病弱令嬢と白狐
九尾の狐、メイメイは苛立っていた。
本当ならば輿入れしたマリーと、もっと早くに再会するはずだったのだ。
それなのにフィリクスがそれを許さなかった。
あろうことかマリーへの接近禁止令を出したのだ。
結果、メイメイは大いに暴走した。
こうなったら、これまでにないほど驚かせてやろう。
メイメイは、おかしな方向に振り切った。
メイリンであった時も、メイメイはマリーをいたずらに驚かせてはいた。
『もう〜、驚かさないでって言ってるじゃないの!』
怒りながらも少し呆れを含んだ表情のマリーの姿が、メイメイの脳裏に蘇る。
マリーも何だかんだ言いながら、最後には笑っていた。メイメイは、そのいたずらをマリーも楽しんでいると信じて疑わなかったのだ。
今回は確かに少し怖がらせてしまったかもしれないが、それでも、メイメイとしてはマリーが喜んでくれると思っていたのだ。
『やだ、もう〜!メイリンが九尾の狐だったなんて、驚いたじゃないの〜!!でも、また会えて嬉しいわ!』
とでも言いながら、いつもの様に笑うと思っていた。
『喜ぶがよい。また一緒にいてやるぞぇ』
『本当?!嬉しいわ!!フィリクスより、メイリンと一緒の方がいいもの!』
そう言って、マリーがメイメイに抱きつく。
メイメイとしては、そんな、きゃっきゃ、うふふ、な展開を思い描いてほくほくとしていたのだった。
それが、蓋を開けてみたらどうだ。
目の前にはマリーがいる。
ただ、その表情は、茫然としているようで感情は読めない。
「……じゃあ、ばあやは……メイリンは存在しない人って事なのね」
「……ほぇ?」
何の話じゃ??
喜ばないどころか、マリーのその表情は次第に暗いものへと変わっていく。
な、何じゃ、その顔はっ?!
これでは、まるで――――……
――――――まるで、私が悪者ではないかっ?!
私は悪くない。悪くないぞぇーっ!!!
九尾の狐、メイメイは焦り出していた。
マリーは茫然としていた。
その脳裏には、走馬灯のように幼い頃のばあやとの思い出が蘇っていく。
病弱が故に家族と食事を共にするということも、月に数える程度だった。更に一年の半年近くは家族が屋敷にいないという状況。
それでも、マリーがひねくれたりせずに育つ事が出来たのは、ばあやがいたからではないかとマリーは思っていた。
少なくとも信頼はしていた。
それが、存在しない人間だったなんて……
裏切られた気分だわ!!
マリーは泣き出したい気分で目の前の大きな白狐を見上げた。
それに対して白狐は、何故かそわそわと横揺れしていた。マリーの頭より高い位置から上目遣いにこちらを窺っている。
「……騙していたのね」
マリーが、ぼそっと呟く。
白狐の横揺れが激しくなった。
「なっ?!騙す?何の話じゃっ?!」
確かにメイリンにはいたずら好きなところがあって、少し困った事もあったけれど、その後の「ちょっとやり過ぎちゃったかなぁ」みたいな感じでマリーのご機嫌を伺うところは、ちょっと可愛らしくて、実はそこだけはマリーとしては好ましく思っていたのだ。
ふぅ。と、息を吐く。白狐がびくっとなった。
大きいはずの白狐が、何故か小さく見える。
「………」
その様子に、マリーは既視感があった。
そういえば、私が本気で怒っている素振りを見せた時、ばあやが私の好きなお菓子を持ってご機嫌取りに来たりしたこともあったわねぇ。
「私は悪くない!悪くないぞぇ!!しかし……ならば……ならばこれで、どうじゃあ!好きにせい!!」
マリーが懐かしく思いを馳せていると、いつまでもマリーが無言でいることにしびれを切らしたのか、白狐がその巨体をぐるりと回転させた。
すると、どうだろう。
大きかった白狐が、再び小さな白猫へと変わった。
それだけでなく、白猫となったメイメイは己の腹を曝け出した状態で、マリーの目の前にどでんと横たわった。いかようにもしてくれと言わんばかりである。
「………」
そうそう、こんな感じ。
悪いと思っているのかいないのか、よく分からない態度なのよね。
だけど、多分これは、私の機嫌を取っている……のよね?
