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病弱な令嬢は公爵家で暴れる  作者: 珠音


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病弱令嬢と白い影

ちょこんと座り、金色に光る目をまん丸にして、じっとマリーを見上げている白猫。



何で猫が部屋に??



夢かな。と、マリーは、ごしごしと目を擦ってみた。

それでも白猫は依然としてそこにいる。


「あ……もしかして、メイメイが一緒に連れて帰って来てくれたのかな」


そういえば、川辺で白猫を抱えたまま眠ってしまった様な気がする。


「あの時と同じ猫ちゃん……よね?」


あの時の白猫と、大きさや尻尾の形がそっくりだ。

猫が返事などするはずがないと思いつつも、声を掛けてしまう。

白猫はゆらゆらと揺らしていた長い鍵尻尾をぴんと伸ばした。まるで返事をしているようである。


「そうだ……メイメイにもお礼を言わなくちゃだわ」


マリーを助けてくれたのはメイメイだと聞いている。色々とあり過ぎて基本的な事を忘れていた。感謝を伝えるのは大事な事だ。


「おいで、猫ちゃん」


それにしても、今までこの白猫はどこにいたのか。

白猫はマリーが抱き上げようと近付くと、すっと立ち上がり、とてとてとドアに向かって歩き出した。


「あ、どこに行くの」


いつの間にかドアが少し開いている。白猫はそこから入って来たのだろう。

白猫はドアの前で立ち止まると、マリーを半身で振り返った。そして長い鍵尻尾をくいっと振る。


「ついて来いって、こと……?」


白猫は相変わらず言葉が分かるような素振りをみせる。だから、ついつい話し掛けてしまうのだが。


マリーが戸惑っている間に、白猫はドアの隙間からするりと廊下に出て行ってしまった。


「あ……」


うーん。と、マリーは一瞬迷った。だが、このまま猫が屋敷の中を彷徨って悪さをされても困る。


「仕方ないわね」


マリーは、そっと廊下に出た。

真夜中ではないとはいえ、誰もいない静まり返った薄暗い廊下は少々気味が悪い。


「ぇー、猫ちゃん?どっちに行ったのー?」


無音に耐えられなくて、態と声を出してみる。微かに声が反響した。余計に気味が悪かった。


「………」



お化けなんていない。幽霊なんていない。お化けなんていない。幽霊なんていない。お化けなんていない。幽霊なんていない―――――……



マリーは心の中で、呪文の様に唱えた。

念の為、言っておくと、マリーはその類いのものは信じていない。何故なら見た事がないから。


些か矛盾しているようにも思えるが、マリーが呪文を唱えながら右往左往していると、廊下の先に白くぼんやりしたものが見えた。

そのぼんやりしたものが階段に向かって行く。


「あっちね!」


マリーも早歩きでその後を追った。

階段を下りたのか、ぼんやりしたものの姿が見えなくなる。


「っ?!」


遅れてマリーも階段まで辿り着いたが、階下に見えた白い影を見て、心臓が飛び出そうなほど驚愕した。

思わず階段を踏み外しそうになり、慌てて手摺りにしがみつく。


階段を下りて、下の廊下を曲がって行ったのは小柄な老女だった。遠くから白くぼんやりとして見えていたのは、彼女の髪が白髪で尚且つ白い割烹着を着ていたからだろう。


「ぇ、え?……なん、で」


マリーには廊下を曲がる時に見えた彼女の横顔に見覚えがあった。


「し、静加……さん?」


その姿は、茉莉に修行という名の何かを与えていた静加によく似ていた。彼女はいつも割烹着を着ていた。そんなところまでそっくりだった。

マリーは呆然としながらも、気付けば彼女を追う様に階段を下りていた。



何で静加さんが、こんなところに?

いやいや。本人であるはすがないわ。そっくりなだけよ。

年配の方って、みんな似ているように見えるし、それに、割烹着だって、遠目だからそう見えただけで、きっと普通のエプロンだったのよ。



でも、あの年齢の使用人なんて、この屋敷にいたかしら……??



