事件は会場で起こっているのではない。裏庭で起きているのだ③
後半にさらっと残酷描写があります。少しでも苦手な方はご注意下さいませ。
「攫われたのは、使用人ですよね?そんなの放って置いても良いんじゃないですか?!」
そう訴えるメイドは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
攫われたのはマリーだ。それを言うに事欠いて、放って置けとは!
フィリクスには思う所しかなかったが、表向きは攫われたのは使用人となっている。ぐっと堪えた。
「私の質問を無視するとは、いい度胸だね」
「す、すみませんっ!!」
メイドは口を結び、再び俯く。どうやら名前は言いたくないらしい。
だが、恐らくはこのメイドがリリスだ。フィリクスは、そう確信していた。
「まあ、いいよ。それでは……君は、犯人を見逃せと言っているのかい?」
「ちっ、違います!そうではなくて……その……」
何かを言いかけて、メイドは口を噤む。
それにしても分からないな。
そもそも、リリスが騒いだから賊に逃げられたんだよな。
こちらの計画に気付いて意図的に逃したのであればそのまま自分も逃げてしまえば良かったものを。
態々この女が近付いて来た意図が分からない。
何がしたいのだ?
俺の思い違いで、この女はリリスではないのか?
それとも―――――……
フィリクスは「ふむ」と、顎を擦った。
「……例えば、殿下と君が同時に溺れたとするよね。そうすると、私は殿下を助けなければならない。命に順位があること自体がまずおかしい話だけれども。しかし立場上、これは仕方ないよね」
セドリックが「ぇえ〜?」と、小さく情けない声を上げたがここでは無視させてもらう。
「でも、私は殿下を先に助けるだけだ。君も必ず助ける。ん〜……、というか、やっぱり……危険度に応じて、君を先に助けることもあるかもなぁ〜」
セドリックが「おいっ!」と、明確につっこみを入れたがここでも無視させてもらう。
「私でしたら、二人同時に助けられますけどね……」
「お前は黙っていてくれないか」
イーサンの呟きは無視出来なかった。
このやり取りに、後ろの方に控えていたカレンが堪らず「ぷっ」と、吹き出した。それにつられて、きょとんとしていたメイドもぎこちなく口角を上げる。
何となくほんわかした空気になってしまったが、フィリクスは笑いを取りたくてこんな話をしたわけではない。途中から自分でも何を言っているのかよく分からなくなっていたが、メイドの思い詰めた表情が気になったのだ。
私の記憶が正しければ、この女は―――――……
いまいち決まらない事には少々納得がいかないが、フィリクスは「こほん」と、ひとつ咳払いをした。
「つまり、何が言いたいかと言うと、誰であれ、助ける。と、いう事だな。……ああ、でも。誰でもというわけではないな。やはり、身内だけだな」
「身内だけと申しますと、こちらの彼女の事は助けない。と、いう事になりますが?」
「お前は本当に黙っていてくれないか」
「旦那様は何を仰りたいのですか?」
「だから、黙っていろって」
自分でも矛盾したことを言っているような気がしていたのだ。そこを敢えて揚げ足を取ってくるイーサンが少々憎たらしい。
「フィリクス。君が何を言いたいのかは私にも分かりかねるが、もう良いだろう。この女の身柄はこちらで引き取る」
「リック……お前もか。だがしかし、この女は……」
「ああ。分かっている。だからこそ、だ。詳しく話を聞きたい。私の離宮の地下牢ならばアレも手を出しては来られないだろう」
セドリックが護衛に指示を出そうとするのをフィリクスが制止した。
「まあ、待て。折角、危険を顧みず我々に声を掛けて来てくれたのだ。もう少しここで話をしてからでも良いいじゃないか。なあ、君もそう思うから声を掛けて来たんだろ?リリス。いや――――――アマリリス」
肯定はなかった。しかし、沈黙。それが答えである。
メイドは、きゅっと唇を一文字に結ぶと真剣な眼差しで顔を上げた。そろそろ噛み締めた唇が切れてしまうのではないかと思うが、暫し視線を泳がせ逡巡した後、漸く口を開いた。
「公爵様。情報を提供する代わりに、お願いがございます。私を―――――……」
「ん、何だ?」
「――――私を、身内にして下さいませんか?」
「……はい?」
◆◇◆◇◆◇◆
「旦那様。あの女を信用して宜しいのですか。罠かもしれませんよ?」
