事件は会場で起こっているのではない。裏庭で起きているのだ
少々時間を巻き戻し、フィリクス視点になっております。
時を遡ること数刻。ミルトン侯爵邸―――――――。
「いいか。お前は出番が来るまでここで待機していろ。絶対に部屋を出るな」
相手の顔を見ることもなくフィリクスは言う。
来客の休憩室として用意されている部屋で、フィリクスは機嫌が悪かった。
「それは、退屈ですわね。少し外の様子を見て来るくらい、良いではないですか。何をそんなに不機嫌になっているのです?」
口元に手を当て、ころころと笑う相手をフィリクスは、ぎっと睨んだ。
「不機嫌にもなるだろう。なぜ態々そのドレスを選んだ?それはマリーが着てこそ意味を成すものなのに……」
「これはこれは、おかしな事を……姿形は一緒ですのに。ついでに声も貴方の妻と同じですわ」
メイメイがマリーから奪い取る様なかたちで借りてきた黒いドレス。そのドレスを身に纏う、姿形はマリーそっくりの女がこてりと首を傾げた。
女のその芝居がかった仕草に、フィリクスの機嫌は更に悪化する。
フィリクスは、それはそれは楽しみにしていたのだ。自分の提案したドレスで着飾ったマリーと立ち並ぶことを。
それなのに―――――!!
「どこがだ!全く違うぞ!!マリーからは、こう……内から溢れ出で来る輝きがだな……それに、そう、香りが……常に花の様な芳しさが……なのに、それなのに、何故にお前なのか!」
手をわきわきさせながら語るフィリクスは少々気持ち悪さを醸し出しているが、本人にその自覚はない。
「だーれが、加齢臭じゃ?!」
先程の科を作った仕草とは打って変わり、威嚇するように歯茎を剥き出しにして睨んできた女にフィリクスは頬を引き攣らせた。
「……そこまでは言っていない。それと、マリーの顔でそんな変な顔をしてくれるな」
「お前さんが、どうしても。と言うから頼まれてやったというのに、えらい言いようではないか」
「それはそうだが……お前だってノリノリだったじゃないか。ともかく!私が迎えに来るまでここから動くなよ。……いいな、メイメイ?」
返事はない。
マリーもどきは、どかっとソファーに座り、膨れっ面をするこで返事としたようだ。
その姿は第三者から見たら、どこからどう見ても不機嫌なマリーそのもの。それでもフィリクスから見れば、紛うことなき偽物なのだ。
自分で今回の件をメイメイに頼んだにも関わらず、偽物が視界に入るのが気に入らない。どうして本物ではないのだ。と、腹が立ってくるのである。
しかも、このドレス!!
フィリクスはことマリーに関しては狭量であった。
フィリクスは小さく息を吐く。
このマリーもどきは化粧やらでマリーそっくりに仕立て上げられているわけではない。九尾の狐という狐の化け物が化けているのだ。名をメイメイという。
メイメイは初代の頃からクリスフォードの家に仕えている魔物であり、姿形を自由自在に変化させる能力を有していた。
但し、彼等の中で、人間に仕えるという認識はあまりない。こちらの要求全てに応えてくれるわけではなく。あくまでも対等で、寧ろ彼等の我々に対して「してやってる」感は強い。
恐ろしく力を持っている為、彼等の事は一部の人間しか知らない。知られてしまえば、この国は恐怖で混乱してしまうだろう。
そんな彼等が、なぜ今の今まで大人しく人間に仕えているのかは謎である。
これも、マリーとの平穏な生活を手に入れる為だ。
マリー以外の女性と仲睦まじくするなど、例え振りだとしても身の毛もよだつ事をしているのには当然理由がある。
他家から恨みを買いやすいクリスフォード家。他家というか、ほぼタッセル公爵に連なる家門だけなのだが。しかし奴等は命さえ狙って来る。
現状ではマリーを常に身の危険に晒してしまうことは必至だった。
自分は何をされてもいい。なんとでもなる。
しかし、マリーに手を出されるのは……。
ならば、危険分子を排除するまで。
今回の夜会は、その分子をあぶり出す為の餌だ。
これで片が付き、憂いを払う事が出来ればその時こそ――――――!!
