病弱令嬢は生還する
いつもより文字数が少なめですが、よろしくお願いします。
ゆらゆらと身体が揺れている。
誰かの背中に負ぶされていた。
誰?
この匂い。
剛造お祖父さん?
と、いうことは、これは―――――夢?
不思議と懐かしいと感じるお祖父さんの背中に背負われ、夢だと気付いたマリーだったが、ゆらゆらと揺れている心地良さに、夢だというのにうつらうつらとしていた。
夢の中で剛造は、幼い茉莉を背負いながら「マリーという女性がいかに皆に愛されて幸せに暮らすか」という話を語っていた。
『マリー奥様は皆に好かれているのじゃが、少し鈍感なところがあってのぉ……』
マリーとは茉莉の生まれ変わりなのだという。剛造は楽しそうに作り話を語った。
この物語には剛造自身も登場していた。しかも侍女として。
幼い茉莉は侍女が何なのか分からなかったが、お祖父さんとして登場しているのではないことだけは理解した。
『皆で奥様を取り合いじゃ。引っ張りだこだったんじゃぞ?』
それは、どういう状況だ。と、思うところだが、何故か得意気に語る剛造。
それもこれも、両親を亡くしたばかりで泣きも笑いもしない茉莉を楽しませようと気を使ってくれているのだと、幼いながらに理解していた。
気を使わせている事に申し訳ないと感じていても、どうにも感情が動かないのだ。こればかりは仕方ない。
『ぱぱとままは?』
『ん?』
『ぱぱとままはいないの?』
だから、少し意地悪をして聞いてみた。この物語に茉莉の両親は登場しないのかと。
『――――ぁ、そう、じゃな……え、と……』
どうせ作り話なら、茉莉の両親も登場させて欲しいと思っただけなのだ。
だが剛造は予想以上に狼狽えている。必死に誤魔化そうとしているようだ。
その必死の様子が面白くて、茉莉は久しぶりに笑いそうになった。
おじいちゃん、こわいおかおなのに、おもしろい。
こんど、ぱぱとままに、おしえてあげよう。
―――――あ。
ぱぱとままは、もういないんだった。
今度も何も、両親とはもう些細な出来事を話し合う事も、笑い合う事も出来ないのだ。
その事実が、今更ながらに幼い茉莉の胸を貫いた。
もっと、おはなししたかった。
あいたいな――――……
気付いた時にはぽろぽろと茉莉の目から大粒の涙が幾つも零れて、剛造のシャツを濡らした。
『――――っ、ぱぱっ、ままっ』
茉莉は剛造の背中で、いつしか大声で泣きじゃくり始めた。
剛造はそんな茉莉の背中を、あやすように静かにぽんぽんと叩く。
『現実を受け入れるのは、大人でも辛いもんじゃ。ましてや、お前さんの様な子供には特にのう。酷な事じゃが……受け入れられるようになるまで、いくらでも泣いたらいい』
泣くのは、その第一歩じゃ。と、呟く剛造の目にも涙が光っていた。
剛造は、両親はもういないという現実を受け入れさせる為に両親の登場しない物語を話したのだろうか。と、その後少し大きくなった茉莉は考えた。
――――――が。
マリーとなった今では、茉莉のその考えは勘違いだったという事が分かる。
剛造にそんな深い思惑はなく、ただ単純に知っている事を得意気に語っていただけだった。
皆に愛されて?
確かに悪くは思われてはいないと思うわ。
だけど、何故かしら。
愛されている。と、言われると、素直に受け入れられない自分もいるわ。
うつらうつらしながら、そんな事を考えていたマリーの意識が浮上していく。
夢から覚めるのね。と、気付くと同時に身体が激しく揺さぶられる感覚があった。
「――――いいから、マリーをこちらに渡すのだ!」
「なんじゃ!このまま私が寝室まで運べは良かろう!」
意識がはっきりした途端、誰かが揉めている声が頭上で行き交っていた。
誰かがマリーを横抱きにしていて、誰かがそこからマリーを強引に受け取ろうとしている。
自分をめぐって揉めているのだと気付くのにそう時間は掛からなかった。
「まあまあ、旦那様も母さんも落ち着いて下さい。たかが寝室に運ぶだけです。どちらでも良いでしょう」
「ならば、夫である俺で良いではないか」
「ならば、ここまで運んで来たのは私だ。最後まで責任を持とうではないか」
揉めている事に気を取られ、目を開けるタイミングを完全に逃してしまった。
声でフィリクスとイーサンがいる事は分かった。マリーを受け取ろうとしているのがフィリクスだ。
では、今まさにマリーを抱きかかえているのは誰だろう。声からして女性であることは間違いない。
カレンではないわ。
誰だったかしら、聞いた事はある声ね。
この声を聞いたのはごく最近の様な気がするが、マリーはずぐには思い出せずにいた。
「母さん、何の対抗心ですか。……では、こうしましょう。お二人で奥様を引っ張り合うのです。勝った方が奥様を寝室に運ぶ。これで文句なしです」
母さん?!イーサンにお母さんがいるの??
