふと疑問に思い、傍らに立つイーサンを見上げた。視線に気付いたイーサンが、マリーを見下ろす。


「何でしょう」


「どうして旦那様は、あなたと一緒にお帰りにならなかったのです?」


「旦那様が女性を一人、監禁すると仰られまして……その準備で私は先に帰って来たのです」


「―――――っ?!」


しれっと何でもないことかのように言うと、イーサンは視線を正面に戻した。

たまらないのはマリーである。



かんきんっ?……て、監禁?!

いやいや、換金かもしれないわ。

やだ!女性を換金て!

ない、ない!


そ、そうよ、やっぱり聞き間違いよね。

きっと換気とか、そう言ったのよ。

でも、でも。女性を、換気って意味不明ーっ!!



イーサンを二度見した後、これでもかというほどガン見する。一瞬のうちに、マリーの頭の中を様々な考察が駆け巡った。

しかしイーサンは、マリーの視線に気付きながらもこれを無視している。


「い、イーサン?あの、それ、どういう……」


「あ、旦那様が到着されましたよ」


「いや、ちょっと、その前に……」


「「「お帰りなさいませ!」」」


出迎える前に真実を確認したい。そんなマリーの言葉は、使用人たちの挨拶にかき消された。


エントランスに姿を現したフィリクスは目の下にクマを作り、疲れた顔をしていた。恐らく寝ていないのだろう。

それでもマリーを見つけると顔を綻ばせ、颯爽とマリーの腰を抱き寄せた。


「マリー、ただいま。君に会えなくて寂しかったよ」


フィリクスがマリーのざわざわとした胸の内を知るわけもない。抱き寄せたマリーのつむじに嬉しそうに口づけを落としている。


「……マリー?」


返事をしないマリーの顔を覗き込むフィリクスにマリーは我に返った。


「お、お帰り、なさいませ……」


「もしかして、具合が悪いのかい?やはりどこか痛めていたのか……イーサン、医者を」


「……ひぇっ」


返事がぎこちなくなってしまったのを具合が悪いと勘違いしたフィリクスが、ひょいっとマリーを抱き上げた。


「大丈夫です、からっ、下ろして下さい」


マリーはまだ心の準備が出来ていなかっただけだ。

以前であれば純粋にどきどきしていただろう。

だが、義父母の話を知ってしまった今、フィリクスへの対応をどうしたらよいのか悩んでいた。

何かしらでフィリクスの逆鱗に触れてしまったら、義母のように殺されてしまうかもしれないのだ。

更には、先程のイーサンの台詞……。



どう接するのが正解なの。



マリーは恐怖に近い感情でどきどきしていた。


「旦那様。お医者様からは、奥様はすこぶる健康体であるとお墨付きを頂きました。昨日の今日ですから、少しお疲れになっているだけかと」


すかさずカレンが横から口を挟む。


「そうか……確かに。昨日の今日だものな。精神的なものもあるだろう。よし!では私がこのまま食堂まで連れて行くことにする」


フィリクスが怖ろしい事を宣った。

何が「よし!」なのか。

そもそも、精神的なものを与えているのはフィリクス自身である。

マリーにとっては、このフィリクスの申し出を断るか否かさえ、生命を脅かす選択のように思えてならない。

マリーは、なすがままでいるしかなかった。


「旦那様は先にお着替えをして下さい。食事はその後で……」


「固いことを言うな。これ以上、マリーを待たせたら可哀想だろう」


決して可哀想などではない。寧ろ少し離れてもらった方が、マリーとしては有難い。

だが、そんなマリーの思いはフィリクスに伝わるわけもない。

マリーはどうしていいか分からず、フィリクスのシャツのボタンを見るでもなく見ていた。


そして、ふと気付く。フィリクスの服装が出掛ける前と異なっている事に。


「そんなことより、イーサン。問題はなかったか?」


「滞りなく完了致しました」


「うむ。後で様子を見に行こう」


だがこの時のマリーは、二人のこの会話の方が気になり、服装の事など特に気にすることもなかった。


結局、そのまま食堂へと移動し、そして当たり前のようにマリーを膝の上に乗せているフィリクス。

そっとフィリクスを窺うと、満面の笑みを浮かべてマリーを見つめている。マリーは慌てて俯いた。



旦那様は本当に女性を監禁なんてしているのかしら。

でも……何のために?