マリーと盛大な結婚式を挙げ、国中の人間にマリーは俺の妻なんだと堂々と自慢するのだっ!!
―――――俺は決して父のようにはならないぞっ!
フィリクスは、ぐっと拳に力を入れ唇を固く結んだが、思わず「ふふっ」と、声が漏れた。
「お前さん、何か邪な事を考えておるな?」
メイメイにジト目を向けられ、こほんと一つ咳払いする。マリーのウェディングドレス姿を想像してニヤついてしまったとは言えない。
気を取り直したフィリクスは顔を上げた。
さて、警備の最終確認をしなければならない。
この夜会はミルトン侯爵主催となっているが、その内容はクリスフォード公爵夫人のお披露目という名目になっていた。本来ならば公爵邸でやるべきなのだが、大勢の招待客を呼ぶには少々手狭である。なので、今回はフィリクスの母親の兄である侯爵に場所を提供してもらっていた。
警備、その他諸々は実質公爵家が担っている。
クリスフォード公爵は代々極度の愛妻家である。と、いう話はこの国の貴族であれば誰でもが知っている。故にフィリクスにとって最大の弱点がマリーであることは、言わずと知れた周知の事実であった。
公爵に囲われてしまった彼女は、今後表に出られることはないのだろう。と、いう憐れみと、どんな女性なのだろう。と、いった好奇心。
招待された者たちからは好機の目に晒されるだろう。
フィリクスはそれも嫌であった。
マリーが減る……。
彼女を自慢したいが、見せたくもない。フィリクスは、どうでもいい葛藤にいつも悩まされていた。
今回も、万が一のことがあっても簡単にはやられないであろうメイメイを囮にする。というのが目的だ。本人を囮にするなど以ての外。だが、他の男にマリー本人を見せたくない。と、いうのが本音だ。
しかし、クリスフォード公爵家をどうにかしたい輩にとって、彼女が屋敷から出て来るこの夜会はまたとない絶好の機会なのは事実のはず。
「やあ。ここにいたのかい?」
その時、ノックもなく部屋に入って来たのはセドリック王子殿下。純白に金の刺繍が施された騎士服を纏っている。
今日も金粉を撒き散らす如くきらきらしいセドリックはマリーもどきのメイメイを見て感心した。
「ほぅ。やはり凄いなメイメイは。まるで本物ではないか。フィーが夫人を囮にすると言った時は気でも触れたかと思ったが、これならば納得だ」
「何故これがメイメイだと?……メイメイとは初対面だったと思いますが?」
クリスフォードに棲まう化け物については、事情により王子殿下であるセドリックにだけは伝えてある。それでも直接会わせたことはなかったはずだ。
今回も、特にメイメイを使うとは伝えていなかった。あくまでも、夫婦で夜会に参加すると伝えている。
嫌な予感にフィリクスは眉を顰めた。
「おや。私との会議にメイメイを代役に立てたことを忘れてしまったのかい?」
フィリクスは、ぎくっと微かに肩を震わせた。
セドリックの住まう離宮に泊まり込みで仕事をすることが多かった。以前はそれでも困ることはなかったのだが、今は違う。とにかくマリーに会いたかったフィリクスは、一度だけメイメイにフィリクスとして代わりをするように頼んだのだ。
簡単な打ち合わせだからと油断した。バレていたとは。
フィリクスはメイメイに、じろっと視線を向けた。そのタイミングに合わせるようにメイメイは、ぷいっと横を向く。
これは、バレていることに気付いていたな。
それとも、故意にバラしたのか。
そのお陰でマリーとお茶をする時間が出来たのだが、そんなことは忘れているのかフィリクスは「そういうことは報告しておけよ」と、念を込めてメイメイを睨む。
「はは。怒らないであげてよ。私は面白いものを見られたと思っているのだから。それに、新婚さんには悪い事をしているとも思っているしね」
「そう思うなら、一ヶ月くらい休みが欲しいものだが?」
「あれ、おかしいな?その為に、今休みなく躍起になっているのだと思っていたよ。つまり、休みが取れないのは君の能力不足……」
「言われなくても分かってますよ!」
分かっているから皆まで言うな。フィリクスは不機嫌に口を噤む。
機嫌の悪い時に限って、機嫌の悪くなる事は続く。いや、機嫌が悪いから全ての事が悪く感じられるのか。
「ははっ。君は少し腹芸を覚える必要があるな」
「貴方相手に必要ないでしょう」
今更、何を言う。