この屋敷に従事している使用人は、年齢が上の者でも四十代だ。それに対して、先程の静加そっくりの彼女は優に八十歳は超えているように見えた。


廊下まで下りたマリーは、恐る恐る彼女が歩いて行った先を見る。

丁度、部屋の扉が閉まるところだった。


「あの部屋は……」


部屋の扉が閉まった。と、いうことは、中に誰かが入った。と、いうこと。

そしてマリーは、その部屋に一度だけ入った事があった。歴代の当主とその家族の肖像画や写真やらが飾られている部屋である。


「っ!!……ま、さか」


確か、初代当主の夫人は静加に姿形がそっくりだったはず。ついでに名前も同じ発音だった。



夜な夜な肖像画から、抜け出て、出歩いている。なんて、こと――――……



「……あるはずない」


ついつい思い浮かんだおかしな考えを自ら否定した。しかしマリーの喉は「ごきゅっ」と鳴る。



お化けなんていない。幽霊なんていない。お化けなんていない。幽霊なんていない。お化けなんていない。幽霊なんていない――――……



マリーは再び心の中で呪文を唱えた。怖いならよせば良いのに、気付けばその部屋の前まで来ていた。

得体の知れないものへの恐怖がありながら、何故だか確認せずにはいられない。

再びマリーの喉が鳴った。ドアノブに掛けた手が震えている。



お化けなんて、いないわ。きっと寝ぼけてたのね。さっき見たお婆さんは――――――……そう、見間違えただけよ。



あんなに、はっきり、くっきりと幻覚を見ていたのなら、それはそれで問題があるのだが。


意を決したマリーが、ゆっくりと扉を開けた。


鍵は掛かっていない。何の抵抗もなく、すんなりと開いた扉の向こう。

それほど広くない部屋の全貌は、何の苦も無く見渡せた。


果たして。


割烹着を着た白髪の小柄な老女が、マリーに背を向け部屋の真ん中に立っていた。



どっ、どどどどどどうしようぅぅーっ!!!

幽霊っ?!お化けっ?!

本当にいたわっ?!



人は驚きすぎると動けなくなる傾向にある。

マリーはドアノブを握り締めたまま固まっていた。

心臓はばくばくと暴れているのに、金縛りにあったように身体は動かない。

長い白髪を一つに束ねた後ろ姿から目が離せずにいた。


その老女が、ゆっくりと振り返る。


「―――――静加、さん?」


マリーは反射的に声を掛けてしまってから、慌てて両手で口を塞いだ。

こういうモノに出会ったら、声を掛けてはいけない。と、いつか、どこかで、誰かに言われた気がする。


老女はそんなマリーと目を合わせると、口角を、にぃいっと上げた。


「やはり、お前さんはシズカを知っているようじゃの」


「……え?」


「まあ、そんなところに立っとらんで、部屋の中に入れ」


状況が分からぬまま、マリーは老女に促され部屋の中へと入った。

何となく言う事をきいてしまったのは、相手の容姿が見知っている者と似ているからだろうか。


「ずっと、不思議だったんじゃ。初めは、シズカの生まれ変わりとかいうやつかとも思ったんじゃが……それにしては、魂がお前さんそのものだったからのぅ」


「生まれ変わり??……たましい??」


マリーはどきっとする。

生まれ変わりというなら、確かに生まれ変わりだ。但し静加ではないが。


「そうじゃ。お前さんの魂は、本来なら成人するまで生きられるかどうか分からないくらい弱っておった。せめて看取ってやろうと側にいてやったのじゃが……それが、いつだったじゃろうか……突然元気になりよった。別人じゃなかろうか。と、いう位にな。安心せい。今ではすっかり健常な魂をしておる」