先程のイーサンの報告は、そのことなのだろう。イーサンの口振りでは、その場所はこの屋敷。若しくはこの近くであると思われた。


気になるならば、確認すればいい。フィリクス本人が目の前にいる。

マリーは、意を決して顔を上げた。


「あ、の……旦那様」


「ほら、マリー。あーんして」


「……はい」


いつの間にか運ばれて来ていた前菜を、フィリクスがマリーの口に運ぶ。


阿呆のフリをして「さっき、イーサンから聞いたのだけれど、監禁て何?」と、聞いてみたらいい。

そうは思うのだがしかし、内容が内容だけに結局マリーは聞く勇気が出せないまま、フィリクスの食事介助を素直に受けるだけとなってしまった。

フィリクスに何か話し掛けられた気がするが、その内容はほとんど覚えていない。


食事が終わると、フィリクスは「仕事がある」と、言って退室した。


「すぐ終わるから、その後ゆっくりとお茶をしよう」


名残惜しそうに、そう言い残して。

フィリクスは名残惜しそうであったが、マリーはほっとしていた。



旦那様には、聞きづらいけれど……!!



こうなったら、イーサンから聞き出すしかない。マリーは、フィリクスが退室した後に続こうとするイーサンを捕まえた。そのマリーの動きに、カレンが驚いているが構わない。


「イーサン。さっきの話……監禁て、なに?」


カレンには聞こえないように小声で問う。


「ああ、申し訳ありません。表現が間違っておりました。監禁ではありません」


マリーの言動は想定の範囲内だったのか、イーサンは然して驚きもせず小声で返した。

マリーは、ほっと安堵した。



やっぱり違ったのね。

監禁なんて、少し犯罪のニオイがするもの……。



「正しくは、監禁ではなく『囲う』でした」


「―――――っ!!」











囲う―――――……


一般的に貴族が囲うといえば……



―――――――愛人っ!!



呆然としたまま自室に戻って来たマリーは、うろうろとしながらもやもやとしていた。

カレンが心配して声を掛けているのだが、耳に入っていない。


そういえば、フィリクスはどこぞで着替えをして帰って来ているようだった。と、ここに来て余計な事まで思い出す。


仕事と称して、昨夜は愛人に会いに行っていたのか。それにしては出掛けの出来事は何だったのか。


愛人に会いに行き、そのまま屋敷に連れて帰って来た。と、いうのは少々無理があるか。


マリーは天を仰ぎ、難しい顔で「うーん」と、唸った。


それでも、どこかにその彼女の為の一室を用意したのは事実。

フィリクスは「後で様子を見に行く」と、言っていた。もしかしなくとも、今がその「後で」なのだろう。



と、いうことは、旦那様は今、その女性と会っている?



マリーのもやもやが強くなる。部屋の中をうろうろするスピードも上がった。

心配しているカレンの、おろおろとしているスピードも上がったが、マリーはやはり気付いていない。



旦那様の執着は、私にだけではないの?



話が違うじゃない。と、思ったところでマリーは、はっと立ち止まる。後ろについて来ていたカレンも慌てて立ち止まった。



いやいや、別に私は旦那様に執着して欲しいとか、そういう事を言っているわけではないのよ!

ただ、愛人は違うのではないかしら。と、思うだけで!



マリーは、誰が聞いているわけでもない脳内で言い訳していた。

急に頬を赤らめたマリーに、「本当に、大丈夫かしら」と、カレンは眉を顰める。


カレンは戸惑いながらも、見守る事にしたらしい。でも、待てよ。と、再びうろうろと歩き出したマリーを視線で追うに留めていた。



他に愛人がいたら、執着の度合いも弱まったりするのかしら……

そしたら、殺される危険度も下がる?