これでも一応フィリクスは貴族。感情を表に出さない術も心得てはいるが、同い年であり、幼い頃からの付き合いのセドリックの前では、どうしても素が出てしまうのだ。
いや、ただ単に感情を抑えるのが面倒臭いだけかもしれないが。
「それにしても、今更だが本当に良かったのか?連れて来たのは私の護衛騎士だけなのだが」
「良いんです。適度に警備の穴を作っておく必要がありますから」
公爵家の腕の立つ使用人も数名配置している。
こちらの計画としては、あわよくば敵のアジトまでメイメイを攫ってもらう事だ。完璧な警備では態と攫われるということが難しくなってしまう。ここで王子殿下の近衛騎士にずらりと並ばれたら、逆に困るのだ。
さりとて、あまりに警備が手薄でも逆に敵が警戒してしまう恐れがある。塩梅が難しい。
そもそも、何かしらの事件が起こるという確証はない。ただ招待状にクリスフォード公爵夫人のお披露目を匂わす文言を加えただけ。
それでも今回、事を推し進めたのはクリスフォード領に何かしらの賊が侵入を試みた形跡が残っていたからである。
だがクリスフォード領、少なくとも本邸周辺は簡単には入れないようになっている。
侵入を試みた賊がどちらかの貴族の差し金であるならば、この夜会で何かしらが起こる可能性は大いにあった。
王族主催でもないのに、ほとんどの貴族が招待された夜会が華やかに始まった。
夜会が始まり少ししたところで、華麗なご令嬢たちを引き連れたセドリックがフィリクスに声を掛けてくる。
「フィー。君、なんで一人なの」
フィリクスがメイメイ扮するマリーと一緒にいたのは入場してマリーの紹介をするところまでである。
「夫人はどちらだい?」
意図的に別行動していると分かっている癖に、セドリックは態とらしく小首を傾げている。
二十四歳にもなるのに、セドリックには婚約者も決まっていなかった。セドリックは文武両道に優秀な上に眉目秀麗で更には地位もある王族だ。であるのに候補者すらいないのは如何なものかと思う。
それ故、こういった会場では妙齢のご令嬢たちに囲まれてしまうのだった。
皆、殿下の心を射止めようと必死。噂では、夜な夜な血みどろの戦いが繰り広げられているとか、いないとか。女性とは恐ろしい生き物だ。
マリーは別だけどな。
フィリクスは、ふふ。と、心の中でほくそ笑む。
セドリックを囲んでいるご令嬢たちは、身分としては伯爵令嬢よりも格上のご令嬢たちだが、比べるまでもなくマリーの方が美しく素晴らしい。と、フィリクスは本気で思っているのだ。相当な色眼鏡である。
さて、セドリックが用もないのに声を掛けてくる時は、大概がこういったご令嬢を追い払う時であった。
フィリクスをちらっと見ながら、セドリックが申し訳なさそうに「少し話があるから」と、ご令嬢たちに言えば、フィリクスが彼女たちから睨まれることになるのである。
無駄に恨みの念を向けられる身にもなって欲しい。いい迷惑だ。
「早く相手を決めてしまえよ。そうすれば、こういう煩わしさはなくなるだろ?それとも何か。いつまでもモテていたいのか?このまま年を取っておっさんになってしまったら、流石に彼女たちも見向きもしてくれなくなるぞ」
後ろ髪を引かれる様子でご令嬢たちが離れて行ったのを見計らってから、フィリクスは嫌味を込めた愚痴を言う。
「まあ、そう言うな。こちらにも事情というものがあるんだ」
苦笑するセドリックは、先程までの王子然とした微笑みから、幾分くだけた表情に変わる。
セドリックにとっても、フィリクスは気を許せる数少ない人間のうちの一人だということだろう。
「本当に彼女ひとりで大丈夫なのかい?」
セドリックは本気でメイメイを心配しているようだ。
だが、殺しても死なないようなメイメイのこと。
フィリクスは寧ろメイメイ扮するマリーをどうにかしようとする輩の方が心配であった。
相手を殺さなければいいのだが。
メイメイの能力は、なにも変化だけではなかった。攻撃する能力も持ち合わせている。とはいえ、フィリクスは直に見たことはないので、それが如何ほどのものかは分かりかねる。
「……やり過ぎるな。とは、言ってあるが……」
「やり過ぎ……?」
フィリクスの呟きにセドリックが眉を顰めた。
だがフィリクスは、セドリックの問いに答えることなく視線を会場の奥。給仕する使用人たちが出入りするパーティションに向けた。
何か、あったのか?