フィリクスとイーサンは、アマリリスの証言をもとに賊が潜伏しているという場所に向かっていた。
セドリックはあの後、アマリリスを拘束し一足先に移動している。
「身内にしてくれってことは、つまり……助けてくれって事だろう?それに、既に拘束しているんだ。ここで嘘を吐いても自分の首を締めるだけだろう」
フィリクスも罠である可能性を考えなかった訳ではない。寧ろ、可能性としては、多いにある。
いくら拘束しているとはいえ、あの手の者は、己の命を軽くみている傾向にある。偽の情報を流し、自害することも厭わない。
だがフィリクスは、彼女に少々の違和感を感じていた。
リリス改め、アマリリス。タッセル公爵側の諜報員のひとり。
それさえ本名かどうか定かではないが、フィリクスは何度か彼女を見掛けていた。
時には侍女。時には町娘として。
その何れの時も同じ容姿ではなかった。化粧や髪の色を変えて変装していた。そして、何時も煙のように消える。
「もしかしたら、何時も途中で姿を変えていたのかもしれないな」
先程の姿は素だったように思う。
彼女の変装術は見事なものだ。違和感なく存在を消すのも上手いが、敢えて印象に残す変装を得意としているようだ。それは素顔に何の特徴もない彼女だからこそ可能だともいえる。
「無論。彼女を完全に信用しているわけではないが、こちらとしても新しい情報を手に入れたではないか」
「ですから、それが罠だったら?と、申し上げているのです」
「私とお前の二人であれば、罠に掛かったところでどうなることもないだろう?」
「旦那様は、いつからそんな甘ちゃんになったのです。まさかとは思いますが、彼女をこちらの使用人などに迎えようなどとは思ってはおりませんよね?」
「駄目なのか?妻はマリー以外要らないし、養子も考えられん。身内として、残るは……」
「…………」
イーサンが無言で、じっとりとした視線をフィリクスに向けた。
「冗談だ。まあ、お前が言いたい事も分かる。罠であったなら、彼女を拷問の上始末するだけだ。だが、以前あちらの諜報部員を調査したことがあっただろう。あの時、少し気になる事があったではないか」
「脅して言う事をきかせている。と、いうやつですか」
「何を脅されているのか裏は取れなかったがそれが事実だったとすれば、おかしな話ではあるが、彼女にとってはこちらに拘束されている方が安全なのかもしれないな」
「逃げる為に態とこちらに捕まったと?」
「可能性の問題だ。それに、もしかしたら本当にマリーを助けようとしてくれたのかもしれないじゃないか」
「……気の所為でしょうか。私には旦那様が夢見る乙女に見えています」
「ははっ。まあ、そう言うな。使用人として雇うかどうかはさて置き、彼女にはこれから尋問が待っている」
その後、彼女の今後の活用方法を考えるのでも遅くはない。
アマリリスにどんな意図があるにせよ、簡単には解放はしない。何よりも彼女自身がそれを望んでいるようにも感じる。
「つまり。旦那様は彼女を保護するおつもりなのですね。……殿下にお任せして良かったのでしょうか」
「適任じゃないか。もしかしたら、同じ理由で保護される者が増えるかもしないぞ?」
フィリクスは冗談ぽく笑ったが、イーサンは腑に落ちない表情で黙っていた。
二人を乗せた馬車が街を抜け、郊外の一角に到着した。今は空き家となっている屋敷が闇夜にひっそりと佇んでいる。
「荒れているな。人の気配がない」
ここはかつてリベール男爵が所有していた屋敷。男爵が爵位を取り上げられてから二十余年。今も国預かりになっている屋敷である。
「アマリリスの話では、この近くに物置小屋があるという事だったが――――ん?」
誰もいないはずの屋敷の中に明かりが見えた気がした。
フィリクスが目を凝らす。
しかし、暗闇が広がるばかり。
「……気の所為か」
この屋敷には管理する者も常駐していないはずだ。だからこそ、この近くの小屋を賊がアジトにしているのだろう。
「旦那様。この先に小屋らしき物が見えます」
イーサンが指差す先に視線を向けたが、フィリクスには見えない。しかし、数百メートル先の木々の間から、小屋から漏れているのだろう明かりが辛うじて見え、そこがそうなのだろうということが分かる。
「人が……いますね。一人……いや、二人増えました。あの小屋には三人いるようです。……おやおや、彼等はこれからクリスフォード公爵夫人を探しに行くようですよ」