でも何故だろう。それは嫌だと思うマリーもいた。再びマリーは唸る。


「お前さんら、一体何の遊びをしているんじゃ?」


満を持して白猫が言葉を発した。

うろうろとしているマリーと、おろおろとしているカレンを、始めはによによとしながら眺めていたメイメイだったが、飽きてきたらしい。

マリーに胡乱な目を向けている。


「メイメイさん。別に遊んでいるわけではありません。……ですが、奥様、何かあったのですか?」


カレンは、ここぞとばかりにマリーの視界に躍り出た。


「あ……カレン。それが、その……」


マリーは言い淀んだ。

やっとマリーの視界に入れたカレンは、心配そうな表情でマリーの言葉を待っている。メイメイは興味津々なのか、耳をぴくぴくさせていた。


「あの……あのね……旦那様が、その……愛人を囲っているみたいなの」


「ぇ……、て、ええっ!?」


「ふぉっふぉ!何じゃ、その面白案件は!もっと詳しく話してみろ!」


マリーはもじもじしながら、ひそひそと小声で告白したのだが、二人が耳をそばだてていたお陰でやけに声が響いた。


カレンは青い顔をして驚き、メイメイは何故か瞳を輝かせている。

こんな事を面白がるなんて、なんて酷い狐だ。

それに、詳しくといっても、大した情報は持ち合わせていない。

イーサンから聞いた事を伝えると、メイメイは「ふむふむ」と、頷く。


「……ふぅむ。先ずは、どこにその女を隠しているのか。じゃな!……カレン、至急イーサンから何か頼まれごとをされたメイドがいないか確認して来るんじゃ!」


「ぇ……あ、はい!」


メイメイは何故か張り切って仕切りだした。

カレンもつられて、良い返事を返している。

ぱたぱたと走って部屋を出て行った。


「普通にイーサンに聞いてくれればいいのに……」


「この方が謎解きみたいで面白いじゃろ」


「あなたの面白いは、よく分からないわ」


「ふぉっふぉ。常人には分からんのじゃろうのぅ」


メイメイは毛づくろいを始めた。

カレンを働かせて、自分は呑気に毛づくろい。

このマイペースさは、本当に猫の様だ。


「……まあ、愛人なわけがないじゃろうがな。また私に内緒で何か始めるのは解せん」


毛づくろいをしながらメイメイが呟く。


「何?何て言ったの?」


「何でもない。気にするな」


ほどなくしてカレンが部屋に駆け込んで来た。


「随分と早いわね」


「はい!丁度、すぐ近くにいたメイドが頼まれていました!」


走って来たのかカレンの呼吸は荒い。はぁはぁ、と肩で息をしている。


「それで、何を頼まれていたんじゃ?」


「それが……」


カレンは何とも言えない表情で首を傾げながら言い淀んだ。








「ねぇ、本当に、ここ?」


マリーはカレンに案内され、別棟の地下に来ていた。メイメイも二人の後ろについて来ている。この地下には、ならず者を収容する部屋があるのだという。俗にいう牢屋だ。

カレンが話を聞いたメイドは、この部屋の掃除と、使わなくなった使用人用のベッドを運ぶように頼まれたのだという。


「おや、お揃いでどうしました」


地下へと続く入口にイーサンが立っていた。

イーサンは驚く事もなく、寧ろ含み笑いでマリー達を迎えた。


彼がここにいるということは、ここに囲っている女性がいる。と、いうことに間違いはないようだ。


「ふぉっふぉ。ここに何か隠していると聞いての。入らせてもらうよ」


「どうぞ」


イーサンが道を譲り、メイメイが先頭を切って地下へと続く階段を下りて行った。

マリーも続いて階段を下りると、幾つか部屋があった。



どうして、こんなところに愛人を……?

確かに、私には見つからないかもしれないけど……



カレンも違和感を覚えているのだろう。終始首を捻っている。

マリーは、なんとなく手前の部屋のドアノブに手を掛けた。


「あ、その部屋は拷問部屋なので、奥様は見ない方がよろしいかと」


見張りとして入口に立っていた訳ではないらしい。

後ろをついて来ていたイーサンに言われ、マリーは反射的にずさっと後退った。


「ご、ごうもん……?」


「まあ、拷問する前にほとんどが死んでしまいますので中は綺麗なものですが、奥様には刺激が強いでしょう」


「……死ぬ?」


イーサンが意味ありげに口角を上げた。メイメイが「ふぉっふぉ」と、笑う。

つまり、使用することはほとんどない。だがその理由まではマリーは理解出来なかった。


「牢屋も、そこに入れる前にほとんどが死んでしまうので綺麗なものです」



悪い事をする人は、身体が弱いってこと??



眉を顰めるマリーは、やはり正確に理解していなかった。


「旦那様でしたら、そちらの部屋です」


イーサンが指し示した部屋を見ると、覗き窓らしいところから明かりがもれている。

恐る恐る近付くと、中から男女の話し声が聞こえた。


「公爵様に……捨てられたら、わたしは……」


「……状況を整えるから、それまで待ってくれ」


「……そんなこと、奥様がお許しになるか……」


「……君が来てくれる方が、マリーの為だ」


中から聞こえた声はよく聞き取れないが、男性はフィリクスで間違いないだろう。

そして、女性。こちらは誰かは分からないが、どうやら泣いているようだ。嗚咽と、それを慰めるようなフィリクスの声が聞こえる。

その声を聞いた時、よくわからない感情がマリーの胸に湧き上がった。



状況を整えるって、なに?

私が許さなければならないような事って、なに??

それが私の為って、なによーっ?!



マリーには、フィリクスがこの女性をマリー公認の愛人にしようと画策しているように思えて愕然と立ち竦んでいた。

お読み頂きありがとうございました。

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