使用人たちが慌てているように見える。
夜会が始まったばかりで忙しいと言えばそうなのだが、少し気になる。
「少し……見て来ます」
「私も行こう」
フィリクスの緊張した面持ちに、何かを察したセドリックも頷く。
パーティションの裏に入ると、やはり使用人たちが皆一様に動揺しているのが見て取れた。
皆がおろおろとしている中で、ひとり指示を出しながらきびきびと動く者がいる。彼は確かミルトン侯爵家の執事だったとフィリクスは記憶している。
その執事がフィリクスに気付くと颯爽と歩み寄るが、その表情は硬い。
「公爵様。今、報告に上がるところでした」
「何があった?」
「それが、裏庭に不審者が居たらしいのです。警備の者が対応しましたが、どうやら……クリスフォード公爵夫人を襲うことが目的だったようでして……」
「メ……マリーが襲われたのか?!」
「いえ、未遂に終わりました。残念ながら不審者には逃げられてしまいました……その際に使用人の一人が攫われたようですが、夫人は無事です」
「……そうか」
執事は微かに眉を顰めた。夫人が無事であるという報告に、フィリクスの様子が残念そうに見えたからである。
フィリクスは執事の怪訝そうな視線に咳払いした。
「んんっ!不審者を捕まえられなかったのは申し訳なかった……で、マリーは今どこにいる?」
「夫人は休憩室にご案内致しました」
「そうか。それで、攫われてしまったという使用人は誰だ?」
「それは今、警備が確認中です。特に今夜は人数を増やしておりましたから、誰がいなくなったのかすぐには把握出来ない状態です」
「なるほど、分かった。後は警備に確認しよう」
公爵家が担う警備の下、使用人とはいえ、人が攫われるなどあってはならない失態。しかも、攫って欲しいと思っていたメイメイは無事だという。
機嫌の悪さが悪い事を呼び寄せてしまったのか。思い通りにいかない。
廊下をずんずん歩きながらフィリクスは小さく舌打ちした。
「しかし、なんで使用人なんか攫って行ったんだろうな?」
「分からん。取り敢えずイーサンを探して現状を把握しなければ」
セドリックが首を傾げるが、フィリクスにだって分かりはしない。
警備を統括しているイーサンを探す為に廊下を歩くフィリクス。セドリックも黙ってそれに続く。その少し離れてセドリックの護衛がいる。
「……ん?なんだ?!」
そのフィリクスたちに向かって臙脂の塊が物凄いスピードで突進して来た。フィリクスとセドリックは、恐怖を感じるほどの勢いに咄嗟に身構える。
護衛騎士も二人の前に躍り出て、腰に佩いた刀剣に手を掛けた。
その塊は、ずささささーっ!!と、その勢いのまま、身構える三人の足元に平伏す。
「ぇ、あ。カレン?何で、お前が……ここに?」
臙脂の塊は臙脂の侍女服のカレンであった。
「旦那様!申し訳ございませんっ!!」
呆気に取られるフィリクスとセドリックの前で、カレンのスライディング土下座が炸裂した瞬間であった。その流れる様な動きは見事であったという。
フィリクス視点が続きます。
お読み頂きありがとうございました。