耳を澄ませていたイーサンが「くくっ」と、可笑しそうに笑う。
「地獄耳め」
フィリクスも人より五感は鋭い方だが、ここまでではない。
「旦那様。この場合、地獄耳というのは恐らく意味が違います」
「……黙っていてくれないか」
己の間違いを棚に上げ、イーサンに腹を立てたフィリクスは、ずんずんと小屋に向かって歩き出す。
普段人通りがないせいか、道まで荒れている。だがそのお陰で、馬車の車輪と人が踏み歩いた真新しい跡がしっかりと残っていた。
その痕跡は小屋まで続いており、やはりというか、小屋の前には馬車が停まっていた。
そっと小屋に近付くと、中から複数の男の声がする。アマリリスの証言が正しければ、この声の主たちがマリーを攫った賊だ。フィリクスは更に小屋の扉に近付き、静かに聞き耳を立てた。
「―――女は始末したんだろうな?」
「それが―――……」
「始末しただとっ!!」
「ばーんっ!!」と、派手な音を立て、扉が破壊された。
踏み込む機会を窺っていたのだが、中から聞こえた話に逆上したフィリクスが扉を蹴破り、中に乗り込んだのだ。
イーサンが「あー……」と、遠い目をしていたが、ここでは無視をする。
小屋の中には男が三人いた。
その男どもは突然の事に驚き、フィリクスを振り返りぽかんとしている。
「だ、誰だ、貴様はっ!!」
いち早く我に返ったリーダー格の男が慌ててフィリクスにナイフを向けたが、フィリクスには素直に名を名乗るつもりはない。
「攫った女性をどこに隠した?大人しく渡せば命だけは助けてやろう」
どちらが悪党か分からないような台詞。
しかし狭い小屋の中を見渡しても、マリーの姿は見当たらないのだ。フィリクスの心臓は激しく脈を打ち始めた。
まさか――――……
男の下卑た笑みに嫌な予感がフィリクスの頭を過ぎった。
「……はっ、命って旦那。丸腰で何を仰るんです。その程度の脅しで俺等が言う事をきくとでも思ってんですかい?そもそも女性ってのは、あの嬢ちゃんの事ですかね?ははっ、あれなら、今頃は野犬の餌にでもなって―――……」
刹那。ボールの様なものが飛び、壁に打つかり、ごろりと床に落ちた。男の身体がぐらりと揺れ、頭があった場所から大量の血飛沫が上がる。
他の二人が、床に落ちたボールのようなものが男の頭部だと気付くのに数秒かかった。
「……ひっ、ひっ?!アニキ?!どうなってんだ?あんた、何をしたんだっ?!」
「なかなか良い切れ味だった。これは、返してやろう」
「ひぃいいっ!!」
フィリクスが男から奪ったナイフを、頭部を失くした男の胴体の上に放り投げた。
ごつい男二人は腰を抜かし、震えながらフィリクスを見上げている。
「私には殺すなと言うくせに……」
イーサンがフィリクスの後ろで、何やら不満気にぶつぶつと呟いている。
「マリーには、この事は黙っていろよ」
「…………」
フィリクスは万が一にもマリーに怖がられたり、嫌われたくないのだ。
イーサンはじっとりとした目でフィリクスを見た。が、そのまま、腰を抜かしている二人に視線を向けた。二人はびくっとなり、腰を抜かしたまま後退りした。
「そんなに怖がる事はありません。まあ、あなた方のアニキ?さんは……そうですね。三対二であれば勝てるとでも思っていたのか……雉も鳴かずば撃たれまいというやつで、残念でしたが――――もう一度、お聞きします。攫った女性はどこですか?」
イーサンが二人に向かって問う。
イーサンとしては凄んだつもりはなく、寧ろ珍しく微笑んだつもりが、それはそれは空恐ろしいものだったという。
「ほ、本当に、知らないっす……逃げられて……」
がくぶると震え、可哀想なほど青い顔で男が言う。
「ほう。では、一応確認します。その女性は使用人の格好をしていましたか?」
イーサンの問いに、男たちは首がもげそうなほど激しく頭を縦に振った。
「ふむ。無事なのは間違いなさそうですね……旦那様?」
フィリクスは険しい表情で一点を見つめていた。
かと、思ったら、物凄い勢いで腰を抜かしている男が持っていたナイフを奪い取った。
「ひぃいいっ!すんません!すんませんっ!!」
男はこれ以上ないほど身体を縮こませている。
「旦那様?何をして……」
「マリーだっ!!」
「は?」
「このナイフからマリーの匂いがする!!マリーの血がついている!!貴様っ!これでマリーを傷つけたなっ?!」