それは、いるだろう。と、いう話だが、今つっこむべきはそこではない。
イーサンが聞き捨てならない事を言っていた。
マリーは、ぱちっと目を開ける。
「マリーは渡さん!」
「ふぉっふぉ。私に勝てるかな」
引っ張り合うとは、どういう事か。と、思う間もなくマリーは文字通り引っ張られていた。
しかも、マリーの上半身と脚を引っ張るというおかしな状況。
何なの?!先程の夢で言っていた引っ張りだこって、この事?
と、いうか。こういう時って普通は腕を左右に引っ張るものなんじゃないの??
それでもマリーが意識を取り戻している事に気付かない二人は、脚を胴体をとぐいぐいと引っ張っている。これで身長が伸びるかしら。なんて思っている場合ではない。
「ちょっと……やめて、痛いです!」
「あっ、マリー!!目が覚めたんだね!」
「きゃあっ」
マリーの脚を引っ張っていたフィリクスは、咄嗟にぱっと手を離した。その勢いでマリーは上半身を引っ張っていた人を下敷きに倒れ込む。
「私の勝ちじゃな。これで、私が奥様を寝室まで運ぶ事に文句はなかろう」
「いえ!私は自分で歩けます……て、あら?……メイメイ?」
急いで立ち上がったマリーは、自分を抱えていた、そして今、下敷きにしてしまった人物がメイメイであった事を知る。
「何でメイメイが?……はっ!その前に、私どうやって戻って来たのかしら」
今更だが、ここは公爵家のエントランス。
……さっきまで、川辺にいたはずなのに。
まさか、それも夢だったとか?
しかし、マリーの衣服はしっかり湿っている。それが川に落ちた事を物語っていた。
「マリーは歩いては駄目だ。足を怪我しているではないか。それに、どこか他にも怪我をしているのではないか?ああっ!手首に切り傷が!!くそっ、あの男に切り付けられたのだな!イーサン、医者はまだかっ?!マリー、しっかり私につかまれ、俺が寝室まで連れて行ってやるからな」
フィリクスは捲し立てるように言うと、さっとマリーを横抱きに抱えた。
確かにマリーの足は靴擦れで痛々しい感じになってしまっている。だが、手首の切り傷とは一体何だっただろうか。マリーは自分で誤ってナイフで切り付けた事などすっかり忘れていた。
「待てい!黙って聞いておれば。この勝負は私の勝ちじゃろ!」
「何を言っている。こういう場合、痛がっているのを見て可哀想だと最初に手を離した者に軍配が上がるのがセオリーだろ!」
「何じゃ、そのセオリーとやらは!」
「旦那様、最初に決めたルールを勝手に曲解しないで下さい。文句なしだと言ったはずです」
嗚呼。まだ、その話は続いていたのか。と、マリーは少々げんなりしていた。
文句なら大有りだ。本人の了承を得ていない。
誰が運んでくれても良い。そもそも、自分で歩ける。
と、そこへ、更にややこしい者が飛び込んで来た。
「奥様!!申し訳ありませんでしたー!ご無事でなによりですー!!」
カレンである。
今にも泣き出さんばかりの顔をしたカレンが一目散にマリーに駆け寄る。
カレンはフィリクスに抱えられているマリーにぎゅっと抱きつくと、ひょいっとフィリクスの腕から取り上げた。
「……ぇ、カレン。あなた、力持ちね」
「奥様が軽すぎるのです!それより、何でこんなにびしょ濡れなんです?!でも、安心して下さい。お湯の準備はしっかり整えてございます!」
「お、おい、カレン。マリーは私が……」
「旦那様!いくら旦那様でも、お湯のお世話は流石にさせられませんわ!」
ぽかんとしている面々を尻目に、マリーを抱えたカレンは颯爽と湯殿に駆けて行く。
今回の勝負はカレンに軍配が上がった。
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