最早、相手が魔物であろうと何であろうと、どうでもよくなっていた。目の前には猫が腹を曝け出して寝転んでいる。この状況が重要だ。
マリーは白猫を抱き上げると躊躇なくその白い腹に顔を埋めた。
思い切り「すう、はあ」と、猫の腹を吸う。
存在……しないわけではないのか。
「ふひょっ、むぐったいのぅ……」
メイメイは脚をバタつかせたが、必死に堪えようとしているようだ。
「……どうじゃ、もう怒っとらんか??……いや、しかし、私は怒られるようなことは何もしとらんけどな」
マリーの機嫌を伺うような内容に対して、声のトーンは横柄であった。
そうそう、こんな感じ。
思わずマリーは吹き出した。
「メイリン……なの?」
「お前さんがそう呼びたいなら、そう呼べばよい」
メイメイが何かしらの屈辱に耐えながら答えた。
見た目と話し方は大分違うけれど、中身は同じなのかしら。
確かに、ばあやから悪意を感じた事はなかったけれど、人間ではないなら良し悪しの考え方が違っても仕方ない……のかな?
マリーがメイメイの腹から顔を上げると、メイメイは解放されたとばかりに脱力する。
マリーは自分の腕の中で「でろーん」となっている白猫をじっと見下ろした。
そして、「あれ?」と、ある事に気付く。
「……と、いうことは?私が攫われた後、一緒にいた。と、いうことよね?」
「そうじゃが?」
「どうして、すぐに助けてくれなかったの?」
助けなかった事を責めるのも気が引けるが、今の状況を見る限りメイメイは味方なはず。
正体を見られてはいけないとか、そういう事があったとしても、森の中を彷徨っていた辺りで助ける事は出来たのではないだろうか。
「そりゃ、お前さん。すぐに助けてしまっては、はらはら、どきどき、わくわくがなくなってしまうではないか」
メイメイは「何を言っておるのじゃ?」と、ばかりに、きっぱりと言った。
なんと、メイメイの話が本当ならば、白猫の姿でマリーを攫った馬車の上に既に乗っていたというではないか。
しかも、一部始終を見守っていたという。
どうしよう、本気で言っているわ!!
その証拠にメイメイは、ドヤ顔で長い鍵尻尾を揺らしている。
見守っていた。と、いうならば、本当に危険な時は助けに入る心積もりだったのだろうが、マリーの記憶が正しければ「はらはら」「どきどき」はあっても、「わくわく」は1ミリもなかった。
「どうじゃ、楽しかったじゃろ?」
メイメイは「褒めてくれてもいいんだぞ」とでも言わんばかりに更にドヤ顔をキメてくる。
どうしよう、本気で言っているわっ!!!
「いぇ、ぁあ、まぁ……う、ん?」
マリーは言葉に詰まった。
許す、許さない以前に、色んなモノの価値観をすり合わせる必要があるようだ。
「おの、因みに、何でその……はらはら、どきどき、わくわくを私に?」
「外国に行きたいと言っておったではないか」
「外国?……あっ!もしかして……留学のこと?!」
「外国に行って、はらはら、どきどき、わくわくしたかったのじゃろ?」
そういえば、結婚することも出来なければ留学でもしようか。なんて話をメイリンにしたような?
それにしても、何で留学の話が「どきどき、はらはら、わくわく」になるのか。
やはり価値観のすり合わせは必須なようだ。
メイメイを見れば、何かを期待して忙しなく尻尾が揺れている。
「あ……あり、がと?」
「そうじゃろぅともっ!楽しかったじゃろぅてっ!!人間は寿命が短いからのぅ。色々と楽しむがよい」
つい、疑問符をつけてしまった。だが、メイメイは満足そうである。
本当に、本気で、私の為にしているつもりだったのね。
悪い魔物ではないらしい。だがしかし、恐らく価値観のすり合わせは今後も無理だろう。と、この時、マリーは悟ったという。
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