イーサンは細い目を更に細めてフィリクスが男から奪い取ったナイフの刃を凝視した。
「血……ですか?ついていると言われれば……いや、ついてますかね、これ?」
「殺す!」
しかし、フィリクスの目は正気を失っていた。
イーサンが素早くフィリクスを羽交い締めにしていなければ、男はどうなっていたか分からない。
「イーサン、邪魔をするな!」
「ひぃっ!何なんすか、何の事っすか!俺はただ、あの女の脚を触っただけで、刺してなんかいねぇっすよっ!」
不味いと感じたもう一人の男が慌てて男の口を塞いだが、遅かった。フィリクスは完全に熱り立っている。
「な、何だとぉおうー!!貴様ぁっ!!離せ、イーサン、この男は万死に値する!!マリーに触れて良いのは、この俺だけだっ!!」
「旦那様、落ち着いて下さい。ここでこの人たちを殺してしまうと情報が得られません。あなたも怯えながら旦那様を煽らないで下さい。雉になりたいのですか?」
フィリクスの名誉の為に言っておくと、いつも容赦がないのはイーサンの方で、フィリクスは抑え役なのだ。
じたばたと暴れるフィリクスを抑えるのは、イーサンを以てしても一苦労だった。本当に余計な事を言ってくれた。イーサンは「ふぅ」と、態とらしく嘆息する。
「すんません!本当にこいつは馬鹿なんす!どうか命だけはお許し下さい!誓って俺らは彼女を傷付けてないです!どちらかと言えば、傷付いたのは俺らの方で……いや!何でもないっす!すんませんっ!!」
そう言って、男は頭を床に擦り付けた。馬鹿だと言われた男も無理矢理に頭を下げさせられている。
確かに、よく見れば男たちは痣だらけで、顔には鼻血が出た痕が残っていた。
馬鹿だからマリーに触れても良いという道理はないが、全員を殺してしまうと情報が得にくい事は確かだ。
フィリクスは鼻息荒くしながらも、何とか溜飲を下げた。
「では、マリーは……彼女はどこだ!」
「それは……分からないです。あそこから逃げられて、それから先の事は俺らも見てません」
男が明かり取りの窓を指差した。
確かにマリーであれば通れるであろう大きさの窓がそこにはあった。
「そんな……」
外は暗闇。そんな中をマリーが一人で彷徨っているのかと思うとフィリクスの身体から血の気が引いた。
「……お前たちは誰に頼まれた?首謀者は誰だ?」
「それは……リベール卿です」
「何だと?」
リベール卿は既に平民となっているはずだ。その生死も誰も気にする者がいなかったから、この男の言うリベール卿が本人かどうか定かではないが。
もしかして、屋敷の中に見えた明かりは気の所為ではなく、誰かが居たのか?
そもそも、リベールは我が公爵家とは関わりがなかったはず。
それが、なぜ今頃?
フィリクスは眉を顰めた。
「リベールは何が目的だったんだ?」
「それは、分からないっす。アニキは知ってたみたいっすけど」
「………」
イーサンが、本日何度目かのジト目をフィリクスに向けた。フィリクスは、本日何度目かの無視をした。
「あの屋敷も調べる必要があるな」
何度も無視されて納得いかない顔をしていたイーサンだったが、ふと、テーブルに目を留める。
「旦那様。一度、屋敷に戻りましょう」
「駄目だ。マリーはまだこの辺りにいるはずだ」
「いえ、あれを見て下さい」
イーサンがテーブルの上を指差す。そこには何かの木の実がいくつかと、何かの葉っぱが数枚置いてあった。
「あれが、どうしたのだ」
「母からのメッセージです。どうやら、奥様を捕獲したようですよ」
「保護と言え、保護と」
思わず訂正を求めたフィリクスだったが、それきり言葉が出なかった。テーブルにはどう見てもゴミにしか見えない木の実と葉っぱしかないのだ。
これがメッセージ??
しかし、イーサンは至って真面目に言っているようだ。
「……分かった。一度戻ろう」
親子にしか分からない事もあるのだろう。
渋々とフィリクスは頷く。
それでは、この二人を連行しなければ。と、振り返った。
「それにしても、ちょっとこの小屋は汚すぎじゃないか?」
こんなところにマリーを連れて来たなんて。と、小屋の中の土嚢がぐちゃぐちゃに散乱している事に今更ながらに気が付いた。
何気なく言った一言だったが、何故だか男どもが訴えるような何とも言えない表情でフィリクスを見つめて来る。
「……何だよ?」
思わず凄み返したフィリクスに、二人の男は「いえ、何でもありません」と、俯いた。
お読み頂きありがとうございました。