「あの、ちょっと、待って。何を言って……?あなたは……誰?何者なの?」


老女はどこか楽しそうだが、マリーには彼女の言っている意味がさっぱり分からない。

つっこみどころが満載で混乱してくる。

そもそも、彼女は誰なのか。話の流れでは静加ではないらしい。当たり前だけど。


老女は勿体ぶる様に、こほんとひとつ咳払いをする。


「ふぉっふぉ。何者か。と、聞かれたら、答えてやるのが世の情けというもんじゃろ」


「え、本当に何を言ってんの?」


「まあ、聞け」


そう言うと、何者か分からない老女は胸を張る。


「ある時は、初代当主夫人シズカ。そして、またある時は……」


マリーは息を呑んだ。

老女がくるりと回転したと思ったら、いつの間にかその姿はメイメイへと変化していたのだ。


「侍女メイメイ!!そして、またある時は……」


「……え?嘘」


メイメイが、再びくるりと回転すると、その姿はマリーのばあやであるメイリンに変化した。


「ばあやメイリン!!しかして、その実態はぁーっ……!!」


全く持ってこの状況について行けてないマリーを置いてけぼりにして、メイリンがクライマックスとばかりに声を張り上げている。そして、くるりと回転した。


「……え?嘘。猫ちゃん?」


今し方メイリンがいた場所には、白猫が鎮座していた。

マリーは、両の目から眼球がこぼれんばかりに目を剥いて驚いているが、何故か白猫も己の姿に驚いているようである。


「いや、これは……違うんじゃ……」


「やだ!これ、どういう仕掛けなの?」


白猫の姿にマリーはすっかり恐怖心をなくしていた。ささっと白猫を抱き上げる。


「ぁ、あう!離せっ!!これは、仕掛けなどでは……もう一回、もう一回じゃ!やり直しを所望する!!」


「うわ〜!よく分からないけれど、凄い!喋ってる。猫ちゃんが喋ってるわ〜!」


「あっ!こら!人の腹を弄るな!吸うなっ!」


白猫が後ろ足でマリーの腕をてしてしと蹴る。マリーが怯んだ隙をみて白猫は腕から抜け出ると、後ろ回りにくるりと一回転した。


「しかして、その実態はぁー……」


「すごい!大きな犬になったわ!!」


マリーがぱちぱちと拍手する。

この期に及んで強引にやり直しを試みた白猫だったが、その声は無情にもマリーの歓声と拍手により、かき消された。

床に着地した白猫はというと、マリーの倍以上はある白い獣になっていた。


「……犬ではない。狐じゃ」


思い通りの結果が得られなかったらしい。

白狐が心なしかしゅんとして見えるのは、気の所為ではないだろう。


「ふーん。狐か……ねぇ、どうして尻尾がいっぱいある……あっ!これ、知ってるわ!九尾の狐でしょう?!」


確か最近見た本にも載っていた。


「ふむ。如何にも、私が……」


「うわ〜!見た目よりごわごわしてる〜」


マリーは白狐の返事を聞く間もなく、その尻尾をさわさわと触り始める。


「……聞けよ、人の話。そして、もっと驚け」


「ねぇ、これ、中はどうなっているの?」


「………」


言いながら、マリーは狐の首周りを弄った。ぬいぐるみであればこの辺に切れ目があるはず。


無かった。


では、チャックの様な切れ目がないかと、今度は腹を弄る。


無かった。


「人の腹を弄るなと言うただろうが?!どうして、そんなに人の腹が好きなんじゃ?!……お前さん。まさかとは思うが、今しがた見せたものが変面か何かだと思っておるのか?」


「えっ、これ、ぬいぐるみではないの?」


この状況を何とか呑み込んだ結果、これは着ぐるみのような物だろうという結論に達した。

だが確かに狐のお腹は生暖かく、これが作りものだとしたら、やけにリアルだ。



……と、いうことは??


――――――本物の魔物っ!!!



マリーは、そろりそろりと白狐から後退る。

その様子に気を良くしたのか、白狐が目を細めた。


「お、何じゃ。ようやっと理解したのかぇ?そうじゃ、聞いて驚け!見て叫べっ!!私がこの家に巣くう魔物、九尾の狐メイメイじゃ!!」


マリーに向かって、メイメイが決めポーズとばかりに「ぐわっ」と、口を開く。

しかし、マリーは呆然としたままであった。

両者の間に温度差があるように見えるのは、どうにも否めない。


「……何じゃ、つまらん。せっかく驚くしちゅえーしょんにしたというのに。さぷらいずのしがいがないのぅ」


どの辺がサプライズのつもりなのか。ともかくメイメイはぶつぶつと呟いていた。


ふざけた雰囲気だからかろうか。不思議と恐怖は感じない。

マリーは暫しこの状況に混乱していたが、やっと少し整理がついてきた。


「メイメイは、あなたが化けていたっていう事?」


「そう言っておる」


「ばあやも?」


「そうじゃ」


「初代当主夫人も?」


「それは違う。シズカの場合は姿を模しただけじゃ。ふぉっふぉ。シズカが死んだ後も何年かはその姿で闊歩してやったからのぉ。シズカが『不死身の魔女』の異名を得られたのは、私のお陰じゃ」


メイメイは誇らしげに言っているが、それは、異名ではなく、悪名なのではなかろうか。

もしかして、この家の悪い噂はそこから来ているのでは?と、思わなくもない。


しかし、マリーの思いは、メイメイの思いも及ばないところにあった。


「……じゃあ、ばあやは……メイリンは存在しない人って事なのね」


「……ほぇ?」

お読み頂きありがとうございました。

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